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田島先生の業績と学風について

 

明治大学大学院教授

上原 征彦

 

はじめに

田島先生に関する業績については,いくつかの代表作に注目して評価がなされるべきでなく,学術論文の他にエッセイ,巻頭言,評論等を含む幅広い著作と講演等における個々の記述の論理とその背後に見られる視座を鳥瞰しつつ,その評価がなされるべきであろう。それは,田島先生が,現実を見つつ理論をつくり,その理論で新たな現実をとらえて再び理論をつくり直していく,という繰り返しを旨としつつ,現実を追いかける形で理論を再生産してきたからである。その意味で,田島先生の業績についての言及は,私ごときの未熟者がするのではなく,後世の真摯な評価に委ねるべきだと思っている。ここでは,先生の業績としてあまりにも有名な流通革命論と先生が依拠した学風について言及しておこう。

 

流通革命論とその成果

田島先生は,林周二先生と共に,1960年ごろから日本の流通が劇的に変化していく事態に注目しつつ,これを流通革命と名づけ,そこから日本の流通の行方を捉えようとした。その後,田島先生は,日本の流通がどう展開するかについて積極的に発言してきたが,実際に,現在に至るまで,日本の流通は田島先生が述べた方向にそって変化してきたと見做すことができよう。

私は,上記の流通革命論が,当時の劇的な流通システムの変化を的確に記述しただけでなく,流通の劇的な変化をどんな文脈で捉えるべきか,ということについての理論的示唆を与えてくれたことに注目している。田島先生は,こうした文脈として,有力メーカーのチャネルパワーの拡大と大型チェーン小売の台頭という2つを挙げ,この2つの観点から日本の流通革命を説明しようとした。さらに,このことは,どちらの文脈が強く作用するかという問題,言換えれば,メーカーと流通業者のいずれがチャネルパワーをもつか,それを決める条件はなにか,という点についての問題を提起することになる。この問題は,社会学等で開発された影響力モデル(依存モデル,パワー資源モデルなどに代表される系譜)によって分析されてきているが,このモデルでは,メーカーvs流通業者という特定化された分析が困難であり,メーカーと流通業者とはどこで補完し合い,どこで対立するか,という視座の導入が必要である。田島先生の研究は,まさに,この視座を提供してくれるものである。我が国のチャネルパワー論の多くは,影響力モデルの活用の域を出ないでいるが,田島先生の視座を踏まえた研究方向を追求していくと,大きな成果が生み出されそうである。

 

田島先生の学風について

田島先生は,現実を抽象化しつつ理論を構成し,その理論をつかって新たな現実を捉えつつ更に理論を再構成していく,という学風を堅持していたように思える。そこには,理論は確かに現実の抽象化を契機とするものの,それは現実を説明するために主体が創出した用具に過ぎず,その意味で理論と現実とは別次元のものであって安易に両者を結び付けてはならない,という思想がうかがわれる。このことから,文献研究だけでは不十分であるが,データを収集し仮説を統計380頁】的に検証することによって理論を正当化することにも多大な危険が伴う,という先生の研究態度を推察することができる。私も,とくに最近は,田島先生のこうした研究態度こそが社会科学の発展に結びつく最良の道である,と確信するに至っている。