CDブックレットの表紙の分類

 では、クラシック音楽のCDブックレットは、音楽という見えない中身を、どのように視覚的に語るのであろうか。音楽に関してのどのような情報、どのようなメッセージを視覚的に伝えるのであろうか。ここで、私たちは、伝統的な方法に従ってCDブックレットを分類してみることから、その考察を始めることとしたい。

 通常、私たちは、絵画作品を、「何を」という表現内容の観点によるか、あるいは「どのように」という造形技法の観点によるか、そのどちらかによって分類することに慣れている。前者の観点からは、絵画は、宗教画、風景画、肖像画等々、あるいは仏画、山水画、花鳥画等々と分類され、後者の観点からは、油彩画、フレスコ画、水彩画等々と分類される。後者の場合には、絵具の違いよりも、画面の形の違いに注目して、障屏画、扇面画、絵巻等々と分類することも可能であるし、また、もう少し枠組を広げて、二次元平面上の表現全般を、絵画、素描、版画、写真などと分けることもできる。

 では、CDブックレットを分類するには、どのような方法が可能であり、また有効であろうか。まず、「どのように」という観点からの分類としては、ポピュラー音楽のCDブックレットを、その表現技法別に、「ミックスド・メディア、写真、イラストレーション、タイポグラフィー」という風に分類した例があり(註11)、これは、デザイン作品の分類の仕方として、かなり有効であるように思われる。クラシック音楽のCDブックレットの表現技法としては、それにやや変更を加えて、「写真を用いたもの」「絵画・彫刻などの美術作品を用いたもの」「イラストレーションやタイポグラフィーを主としたもの」という3つの分類が考えられそうである。

 しかし、視覚的伝達という本論の関心からすれば、クラシック音楽のCDブックレットは、「何を」という観点から分類した方が、より多くのことを明らかにしてくれそうである。筆者は、そのような視点からレコード・ジャケットあるいはCDブックレット全般を分類した先例を知らないが、たとえば似たような性格を持つワインのラベルの分類に見られる、「葡萄畑、貯蔵庫と樽、城館と紋章、花、地図、人物、動物、文字」といったテーマ別分類は一つの参考になるであろう(註12)。「付表」は、そのようなことを参照しつつ、クラシック音楽のCDブックレットを、「そこに何が表わされているか」という観点に立った上で、クラシック音楽という対象に即して分類し、試みに、筆者の手元にあるブラームス作品のCD266枚のうち、どれほどがそれぞれに当てはまるかという割合を示したものである。この表によって、クラシック音楽CDのブックレットのデザインがどのような傾向を示しているかということについて、おおよその概念が掴めるであろう(註13)。

 CDの中には音楽作品が中身として入っているのであるから、その中身の表示として、まず第一に考えられるのは、作品を直接指し示す表現である(A類)。ブラームス作品の例で言うならば、四重唱曲「愛の歌」のブックレットにペーター・ベーレンスの版画《接吻》を用いたり、「ドイツ・レクイエム(鎮魂曲)」のブックレットに、墓地の門の写真や、墓地で悲しむ人々の姿を表わしたセガンティーニの絵画や、最後の審判の秤を持つ大天使を表わしたロヒール・ファン・デル・ウェイデンの絵画を用いたりするのがこれにあたる(A1類)。あるいは、ホルン三重奏とクラリネット・ソナタをカップリングしたCDにホルンとクラリネットとピアノの鍵盤を表わすというのも、作品を直接指し示す方法である(A2類)。

 西洋美術において画家や彫刻家の個性が重要視されるのと同様、クラシック音楽において作曲家の個性が重要視されることを考えれば、CDブックレットにしばしば作曲家の姿が表わされるのも不思議ではない。ブラームスの場合も、各種の写真、肖像画、彫像、スケッチなどが、ときに作品の作曲された時期に対応して、ときに作品の雰囲気に対応して(たとえば「ドイツ・レクイエム」のブックレットにはいかめしい老年の正面向きの肖像画)、ときにはそのようなことに対するさほどの考慮もなしに、さまざまな形で用いられる(B1類)。また、作曲家の姿を直接表わすわけではないが、その生涯に関連する土地の風景や関連する美術作品などによって作曲家を示唆する方法もある(B2類)。たとえば、マックス・クリンガー作の版画《ブラームス幻想》をブックレット表紙に用いるのも、その一つである。

 クラシック音楽にとって、作品と作曲家がまず大事であることは、CDショップにおいても、CDのカタログにおいても、CDが作品ジャンル別にか、あるいは作曲家別にか分類、整理されていることからも分る。しかし、実際、一枚のCDを選ぼうとすると、最終的な判断は、多くの場合、同じ作曲家の同じ曲に関して数多くあるCDの中から何を選ぶかということになってくる。そこで、結局のところ、CDブックレットも、作品や作曲家についてよりも、そのCDを他から区別する決定的な要素である演奏家について語ることが重要となってくるわけである。もちろん、クラシック音楽の「三大要素」とも言うべき「作品」と「作曲家」と「演奏家」については、まずほとんどの場合、ブックレットの表紙に文字としても記されているのであるが、その中でも演奏家という要素を視覚的に強調することが、最終的な選択判断にとって重要な意味を持つのである。そのような理由から、クラシック音楽の場合も、ポピュラー音楽の場合ほどではないにせよ、演奏家の姿がしばしばブックレット表紙に登場する(C類)。私たちは、交響曲のブックレットに表わされた指揮者の身振り、ピアノ曲のブックレットに表わされたのピアニストの姿や表情などに、彼ら彼女らが生み出す音楽の表情を読み取ろうとするのである(註14)。

 次に、D類に含まれるのは、作品や作曲家を直に指し示すのではないが、その作品やその作曲家の作品全般の雰囲気やそれが生み出された時代の雰囲気を伝えるもので、その多くは、絵画作品を用いている。ブラームスの作品の例で言うならば、ベックリーンの絵画やフリードリヒの絵画がしばしばブックレットに登場するのは、彼らの絵画の雰囲気とブラームスの音楽の雰囲気の親近性に由来しているし、同様の理由から、ブラームスのCDのブックレットには、重苦しいドイツ的な風景画や風景写真がよく用いられる。

 最後のE類は、以上のどれにも当てはまらないものである。特に作品や作曲家と関連するわけではない写真あるいは絵画を用いたものをE1類、特別な意味のない装飾的模様や文字のみで構成したものをE2類と分類しておく。

<< 前のページへ 次のページへ >>


註11:
ピエ・ブックス編集部、『世界のCDジャケット・コレクション』(前掲書)。

註12:
たとえば、Robert Joseph, The Art of the Wine Label, Secaucus, 1988 における分類。

註13:
サンプルとしてブラームス作品のCDを取り上げたのは、ただ単に、筆者の手元にある程度の数がまとまってある、という理由からである。266枚(セット物も含まれるので、正確には266種)というサンプル数は、おおよその傾向を語りうる数であると思われる。

註14:
演奏者の姿を表わすB1類に対して、B2類に含まれるのは、演奏会場、建物の写真を用いたものなどである。