355頁】

 

英国におけるワーク・ライフ・バランス

——両立支援策と企業パフォーマンス——

 

脇坂 明

 

 

1 はじめに

ワーク・ライフ・バランス(WLB)は,様々な意味で用いられているが,英国貿易産業省(DTI)の定義によると,「年齢,人種,性別に関わらず,誰もが仕事とそれ以外の責任,欲求とをうまく調和させられるような生活リズムを見つけられるように,就業形態を調整すること」である。これだけだと,かなり抽象的であるが,WLBという言葉がおそらく英国で最初に使われだした背景を考えると,わかりやすい。

1997年にブレア労働党政権が誕生する以前は,英国政府はワーク・ライフ・バランス政策にあまり力を入れてこなかった。WLBの問題は,労使間の自主的な決定に委ねられるべき事柄であり,政府が介入すべきではないという伝統的な考え方が強かったこと,また,WLB支援の結果として有能な人材の獲得や従業員の定着というメリットを受けるのは企業であり,その対策のための費用も企業が捻出すべきという考え方がとられてきたためである。

しかし,現政権が1997年に発足して以降は,英国でもファミリーフレンドリー施策が重視されるようになった。2000年にはワーク・ライフ・バランス・キャンペーンが開始される。2002年には父親休暇が法律により規定され,男性の育児への関与を高める姿勢が打ち出された。そして20031月にはワーク・ライフ・バランスに関する政府の戦略を示した文書が公表され,「仕事と生活を両立させるための柔軟な働き方を可能にすることが,いまや社会的,経済的,経営上の中心的課題」と位置づけている。

本稿でも紹介する施策を政府がつぎつぎと行った効果もあるが,英国でワーク・ライフ・バランスの概念が広まった背景には,欧州先進国と比較して低いといわれる生産性を改善するとともに,有能な人材を確保するためには魅力的な就業環境を整備しなければならないとの企業側の問題意識があった。ゆえに,WLBは,もちろん従業員のニーズにかなうだけでなく,企業にとっても利益になるという意味で,「win-win」の状況をもたらすというところにポイントがある。ここが伝統的な「仕事と家庭の両立」論と異なるところである。英国政府のWLBについての担当部署であるDTIも,多くのところで「win-win」の観点から広報・宣伝をしている。

英国の労働組合もWLBに積極的である(以下は主として,Heery (2006) による)。象徴的なのは,伝統的な労働組合が,柔軟性(flexibility)を「dirty word」と捉えていたのに対し,現代の組合は,労働者の選択の幅を広げ自律性を増し,技能を向上させて,経営者が唱える競争力ある人材へのニーズにこたえようとする,「積極的柔軟性」(positive flexibility)と捉えていることである。具体的な要求事項,交渉事項も,それまでの所定労働時間の短縮,年休増,残356頁】業割り増し増から,1990年代初めに,ファミリーフレンドリー(以下,ファミフレと略)やWLBに関する事項に移行していった。女性を中心としたファミフレ施策だけでなく,学業との両立や(定年・引退前の)高齢者のニーズも念頭においたWLBに焦点が移っていったわけである(なおファミフレとWLBの関係についての筆者なりの整理は脇坂(2006))。

こういった現実を反映してか,米英でWork-Life Balanceやファミフレに関する研究が増加し,とくに注目すべきは,ファミフレと企業パフォーマンスの関係を探る研究が蓄積されはじめている。文献展望は松原・脇坂(2005a)(2005b)(2006),英国では,Gray (2002), Dex=Smith (2002) があるが,このテーマにはデータによる制約がある。つまりパネル・データでないと結論が強く言えないことである。一時点の調査でファミフレと業績の正の関係が証明できても,「ファミフレを充実させたから業績が上がった」のか「業績の良い企業だからファミフレを充実させることができた」のかの区別ができない。パネル・データは各国で整備されつつあるが,個人についてのものが中心で,この種のテーマに必要な事業所パネル・データは各国でも少ない。わが国では「企業活動基本調査」を用いたKawaguchi (2003) ,「企業活動基本調査」と「就職四季報女子学生版」を用いた児玉・小滝・高橋(2005),日経NEEDSと「就職四季報女子学生版」を用いた佐野(2005)の研究があるくらいだが,これは主として,男女均等と業績についての研究であること,また差別理論の検証に焦点をあてているため,雇用管理の変数に十分な焦点をあてた分析になっていない。

このテーマに即した研究をニッセイ基礎究所が事務局となって行った。2005年の「両立支援と企業業績に関する研究会」によるもので,会社四季報から従業員301-2000人規模の上場・未上場企業3464社を対象に郵送調査をおこない446社の有効回答を得ている。1991-2005年のなかの4時点の財務データなどの企業業績指標が利用できる。分析結果は,両立支援と企業業績に関する研究会(2006)に様々な角度からの研究があるが,入手しやすい専門雑誌としては,武石(2006),脇坂(2006)がある。

こういった研究状況だが,英国のWLBについて,最低限わが国について触れながら,ポイントを論ずることが本稿の課題である。

 

2 背景

ファミフレ普及の経緯は,大きく英米のアングロサクソン(豪州・カナダ含む)と大陸ヨーロッパ諸国に分かれる。伝統的に前者は国家介入せず企業が最小限の整備をする,ゆえにファミフレ充実の議論も生産性向上の観点が前面に押し出された。一方,後者では国家が介入することによりファミフレを充実させてきたので,生産性というより働きやすさを働く権利としてとらえ,国家が介入してきた。わが国を位置づけると,もともと中間に位置してきたが,近年にいたり後者の伝統的な仕事と家庭の両立論から前者に移行しつつある。

ところが世紀の変わり目ごろから変化がみられる。英国がEUの加盟国として影響力をもつ活動をしはじめ,本稿で述べるように国家がファミフレを推進するようになった。象徴的な事実としては,1997年にできたブレア政権が二期目をめざす選挙(2001年)の直前の2000年に「ワークライフバランス・キャンペーン」を開始するだけでなく,最初の網羅的調査(WLB1)をおこなう。それらがEUに変化をもたらし大陸ヨーロッパ諸国も英国(そして米国)の影響をうけるようになってきた。労働市場における規制緩和などで,国家が規制するのでなく,民間企業によるファミフレ充実の推進をベースにおく。

357頁】米国とドイツ・フランスにまだまだ大きな開きがあるとはいえ,ベクトルの方向は収斂しつつあるようにみえる(たとえばフランスの35時間労働制の見直しに典型的に見られるように,働きたい労働者は働く)。その要がアングロサクソンでありヨーロッパでもある英国である。この国の失敗や経験を学ぶことは有益であろう。

 

3 英国のファミフレ制度

英国のファミフレ制度は,近年,日本なみになってきた。箇条書きにして,まとめていこう。

3-1 20034月から新しい法(2002年雇用関係法)の施行

1)母親(産後)休暇の充実

有給が18週から26週へ,無給が11週から26週へ;計29週から52週へ

この結果,出産休暇は通常出産休暇(OML26週及び追加出産休暇(AML26週,合わせて最長1年。OML中は法定出産給付(Statutory Maternity Pay; SMP)を受給。最初の6週は給与の90%,残りの20週は一定額。またSMPの受給資格がない離職者は,一定の要件を満たせば出産手当(MA)を受給できる。

2005年総選挙公約により,20074月より有給が39週に延長される。<これで1年分の日本と同じ額ぐらいになると推定される>なお法律は52週有給を目標としている。

2)法定出産給付(SMP)の増額

SMPが週75ポンドから100ポンド(物価スライドするので現在108.85ポンド)へ増額となり,6週が給与の90%,残り20週が現在は108.85ポンド。給付金は108.85ポンドか90%の高いほうをもらえる。この額は政府から戻る。中小企業 104.5%,大企業 92.0%で中小企業に有利になっている。

32週間の有給父親休暇(Paternity Leave)の誕生

20034月以降に生まれた子供の父親は,連続する1週又は2週の有給休暇を取得できる。ただし休暇の最終日が子供の誕生から8週以内でなくてはならない。休暇中はSMPと同水準の法定父親給付(Statutory Paternity Pay, SPP)を受給できる。

妻が専業主婦か否かの規定なく,父であれば資格あり。(ただし日本でも産後8週間は専業主婦を持つ夫でも育児休業取得可能)。

4)柔軟な働き方を要求できる権利の新設

6才未満の子供又は18才未満の障害をもつ子供の親は,柔軟な働き方を申請する権利がある。申請日までに26週以上連続して働いていることが要件。柔軟な働き方とは,年間労働時間契約,圧縮労働時間制,ジョブシェア,学期間勤務,期間限定時間短縮(V-time),パート勤務,在宅勤務などである(付録表1参照)。

雇用主はその申請を真剣に検討する(serious consideration)義務がある。雇用主は正当な業務上の理由ないかぎり拒否できない。TIGER (Tailored Interactive Guidance on Employment Rights), Duggan (2003) 17.9 (pp.202-) において,以下の8つが例示されている。

1)追加費用の負担(The burden of additional costs

2)顧客需要の対応能力の悪影響(Detrimental effect on ability to meet customer demand

3)業務の質(Quality)への悪影響

4)業績(Performance)への悪影響

358頁】5)在籍従業員のあいだで仕事を再編成できない(Inability to re-organise work among existing staff

6)追加要員の採用(Recruit additional staff)が困難

7)申請期間に十分な仕事がない(Insufficiency of work during the periods the employee proposes to work

8)組織改変の予定(Planned structural changes

5)両親休暇(Parental leave

これは2003年からでなく,すでに199912月から施行されている。6歳未満の子をもつ親で,1年以上勤続する労働者は,1週単位で1年間に4週まで,子供が5才になるまでに合計13週の育児休暇(無給)を取得できる(障害をもつ子供の親は子供が18才になるまでに18週)。形式的には,これが日本の育児休業に対応する。

従来,英国では女性だけを対象とした出産休暇制度が実質的に育児休業を代替する形になっていた。EUでは「育児休業に関する指令」の案が1983年という早い段階で提出されていたが,政府はそれに対して拒否の姿勢を貫いてきた。当時の保守党政権下では,育児休業の法制化は企業の負担が大きいとの反対があり,制度導入に伴う雇用への悪影響も懸念されたため,制度は労使協議に委ねるのが適当というのが政府の主張であった。1996年に英国が同意したためようやくEU指令は採択され,それを受けて英国内で育児休業に関する法整備が行われたが,それは現労働党政権への交代後の1999年であり,EU加盟国の中では最も遅れて実現した。

 

3-2 2003年法施行以前の実態

法施行直前に行われた調査で,追跡調査のベンチマークとする目的で行われたものに貿易産業省(DTI)による第2WLB調査(WLB2)がある(Stevens et.al (2004))。事業所調査は5人以上事業所の長1509名に面接(60 回答率)した。調査時期は200212月,20034月である。従業員調査は2003名の面接(29 回答率)で 20031-2月調査である。

WLB2調査は,のちに述べるWERS04についで,現在最も詳しい調査と思われる。調査結果のポイントを箇条書き風にまとめる。

 

出産休暇制度(Maternity Leave

事業所調査 68%。休暇期間は,52週 11%,52週超 1%と1年以上は12%にすぎず,「わからない」という回答も38%ある。

父親休暇制度(Paternity Leave

事業所調査で制度が35%もある(それ以外に,27%が裁量)。従業員調査でも,休業が制度的に取得可能であった者が26%もあった(250人以上事業所では41%)。

両親休暇(Parental Leave

45%の事業所で規定あり(written policy)。法があっても半分以上は制度ないことがわかる。法定基準を上回る事業所は11%,うち有給は25%。

雇用形態の変更(Changes in work status

パートとフルの相互転換が実態として,2003年以前から,かなり可能であったことが表1,2,3からわかる(事業所調査)。とくに表3は,育児によらない短時間勤務への変更であり,359頁】注目される。フルからパートへの申請が過去12ヶ月あった事業所が24%で,ほとんどが認可されている。うち1年以上続く働き方の変更の申請は17%である。

 

 

 

 

 

表4は,柔軟な働き方ができるかどうかを,事業所調査と従業員調査から,まとめたものである。学期間勤務,ジョブシェア,在宅勤務などが,半数に満たないが,法施行以前から,これほどまで利用可能であったことは,(法を意識した制度導入,運用があったとも考えられるが)驚きである。

 

3-3 法施行後のDTIによる2回の従業員調査

下記の2つの調査がDTIによって行われている。

FWES1; Palmer (2004)20039-11月,20042月調査)3485名調査,回答率65

FWES2; Heather Holt and Heidi Grainger (2005)20051月調査)3222名調査,回答率62

 

360頁】

1)新しい権利(法律)の認知度

認知の度合いについては,WLB2調査(2003.1-2)の41%,FWES12003.9-112004.2)の52%,そしてFWES22005.1)の65%と順調に増加している。

女性の認知度が高く,子供のいるほうが,そして小さな子供がいる親において認知度が高い(男性子供なし 58%,女性子供なし 69%,男性6歳未満子あり 65%,女性6歳未満子あり 79%)。年齢が高いほど認識高く,16-24歳では49%と半数を割るが,急速に認識が高まっている(FWES1では,34%)。

管理職(76%)や専門職での認知度が高く,熟練工(52%)で低いが,後者も高まっている。知った方法は,メデイア(47%),雇い主(28%),同僚・友人・家族(15%),労働組合(3%)である。労働組合ルートからの情報が効果的なわけではない。

 

2)柔軟な働き方の申請

意外なことに,申請率(rates of employee requests)は,下落している。WLB2調査(2003.1-2)の17%,FWES12003.9-112004.2)の13%,そしてFWES22005.1)の14%である。この期間,景気は上向いており,経済状況が原因とは考えにくい。

FWES1は,「200346日以降,一定期間次の就業形態(パート,在宅勤務など)のいずれかで働くことを申請したか?」という設問で,あと2つの調査の「過去2年申請した経験あるか」という設問と異なる。

WLB2調査とFWES2調査は,全く同じ設問ゆえに比較可能なはずである。(申請率が17%から14%に低下したためか),Heather Holt and Heidi Grainger (2005) は付録(Annex C)において,単純な比較に注意を促している。まず設問の順番の違いの問題(これはWLB2調査報告書に調査票がないので確認できない),2番目に回答率の違い(WLB2 29%,FWES2 62%)が大きいので,無回答バイアスのある可能性,3番目に(FWES1FWES2の違い)扶養する子供が前者では16歳未満なのに対し,後者では18歳という違いを指摘している。

FWES2によると,申請率計は14%だが,末子6歳未満をもつ親では22%(男性6歳未満子あり 12%,女性6歳未満子あり 36%),末子16歳未満19%,扶養子なし10%である。小さい子をもつ親の男女で差があるとはいえ,父親でも12%が柔軟な勤務を申請したことは,驚きである。

申請の種類としては,パートタイム勤務 25%(女性30%)やフレックス勤務(23%;男性28%)が多い。ほかにVタイム(16%;女性19%),労働週削減(7%;女性5%)である。

申請者の特徴は,労働時間が短いものほど申請している。ふだんの週労働時間が40時間未満の者で18%,40時間以上では9%。のちの議論とも関係するが,長時間労働者が申請しているのでなく,もともと短いものが申請する傾向がある。

申請の仕方を「書式(Form),手紙・メール(Letter/email),話し合い(discussion),わからない,その他」から選択させている。書式 6%,手紙・メール10%で文書にして申請したものは16%と少なく,話し合いが79%を占める。

申請理由をみると(表5),育児が女性で多い。しかし,男性でも22%が育児理由,そして,自由時間や教育学習のために申請している者が1割もいることが注目される。

361頁】

 

3)申請の結果

申請の81%が認めらていれる。WLB277%)より増加しているが,FWES186%)より低下している。69%(男性62%)が完全認可,12%(女性13%)が一部認可。

11%(女性10%)が拒否。認可割合は末子の年齢に関係ないが,扶養子なしは低い(74%)。労働時間が40時間以上になると完全認可が58%と低くなる。

また文書による申請より口頭による申請のほうが認可率が高い。完全認可(68%と73%)。

柔軟な働き方に変えた良い(positive)結果としては, 家族との時間 37%,自由時間 25%,ストレス減 12%などである。柔軟な働き方に変えた悪い(negative)結果が「あった」56%,「なかった」44%で半々である。悪い結果の内容は,給与収入減(22%),労働負荷大,同僚との関係悪化などである。給与収入減をあげたものは,ほとんどがフルタイムからパートタイムに変更した労働者である。

 

4)ケア(育児,看護,介護)のための休暇(time-off

過去2年にとったケアのための休暇取得状況をみると,19%(男性18%,女性20%)が取得。末子6歳未満では41%(男性6歳未満 39%,女性6歳未満 42%)と,ここでも小さい子をもつ夫が休暇をかなり取得している。

誰のケアかを表6でみると,配偶者や子供が多く,ここでも夫が妻や子のために,少なからず休暇をとっていることがわかる。ただし,この調査では,どのくらいの期間とか給付などについて尋ねていない。

 

 

5)職場に生じた問題

ファミフレ利用で生じた職場の問題(Main disadvantages)をみると(N=1506),「問題がなかった」(No problems)は28%にすぎない。具体的な問題としては,企業全体の共通問題よりも個々の職場の特定の問題が多い。ただひとつ共通の問題として多いのは,「残された職場の要員の少なさ(Section left short staffed)」の22%であり,代替要員問題のほかは,運362頁】用が重要であることがわかる。

代替要員については,1年以上続く働き方の変更の申請のときに考慮する要因をみても,第二位にあがっている。ちなみに多い要因は,事業への影響(32%),代替要員Availability of cover24%),申請の背景Circumstances behind request23%),仕事の性格Type of job16%)である。

 

6)ファミフレ利用が雇用やキャリアへ及ぼす影響

労働時間を短くすることが(working fewer hours),職の保障に悪影響を及ぼさないかどうかを従業員調査でみると,及ぼす43%,及ぼさない 38%と半々である。悪影響を及ぼすと回答した割合は,男性に多く(男 48% 女 38%),操作工・不熟練工 54% 管理職・専門職 43%に多く,フルタイム 46%に多い(パートタイム 34%)。

一方,労働時間を短くすることはキャリアに悪影響を及ぼさないか,という設問に対する回答では,及ぼす 51%,及ぼさない 38%で,これも半々であるが,職の保障以上に,キャリアへの影響を従業員が気にしていることがわかる。

労働時間短縮以外のファミフレ利用がキャリアに悪影響を及ぼさないかどうかを表7でみると,総じて半々に分かれる。子供・扶養者のための休暇取得を除き,男性のほうが女性より悪影響を気にしている。管理職・専門職は短い労働時間を除いて,平均なみで,柔軟な勤務がとりわけキャリアに悪影響を及ぼすと考えていない。

 

 

3-4 法施行後の英国人事協会による調査

英国人事協会(CIPD)はWLBに熱心で,多くの調査やキャンペーンを行っている。法施行後の調査をみよう。ただし企業調査については,対象が会員企業であることが多く,大規模企業に偏りがちであることを念頭におく必要がある。

 

1Flexible workingについての企業調査 20039月 CIPD (2003)  

4914組織(公共部門,ボランラリー部門含む)依頼,512組織回答。

*申請増えたか? 28%の企業で増加。72%変化なし。8%は,5割増。20%は,5割未満の増加。

363頁】*申請・利用の多い制度  パート勤務,遅出・早退(この2つが多い)

*男性の申請  55%の組織でゼロだが,全体として男性の申請が多い。

9%の組織で申請の51%以上が男性。7%が25-50%男性;29%が25%未満男性。

*申請の認可 62%の組織が申請の半数以上を認可。ということは拒否のケースがこの調査では他の調査に比べて多そうである。拒否された労働者は雇用審判所に訴えることができ,認められれば使用者は最大週260ポンドを最長8週間支払わねばならない。

拒否した使用者の1%だけが審判所に持ち込まれている。

*拒否の主たる理由

13位 20%台

在籍従業員で仕事を再編成できない

顧客需要の対応能力に悪影響

業績に悪影響

46位 10%強

追加要員を採用できない

業務の質へ悪影響

申請期間に十分な仕事がない

78位 5%ていど

追加費用の負担

組織改変の予定

従業員の仕事を,どのように再編成すればよいかがポイントとなっている。

*職種別利用者(最多);事務職44%,専門職27%,管理職21%,技術職20%。

*法定基準以外の従業員への拡大

新法が引き金となって,他の従業員からも申請 72

91%の組織が拡大検討中。うち72%が全従業員対象。

*柔軟な働き方の影響をまとめたものが下記。

子供のいない従業員の拒否反応  あり 47%,なし  35%,わからない 18

従業員の姿勢・モラールに好影響 あり 68%,なし  15%,わからない 17

企業の利益になっているか    はい 32%,いいえ 34%,わからない 34

重大な問題生じたか       あり   7%,なし  90

 

重大な問題はあまり生じていないが,企業の利益になったかどうかが半々であることが注目される。

 

2Flexible workingと父親休暇についての従業員調査 CIPD (2004b)

20048-9月,1193名への面接調査。

制度の導入状況は表8である。この調査では,制度利用について興味深い設問がある。雇い主は柔軟な勤務の利用を奨励しているのか(encourage)利用をいやがるか(discourage)である。全体では,奨励 47%,嫌がる 24%となっている。奨励のほうが多いが半数に届かず,嫌がって利用させない者も4分の1もある。どういった企業(厳密には管理職・上司)が奨励,嫌がるかを分析することが,大きな研究課題であろう。

364頁】

 

この調査では,公共部門のほうが奨励 57%(民間部門 41%),小規模事業所(25人未満)で嫌がる 21%(500人以上で12%),長時間労働者ほど取得を嫌がられる(週49時間超労働 27%,週24時間未満労働 17%)。

申請があったときに87%の雇い主は認める。申請が拒否された理由を36名の理由をみると,代替要員不足 lack of staff to cover32%),不都合Inconvenience to employer22%),労働負荷(20%),遅出・早退を考慮中(8%),雇主のコスト(3%),他の従業員の反発(2%)となっている。

父親休暇については,2週間の現行規定への満足度は不十分41%,概ね良い53%,多すぎる6%と,不十分だとするものが半数近くいる。細かい設問もあり,週£100が変更になったときに取得する意思はあるかを尋ねている(表9;N=187名)。当然かもしれないが,週100ポンドから給与の90%,100%に引き上げられれば,取得したい割合が増える。

 

 

3Flexible workingについての企業調査 CIPD (2005)

調査は200410-11月。585組織の人事専門職への郵送・電子調査。

 

 

365頁】10をみると,WLB22003年)事業所調査より断然多くなっている。法基準を超える制度では,出産休暇,父親休暇に対して法基準以上に払っている企業が多い。

この調査では,柔軟な勤務の効果や障害(表11,表12)や機能的柔軟性の工夫(表12)について尋ねている。定着,モチベーションに効果があることがわかり,業務上の圧力や顧客の要請などが障害になっていることがわかる。注目したいのは,障害の34番目にある現場のライン管理職の問題である。企業や人事で方向を指ししめしてもライン管理職が動いてくれないと,WLBが実現しないことがわかる。

 

 

 

13をみると,英国の職場でも幅広い訓練やジョブ・ローテーションなどが定着しつつあるかもしれないことが伺える。WLB定着のためには,とくに生産性を落とさない(win-win)ことが前提のもとでは,機能的柔軟性そして従業員の能力向上は必須条件であるといえよう。

366頁】

 

4 英国職場労使関係調査

英国職場労使関係調査2004年調査(Workplace Employment Relations Survey, WERS04)はWLBをみるには,もっとも新しくサンプル数の多い調査である。職場労使関係調査は,1980年からはじめられた大規模調査で,以後198419901998年と行われ,2004年は5回目の調査である。

2004年クロスセクション調査の調査対象は,2295名の管理職(64%の回答率),984名の従業員代表(77%),22451名の従業員(61%)である。面接調査の対象としている管理職は,「事業所において人事または雇用関係を担当している上級管理職」である。ほかに財務パフォーマンスに関する管理職調査は1070の回答を得ている(51%)。クロスセクション以外に,1998年からのパネル調査が管理職調査で行われている。938のサンプルを得ている(75%)。この調査を分析したものとして,2006年にInside the Workplaceという書物がRoutledge社から出版されている。

 

4-1 柔軟な勤務制度

Flexible working制度の導入度合いを,管理職調査でみると(表14-1),労働時間短縮(フルタイムからパート勤務への変更)70%,労働時間増(increased hours;パートタイムからフルタイムへの転換)57%,勤務パターンの変更 45%などが多い。わが国ではみられないジョブシェアは,31%,圧縮労働時間制度(Compressed hours;たとえば29日勤務制度)16%である。表にはないが,ゼロ時間契約 5%である。

これに対して,従業員調査(表14-2)によると,制度の有無(利用可能)を知らないものが1636%もいるので(Forth (2006) p.83),管理職調査よりも少なくなるのが特徴である。

パネル調査によると(表15),フルタイムからパートタイムへの転換制度をはじめとして,この6年間で大幅に増加している。ゼロ時間契約はパネル調査でもとれるが,両年とも5%で変化はない。

 

367頁】

 

368頁】

 

 

従業員調査で1998年に調査している制度はフレックス勤務,ジョブシェア,在宅勤務の3つだけで,フレックス勤務は98年の32%より38%へ増加している。

 

4-2 休業・休暇制度

ファミフレに関する休暇の制度の導入状況をみる。

 

*法定基準を上回る休暇

全額給付産休(Fully-paid maternity leave  57

全額給付父親休暇   55

369頁】有給両親休暇     25

有給家族緊急休暇   49

老人ケア休暇            6

公共部門が多い。

*全額給付産休の期間  33%知らない

回答者平均     16

26週以上       29

7-25     44

6週以下  25

*全額給付産休の期間  15%知らない

回答者平均       8

10日以上       51

 

 

16によると,両親休暇や父親休暇が格段に増えたことがわかる(100%にはなっていないが)。法施行の効果といえよう。

 

4-3 WLBに対する経営者の態度

WLBに対する経営者の考え方として,伝統的な「仕事と家族責任をバランスすることは個々の従業員の責任である」とするものが,1998年の84%から2004年に65%と減少し,企業の責任を自覚しつつあるが,いまだ3分の2の経営者は企業が責任をもつとは考えていない。

従業員の管理職がWLBに対して理解を示しているという見解も,1998年の55%から2004年に58%と,やや上昇している。

女性従業員が過半数を超えると伝統的考え方は減る。従業員調査では,女性従業員のほうが管理職理解の割合が高い(女性 61%,男性 54%)。民間企業は公共部門に比べて「WLBは個々の従業員の責任」(69 vs 47%)と考える管理職が多い。一方,公共部門の従業員のほうが民間部門従業員にくらべ管理職理解の割合が高い(61 vs 56%)。組合のない事業所ほど「WLBは個々の従業員の責任」と考える(72 vs 50%)。一方,組合のある従業員ほど管理職理解少ない(55 vs 61%)。

 

4-4 企業パフォーマンス

WERS04は,本稿の冒頭で触れたように,WLBが企業業績との関連を意識したものであるため,関連する設問が導入された。管理職の主観的判断であるが「同業種の他事業所にくらべて,貴事業所は労働生産性(財務パフォーマンス)をどのように評価するか」を5段階で尋ねている。

それとWLBや柔軟な働き方との関係を分析した結果によると(Kersley [2006] pp.286-301, 370頁】労働生産性にはほとんど関係がなく,テンポラリー労働者割合と学期間勤務に負の相関があった。おなじく財務パフォーマンスにもほとんど関係がなく,父親休暇への全額支給制度,年間労働時間契約制度,パート勤務の3つに負の関係があった。

WLBは男女均等との関連が重要であると,筆者はかねてより指摘し分析してきたが(脇坂 [2002][2006]),WERS04には均等に関する設問もある。機会均等施策をおこなっているか否かである。性・ジェンダーだけでなく身体障害者なども含む。表17が,その結果である。施策も3段階あり,表17にあるようなフォーマルな文書で表明する制度,そして実行,監視とあるが,WERS04では,均等処遇(あるいはダイバーシテイ),採用における監視,昇進における監視,給与の相対的関係の監視の4項目を尋ねている。

これと労働生産性との関係を分析すると正の相関をもつ(Kersley [2006] pp.286-301)。一方,財務パフォーマンスとの関係では,4項目全体では関係をもたないが,均等処遇だけは正の相関をもつ。

 

371頁】

4-5 長時間労働

従業員調査によると,ふだん週48時間を超える労働を行うのは,11%である。「過去12ヶ月のあいだに週48時間を超えた頻度」をみると,「毎週」10%,「月2-3回」11%,「月1回」9%,「月1回未満」18%,「なし」54%である。男性のほうが多いが,女性が多数で働く職場の男性のほうが,そうでない職場の男性よりも週48時間を超える労働は少ない(11 vs 21%)

 

4-6 中小企業におけるWLB

大企業ではWLBの普及は可能でも,中小企業では難しい,と言われる。英国の中小企業(SMEs)は従業員数250名未満の企業をいい,2004年初頭で116万(全企業数の94%),中小企業で働く従業員数は866万人(全従業員数の47%)も存在する。50人未満の企業を小企業とよび,50-249人規模の企業を中企業と呼んでいる。

中小企業は,雇用の創出あるいはイノベーションの担い手として着目され,そこにおけるWLBがどのようになっているかが重要なテーマである。これまでも英国でNew Ways to Workという財団が中小企業にターゲットをしぼり,Time for Changeというリーフレットなどを刊行しており,わが国でも藤本(2000)による紹介がある。

WERS04には,民間部門の中小企業が,621の職場と4683名の従業員のサンプルがある。4-5までの分析結果は主に10人以上事業所によるものだが,今回の調査は初めて5人以上事業所まで対象を広げている。5-9人規模の事業所を含めたものとなり,小企業のサンプルが増えている。中小企業の多い業種は,製造業,卸小売業,他の事業サービス業である。

これを分析したForth (2006) を参考に状況をみてみたい。まず,管理職調査から制度,規定の状況をみると,WLBの制度は規模が大きいほど充実している。たとえばパート勤務(時間短縮)が無条件で認められているのは,大企業の66%なのに対し,中小企業が35%,まったく認められていない企業は,それぞれ25%,52%である。そのほかの柔軟な勤務の制度や様々な休暇の制度も同様である(ちなみに均等施策も同様で,いかなる分野の均等施策を有していない企業は,大企業7%,中企業31%,小企業64%である Forth (2006) Table8.1)。

従業員調査からみた柔軟な勤務が職場で可能であると認知している割合が,表18である(Table 8.3)。この結果は,実際に制度がなくともインフォーマルな形で柔軟な勤務が利用できるケースが多いと推測される。先に従業員調査では「わからない」という回答が多いことを述べた。しかし該当割合は規模による差がないので,表18は規模別に比較可能である。表をみ372頁】ると,大企業でもっとも高い勤務制度はなく,概して大企業と小企業で高く,中企業で低いという傾向がみられる。この傾向が現れる筆者の現時点の解釈では,小企業はインフォーマルに運用しやすく,中規模になると,インフォーマルにできなくなり,大企業になると制度そのものが充実してくるためであろう。小企業の従業員の43%がフレックスタイムが利用可能だとするのは印象的である。

 

 

管理職(企業)のWLBに対する態度をみると,管理職調査では,小規模の職場ほど「WLBは個々の従業員の責任」と考える(10-24人 69%,500人以上 48%)。しかし従業員調査では,小規模職場の従業員ほど,管理職がWLBに理解を示してくれていると考える従業員の割合が高い(10-24人 70%,500人以上 51%)。

以上のように,管理職調査と従業員調査で,一致していない結果もみられる。WLB制度などは不十分なのに,中小企業の従業員は,柔軟な勤務をとりやすいと考えていたり,家族責任により理解があると感じている。

制度と実態が乖離し,中小企業のほうが少人数なので,その場その場で(ad hoc)より柔軟に非公式に対応している,という解釈がひとつある。もう一つの解釈は中小企業の従業員ほうが相対的にWLBに対する期待度が低いので,より理解を感じやすい,というものである。小企業ほど自発的な離職が多いので,残っている従業員は相対的に満足している,という解釈は,表19のように規模のよる自発的離職の差がないので,適当ではない。

 

 

文献

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