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大石先生の思い出

 

経済学部教授 湯     

 

 

大石先生は,私が学習院大学に赴任した頃は,経済学部経済学科の主任として,ご活躍されており,まもなく学部長になられた。当時は大学内の予算の仕組みを新たに変えようとする議論が沸騰する中,大石先生はその渦中にあって奮闘されておられた。学部長会議などが終了されてから,学部に戻ると汗をふきながら,あの伊予弁混じりの独特の語り口調で苦労話をされることがあった。たまたま私が共同研究室委員を仰せつかり,大石先生とは日常的に学部内の細々したことを相談する立場にあったから,そのような場に遭遇することになったのであろう。私は時々,先生が江戸時代の享保の改革などを専門に研究していて,大学を江戸時代の幕府に見立てて,学内改革に異常なまでに情熱を注がれているのかな,と想像もしていた。

大石先生といろいろ話をしている時に,学部の教育研究条件および学生用図書室の改善のことに話が及んだ。研究室は手狭で,学部改革を受け入れるキャパシティには欠けているし,法経図書室は座席数も少なく,全く学生サービスの用には足りていなかった。学部別予算を前提にすると,経済学部の学生,教員にはもう少し良い条件を要求することができるのではないか,ということで,調査費をつけてもらった。まずは,他大学の新しい教育,研究設備の調査を開始した。他大学から先生を呼んできて新規に建物を建設した経験を聞いたり,経済学部の同僚たちと関西の大学の教育,研究設備の調査にも出かけた。これが今日の東2号館誕生のルーツと言えよう。大石先生がレールを敷いてくださらない限り,このようなものは出来なかったかもしれない。

大石先生はことのほか旅行を楽しまれ,酒を愛された。あの豪快な笑い声が聞けなくなって久しくなる。少なくとも私の青春時代の思い出深い一こまを作っていただいた。

ご恩に感謝しつつ,ご冥福をお祈り申し上げます。