261頁】

 

学習院大学経済学部湯沢ゼミナール公開講演会・ワークショップ

 

パートT 環境の変化と必要とされる人材…石橋 誉

 

パートU 実践プログラムとその分析………田中良憲

 

 

20051022日に,経済学会からの支援を受けて,湯沢ゼミ主催の講演会およびワークショップが行なわれた。二人の講師はいずれも湯沢ゼミの卒業生で,現在コンサルタントをされている。卒業生の視点に立って,社会や経済環境の変化の中で,学生諸君が就職活動をするときの心構え,就活の意義などを講演してもらい,さらに実際に参加学生諸君による,自己分析,仕事研究などを行った。本論文は,当日のこれらの講演およびワークショップの分析をまとめたものである。論文の構成は,講演の部分をパートTとし,ワークショップの部分をパートUとしている。(湯沢)
262頁】

 

パートT 環境の変化と必要とされる人材—卒業生からの提言

 

石橋 誉(NTTデータ経営研究所・チーフコンサルタント)

 

T.はじめに

U.学生が企業から必要とされる能力と課題

V.学生が職業生活の移行において必要とされる能力と課題

W.英国における大学生の就職状況—日本との違い

X.卒業生が現役生に果たす役割とは何か

Y.おわりに

 

T.はじめに

200万人とも400万人を超えるともいわれるフリーター,高い若年の失業率は現在の日本における大きな社会問題である。政府は若年の就業機会の喪失が,若年の就業能力の獲得と賃金上昇の機会を奪うことにより,消費低迷,年金財政の逼迫ひいては産業の競争力の低下を招くとの危機感から内閣府,文部科学省,経済産業省,厚生労働省の4府省連携のアクションプランである「若年・自立挑戦プラン」を打ち出し,若年無業者の増加の抑制,無業者の労働市場への移行を試みている。また,若年の生きる力,考える力の低下を指摘する産業界からの声も近年では高く,内閣府では「人間力戦略会議」,文部科学省では「キャリア教育実践プロジェクト」といった取り組みも行われている。

筆者も「若年・自立挑戦プラン」の中心施策である,民間企業を活用した若年向けワンストップキャリアセンター(通称:ジョブカフェ)の企画・運営に携わり,若年の問題についてこの2年間向き合う機会を得ることが出来た。

一方,母校の状況に目を向けると,日本の失われた10年とともに長引く就職氷河期のもとで,不本意な就職結果に終わる学生や自主性を発揮すべき授業において参画意識の低下といった現象が起こっていることを湯沢威経済学部教授から伺っている。

この状況を憂慮する卒業生においては,変容しつつある学生,ゼミの活動において貢献出来ることが何か無いだろうか,という議論が盛んに取り交わされるようになっていた。議論の中からは,組織としてのゼミ活動の活性化は,個人の活性化にもとづくものであり,目的意識や気付きを個人に喚起する場を,提供することが必要であるとの考えを持つに至り,卒業生有志を中心とした現役生支援の活動を3年前より取り組み始めるようになった。

今年度においても,社会人の目から見て必要とされる能力やマインドセット,社会の実態について現役生が気付く場を設けることを主眼に,卒業生から現役生への講演及びワークショップの実施を図っている。

ここでは,現役生に行った講演の内容にもとづいて,学生の変化と課題,その中で卒業生が支援出来ることを含めた職業生活への移行支援の方向性を論じたい。

 

U.学生が企業から必要とされる能力と課題

大卒フリーターの増加や早期離職してしまう若年の増加は,厳しい競争環境にさらされ,採用戦略を変更する企業とともに,大学進学者の割合の増加,学生の価値観及びライフスタイル263頁】の変化とこれに根ざした就業意識,能力の変化が大きく影響を与えていると言われている。

これまで日本企業は,採用を新卒一括採用といった手段に頼り,年功序列の賃金制度に基づく長期的雇用関係の中で,自社にあった人材の開発を行ってきた。だが,この10年の間の厳しい競争環境下で企業の採用は,新卒を主体とした採用と育成ではなく,ポテンシャルの高いコア人材を新卒で少数採用する一方,経理などの事務スタッフにおいては派遣社員の活用,専門的技能や即戦力を求める人材においては,通年の中途採用で充足するといった人材ポートフォリオに基づいた多様性のある人材採用戦略にシフトしつつある。

採用した新卒学生も,OJTやジョブローテーションでじっくり育てるといった形ではなく,中途採用と同じく即戦力志向を高めている。職種別採用に踏み切る企業は即戦力志向が背景にあるといってもいいだろう。

果たして企業はどのような能力を求めているのだろうか。経団連の2003年の調査(図1)によれば,企業が採用時点において学生に求めるものは 1位:コミュニケーション能力(68.3%),2位:チャレンジ精神(58.0%),3位:主体性(45.7%)となっている。

 

 

また,文部科学省の調査(図2)によれば,企業が採用時点において学生に求めるものは 1位:行動力・実行力(69.8%),2位:熱意・意欲(67.4%),3位:論理的思考力(42.6%)となっている。両者の調査に共通して言えることは,企業は,即戦力志向とはいえ知識やスキルより,思考・行動特性に優れた人間力のある人材を求めているといえるだろう。

 

264頁】

3は,筆者が考える企業が求める社会人基礎力の能力体系のフレームを示したものである。心の知能指数と呼ばれるEQ(感情知性)を土台として,思考力・行動力,知識・スキルで成り立つものである。底辺になればなるほどその能力の測定は,主観的かつ困難となり,能力の獲得にも時間がかかる。

 

 

こうした企業が必要とする能力を,学生はどのように考えているのであろうか。2002年の早稲田大学が1年生を対象としたアンケート(図4)によれば,1位:学術的な専門知識,2位:語学,3位:コミュニケーション能力となっている。

 

265頁】

学生は,コミュニケーション能力の必要性は理解しているものの,専門知識やスキルを重視している点で,企業とはその認識にギャップがあると言えるだろう。

また,企業,学生が共通して重要だとして挙げているコミュニケーション能力のとらえ方自体にも,大きな隔たりがあると考えられる。電子メールや携帯電話の普及により,コミュニケーションの頻度は活発であり,コミュニケーションが不得手であると自覚している学生は,日常においては少ない。だが,現在の学生は遠隔のコミュニケーション手段の利用頻度こそ多いものの,やり取りをしている相手は数人の限定された友人である。文部科学省の調査によれば,自発的な部活動,サークルに所属する学生も減少傾向にあるとの結果が出ている。

こうしたことから,異なる価値観を持つ人間や世代の違う人間との対面でコミュニケーションをする力は,全体的に低下傾向にあると言えるだろう。また,インターネットや携帯などのITメディアからの情報収集がメインとなり,本や新聞などの活字離れが進んだ結果として,文章表現力が落ちているとの指摘もある。

 

 

266頁】

その上では,企業が求めるコミュニケーション力と学生が考えているコミュニケーションの違いを認識してもらうと同時に,その能力の涵養が重要である。

実際に,企業から見ると企業が求める能力を学生が持てていない,昔に比べ能力が下がっていると訴える企業も増加している。大阪工業会の平成14年度の調査によれば,新入社員等の技能・技術に関わる基礎知識が不十分とする企業は6割を占め,10年前に比べ「文章表現力」,「論理的思考力」,「コミュニケーション力」等の能力の低下を指摘する企業が多くなっている。

ゆとり教育による学力低下の低下が指摘されているが,学校教育とりわけ大学ではその対象ではない人間力的な部分に対する社会のニーズと学生の能力のミスマッチが,職業生活への移行を妨げている要因となっているともいえよう。

 

V.学生が職業生活の移行において必要とされる能力と課題

企業が要請される基礎能力を持つとともに,職業生活に移行する上で必要な能力が就職決定力とも言えるものである。

筆者は,知識・技能と人柄によるエンプロイアビリティを基本として,就活スキルと自己効力感の相乗により発揮されるのが,就職決定力と定義している。(図6)基本的な人間力とも言えるエンプロイアビリティ,その力を発揮しうる自分に適切な企業を見つけ,アピールするための就活スキル。行動意欲と自信を支える自己効力感といったものである。

 

 

267頁】

この中でも,筆者は自己効力感が就職活動においては,最も重要な要素であると考えている。自己効力感が低いと,自分本来のエンプロイアビリティや就活スキルを発揮出来ずに,就職活動のパフォーマンスは下がる。だが,現在の学生は,就職や社会に出ることに対して不安を一様に持ち,自己効力感が低くなっている学生が少なくない。実際に,現役生のゼミ生に就職に対して期待と不安ではどちらの気持ちか,という問いかけには,全員が不安と回答しているのが実情である。

それでは,どうして自己効力感が低くなってしまうのであろうか。筆者は,学生自身の内的な要因と就職に際しての企業や社会の変化といった外的な要因が相互に影響していると考えている。

IPUコーポレーションの2001年の調査(図7)によれば,就職活動において,志望動機書を作成する,自己PRを作成する,自己理解の方法や手順,自分の弱み・強みを知ると言った点に苦労していると学生は答えている。これは,一見就活スキルの問題の様に見えるが,自分自身を理解することが出来ていないことから,自己表現の内容について自信を持てないままに,就職活動を行っている学生の姿が浮かび上がってくる。

 

 

就職活動は,自分探しであるとは昔から言われている。ではなぜ今になって自己の認識に不安を抱える学生が増えているのであろうか。

268頁】その理由は学生サイドと企業サイドの変化に分けて考えることが出来る。

まず,学生サイドの変化について考察してみる。第一に,時間消費型ビジネスの台頭である。24時間放送しているTV,インターネット,TVゲーム,携帯電話といったツールの登場は生活の利便性を向上させた反面,一人で考える時間,自己と対峙する時間を奪ってしまっていると考えられる。

第二は,部活等の友人以外の共同体生活の時間の減少である。異なる価値観,タイプ,年齢の異なる人間同士の密な交流が減少したことにより,他人から見た自分を発見する機会,良きにつけ悪しきにつけモデルとなる人間を見いだす機会が持ちづらくなっている。大学のサークル等も同世代集団のみの交流の場になり,古いOBとの交流機会が減少しているとの調査結果もあり,上下のインタラクションスキルを獲得する機会も減少している。

第三が,情報伝達手段の変化である。インターネットや携帯電話の普及により,情報を得る手段が電子メディアにシフトしたことにより,紙媒体を見る割合が減少している。紙媒体からの情報の取得は,ページを括るとともに自分の理解や感情のペースに合わせての情報入手するメディアであることで,学習の強化において意味がある。

また,文学作品などを読むことは,自己の状態を表現するシーン,言葉を見つけ出す機会を多く持つことにも繋がる。DVDなどの映画などからの情報においては,そうした機会は紙媒体より得づらい。加えて,携帯電話やメールで要件だけを相手に伝えることが主流となり,手紙のような正確な文章を書く機会は激減していると考えられる。日本語は本来論理的な構造ではなく,話し言葉はさらに論理的ではない。

文章を書くことで,論理的な思考力を身に付けていくことが出来るのであるが,文章を書くことを通して論理的な思考を身につける,文章を書く過程や文章から自己を見いだす機会も減少しているといえるだろう。

第四が,親の変化である。この10年は,戦前の教育を受けた親の子供から,戦後の民主主義教育下において教育を受けてきた親の子供と大きく世代交代をした時期にもあたる。自由と平等を尊重する親の教育方針のもとで,好きなことをしなさいと育ってきている世代である。

だが,何もインプットもないまま自分の頭で考えるだけでは,経験は蓄積されず,好きなことや自分は意外と見つけられないものである。親の価値観の押しつけからの抵抗やリアルな体験を通して,自己のアイデンティティは形成されてくるものであり,親の変化が自己認識の低下に与えている影響は非常に大きい。

また,基本的なしつけや社会性を親から身につけないまま大人になった若年が近年増えてきていることは,親の変化も大きく影響しているだろう。

 

以上が現在の学生サイドにおいて自己認識の低下を招いている原因仮説であった。だが,これだけでは学生の不安には繋がらない。学生の時分で十分な自己認識を図れていなかったとする学生は,以前も多くいたからである。

そこで,クローズアップされるのが,企業サイドの変化である。

企業は従来とは異なる競争環境下におかれている。秩序だった均一的なオペレーションで競争優位性を確保出来ていた右肩上がりの景気成長期から,コストだけにとどまらないトータルな差別化を求められている低成長時代に入り,学生に対しても基本的な学力と協調性から個性や人間力を求める志向が強くなっている。こうした中で,ユニークなエントリーシートや採用269頁】方法で個性的な学生を求める企業は多い。だが,こうした企業の変化に対して教育システムは対応出来ていないのが現状であり,学生自身がそのギャップの間でもがいている。

また,就職メディアを中心に伝えられている“自分らしい仕事探し”“好きを仕事にする”といった職業選びにあたってのフレーズも学生へのプレッシャーとなっている。自分らしさを見つけなければ楽しく仕事は出来ないのではないか,といった誤った先入観を持ちながら,自身を見つけられずに不安にとらわれている学生は少なくない。

また,自己認識が十分に図れないと,現在の就職活動の進め方のシステムでは,学生は就職活動も進めづらい。なぜならインターネットの就職においては,自分の中で企業を選択する基準がなければ,インターネット上にある膨大な情報から企業を見つけ就職へのプロセスを進めていくことは難しいからだ。

従来の就職活動は,リアルなプッシュ型の情報メディアが主体であった。リクルーター制度や就職雑誌が一律に送られてくる中で,就職活動は始まった。選択基準が無くても,情報を外部から与えられる中で,先輩リクルーターや雑誌をめくる中で自分なりの選択基準を自分なりに形成することが出来たのである。

だが,インターネットは,プル型の情報メディアである。検索の基準がないままに情報を見ても必要な情報には決してたどり着くことが出来ない。学生が利用するインターネット就職メディアの大手では,企業の掲載件数は6000社を越すという。曖昧な検索基準では,咀嚼不能な膨大な情報量となってしまう上に,バーチャルな情報のために現実味も乏しく選択基準も形成出来ない。こうした就職活動の進め方の変化の中で,自己認識が不十分な学生は就職活動のプロセスを進めることが出来ないことも,不安を助長し自己効力感を下げている要因になっていることが考えられる。

また,失われた10年における景気後退は,働くことに対する希望を若者に持ちづらくさせてしまった。大企業のリストラや左遷,給与カットといった働くことに対する不安を増加させるニュースがマスコミから伝えられる中,社会に出ることや働くことに対して前向きなイメージを形成出来なかったことも不安の根底にあるといえる。

 

W.英国における大学生の就職状況—日本との違い

日本においてはこれまで,学校生活から職業生活への移行が円滑に行われていた。だが,近年15歳から24歳の若年失業率は10%を越え,従来から若年失業率が高かった欧州の状況に等しくなっている。この欧州の中でも,コアとなる学生が社会的経験を持たず,相対的に早期に大学生活を終了するという点で,共通性が高いといわれている英国での大学生の職業生活への移行状況はどうであろうか。

企業が採用に際して重視する視点を見ると,英国企業は,コミュニケーション能力などのソフトスキルを日本企業同様に重視しているものの,学部・専攻学科,大学の成績,在学時の実務・労働経験を重視する割合が英国は日本より高い。(図8

英国企業が学部・専攻学科や成績を重視する背景としては,ビジネス関連学問を中心に,学問が実務においても優位性があると企業が捉えていること,習得した学問についても質が担保されていると捉えていることが挙げられる。

英国においては,教育資格,職業資格が明確に定義されており,職業資格が大学入試資格の一つとして認められているなど,教育と職務の接続性が高く,資格などの形で要件が明確に定270頁】義されている。

職業資格制度の中心となっている全国職業資格(NVQNational Vocational Qualification)は,1986年の制定以降,全職種の約90%をカバーし,産業人材開発の指針として位置づけられ,企業においても採用要件や人材開発の指標として定着している仕組みとなっている。

また,在学時の実務・労働経験を重視する背景としては,新卒のみ経験者を本社で一括採用して,一定の研修後に配置する日本企業に対して,即戦力の人材採用を旨として経験を持つ中途採用を本社一括ではなく,部門別に採用することを基本としている英国企業の採用方針の違いにも起因している。こうした中で,アカデミックな知識を身につけていれば,入社後に対応出来ると考える企業が少ない。加えて,英国の大学生においては,義務教育終了後に,ストレートに進学するのではなく,ギャップイヤーと呼ばれる社会人経験を経て高校,大学に進学する学生が多く存在しており,日本の学生に比べると職業観や職業経験において,大きな違いがある。

日本企業においては,大学における学問や資格の優位性を,実務遂行においてあまり感じてない企業が多い。その状況は,大手企業が“体育会系”の学生を好んで採用したことや,近年の即戦力人材を渇望する産業界からの声が高まるとともに,経団連などから,大学教育への要望が提起されている状況にも顕著に現れている。この要因としては,大学側の問題だけではなく,これまでの大企業分野においては労働移動が少なく,人的資本形成も企業内のOJTに大きく依存してきたことや,その結果として求人に際して細かな「職能基準」が求められなかったことが大きいだろう。

 

 

こうした中で,英国の大学においては,専攻学部と職業選択の関連性が明確であるために,就職に際しては求人票・情報誌やダイレクトに企業に接して就職を行うケースが多いものの,大学の就職部が,就業に際して一定の役割を担っている。(図9

 

 

271頁】

英国の大学のキャリアサービス部門は,日本でいうところの就職課の位置づけであるが,就職先企業の斡旋にとどまらず,就業に必要な経験,能力開発のためのサービスを提供しているのが特徴的である。

英国企業は,先にも述べたように採用に際して職務経験を重要視している。そのため,大学のキャリアサービス部門が,学生にパートタイムの仕事の斡旋を行っている。日本でも最近取り組まれているインターンシップにあたるものである。だが,日本と異なるところは,日本のインターンシップの期間が2週間程度と短期にとどまるのに対し,1年の長期の就業プログラムもあり,正規の教育課程に組み込まれている大学も存在している。

また,日本企業と同様に人柄とりわけリーダーシップや協調性などのソフトスキルを英国企業は重視している。こうした能力は,インターンシップや就業経験の中で育まれていくところが大きいが,こうしたインターンシップの機会は全ての学生に与えられているわけではない。こうした学生のために企業と大学のキャリアセンターが共同で,スキルセッションやビジネスゲームを学生に行っている。ビジネスゲームは,企業を舞台にしたロールプレイングとでもいうべきものである。例えば,人事のマネージャーとして,与えられた情報の中から,人事上の課題について意志決定するなどのような内容になっている。

 

X.卒業生が現役生に果たす役割とは何か

これまで,学生が職業生活への移行において企業から求められる能力と課題,移行時に必要な能力と課題を考えてきた。

この課題に対して対処するには,本人はいうまでもなく,社会,学校,家庭と総合的な取り組みが必要であるが,筆者は大学においては卒業生の活用によって大学生の職業生活への移行に寄与出来る部分が少なくないと考えている。

 

■役割1:代理体験(モデル)としての役割

社会的学習理論の提唱者であるバンデューラは,自己効力感(セルフ・エフィカシー)を「ある状況において必要な行動を効果的に遂行できるという確信」と定義している。

272頁】また,バンデューラは,自己効力感を向上させる方法として,@自己の成功体験,A代理体験,B言語的説得,C心身状態の4つを挙げているが,A代理体験の役割を卒業生は提供すると考えられる。

代理体験とはさまざまな社会的モデルを通して,自分にもできそうだという効力予期を形成するものであり,身近な人間であるほどその効力が高いと言われている。職業生活への移行において,就職活動を体験した母校の卒業生を紹介していくことは,自分が一番イメージを想起出来,自分にも就職活動はうまく出来るというイメージを持ち得るモデルを学生に提示することに他ならない。

体育会等の部活に所属している学生の就職が有利である背景には,縦社会における規律,忍耐力,協調性を部活動で身につけているだけではなく,先輩やOBの就職活動の様子を早いうちから見ることにより,就職活動における代理体験を早期から積んでいることも影響している。加えて,部活動においては,成功体験も持ちうる可能性がある。

モデルを見つける意味においては,ゼミ活動も有効な場であるが,学年別に授業を分けている点において代理体験を提供する機能を喪失している点に大学は留意をする必要がある。特に,リクルーター制度を採用する企業が無くなったことにより,4年生と卒業生との繋がりは希薄になっている。こうした中で,3年生と4年生の学び場の断絶は,モデルを見つけづらくさせていると言えよう。

 

■役割2:リアリティーのある情報を与える役割

働くことに対する不安は,インターネットにおける静的な情報からでは払拭することが難しい。なぜなら,インターネットにおける情報は企業からの情報においては,企業側の思惑により良い面だけしか学生に伝えていなく,イメージすることが難しいからだ。

こうした中で,理想的なイメージをインターネットからの情報などに頼って形成すると,入社後に大きなリアリティーショックに陥るケースが少なくない。リアリティーショックとは,理想や期待と現実のギャップから生じる,現実に対するショック反応であり,期待外れで望んでいないことに対する人間の社会的,身体的,情緒的なものを含む総合的な反応である。ショックが大きい場合,厳しい就職戦線をくぐり抜けても早期離職といった行動に結びついてしまう。

こうした状況に憂慮し,自社にあった人材を獲得しようという意識のある企業においては,リアリスティック・ジョブ・プレビュー(RJP)といった採用方針を取り入れ始めている。RJPとは,本音ベースの採用活動とでもいうものであり,悪い面も含め等身大の情報を学生に伝えていこうとするものである。実際には,入社説明やホームページに,現場で働く社員の生の声を掲載したり,直接の対話の機会を設けたりすることにより,過度なイメージを補正し,働く現実的なイメージを学生に持ってもらうことにより,リアリティーショックを軽減させようと現実感を持ってもらおうとするものである。

卒業生は,企業の採用戦略にかかわらず,働く現場の生の情報をフラットに学生に伝えることが出来る。これにより学生の期待値を調整し,働くことに対する現実感を醸成する事が可能となる。また,実際の社会,企業の動向,学校にいるだけでは分からない企業の仕組みというものを学生に伝えるという役割も期待出来る。

 

273頁】■役割3:自己認識の枠を広げてくれる役割

自分自身が何に強みがあるのか,何に向いているのかといったことは,自分一人で考えていてもなかなか見えてくるものではない。インターネットは,インタラクティブな情報源ではなく,自分自身に対してフィードバックが返ってくるわけではない。

自己認識を深める上では,自分と異なる他人との密な交流とフィードバックが重要や役割を果たす。ジョー・ルフト,ハリー・イングラムが発案したジョハリの窓というものがある。自分も他人も,よく知っている「公開された窓」,自分だけが知っていて,他人には知られていない「隠された窓」,自分では気づいていないけれど,他人には知られている「盲目の窓」,自分も他人も知らない「未知の窓」の4つである。

自己認識を深め共同体で円滑に活躍していくためには,自分自身が知っていて他人に開かれていない隠された窓を他人にも開示すると同時に,他人から見えている「盲目の窓」を知る機会を持つことが,自己に対する認識を広げることに繋がる。

特に社会人は,働くという観点において盲目の窓を広げてくれる存在になりうる。社会に出て働くという状況をふまえた上で,これまで自己が意識してこなかった新たな一面を卒業生は気がつかせ,思いこみによる仕事と自分との乖離を率直に指摘してくれる存在なろう。

 

Y.おわりに

キャリア教育に取り組む大学が昨今増加している。これは,企業の変化に対して,学問的な真理の探究を行っているだけでは,人間力,基礎力を求める企業とのミスマッチから就業率の低下を招き,ひいては少子化による大学全入時代を迎える中において大学の存在意義,競争力の低下を引き起こしかねないという大学の課題意識にもとづく取り組みである。

学習院大学は,伝統に支えられた独自のブランド力を誇り,入学者を獲得する入口戦略においては成功を収めていると考えられる。だが,就職といった出口の戦略においては,取り組みの余地がまだ多く残されていると考えられる。

筆者は,1992年の4年在学時における学習院大学への提言において,企業が求める人材像の観点で学習院が国立大学を含め総合順位では高位置にあるものの(平成4年 ダイヤモンド社 役に立つ大学ランク16位),個別要素で見た場合,個性のある学生などの点で企業からの評価が低く(40位台),今後企業からの評価が落ちていく可能性と社会が求める人材を育成する観点で,授業をマス型から少人数形式に転換していくことの必要性を訴えた。

果たして,毎年ダイヤモンド社が発表している企業の人事部から見た役に立つ大学ランクでは,順位毎年は凋落し,1999年 46位,2000年,53位,2001年 56位をマークして以降圏外となっている。入試偏差値では,MARCH(明治,青山,立教,中央,法政)に肩を並べているものの,就職偏差値では後塵を拝し,成蹊,甲南大学よりも下位の就職偏差値となっている。

上場企業における役員・管理職数ランキングでも85年 24位を最高として,199026位,199528位,2000年 36位,2005年 40位と年とともに順位を落としている。産業界からの評価という点においては,入り口偏差値に比べてかなり低い位置にあり,かつ低下基調にあるといってもいいだろう。

学習院大学がこうした状況に対応して,資格の取得などを重視する社会人予備校として転換していく事は,企業が求める人物像の観点から見てもあまり得策とは言えず,就職テクニック274頁】を教えるキャリア教育を単位に組み込んでいくようなキャリア教育偏重の時流に乗って取り組むことにも疑問がある。

むしろ,高度の教養を育てる大学という基本方針に加え,少人数単位の授業などにおいて,MBAの様に授業に対して望まれる姿勢をシラバスに詳細に記述するとともに,成績評価においても授業に対する貢献度合いなどの項目を反映していく方が,社会が必要とする思考,行動特性の涵養には有効である。

また,学習院大学は他大学に比べても愛校心を持つ卒業生の割合は高い。こうした中で,様々な年代,業種で活躍する卒業生の力を活用して現役生の社会人への移行を図ることを支援することを大学として取り組むことは,伝統の継承と母校へのロイヤリティを相互に向上させる意味においても非常に意義深い。加えて,今後少子化の時代を迎え,大学は若年の教育課程の時期のためにあるだけにだけではなく,働くことによって生じる社会人の学習意欲を支えていくことにより,生き残りをかけて新たな存在意義を訴求する時期にさしかかっている。

立地においても利便性の高い学習院は,社会人に取っては絶好の環境であり,経営学などのビジネス科目を社会人に向けて提供するとともに,大学に回帰した社会人,卒業生を活用して在校生のキャリア形成,社会人基礎力を養成することが考えられる。これにより,学習院大学の社会に対する新たな価値訴求と卒業生も含めた輩出人材の活性化と評価向上が図られるだろう。

 

<参考文献>

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玄田有史,曲沼美恵『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』幻冬社,2004

玄田有史『仕事のなかの曖昧な不安』中央公論新社,2001

玄田有史『働く過剰』NTT出版,2005

小杉礼子『フリーターという生き方』頸草書房,2003

橘木俊詔『脱フリーター社会』東洋経済新報社,2004

日本経済新聞社=編『働くということ』,2004

波頭亮『若者のリアル』日本実業出版社,2002

宮本みち子『若者が《社会的弱者》に転落する』洋泉社,2002

山田昌弘『希望格差社会』筑摩書房,2004

谷内篤博『大学生の職業意識とキャリア教育』勁草書房,2005

日本経済新聞社=編『ジェネレーションY』2005

アルバート・バンデューラ=編『激動社会の中の自己効力』金子書房,2000

山田雄一『応用心理学講座1 組織の行動科学』白桃書房,1998

A.H.バス『対人行動とパーソナリティー』,北大路書房1997

日本労働者研究機構『フリーターの意識と実態』,2000

労働政策・研修機構『若年就業支援の現状と課題—イギリスにおける支援の展開と日本の若者の実態分析から』,2005

労働政策・研修機構『高等教育と人材育成の日英比較』,2004

ベネッセ教育総研『学生満足度と大学教育の問題点2004』,2004

文部科学省『大学における学生生活の充実に関する調査研究協力者会議報告書』,2000

275頁】内閣府『人間力戦略研究会報告書』,2003

経済産業省『通商白書2004』,2004

リクルートワークス研究所『Works 日本にRJPという採用理論が浸透する日 NO48』ワークス研究所,2001

リクルートワークス研究所『Works 新卒採用の新たな潮流 NO61』ワークス研究所,2003

リクルートワークス研究所『Works 大卒フリーターの未来をさがせ NO65』ワークス研究所,2004

UFJ総研『フリーター人口の長期予測とその経済的影響の試算』2004

ダイヤモンド社『役に立つ大学』特集記事 199219931999200120032005


276頁】

パートU 実践プログラムとその分析

 

田中良憲(日本能率協会コンサルティング コンサルタント)

 

T.はじめに

U.ワークショップ実施背景

V.ワークショップ実施にあたっての問題認識

W.テーマ設定(目的とねらい)

X.ワークショップの特徴と手順

Y.アウトプット/成果

Z.おわりに(今後の課題)

 

T.はじめに

パートUではパートT「環境の変化と必要とされる人材—卒業生からの提言」第X章のコンセプトをベースにした卒業生支援の実施事例を,その実施背景と2005年現在の就職活動の実態を踏まえて紹介する。

200510月に「社会や企業の仕組みに対する,学生自身の理解と認識不足の気付きを得る」ことを基本目的としてワークショップを開催した。ワークショップは企業を構成する業務機能構成を特定の会社を想定しながらゼロベースで考えてもらうものであり,企業の仕組みについての理解の度合いについて参加メンバーに気づいてもらうとともに,共同作業の難しさについて学んでもらうビジネスゲームとでもいうべき内容になっている。

 

U.ワークショップ実施背景

近年の企業側採用形態の変化(大学OB主導による採用活動・所謂リクルーター制の減少・廃止,人事部門主導による職種別採用や通年採用の実施,グループディスカッションやコンピテンシー面接といった行動力確認など)が大きく,卒業してから数年経つ卒業生の就職活動体験や成功事例とのギャップが目立つようになってきた。もともと学習院大学は金融機関,総合商社といった上場企業への就社傾向が高く,それら上場企業での採用方法の変化に対して卒業生の直接的支援余地が少なくなってきたことがギャップの大きな原因である。

一方で現役学生は就社にあたっては高い潜在能力が測られるとともに,より高度な活動対応が求められるようになってきた。現役学生からの「実践的な就職活動支援」ニーズが高まったことから,20037月に数人の現役学生に対してインタビューを行うことで基本ニーズを確認した。結果,単なる業界・企業紹介といった既存のやり方を改め,講義形式に実践研修内容を加えたワークショップを開催することとなった。2003年以降今回で3回目の開催となる。

 

V.ワークショップ実施にあたっての問題認識

ワークショップ開催にあたって,まず2005年現在の採用側企業の採用形態や応募側学生の実態を改めて定量的に確認した。さらに世間一般の実態と学習院大学現役学生の現状を確認し,定量・定性の両面から考察した結果,以下の3つの問題認識を持った。

 

277頁】@企業側人材要件に対する学生側の理解度が低い

2005年現在企業環境は大きく変化し,業界業種によって差異はあるが収支縮小均衡段階を脱し,企業側は新しい成長段階に入ったと言って良いだろう。2007年問題という制約条件も手伝って企業における人手不足感が高まっている。厚生労働省による労働経済動向調査(年4回実施)によると,20058月の常用労働者が「不足」と答えた企業の割合から「過剰」を引いた過不足判断指数はプラス16だった。20055月調査時から3ポイント上昇し不足超過幅が拡大しており,199211月とほぼ同水準で,企業の好調な業績を反映し,バブル期に迫る人手不足感を示している。(200591日発表内容)成長戦略の延長線として企業側の採用意欲は明らかに高まっている。しかしながら企業側はこの人手不足に対応し得る新卒採用についてすぐに門戸を開放する姿勢はとっていない。

 

 

リクルート社の調査によると「仮に採用数が満たなくても求める人材レベルは下げない」としている。(図102006年卒採用方針は2005年卒のそれと比較すると多少採用基準が緩和している傾向は見受けられるが,態勢は大きく変わっていないと判断して良いだろう。この調査を裏付けるかのように,先の厚生労働省の調査では,依然として派遣や請負など臨時的な雇用で補う傾向が強いことがわかっている。1年前に比べ,派遣と請負の労働者が増加した企業は2割に上り,減少した企業の1割を上回った。すなわち企業側では人手不足という認識でありながら,「求める人材要件水準」を下げてまで,かつての大量採用モデルは採らない姿勢をとっている。

企業内で行われる繰り返し型作業が中心のオペレーション業務については,大学新卒市場に代替し得る労働市場から労働力を確保して充当すればよいという企業側の姿勢が見受けられる。あえて高いコストを払って人材育成する,また雇用義務による固定費率増加といった財務上のリスクを犯してまで大学新卒を採用する必要はないという企業側の事情が推測できる。そのため企業側はあえて「求める人材要件水準」を下げてまでも大学新卒は採用しない姿勢をとっている。

278頁】それでは企業側が求める人材要件とは何だろうか?先に例示したとおり,企業側が採用において重視するもの(図2)のトップに「行動力・実行力」が入っている。これは後天的な知識力よりも先天的な行動力「実際に行動して成果を出せる人材」を求めているものと推測される。「行動」とは既存ビジネスモデルやパターンに安住したものではなく,競争が激しい環境下で創出し得る新しいビジネスモデルやパターンに対応し得る変革力や改善力そのものであり,人材要件はこれまでの基準を超えたより高い水準だと考える。しかしながら各学生はそういった企業側の要求水準について理解を深めない状態で就職活動を行っていることが次の図で読み取れる。(図11)図は就職活動を開始した時点と選考段階に入った時点で,就職活動に対する認識を「思ったとおり厳しい」「思ったよりも厳しい」と感じた学生の厳しいと感じた理由をあげている。「各学生は企業側の採用基準の高さに「就職活動は厳しい」と感じており,20042005年比較ではそのポイントが大きく上がっている。

 

 

学生側は大学新卒市場における企業側のニーズを的確にキャッチし,それに対応すべきものと考える。現状ではそれに対応した活動ができていないため,学生側は就職活動に対して厳しい感触を持っていると言って良いだろう。

 

A活動実態に対して学生側・企業側間の認識ギャップが埋まっていない

就職活動にあたって各学生は「自己分析」「業界研究」「企業研究」「仕事研究」と4つの視点で研究探索を行うことになる。4つの視点について論理的且つ客観的にバランス良く研究することが良い就職活動を実施するキーファクターとなるが,もっとも重要なことはそれらの研究活動に対して企業側がどのように判断・評価するかである。

次の図は上記4つの視点に対する学生側の自己評価と企業側の評価をそれぞれ比較したものである。4つの視点はともに,学生の自己評価と企業側の評価には大きなギャップがある。ギャップが発生していること自体が問題なのだが,その中でも特に「仕事研究」においてそれが大きいことがわかる。「仕事研究について十分/どちらかというと十分」領域においては学生側と企業側では24.8ポイントも差があり,また「足りない/どちらかというと足りない」領域279頁】においても8ポイントの差がある。

 

 

280頁】企業側が仕事研究に対して大きなギャップ認識をもっていることは,企業側の採用方法からの影響が大きいと考える。次の図は企業側が検討実施した採用方式となる。(図13

 

 

企業側の採用方法はかつて主流を占めた「コース別採用」を抜いて「職種別採用」トップとなっている(なおリクルート社『就職白書2003』によると,コース別採用にて募集する職種でもっとも多いものが営業職,次いで開発研究職,事務職の順となっている)。この事実により企業側の過去行われていたジョブローテーション・配置転換をベースとした育成から,専門的育成による早期戦力化を図る意向が伺える。

企業側は募集・採用段階から,募集者の職に対する探求度合いを確認することで,応募意思や適性を判断する必要性が生じてきたため,「仕事研究」の視点について重点的に確認する可能性がある。そのため応募側各学生に対して「仕事研究に対する深堀が足りない」との認識を持っていると推測される。

応募側学生も就職活動にあたって「具体的な仕事内容」をより正確に情報収集しようという傾向が高い。次の図は学生側が強く知りたいと思っていた上位5項目を抜粋したものである。(図14)この中で「具体的な仕事内容」がトップとなっており,企業側の職種別採用に対応しようとする学生側の意図がみてとれる。

これらのうち,「具体的な仕事内容」「配属予定職種」「企業が求めている具体的な能力・人物像」は知りたいと思っていた学生の6割〜7割が「知ることができた」としている。しかしながら少なくとも「具体的な仕事内容」については,企業側は「まだまだ研究が足りない」とみており(図12),ここでも企業側と学生側のギャップが大きいことがわかる。

そこで学生側の職種に関する情報収集方法や精度そのものに問題があり,改善する余地が大きいという仮説がたてられる。この仮説が今回のワークショップのテーマ設定のきっかけの一つとなっている。

 

281頁】

B学習院大学現役学生の就職活動における競争力低下の可能性が高い

上記二つの現状認識に加え,今回受講対象者となった湯沢ゼミ現役学生に対して事前アンケートを行った。アンケート対象はこれから2007年卒業予定であり,2005年〜2006年にかけて就職活動を行う3年生12名が対象である。母集団が少ないため,今回の結果が学習院大学全体の実態ととらえることは難しいが,傾向の一つとしてとらえることはできるであろう。

アンケート項目は大きく3つに構成されている。一つは「就職活動における志望状況について」,一つは「就職活動における情報収集方法で重視するもの」,一つは「就職活動対策として検討しているもの」である。

まず一つ目「就職活動における志望状況について」だが,結果は次の図のとおりである。(図15

 

 

「志望,志望企業」については半分以上の学生がすでに具体的に絞り込んでいるのに対し,具体的な「志望職種」については12名中3名の学生だけが絞り込んでおり,ギャップがあることが特徴といえる。これは「志望業界,志望業種についてはある種のある憧れはあるが,その企業で自分は何がしたいか,何ができるかは表明できない」ということを示す。企業側の採用282頁】方法のベースが「職種別採用」となりつつある現実から考えると,企業側の実態と今回のサンプル結果には大きな差がある。

次に「就職活動における情報収集方法で重視するもの」についてだが,結果は次の図のとおりである。(図16)これは現役学生が志望する企業情報や職種そのものについて,どのような手段を重視して情報収集しているかを確認するためであった。

就職活動支援サイトや企業ホームページなど,Webサイトを活用した情報収集から,企業に勤務する社会人の知人・友人や大学OBに対しての情報収集まで,バーチャル・リアル両面の情報チャネルを活用して効率的に情報収集しようとする姿勢が見て取れた。

一方で「もっとも重視するもの」として上位にあがったものは「就職活動支援サイト」「企業ホームページ」であった。特徴的なことは現役学生が「就職部」を重視していないことである。これは情報チャネルとしての「大学OB」の情報収集優先度を下げる原因ともなりえる。OBに対して情報収集を行う具体的な行動を起こすきっかけを作るため,就職部は大学OBの企業就職状況を伝えるデータベース機能を担っている。その「データベース」を活用しなければ,現役学生はOBを通して企業や職種の実態を想定することは難しいだろう。

現役学生がWebサイト情報を重視することは,効率面を重視した選択といえる。しかしこの結果は危惧すべき事態と考える。Webサイト情報はオープンな情報であって,どこの大学の学生,誰でも簡単に情報収集できるものである。決して就職活動を有利に進める情報ではなく,最低限知っておくべき一般情報である。先んじた情報収集はWebサイト,特に現役学生がもっとも重視している「就職活動支援サイト」ではできない。志望企業や職種についてページに記述されている表層的な面だけをみて,安易に「実態把握をした」と結論を下す可能性も高い。図12で示した「企業側と学生側のギャップ」現在の傾向が大きな原因とも考えられる。

 

 

最後に「就職活動対策として検討しているもの」についての結果は次の通りである。(図17)すでに「何らかの検討を図っている,あるいは検討中」の学生が半分を占めるのに対して「ま283頁】だ検討していない,対策そのものがわからない」学生が半分を占める。企業側が採用において重視するもののトップが「行動力・実行力」であることを考えれば,この結果はやや心もとないものと考えるべきであろう。

もっとも危惧しなければならない点は,こういった非積極性から派生する対策の遅れが他大学との競合(グループディスカションや集団面接)の場において「引けをとってしまう」結果になる可能性がある。

 

 

以上3つのアンケート結果から,就職活動における学習院大学現役学生の競争力が低下し得るとの仮説を持った。特に職種が定まらないことによる「職種別採用」対応への遅れの可能性や,Webサイト中心の情報収集といったスタンスについて,現役学生は採用企業側に対して好印象を与えにくいものと判断し,大きな改善余地があると考えた。

 

W.テーマ設定(目的とねらい)

ワークショップにおいては,上記の現状確認を踏まえ,実施テーマを「職種とは何か?業界軸とプロセス軸で真剣に考える」とした。特に検討が弱いと判断した「職種」を対象に検討の場を置いている。特に業界・企業軸での研究や,採用対策といったテクニカルな面は追わず,「今後自分が従事するであろう,『職』をどうとらえ,理解するか」に重点を置いた。

実施形式については,特に就職活動に対する大学講義のような「座学の講義形式」はあまりとっていない。特に就職活動対策の位置付けで,グループディスカッションを取り入れている。個人ワーク並びにチームを組んでのグループディスカッション,時間を制約したうえでのアウトプット作成を行うことで,参加メンバーの思考を活性化させることにした。

最終的には研修終了時には参加メンバー一人一人が「自分の課題,すなわち就きたい職と自分の能力のギャップ」を想起できることをねらいとしている。

 

X.ワークショップの特徴と手順

本ワークショップは以下の3つの点について留意し,構成されている。

 

1)企業のビジネスプロセスとPDCAサイクルの理解

まず企業の活動サイクルと業務の関連性を理解するため,ビジネスプロセス発想で事業運営の仕組みを講義している。本ワークショップでは職種の存在と,職種に対する深堀の必要性を認識させることが大きなねらいであり,いきなり「個別の仕事/業務」というディテイルを断284頁】片的に見るのではなく,先ずそれら個別業務が会社の中でどういう位置付けで,またどういうミッションをもって活動しているかを理解してもらえるように講義した。

またそれぞれの機能・職務について,それぞれ「計画」「実施」「チェック」「是正」所謂「PDCAplan, do, check, act)サイクル」を回しながら業務が遂行されていることについても講義した。またこれはそれぞれの機能,職務というものは単一で存在するのではなく,どれも必ず計画(企画)があって始めて実行されることを理解してもらうためである。今回アンケートの折,現役学生に対して希望職種も確認したところ,「企画」という職種を希望している現役学生が多くいた。この企画という職種はそれぞれの機能において計画機能を果たす職種といえよう。具体的には事業管理機能においては「事業企画」,営業機能においては「営業企画」,開発機能においては「商品企画」といった職種がこれにあたる。

具体的には企業の事業運営にあたって必要な機能や流れ(基本プロセス)について説明したうえで,それら機能を果たす個別業務について個人ワーク/グループディスカッションを進めた。(図18

 

 

2)個人ワーク/グループワーク組み合わせによるメンバー間コミュニケーション

演習については個人ワーク,グループワークと時間帯を分け,ディスカッションは発散と収縮が連続して行われるように留意している。生産性の低い会議は会議の目的やアウトプットが決められないまま,いきなりタイムスケジュール無しで会議が進行していくことが多い。この事象は一般事業会社における会議の場でも日常起きていることだ。生産性の高いディスカッションが実現できるように,作業検討時間については全て厳密に制限を設け,時間内にまとめる285頁】ように参加メンバーに促している。

グループワーク並びにグループディスカッションにあたって,3チームに分け,それぞれグループリーダーを設定し,議事進行を委任した。これはグループリーダーに議事進行過程で取り組むべきミニテーマに対して「どれほどの作業時間を設定するか,どれほどのまとめ時間を設定するか」さらに「どういった役割分担にするのが効率的に進むか」を認識してもらうという狙いがある。また一方で検討メンバーには,議事進行にあたって「自分たちの果たすべき役割」「リーダーを補佐するタイミング」を認識させるねらいもある。これらの時間制限と役割分担のもとで議論することにより「他メンバーに対していかに効率良く且つ正確に意図や情報を伝えるか」を参加メンバーに思考させた。

 

3)制約条件と議論定石KJ法をベースとしたアウトプット作成

グループワークまとめについては作業検討時間に対する制限に加えて,検討項目のまとめ方についても制限を設けている。相手に自分の考え方を正確に伝えるため,あえて書き方に制約を加えたカードを用意し,この書式に従って職種を参加メンバーに想定させている。(図19)共通の記述ルールと制約を設けることで「いかに相手に伝えるように記述することが難しいか」を認識してもらうとともに,図19のように「仕事の対象と目的」をはっきりさせる作業をそれぞれ行い,ワークショップのねらいである職種を想定するように個人ワークの時間を当てている。

 

 

また検討のまとめ方として「KJ法」を用いて,具体的に手で書き,意見収集し,ディスカッションを推進している。「KJ法」とは文化人類学者川喜田二郎氏が考案した創造性開発の技法で,川喜田氏の頭文字をとり名付けられている発想方法の一つである。ブレーン・ストーミングなどで出されたアイデアや意見,または各種の情報を1枚毎に小さなカードに書き込み,それらのカードをグループに組み立てて図解していく。こうした作業の中から,テーマの解決に役立つヒントやひらめきを生み出す。(図20

ステップ1においてブレーン・ストーミングなどの強制発想方法を用いて意見を収集する。今回は意見を記述する媒体として前述のカード(図19)を使用し,参加メンバーに手書きでまとめさせた。最近はパソコンの浸透により手を使って情報をまとめる機会が減っているため,実際に書かせるとルールどおりに表現できないことが多い。

次にステップ2において類似しているカードをグループ化し,あるいはグループ化できない特殊のカードを認識する。今回は模造紙にカードを並べさせ,具体的にカードをグループ化させている。こういった作業は大学においても企業においてもあまりみられないが,具体的に手を動かしながら検討することで,カードに書かれた情報が鳥瞰できる点,参加メンバーに即時286頁】に情報が共有化される点で,ディスカッションには非常に有益だと認識している。

ステップ3においてグループ化したものについて「表札」をつける。表札をつけるとは「要するにこのグループを一言で言うと」表現できる言葉を設定することに他ならない。今回は参加メンバーが想定したカードをもとに,企業内のそれぞれの機能に位置付く職種を一言で示すように指示している。この作業で「それぞれの職種が企業の機能のどこに位置付くのか」「それぞれの職種が何を対象にどのような目的で業務遂行されているのか」を参加メンバー間で共有化させている。

最後にステップ4として,グループ化した内容詳細と表札をベースに1枚に文章化することでまとめを終える。今回のワークショップでは文章化についてはグループでは実施せず,個人の取り組み課題をまとめるかたちでディスカッションを終了させている。

 

 

次にワークショップの具体的な手順時間配分を掲載しておく。留意点で述べたように各作業においては全て時間制限を行動するように参加メンバーに求めている。

 

-0. 会社の機能・プロセス分担とプロセスマッピング事例について<30分間講義>

-1. 各チームに分かれ,チーム内で自分たちの役割を決める。<3分以内>

-2. それぞれ自分が志望している(あるいは何となく思いつく)業界,業種,企業の職種“すべて”と,その役割を想定する。<15分間,一人5職種以上を目標とする>

-3. 皆でカードを出し合ってグルーピングする。視点として,事業管理系・直接機能系・間接機能系さらにその中で似たような職種をまとめる。まとめ方のヒントとして以下を参考にすること。<20分間>

・一人目が自分の手持ちカードを読み上げる。

・似たようなカードを持っている人は1番目の人が読み終わったタイミングで挙手し,自分のカードを読み上げ,グループ化の対象となるものか,皆でその場で判断する。

・その場で迷うものは後回しにして,次のカードを読み上げる。

287頁】・最後に後回しにしたカードを再検討する。

-4. カードを集約し,それぞれ模造紙に縦に並べ,より良いまとめを皆で相談してカードに書く。(まとめ内容:職種名のまとめ,その役割のまとめ)<20分間>

-5. 事業管理系・直接機能系・間接機能系に分け,それぞれの職種を並べてはりつける。<5分間>

-6. 検討結果を踏まえた個人の職種に対する理解と今後の検討課題まとめ<20分間>

 

Y.アウトプット/成果

今回のワークショップは検討結果としてのアウトプット/成果を求めてはいない。何故ならば,検討プロセスを経ることで「職種について想起する」あるいは「リーダーとして,メンバーとしてグループディスカッションを進めていくことの難しさを体感する」ことに目的とねらいを置いているからである。

したがって今回のアウトプット/成果としては,ワークショップ受講アンケート結果(図2122)と現役学生参加メンバーの感想を何点かあげておく。なお,今回の研修参加者2年生153年生8名の計23名で,アンケート有効回答数は合計で16名であった。

 

288頁】

なお,参加メンバーの感想として,「いろいろ知らないことがわかったし,制限のある中グループで考えることができてよかった」(3年生男子)「自分の希望職種を絞ることができた」(3年生女子)「自分のリーダーシップのなさを思い知らされた」(3年生男性)「本来事務職という職種はないということや,企画といっても見方によってはいろいろな分類があることがわかった。」(2年生女性)「これから先をムダにしないようにしなくてはと気付いた。就職について少し不安が和らいだ」(2年生女性)「自分が今何をすべきか少しわかった。チームワーキングを体験できて良かった」(2年生女性)「資格よりもコミュニケーション能力が重要だとわかった」(2年生女子)などがあった。当初のこちらの狙いやメッセージが学生に伝わったように思われる。

 

Z.おわりに(今後の課題)

今回のワークショップ実施により以下の点について課題を認識することができた。今後はこれら課題に対応し得るワークショップを企画し,実行していきたい。

 

@役割分担を意識したグループディスカッションをすすめていく能力向上

グループディスカッションは具体的な就職活動の採用段階において初めて対応するものではない。何らかの役割を決め,物事を議論し,結論を出す行為は大学生活,社会生活を問わず自分で主催する,あるいは参加するなど日常生活において何らかの形で発生するからだ。今回のワークショップを通じ,現役学生が日々いかに議論をする機会が少なくなっているかが伺えた。例えばリーダーとしてのリーディング能力(ディスカッション工程の組み立てとマイルストーンの設定,メンバー分担の割り当て,アイデアが出ないメンバーの動機付けと積極参加促進,議論の本筋と異なったときの即時是正など)など,高い評価を与えることはできなかった。

また参加メンバーも個人作業に一度入ると,まとめのタイミングを見計らう,あるいは他人の意見を聞きながら再度まとめ直そうとする行為が見られず,「個人の世界」に入り込む傾向があった。この点から高いコミュニケーション能力発揮は伺えなかった。

289頁】A決められた条件に従ったアウトプットを発想する能力の向上

ディスカッションを進めていくルールとして表現制約や時間制約を設けたが,その制約への対応能力が非常に低い傾向が伺えた。例えば時間が足りない場合の代替案あるいは粘り強く考察するといった習慣に欠けると認識した。

これはグループディスカッションでの課題認識と同様,日常生活でそういった制約条件の中で物事を考える,進める機会が減っていることに起因していると推測される。制約のない状態で相手に何かを伝え,共同作業で物事を組み立てる機会は本来極めて少ない。

これらについては現役学生側だけの課題認識ではない。@における課題もあわせて,課題を克服し得るカリキュラムの充実化など,大学側でも何らかの手が打てるものと認識している。しかもそれは就職活動支援を目的としたキャリア教育の視点ではない。ディスカッション活性化をトリガーとした演習授業の充実や,精度の高い研究成果など,本質的なものを期待したい。こういったカリキュラムの取り組みは他大学で本格的に取り入れたケースは少なく学習院大学にとっても大きな強みになるものと考える。

 

B経営学をベースとした職種に対する理解度向上

今回事前アンケートの実施により,ある程度の現役学生の水準を想定したうえでワークショップを実施したが,ディスカッションが進行するにつれて,現役学生の職種に対する理解度が極めて低いと改めて認識させられた。

例えば志望職種で毎年上位を占める「企画」という職種についてその傾向が伺えた。本来「事業企画」「営業企画」「商品企画」といった機能領域においてプランニングする職種として分けてとらえるべきだが,参加メンバーは皆混在してとらえていた。以下の図は応募側学生を志望する職種の推移を示した図である。(図23)志望職種として「営業企画,営業部門」「商品企画・開発・設計部門」が向上していることがわかるが,アンケートに答えた学生はどこまで「企画」という職種を理解したうえで答えたか極めて疑問が残る。

 

290頁】

何より問題だと感じたのが今回の参加者が経営学を専攻している現役学生ということだ。経営学における専門領域について研究活動を進めると同時に,企業運営と事業運営の仕組みについて基本を洗い直すことが何よりも肝要ではないかと感じた。

 

<参考文献>

リクルート『就職ジャーナル版 就職白書』,20032004

毎日コミュニケーションズ『2005年度大学生の就職意識調査』,2005

厚生労働省『労働経済動向調査』,2005

マイケル・ハマー,ジェイムズ・チャンピー『リエンジニアリング革命』日本経済新聞社,1993

関西生産性本部=編『経営品質向上プログラム』ダイヤモンド社,2003

川喜田二郎『KJ法実践叢書』プレジデント社,1984