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科長の話自主性・創造性のある人間づくり

初等科の教育方針

学習院初等科長 三浦芳雄
学習院初等科は、創立以来永い歴史の中で培われた校風を大切にし、新奇に走らず、旧習にとらわれず、教育の基礎としての人間の育成に努めています。学ぼうとする子ども 学びあおうとする子ども 学習院初等科のめざす児童像
 学習院初等科の教育は、発足当時の児童生徒の身分を考えて、国家社会の指導的立場にあるという自覚を持たせ、それに対する責任感を養う、という教育から始まりました。このことは、初等科生のために書かれた「乃木院長訓示要項」に、その精神の一端が窺えます。その要項は、初等科の応接・会議室でみることができます。

 戦後の新学習院の教育は、「自重互敬」、「正直と思いやり」、「院歌」などに代表される安倍院長の理念のもと、社会に奉仕する人間の育成をめざして来ました。
 その後、さらに有為な人材を社会に送り出すべく、学習院全体の教育目標として、
○ひろい視野
○ゆたかな感受性
○たくましい創造力
を掲げて今日に至っています。

 この方針を受けて、初等科では次のような教育目標を掲げていました。
○自分をたいせつにする子ども
・ いつも正直にしよう。
・ 自分から進んでねばり強く努力しよう。
・ 自分の言葉や行いに責任をもとう。
○思いやりのある子ども
・ 人の気持ちや立場をよく考えよう。
・ 人にめいわくをかけないようにしよう。
・ ひとの役に立つことをしよう。
○体のじょうぶな子ども
・ よく運動をして体をきたえよう。
・ しせいをよくしよう。
・ 食べもののすききらいをなくそう。
 ところが、「自分を大切にする子ども」という安倍院長の自重互敬の精神からきた目標が、「自分を大切にするのと同じように相手をも大切にする」 という精神から外れて、
「自分だけを大切にする」
と誤解されかねないことが分かりました。
 そこで、検討の結果、現在の目標の「真実を見分け、自分の考えを持つ子ども」
となり、これが、
・ 進んで工夫し努力する子ども
・ 真心を持って人や物に接する子ども
・ 美しさを感じとる心の豊かな子ども
・ 健康や安全に心がけ進んで体を鍛える子ども
の四つの柱に支えられて今日に至っています。

 また、一人ひとりの初等科生が、
「学ぼうとする子ども、学びあおうとする子ども」
になってほしいと考えています。そのわけは、児童が自分の考えを持つだけにとどまらず、友だちの考えを聞いたり、友だちに自分の考えを伝えたりすることにより、自分の考えを深め広めていくことが今後一層重要になってくると考えるからです。
 そして、そういう児童に育てることを、私たち指導者の重点指導目標としていきたいと思います。

学習院院歌とその意味

学習院が私立の学校に生まれかわると、院長の安倍先生によって院歌が作られました。
わかりやすくしたものをのせましたので、どんなことを願って歌が作られたのかを考えてみましょう。

(解説:元初等科長 川嶋 優)

一、 もゆる火の火中に死にて
また生るる不死鳥のごと
破れさびし廃墟の上に
たちあがれ新学習院
一、 燃える火の中に死んで、
また生き返る不死鳥のように、
戦争であれはてた焼け跡の上に、
新しい学習院よ、
力強くたちあがれ。
二、 花は咲き花はうつらふ
過ぎし世の光栄ふみしめて
まなかひに世界ををさめ
現実を生きてしぬかん
二、 花は美しくさき、
そしてしぼんでゆく。
長い歴史の中で育ててきた栄光ある
学習院の校風をもとにして、
広く世界のことを目に入れ、
きびしい現実を生き抜いてゆこう。
三、 なげかめや昔を今と
荒波よ狂はば狂へ
黒雲よゆく手はとざせ
我が胸は希望高鳴る
三、 今に比べて昔はよかったなどと
なげいてはいけない。
荒波よ、くるうならくるうがよい。
黒雲よ、われわれの行く手を
閉ざすなら閉ざすがよい。
われわれはくじけることなく、
希望高らかに進んでゆく。
四、 二つなく享けし我命
おのがじし育て鍛えて
もろともに世にぞ捧げん
常照らせ真理と平和
四、 われわれがうけた二つとない、
たった一つの命を、
きたえあげて、
みんなで、この世のために
役立てようではないか。
真理と平和の光よ、いつまでも
照らし続けてくれ。

副読本「学習院初等科のあゆみ」より