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大学進学体験記

筒井亮平(2002年高等科卒業,ワシントン州立大学建築学科卒業後,現在Rhode Island School of Design大学院に在学中)

 私は2002年に学習院高等科卒業後,米国のワシントン州立大学に進学し,現在,建築学を勉強しています.

 私が高等科卒業後の進路をアメリカの大学にしようと心に決め,「将来は何か少しでも人と違った事を出来る人間になりたい」と考えるようになったのは,学習院高等科の自由な発想の出来る校風が大きく影響していると思っています.それに加えて,高等科2年のときに国際ロータリークラブでアメリカに交換留学生として一年間生活したことも大きなきっかけになっています.一年間の留学を終え日本に帰ってきた高等科3年の夏,私は周りの親友達が真剣に自分の将来について考えているのをみて,「自分は本当にこれでいいのか.」と,焦り,不安になりました.しかし,悩んだ末最終的にやはり留学をしたという経験を生かし,思い切って海外の大学に進学することを決意しました.決意はしたもの,当初は自分にとってアメリカの大学に進学することはまるで雲をつかむような夢物語で,その上,自分の周りにも海外に進学を考えている友人もおらず,一体どこから何を始めたらよいのかも分かりませんでした.そのような状況の中,当時の主管の先生には多くのアドバイスを頂き,米国大学進学への不安も解消し,また,他にも様々な分野の先生方の暖かい支援のお陰で,夢は一歩一歩に現実に変わっていきました.そして,私の一番の希望であったWashington State Universityから入学の許可が届いたときの喜びと興奮は今でも忘れられません.こうして現実にアメリカの大学で大きな誇りと自信を持って学んでいる今,学習院という伝統のある学校の自由な校風の中で学び,身についたことが,今の自分の人格形成に大きく影響していたと実感しています.

 大学の学部の中でも,建築学科は進級の条件も厳しく,課題の量も半端なものではありません.キャンパス内のアパートにも戻れずスタジオでの徹夜が何日も続くこともよくあり,多忙な毎日ですが,プロジェクトが完成したときの達成感は言葉には表せません.そんな時,教授も交えて友人達とプロジェクト完成のパーティを開き,みんなで喜びあうこともしばしばあり,厳しいけれども目標を持って学べる事の幸せを痛感しています.

 今秋には三年生になり,ますます忙しい日々になりますが,アメリカの大学進学を決意したときの気持ちを忘れずに,将来の大きな夢に向かって頑張っていこうと思っています.遅ればせながら,サポートしてくださった先生方,本当にありがとうございました.

 渡米してから大学一年次,二年次で発表した私のプロジェクトの一部を紹介します.

<Rock star> <the Water-Cube> <PULLMAN DANCE HALL>

わたしの通っている大学のOfficial website link
http://www.risd.edu/


石井敬人(2003年高等科卒業,現在東京慈恵会医科大学医学部在学中)

 こんにちは.平成15年卒業生です.皆さんは,日頃から勉強に部活に忙しいことと思います.僕はこの場をお借りして,後輩の皆さんにメッセージが伝えられればと思っています.
高校は,大学という事実上の最高学府を前にした教育課程ですから,どうしても学年が上がるにつれてどの大学にいきたいのかといった進路決定をしなくてはいけません.学習院大学に目指す学部がない場合や別の大学で学びたいと考えれば大学受験を考えることになります.そうして,塾に通ったりしていた同級生は何人もいました.僕もその一人で,以下は自らの経験を認(したた)めたいと思います.

 受験勉強をするとなると実際にはいくらかなりともそちらに時間が拘束されてしまうと思います.中には高校時代は勉強ばかりしていたという人もいるでしょう.そのこと自体は間違ってはいないと思いますが,僕は万一現役で合格しなかった場合でも自分を肯定できるのかと思い,悔いのない高校生活を送ることに力を注ぎました.そのために,自分の中に高校時代はこれをしたというものを残そうと努めました.僕は,具体的に二つのことに気を配りました.ひとつは,自然科学に関しては大学で教わることも積極的に学んでいこうとしたことです.高校で学ぶものが不十分だとは思いません.しかし,大学で教わることに触れることが,自らの知的好奇心を満足させ自分の学習意欲に結びつくこともありますし,その学科の理解をより確固たる論理の下に裏打ちさせることもあります.まわりには,入試に出ないと言ってこれを嫌う者もありましたが,そんなことで自らの学習内容が左右されるほど陳腐なことはないでしょう.また,敢えて言うなら,入試に出たことがないだけのことであって,それでは出題者の心理を汲み取り問題にあたる姿勢が身につきません.もっと人としての知的欲求に素直であるべきです.

 もうひとつは,各科目の主張するところを理解するようにしたことです.各学科には各々主張するところがあって,それを稚拙なりとも自分の言葉で表現できるようでなければ,およそその科目を勉強したとはいえないと思います.たとえば,数学ひとつにしてもこれは何を言わんとしているか,物理などとは何が違うのか,社会・人文科学とはどのような意味において連関があるのかなど考察するところは大いにあります.こうした勉強法が意外に受験勉強において役立ったことは,僕の経験が物語ります.その科目を統一的に了解し,初見の問題にも常に同じ姿勢で取り組めたからだと思います.無論,大学に進学した今もなお,恩恵を受けて要領を押さえた勉強ができていると思います.

 しかし,このことはなかなか多くの人が気づかずに,高校生活を終えようとしています.実際僕の周りにも幾人かいましたが,このくらいの勉強姿勢は高校生として求められることであって,本分です.高校生は大学生になるよう求められているのではなく,高校生であることを求められています.小手先の知識だけ身につけたというようなことでは,あまりにも寂しい.高校で教わることはたくさんあり,これを系統だって自らの理解に納めるには,積極的な学ぶ意欲が十分に求められています.後輩の皆さんにはどうか自分の中で,他に誇れるような勉強を続けてほしいと思います.

 一方で,もっと広く本を読んでおきたかったと思っています.大学で少し時間ができいろいろと視野が広まり,まだまだ浅学であると感じることもありました.新聞も含め書籍が与えるものは大きく時間があれば本を読まれることをお勧めします.受験勉強がそれを精神的に許さないこともあるかもわかりませんが,できれば受験で選択していない分野の書籍は息抜きにもなりましょうから,特にお勧めです.

 最後に,医学部についてコメントしようと思います.医学部は最近出願者が増加しているので我もと思う人もいると思います.よく医学部は難しいなどといわれますが,それはなにも医学部に限ったことではありません.またそれ故,難関云々が自分の進路決定のファクターにもなり得ません.また,医学部に特化した勉強が存在する訳もありません.そのような勉強法は本質を見過ごしています.

入試問題等が解けるのが最終目的ではなく,飽く迄それは,きちんと勉強した全くの結果に過ぎないのです.ですから,医学部を目指すなら最後まであきらめずに努力されることを祈ります.たとえ今目標の大学に自分の偏差値が届いていなくとも自分を信じて努力されることが最大の近道です.ただし,ひとつだけ言っておきたいことがあります.高等科の成績を満足に修められずにいてはいけないということです.高等科の成績なんて関係がないと嘯き得るものさえもいましたが,なにかを履き違えています.高等科生であることを喜び,誇りに思えばそんなことを思う余地もないわけですが.

  大学(医学部)では,将来を共有するだろう友達が集まり,価値観の近しい人が多くいますから,きっと楽しいキャンパスライフが待っています.高い志を持って,そのときの意気込みを忘れず,高校生活を十分に満喫してください.高等科はきっとあなたに良い想い出を授けて下さいましょう.


大西晃司(1999年高等科卒業,2003年学習院大学法学部卒業,現在専門学校在学中)

 私は学習院大学法学部を卒業し,鍼・灸・マッサージの専門学校に再入学して,現在,どんな人でも治せる治療家を目指し,古典や臨床を通して治療を学んでいる者です.現在の私にとって一番やりがいのあるこの仕事に,高校時代から進んで行きたいと思い,努力してきて今の充実した生活が過ごせるのは,学習院における生活で得た考え方や,経験抜きには語れないと思います.

 この考え方とは,人に迷惑をかけなければ,皆が自由にのびのびとやりたいことを楽しんでやっているという,私の感じた学習院の長所から生まれたものです.それは,生徒に限らず先生方も同様で,先生自身も本当に授業を楽しんでいらっしゃるのではないかと感じられたからです.それを一番強く実感したのは,私の高等科時代の主管(担任)の先生の数学の授業でした.当時,数学の授業時間は他大学を受験する人々が主な理系のクラスと,そのまま学習院大学に進学する文系の人々とでクラスを分けており,私は文系のクラスだったので,たいして難しい問題を解く必要はありませんでした.そのおかげで学期によっては先生の考えで,「パスカル全集」等の数学に関する文献を読み解くというユニークな授業が行われました.これは,クラスの皆で文献を読んでいき,数学的なものの考え方が出てきた場所で立ち止まり,先生が詳しく解説するといった「現代国語」と「数学」の融合した授業で,先生自身も本当に楽しそうに授業をされていたのです.実際,内容をしっかり把握することは困難で,とても大変な事でしたが,自分ひとりでは読むことを断念するかもしれないような難しい本を細かく説明していただき,少しだけでもその本のことを理解出来た事が,とてもうれしく思っていますし,その授業のおかげで,教科書の問題をただ解くという事だけでは理解することが難しい,数学的なものの見方も教わった気がします.他にも「現代国語」の授業では,教科書を読むという普通の授業以外に,たまには趣向を変えて,映画鑑賞をしてその内容やものの感じ方について話し合うなどのユニーク,かつ楽しい授業などが他にもたくさんありました.当時,なぜこのように私たちが難しい内容でも楽しみながら集中して授業が受けられたのか,疑問に感じたことがありましたが,それは多分,先生方自身が自分の専攻を楽しみながらとことん学び,授業に役立てているから自分たち,生徒も楽しく学べるのだろうなと思ったことがあります.このことが,私も生涯をかけて学べ,一生楽しんで行える仕事に就きたいと思うようになった最初のきっかけだったと思います.

 そのきっかけに加えて,私の高等科生活の大部分を占めるサッカー部での怪我の経験が,私を治療家という仕事への道に導いてくれたことは疑う余地がありません.高等科時代,怪我の知識が乏しかった私は,練習量は多いのにストレッチ等の体のケアをたいして行わないという悪循環のおかげで,ある日の練習中に怪我をしてしまいました.そのときのサッカーが思いっきりやれない歯がゆさや,寂しさから生まれた気持ちの沈みは今でも覚えています.ただ,この怪我のおかげで,初めて治療を受けに行き,怪我を治していく過程でいろいろなことを考えられたことから,体のケアをする大切さや治療の素晴らしさを気付かされ,怪我が治ってからは当然,練習だけでなく体のケアにも真剣に取り組んだおかげで,大会の結果以外は悔いがない充実した部活生活を過ごせたと思っています.ゆえにこの経験は,私に一人でも多くの一生懸命な人を治療という面からバックアップできるこの職業に就きたいと感じさせたことから,治療家になりたいと思うようになった大きなきっかけであることは間違いありません.しかし,この結論が出せたということは,ただ漫然と部活をしていて起こった怪我であればこうも深く考えなかったであろうから,私自身が何の気兼ねもなく大好きなサッカーに真剣に打ち込めていたから生まれたものであると考えています.それには,学習院高等科が大学の付属ということもあり受験勉強に追われるわけでもなく,適度な勉強をしてさえいれば大学に進めるという安心感と,努力する人間にはできる範囲でフォローしてくれる先生方がいるということと,みんなで団結して一つの事を突破していこうという私の感じた校風の元,育ってきた友人たち皆のバックアップのおかげであると思っています.

 これらのことから,今の充実した私があるということは確実に学習院で培ったものが根底にあると思っているのです.今でも高等科時代の先生方にはマッサージや鍼灸の実験台になっていただき,卒業してからもご迷惑をかけていますが,嫌な顔を見せずどんどんサンプルとなってくれる素晴らしい先生方ばかりです.このような方々に出会えた,学習院高等科を卒業できたことが私の誇りです.もし,学習院に入学されようとしている方は,思う存分いろいろなことに打ち込み,先生方と仲良くなって少しでも多くの楽しいことを発見して学生生活を送られることを祈っております.


芹沢信幸(2003年高等科卒業,現在慶應義塾大学大学院理工学研究科在学中)

 私は中等科から学習院に入り,高等科から指定校推薦で慶應義塾大学理工学部に入学しました.学科は二年進級時に決まりますが,応用化学科を目指して勉強しています.

 もともと高等科に入学した当初私は文系志望でした.しかし,中学までとはやり方の異なる理数系科目,三年間所属した化学部を通じ,化学への興味を深め,将来化学的手法を用いて真理を追及したいと考えるようになりました.理系への転向を決めたのは一年生の半ば頃です.高校生という時期は色々な価値観を持つ仲間と話,考え,外部からの膨大な情報によって将来の希望が二転三転しますが,高等科のカリキュラムでは全員が一年次は共通なため選択を急ぐ必要が無いのが魅力的です.私の周りにも文系から理系,その逆に転向した友達は大勢います.また,三年次には文系コースでも数学が三時間,理系コースでも現代社会が四時間ありました.このことは,自分の進路のことだけを勉強するのではなく,広い視野で物事を捉えることに役立ったと思います.私は理系とはいえ,偏った考え方を持ちたくなかったこと,社会自体にも興味があったことから現代社会の授業を楽しみにしていました.

 高等科の一番の特徴は自主性を重んじていることだと思います.それは,世間で言う自由ではなく自己責任を伴った選択,行動が出来ることです.高等科での三年間で決断することの難しさ,そして自分の決定へ責任を負うことを学んだと思います.
この一例が豊富な選択科目です.自分の興味感心,また進路を考え理系文系を問わず多くの科目から選択することが可能で広い視野を持つことが出来ます.
また,部活動の種類も豊富です.多くの生徒が部活動に参加し,中には兼部している者もいます.私は化学部に所属して充実した三年間をおくることができました.部活では一年次に基本操作を学び,二年次から研究を始めました.三年次には三年生が自分一人になったことから,四月より単独で支持体ゾーン泳動法を用いてイオン移動度の研究をしました.もとは学習院大学生命分子研究所で見たたんぱく質分離の方法を参考に実験方法を考え,装置を造ることから始めました.研究の過程では理学部に行って教授や院生に指導してもらいました.三年という事で勉強との兼ね合いもあり,実際にデータを取るのは三学期になってしまいましたが,予想通りにはいかない難しさ,思考錯誤の連続は今後の研究生活に大きく役立つと思います.

 将来の進路を考える上で,学習院大学が隣接する目白キャンパスで高校三年間を過ごせることは大変理想的です.大学図書館を利用出来るほか,現役の学部生,院生と話せることは大きな刺激となるでしょう.私は毎年夏休みに行われる理学部の研究室体験に参加しました.四年間で八の研究室に行き,最先端の研究を垣間見,研究室の方々と有意義な話をすることが出来ました.
高等科時代を振り返って後悔していることは,もっと本を読んでおけば良かったということです.高等科には中等科と合わせて七万冊の本がある図書館がありますが,部活でレポートを書くとき以外はあまり利用しませんでした.自宅でも気に入った作家の小説を月に一,二冊読む程度でした.もしも,様々な種類の本を高校時代に読んでおけば,違った今を生きていたかもしれません.

 高校三年間は長い様であっという間に過ぎました.自分が何をしたいのか,そしてそのために今何をしなければならないのかを常に考えることが重要だと思います.あなたが望めば勉強,部活動,読書その全てに高等科は協力してくれます.そして高等科を卒業した後,高等科で学んだこと経験したことの大きさに,また一生の仲間ができたことに気づくと思います.


「学習院で培われたもの」高等科2002年卒業生

 私がドイツ留学から帰ってきたとき,高3の7月も半ばに差し掛かっていた.

 一年間も海外で生活してきた自分がまた暑い東京に帰ってきたという実感はあまりわかず,なんだか急に夢から現実に引き戻されたような,そんな感覚だった.

 とりあえず7月中は日本の生活に適応し直すのに精一杯で,8月に入るとようやく私はある現実と向き合うことにした.進学についてである.

 出発前から外部受験をするつもりではあったが,帰国後外に出たいという気持ちはさらに強くなっていた.高等科から外に出るとなると,自分は文系だったので選択肢は限られていた.その中でも私は少しでも上を目指したいと思い,志望校に都内有数の国立文系総合大学を選んだ.

 国立だったので科目数は多く,二次試験は外国語,数学,国語,社会の四つだったがセンター試験にはそれに理科が加わった.

 志望大学にちゃんと使えることを確認した後,外国語はドイツ語で受けることに決めた.

 ドイツ語は現地でだけでなく高1の頃から選択授業として学んでいたので,英語よりあまり時間を割かなくてもすむだろうし,何よりその方が自分にとって有利になると判断したからだ.

 そして,8月から生まれて初めて塾というものに通い始めた.それまで受験に縁がなかったのもあるが,学校の授業についていくためには全く必要なかった.又サッカー部に入っていたこともあり,留学前も受験のことはあまり考えていなかったので行っていなかった.

 そんな中ちょっとわくわくしながら行ってみたのだが,実際授業を受けてみるとわからないことだらけで,この教室の受講者の中で現段階では自分が一番できないんだ,という劣等感でいっぱいになった.それでも,今は関係ない,本番の結果が全てなんだと自分に言い聞かせながら先の見えない勉強を続けていた.

 やがて9月に入り二学期が始まったが,その時点でもまだ私が周りに比べて大きく遅れをとっているのは明らかだった.選択できる授業は,なるべく重なるようにと受験科目を中心にとった.そのため学校の授業にもほとんど気が抜けなかった.よくそれと受験の勉強を別にする人がいるが,私は基本的には同じだと思っている.敢えていうなら受験にはそれ特有のテクニックが必要なくらいか.それは塾で教えてもらうことができるだろう.

 その塾にも二学期の間は週に二,三度しか通っていなかった.私は,勉強とは人にやってもらうものではなく自分でやるものだと思っていた.だから塾のスケジュールに忙殺されて自分のいわば自由な時間がなくなるのを嫌がった.それに少ない時間で多くの科目をこなすにはそれがベストだと信じていた.

 何はともあれ,私は必死だった.これだけやれば絶対に受かるという確信はなかったし,こんなに遅くから始めて間に合うのかどうかもわからなかったが,もうやれるだけのことをやって本番に臨むしかなかった.

 結局のところ,高等科の授業中に学んだ基礎的な学力が土台となって,あとは塾でなり自分でなり肉付けをすれば十分受験に対応できることを,身を持って体験した.あとは,最後に頼りになるのは自分だ,ということである.

 今,社会では大学在学中に何を学んだのかが最も問われているように感じる.私は,学習院での教育を通して,自分が何を勉強したいのか見極めるだけでなく,自らが希望する環境へ飛び込める力を培えたことを誇りに思っている.  


大野瑞穂(1999年高等科卒業,2003年武蔵野音楽大学卒業,現在同大学院在学中)

「自由な環境と自主性」

 学習院中等科・高等科の6年間,目白の緑豊なキャンパスで多くのことを学び,刺激を受けることができた.

 中等科では目の行き届いた厳格な教育,高等科においては自由な教育という,一見対称的な方針であったように思えるが,この異なった教育から生まれる校風は,常に新鮮さを感じさせてくれた.

 自分は幼少の頃より音楽,中でも特にピアノが好きで,漠然とではあるが音楽の道へと進みたいと考えていたのであるが,ちょうど中高等科時代に本格的に音大を目指して勉強をしようと決意をしたのであった.そして高等科卒業後,武蔵野音楽大学に入学し,卒業した現在でも同大学院修士課程で勉強を続けている.

 中高等科生の時には感じることがなかった様々な事を,卒業後改めて発見することがあった.まず,芸術というものは個性や創造力,表現力といったものが不可欠であるが,それらを学習院の自由な校風の中で自ら養い,身につけてゆくことも可能であるのだと思う.まさにこれは,進学校ではなく一貫教育であるからこそ作り出すことの出来る環境が関係しているのではないだろうか.しかし,いかなる道へ進むとしても,社会人としての教養,最低限の基礎的学問というものも必要である.そのようなものも学習院で学ぶことができ,様々な分野を勉強して培うことが出来た.10代というのは色々な物事を一番吸収することができる時であると思う.学習院では,自らが勉強したいこと,チャレンジしたいものを積極的に学ぶことによって,将来への選択肢を限りなく広げることができるのである.卒業した現在も,もっともっと多くの事が学べたのではないか感じることさえある.芸術系に進む人たちはほとんどいなく,自分は少し変わった道に進んだのかもしれないが,このような環境に恵まれていたからこそ目指すことが出来たのであった.

 また,教育実習生として母校で実習させていただいたが,伸び伸びとした,それぞれの個性を持った生徒たちの雰囲気に接することが出来た.

 この自由な環境というのは,大人へ向けての“自主性”というものを自らが自覚するためでもあったと特に感じる.

 これからも留学等で研鑚をするつもりであるが,学習院で過ごし吸収したものは,この先の社会人としての資質や豊かな人間性を培うためのベースとなってゆくと思う.そして何よりも,この学習院で掛け替えのない友人を得ることが出来,素晴らしい先生方に恵まれたことは自分にとっての大きな財産となっている.



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