日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者は読み飛ばしてください。


2016/10/20(木)

ノーベル賞は(言うまでもないことだけど)科学の本質とは大して関係ないわけで、それほどは気にしないのだけれど、「科学を人に伝える」という観点からは手頃なきっかけになるし、ここ何年間かは理学部恒例の「ノーベル賞解説の会」のお世話をしている(たとえば、2011/10/13 の日記とか参照)こともあって、一応、どういう人が受賞したかはその日のうちにチェックするようにしている。 といっても、ライブ中継に張り付いているとかいう本格的なのじゃなくて、Twitter を流しっぱなしにして仕事しながら覗いていると、だれか真面目な人が中継してくれるからそれを見るって感じ。

ただ、今年の物理学賞については、もう重力波しかないだろうと信じて疑ってなかった。 ぼくは、重力波の直接観測は人類の科学の歴史のなかでももっとも重要な実験的観測だと確信しているので、いくら発見からの時間が短いといっても絶対に重力波だろうと思っていたわけだ(後から聞いたけど、重力波がみつかったときは既にノーベル賞の推薦が締め切られてたらしいね。それなら仕方ないか・・)

なので、物理学賞が発表された 4 日(火)には「Twitter 流しっぱなし」さえしないで、池袋にその日の夕食の買い出しかなんかに行ってた。

で、交差点だったかでなにげなく Twitter を覗いてみたら、「2016 年の物理学賞は Thouless, Haldane, Kosterlitz が受賞した」というではないか。 な〜んだ、重力波じゃないのかよ、なんでだよ〜と思うとともに、なんかやたらと知ってる名前が並んでいて、ぼくにすごく近いところに賞が来たんだなあと理解した。 そのあと、西武デパートのお惣菜売り場でお勘定を待っているあいだに、ふと、もしかしたらと思ってノーベル財団の解説を iPhone の小さい画面でチェックして、そこにぼくの名前なんかが出ているのを見て「へぇ〜」とか思っていたのだった(これについては、下にちゃんと書くよ)。


さて、今回のノーベル物理学賞をぼくなりにまとめると
「小さくて単純なものがたくさん集まってびっくりするようなことをおこしてしまう!」シリーズ 【ややマニアック編】
 〜〜 トポロジーで無理にくくってみました!! 〜〜
というところかなと思っている。 もちろん、マニアックといっても、生易しい半端なマニアックではなく、超一流で深く広がりのあるマニアックな業績なんだけどね。 このあたりを少し説明しよう。

「『小さくて単純なものがたくさん集まってびっくりするようなことをおこしてしまう!』シリーズ」の堂々たる王道は、やっぱり気体・液体・固体の相転移、そして強磁性体の相転移あたり。さらに、超伝導、超流動、反強磁性秩序なんかも王道かな。こういったテーマについては(もちろん未解決課題は今でもたっぷりと残されている(そして、すごく難しい!!)けど)古くから調べられていて様々な豊富な知見が蓄積している。

こういう王道にみんながちょっと飽きたころに、専門家でさえ「え、嘘だろ?」って思うような新手の「『小さくて単純なものがたくさん集まってびっくりするようなことをおこしてしまう』シリーズ」が登場してくる。もちろん、多くはよく考えると簡単な話だったりマニアックすぎて面白くなかったりした。 ただ、そんな中で、マニアックそうでも実は理論として深く、そればかりか応用範囲も思ったよりもずっと広がってみんなが「すごいぞ」と思った仕事がいくつかあった。 なんというか、プロでないとなかなかすごさがわからないけど、逆にプロにとっては無性に面白くてすごいという感じの一連の仕事がでてきたのだ。

そして、そういう「マニアックだけどすごい」仕事のなかから、さらに「マニアックだけど超すごい」のを三つ選りすぐったのが、今回の受賞対象である KT 転移、TKNN 整数(トポロジカルな電子系)、Haldane 現象だと言っていいんじゃないだろうか?

うまい選択だと思う。

ただし、トポロジーによる括りにはどう考えても無理がある。南部先生の業績と小林・益川理論を「対称性」で括って来たときには大胆だなあと思ったけど、今回はもっと激しい。三つともトポロジーと言って嘘はないけどそれぞれまったく別のレベルの話なので誤解を招くんじゃないかと危惧するレベルですね(招いているか)。

いずれにせよ、「『小さくて単純なものがたくさん集まってびっくりするようなことをおこしてしまう』シリーズ」はぼくの大好きな分野なので注目が集まるのはうれしいです。もちろん賞の対象になった業績はみんな素晴らしいので遠くないうちに中身にまで踏み込んだ解説ができればと考えている次第です。 ほどほどに期待して待っていてください。

あと、ついでに告知ですけれど、せっかくなので、来年度の前期の学習院の大学院での講義は「量子スピン系の物理と数理」みたいなテーマにして、前半で王道の磁気秩序、後半で Haldane 関連の話を丁寧に扱う予定。 ここだけの話ですが、ぼくの Haldane 系の解説は世界一おもしろいはず。 こちらは大いにご期待ください。


さて、ノーベル賞の話はまだ続く。ここから先はもっと個人的な話題。
今回のノーベル物理学賞では David Thouless が賞金の 1/2 を一人で受け取っている。 彼こそが主要な受賞者である。 この Thouless の最大の受賞理由は、なんといっても磁場中の二次元電子系に TKNN (Thouless-Kohmoto-Nightingale-den Nijs) 整数を導入した業績だと考えられる。 これは今日大流行している(そして、数年後のノーベル賞の候補とされる)トポロジカル絶縁体の研究の元祖となった重要な研究である。

そして、TKNN 論文の第二著者である甲元眞人さんは、この重要な研究において、単なる共同研究者という以上の本質的な貢献をしたとぼくは理解している。 さらに言えば、82 年の TKNN 論文では TKNN 整数のトポロジー的な意味が明確に示されているわけではない。TKNN 整数がチャーン数であることを初めて論じたのは甲元さんの 85 年の Annals of Physics の単著論文なのだ(トポロジーとの関連を論じた論文は少し前にもあったが)。 今日の TKNN 整数の位置づけにおいて、そして、ノーベル賞の受賞対象としての TKNN 論文にとって、この 85 年の甲元さんの論文の意義は実に大きい。

ノーベル賞受賞者が三人出そろうと「ここに入り損なった四人目は誰か?」ということが話題になる。ぼく自身の判定では,今回の受賞理由にもっと近い「四人目」は、迷うことなく甲元眞人さんである。 甲元さんには TKNN だけでなく一次元準周期シュレディンガー方程式についての著名な業績もある。ぼくの尊敬する超一流の素晴らしい理論物理学者である。彼とアメリカ時代以来の長年の友人でもあることをぼくは心から誇りに思っている。

と、こんなことを個人の日記や Twitter に書いているのもいいのだが、多くの人に知ってもらいたいという気持ちもある。 幸い、物理学賞の発表の翌日に朝日新聞の短い取材を受けた際に甲元さんのことをしっかりと伝えることができて、短いながらもその翌日(10 月 6 日(木))の朝刊の記事に取り上げてもらった。これは本当にうれしいことだ。ご尽力いただいたみなさん、ありがとうございました。


さてさて、今度は自分の話だぞ。

ノーベル財団の公式の解説文書である "Advanced Information: Topological phase transitions and topological phases of matter"(pdf ファイルへのリンク)の p17 と p18 には、ぼくらの仕事への言及もあるのだ。 ていうか、p17 には Hal Tasaki ってちゃんと名前が載ってるよ!

[Nobel prize advanced info] というわけで、せっかくだから解説文書からぼくらの仕事に直接に触れている部分を勝手に切り貼りしてみたのが右の図だ!!  詳しく見たい皆さんは pdf ファイルをどうぞ(←「ノーベル賞とか気にしない」んじゃなかったのかよ!!)

なんと、まるまる 1 ページ以上あるのだなあ。Haldae 自身による Haldane 現象への(難解な)アプローチについての解説のすぐあとに AKLT (Affleck-Kennedy-Lieb-Tasaki) 模型についての長い記述があり、そのあと少し別の話をしたあと、隠れた秩序(正確には隠れた対称性の破れ)の話が続いている。 ページの上の図は AKLT 状態を模式的に表わした有名な「ブタの鼻ダイアグラム」だけど、この図の最初のバージョンはプリンストン時代に妻に手伝ってもらって描いたのだ。懐かしや(AKLT の主論文(Project Euclid のページにとびます)の謝辞には妻の名前だけが載ってる)。

「ノーベル賞の解説だからってどうした?」という見方ももちろんあるんだけど、まあ、名前がちゃんと出ているのはやっぱりうれしいよね。 こういうところに出るためには、単にいい仕事をしてるだけじゃなくて、うまい具合にノーベル賞の業績と絡まなければいけないわけだから運の要素も大きい。 この直後にアメリカで会議に出たんだけど、そのときけっこう多くの人に「おまえ、ノーベル賞のあれにでてたじゃん!」って言ってもらって、"Yeah, it's kind of fun, isn't it?" と咄嗟に答えてた。 こういう軽い感じがちょうどいいかもね。愉しい。

とはいっても、Haldane の始めたこと(←もちろん、こんなことに最初に気付いたのは本当にすごい。まったく「ノーベル賞級の天才」だと思います)を大きく普遍的な物理に育てて行く流れに本質的な貢献をできたという自覚はもっているのだ。 実際、Haldane の二つの論文の驚くべき結論を(Haldane のような洞察力を持たない)多くの人が受け入れたのは、AKLT 模型で具体的に S=1 のスピン系の乱れた状態を「見せた」からだと思う。さらに、端の自由度の存在、隠れた反強磁性秩序、そして、それらを統合する隠れた \(\mathbb{Z}_2\times\mathbb{Z}_2\) 対称性の破れなどの「Haldane 現象」を明らかにして、現代的な Symmetry Protected Topological Phase の概念にまでつなげていく過程で、AKLT 論文やその後のぼくたちのいくつかの仕事が決定的な役割を果たしたと思っている。 こういった一連の貢献が正当に評価されたことは素直に喜んでいいだろうと思う(なんせ、このあたりの仕事をしてた頃も日本の「エラいセンセイ」からはほとんど評価されなかったし(ま、そういう人たちは何があろうとぼくを評価することはないようだけど)

(補足:ノーベル賞の資料には取り上げられていないのだけれど、今日、物理を離れた量子情報の分野なんかでもばんばん使われている行列積状態 (MPS) やテンソルネットワーク状態も Haldane の仕事から派生している。 ま、もうちょっとはっきり言うと、行列積状態もテンソルネットワークも AKLT 状態を一般化することで作られたのだ。 行列積状態の元祖が AKLT だっていうことは(知らない人もいるけど)多くの人がわかってると思うんだけど、高次元のテンソルネットワークの元祖が AKLT 論文に書いてあることを知らない人が多いみたいだ。 1988 年の本論文では、二次元だけでなく三次元や tree 状の格子状の AKLT 模型をきちんと議論しているのだ。 これらの状態は乱れていることもあれば長距離秩序をもつこともあって性質は豊かだという(テンソルネットワークのレビューに書いてあるような)こともちゃんと元祖の論文に書いてあるのですよ。 この事実はみんなもっと知ってほしい。)

あと、個人的には、[1,2] の AKLT論文 だけでなく、[30] として Kennedy-Tasaki 論文が引用されているのはすごくうれしいのだ。 AKLT はなんといってもプリンストンで超大物たちとやった有名な仕事だ。それに対して、Kennedy-Tasaki は日本に戻って学習院に落ち着いてから一生懸命にやった仕事なのだ。 そして、この Kennedy-Tasaki で「隠れた対称性の破れ」をみつけたことで( AKLT 模型が単に解けるということを超えて)Haldane 相の物理を明確にして今日につなげることができたと思っている。渋いけれど後から見ても重要な仕事なので、今回きちんと取り上げられたのは大変にうれしい。

というわけで、まあ、少しの間は、田崎が「教科書を書いただけのおっさん」じゃないと思ってもらえるかもしれませんね。

ところで、ノーベル財団の解説の (18) 式の中に \[ \cfrac{1}{2}\vec{S}_i\cdot\vec{S}_{i+1}+ cfrac{1}{6}\Bigl(\vec{S}_i\cdot\vec{S}_{i+1}\Bigr)^2+\cfrac{1}{3} \] という項があり、まるでぼくらが cfrac16 という謎の関数を用いてるみたいに見えるんだけど、これは正しくは \[ \cfrac{1}{2}\vec{S}_i\cdot\vec{S}_{i+1}+ \cfrac{1}{6}\Bigl(\vec{S}_i\cdot\vec{S}_{i+1}\Bigr)^2+\cfrac{1}{3} \] という表式です。 \(\TeX\) に必要なバックスラッシュ記号を書き忘れたという(よくある)凡ミスです。 せっかく詳細なリサーチをして力作の解説を書いたんだから、もうひと頑張りしてほしかった。「バックスラッシュを打ち終えるまでが解説」ですよね。


オチもついてしまったけど、あと一つだけいいかな?

ぼくは Princeton で AKLT や(二次元の AKLT 模型について決定的な結果を証明した)Kennedy-Lieb-Tasaki 論文(そして、他にも単著でのパーコレーションやスピングラスの臨界現象の論文など)を書いたあと、1988 年の夏に帰国した。 その後、1990 年の「物性若手夏の学校」に招かれて Haldane 現象などを中心にした講義をしている(このときの講義をベースにした解説が『量子スピン系の理論』。 この講義に、きわめて知識が豊富で堂々としていて頭の回転の速い、要するにやたらと優秀な M1 の学生が出席してくれていた。 彼とはすぐに仲良くなって、夏休み明けには学習院に来てもらって関連する話を議論した。 実は、ちょうどこの夏休みに、Tom Kennedy とぼくは隠れた \(\mathbb{Z}_2\times\mathbb{Z}_2\) 対称性の破れの理論を発展させていたので、彼にはできたてのその話をした。

彼は全てを完璧に理解し、しばらくして、われわれの話を一般の正の整数 S のスピン系に拡張する仕事をきれいに仕上げてきた。 このときには彼も M2 になっていた(とはいえ、M2 だよ・・)。 しかも単に拡張をしただけでなく、ぼくらが作ったユニタリー変換のずっとエレガントな表現方法もみつけてくれた。 さらに、驚いたことに、彼の結果をみると、同じ整数スピンでも奇数スピンと偶数スピンのあいだには何やら本質的な相違があることがわかった。天才 Haldane の予言にも出てこない新発見だった。 (くり返すけど、M2 の学生の仕事の話です・・・)

それから 17 年後、彼はついに自らが発見した「奇数と偶数のスピンの本質的な違い」の意味を明確にする共著論文を発表した。 もちろん、もう M1 でも M2 でもなくて有名な理論物理学者になっていたわけだけれど。 この仕事(と関連するちょっと前の別の人たちの仕事)によって Haldane 現象と Symmetry Protected Topological Phase の関連が明確になった。 当然ながら、この論文もノーベル財団の解説に [45] として引用されている。

いい話でしょ?

で、おわかりの人には言うまでもないことでしょうが、その M1 の学生だった人は押川さんです。ま、あんな M1 の学生はそうはいないですよね。


というわけで、考えてみると、今回のノーベル財団の物理学賞の解説には、甲元さん、ぼく、押川さんの三人が名前を連ねているってことになる。 三人で議論したり、食事したり、飲んだりしているシーンを色々と思い出す。

なんと言っていいか、

It's kind of fun, isn't it?

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田崎晴明
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