明治陶芸研究の現状

 明治のやきものの美術史的な評価は、これまで相対的に低かったと言わねばならないだろう。明治のやきものを正面から扱った展覧会や研究書は、他の時代に較べて圧倒的に少ない。それを反映するように、明治のやきものをじっくりと鑑賞させてくれる美術館や博物館も極めて少なかった。およそ国内における明治のやきもののコレクションは残念ながら充実したものとは言えず、それは明治のやきものが「鑑賞の器」として、日本人にあまり積極的に愛好されてこなかった歴史を物語るものではないだろうか。
 むしろ海外に目を向けると、英国のハリリコレクション、米国のウォルターズ美術館コレクション、スイスのバウアーコレクション、トルコのトプカプ宮殿博物館コレクションというように、質量ともに揃えた充実したコレクションを挙げることができる。これは多くの明治の逸品が、海外向けに生産されていたことと深く関連するといえよう。
 しかしながら幸いなことに、国内においても近年明治のやきものに関するコレクションが充実しつつある。また本格的な展覧会も1990年代以降に盛んに行われ始め、図録類や研究書も出版されるようになった。(注1)「明治」という時代が現代人の記憶から遠のいた今日、我々はやっと客観的に明治のやきものを見つめる状況を享受することができるようになったといえよう。
 それでは明治のやきものは日本陶磁史のなかで、なぜ美術史的に高い評価を得られなかったのであろうか。
 おそらく大正期以降に広がったやきものへの価値観によって大きく左右されていると考えられよう。例えば現代陶芸の祖と目される富本憲吉を評価する言葉に次のようなものがある。「…この作家(富本)は、明治期陶芸の職人的な技巧主義の弊害や伝統的な様式の重圧をうけることはなかった。しろうととして陶芸をはじめたことが、かえって過去の形式や技術にとらわれないで、自由率直に自己の創意と個性をのばすことを可能にしたのである。…」(乾由明『日本の近代陶芸』、日本放送出版協会、1984)。
 こうした富本憲吉を高く評価する基準によって、明治のやきものは相対的に低く見られてきたのではあるまいか。端的に言うと、やきものの美しさとは、そこに表現された個性美にこそ存在する、という基準である。つまり明治のやきものには個性美がなく技巧主義、伝統主義である、というレッテルが貼られたわけであった。
 さらに大正期以降に活発化した古陶磁鑑賞のブームは、茶陶を中心とした伝統的な日本特有のやきものの価値観を再構築した。また昭和初期に柳宗悦らの主導した民芸運動は、強力に器の「用の美」を提唱した。茶陶中心の伝統的な価値観と、民主派が唱えた「用の美」という概念も、明治のやきものの美的評価を阻害した因子として加わったのである。

図案と明治のやきもの

 近年明治期の陶磁の「図案」が注目されている。例えば図案集「明治デザインの誕生―調査研究報告書『温知図録』」(図1、東京国立博物館編 1997)が刊行され、さらに図案を主役に据えた展覧会「工芸作品と図案―創造への思考―」(石川県立美術館 1999)などが開催されている。これらは明治初頭に日本のやきものを海外へと輸出させた折、明治政府は作陶家たちにどのようなデザイン上の指示を与えてきたか、という課題のもとに企画されたものであった。これらの動きをきっかけにして、明治のやきものの「図案」の存在が新たに認識されつつある。
 明治前期における窯業生産の特色のひとつとして、東京や横浜、名古屋、大阪などの輸出港に近い大都市に、絵付け専門の工場ができた点があげられる。その背景には、西欧への輸出量を増大させるために絵付けが重要視され、西欧の嗜好に合った図案が政府主導で模索されるような状況があった。
 例えば東京絵付けの代表的な工場である瓢池園は、明治6年(1873)のウィーン万国博覧会の陶磁製造所を前身として、河原徳立が設立した。明治28年には100名近い陶画工を抱える大工場へと発展し、瀬戸や有田などから素地を移入して、その上に精巧で色彩豊かな日本画などを描いていた。西欧の静物画を思わせる意匠の皿(図2)は、やはり東京の陶画家である服部杏圃によって明治初頭に描かれたものである。
 その一方で、明治期ばかりでなく江戸期の図案にもスポットが当たりはじめている。平成12年暮の「鍋島藩三十六万石の御庭焼」展(戸栗美術館)では、長らく行方不明になっていた「鍋島図案集」が公開されたのである。およそ300年前の元禄時代にさかのぼる図案が示され、緻密な図案のもとに、いかに優美な鍋島焼が誕生したかを如実に伝えていた。

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註1:
瀬戸市歴史民俗資料館『加藤紋右衛門』、1994:滋賀県立陶芸の森『明治のやきもの』、1996
東京国立博物館篇『海を渡った明治の美術再発見!1893年シカゴコロンブス博覧会』、1997
愛知県陶磁資料館・東京国立近代美術館『万国博覧会と近代陶芸の黎明』、2000
茨城県陶芸美術館『板谷波山と近代の陶芸』、2001

図1 陶製珈琲茶器図案 幹山伝七
『温知図録』所収
明治前期 東京国立博物館
図2 色絵花果文皿 服部杏圃
1874年 東京国立博物館