所長ご挨拶

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失敗する資格

外国語教育研究センター所長
大澤 顯浩
(OSAWA, Akihiro)

これから皆さんが過ごすこの大学というところは、自ら主体的に学ぶことをのぞむ者が門をくぐるところです。 また、学生はまだ社会の成熟したメンバーとは認められていないために保護されている存在で、 社会に出れば簡単にはできないことでも、学生時代なら挑戦することが許され、失敗も大目にみられています。 実社会では40%も間違っていたらとても許されませんが、大学では60%の評価でも単位が一応認定されます。 そして、大学とは考え方を学ぶところであって、自分や自分たちとは異なる文化、考え方が存在するという事を知り、 それを前提としてものごとを見る方法を身に付けるところでもあります。

しかし、自己を客観視して他人は自分とは違うことを実感するだけでも、人は大変な努力を必要とします。 実際に人はみな性格や志向が違っていて当たり前なのですが、なかなか相手にも自分と異なった主観があるという現実を見ることはできません。 外国語学習はそれ自体何かを手に入れるための手段となることもありますが、 それだけでなく、自らと他者との差を自覚する確実な手段でもありますし、他の文化をより深く理解する一助にもなります。 外国語を学ぶという事は、ある意味知らなかったこと、わからないことの連続です。 時に、自分の理解できないことに対して拒否反応を起こすことも仕方ないのかもしれません。 しかし、それまで見たことのない光景がその先には拡がっているはずです。
世界には自らの理解を限定して、どこまでも自分のスタイルに執着して他国の文化に無神経な人々を目にすることもあります。 しかし、エスノセントリズムの滑稽な点は、他者にいくら自国への敬意を強要しても尊重されないということです。 自国の事しか知らないものが、独尊的な態度で他者に接しても敬意はうけられません。いくら他国を見下してみても、 おのれの軽蔑するものから尊敬を得られないのは当然でしょう。自文化のみを貴しとして他を否定する価値観は、多様性と共生を必要とする時代では、 その視野の狭隘さが問われることになります。
外国語学習に限らず、研究には難問に直面して困惑し、時には失敗しながら手探りで進むことも必要となります。 端的に言えば、学生には挑戦し「失敗する資格」が認められています。いわば、キャンパスという安全な場所でこの困惑を体験できる貴重な時間が学生時代なのですから、 異質なものに触れて当惑することを怖れる必要はありません。自らの理解の範囲や可能性に限界を設けるのは、貴重な機会を見逃すもったいないことです。 大学で外国語を学ぶことは必ず皆さんにとってプラスになると信じています。
(外国語教育研究センター ニュースレターPassport Vol. 20より転載)

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