問題の展開

 これまで、クラシック音楽CDのブックレット表紙のデザインについて、あれこれと検討してきた。ブックレット表紙の様々な種類、その様々な種類と作品ジャンルとの対応、ブックレットによって強調される、作品や演奏の様々な側面などである。

 しかしながら、これまで述べてきたことは、問題の入口にすぎない。CDブックレット表紙のデザインを「美術」の一領域として捉えるならば、当然のことながら、作り手=デザイナーの個性とか芸術性とかいったことが視野に入れられねばならない(註20)。また、作り手の側、送り手の側の問題として、演奏家自身のデザインへの介入、あるいは、もっと重要な要素として、プロデューサー、プロモーター、レコード(CD)会社などの意図の反映などのことも慎重に検討されねばならない ナあろう。そのような検討は、美術史的に言えば、制作者とパトロンと受容者の問題といった、今日的な美術史の関心に直接結びつくのみならず、伝統的な美術史の問題、すなわち、個人様式や流派様式(レコードやCDの場合、たとえばレーベルに特有なデザインの傾向など)といった側面をも浮かび上がらせるに違いない。また、現時点ではまだ歴史が浅いのではあるが、いずれは、レコード・ジャケットやCDブックレットのデザインの歴史的、時代的展開ということも問題としなければならないであろう(註21)。あるいは、メジャーなレコード会社のレヴェルにおいては多国籍企業化が進んでいるとは言え、デザインの地域性といったことも、やはり視野に入れておく必要があるだろう(註22)。

 他方、ブックレット表紙のデザインと、それが指し示すべき中身である音楽との関りについても、本論において語り尽くされたとは到底言えない。本論では、専らブラームス作品のCDとリヒアルト・シュトラウスの歌曲のCDだけを具体的な例として取り上げたが、他の作曲家の場合どうであるのか。中身である音楽の作曲家や流派、時代や地域などの違い応じて、デザインは変るのか。そうした違いに、デザインはどのように対応してゆくのか。たとえば、他の作曲家に較べて、モーツァルトやマーラーが、彼ら自身の姿をブックレット表紙に現わす率が高いのは、何に由来しているのであろうか。あるいは、ブラームスの交響曲のブックレット表紙に指揮者が登場する割合が、他の作曲家の交響曲の場合に較べて高いのは、何故であろうか(註23)。

 言うまでもなく、いま挙げたような種類の問題は、デザインの側だけの問題ではなく、それによって指し示される音楽自体の問題とも深く関わっている。そして、そのことは、さらに広い枠組の中で、クラシック音楽、ポピュラー音楽、フォーク音楽という音楽のジャンル分けの問題とも絡み合ってくる。これまでも何度か触れた、クラシック音楽CDとポピュラー音楽CDのブックレット表紙のデザインの様々な相違、あるいはクラシック音楽の中での表紙デザインの多様性は、間違いなく、私たちがそれぞれの音楽の中に何を求めているのか ----------- 私たちは音楽の中に芸術を、または娯楽を求めているのか、あるいは、音、声、環境、雰囲気、感覚的刺激を、あるいは思想、解釈、技、人間、等々を求めているのか ----------- ということを反映しているのである。

 それでは、一体、それら複雑に絡み合う問題を、どのよ 、な手順で解きほぐしていったら良いのであろうか。筆者は、最初に、「筆者が取るのは、美術作品を扱う際の伝統的な方法の中でも、最も単純で即物的なアプローチの仕方である。美術と工芸・デザインという複雑な問題を、最も単純で即物的な側面で切り取ってみる。すると、そこに、美術にも、工芸にも、デザインにも共通する、視覚的表現、視覚的伝達の基本構造が見えてくるのではないか。その基本構造の上に、美術の、あるいは工芸・デザインの独自の在り方を探るという方向が可能ではないだろうか」と述べた。CDブックレット表紙のデザインをめぐる問題が、それが指し示すものとしての音楽の問題と絡み合い、解きほぐし難くなったかに思われるこの時点で、筆者は改めて、こう述べて、今後の考察の方向としてみたい ----------- 「筆者が取るのは、美術作品を扱う際の伝統的な方法の中でも、最も単純で即物的なアプローチの仕方である。美術と音楽という複雑な問題を、最も単純で即物的な側面で切り取ってみる。すると、そこに、美術にも、音楽にも共通する、表現と伝達の基本構造が見えてくるのではないか。その基本構造の上に、美術の、あるいは音楽の独自の在り方を探るという方向が可能ではないだろうか」。本論は、そういった問題へ向けての、一つの基礎作業である。

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註20:
たとえば、沼辺信一(前掲書)は、カッサンドルのようなデザイナーの個性を取り上げているし、マネック・デーバー(前掲書)は、画家ごとに絵画を並べた画集と同様、レコード・ジャケットをデザイナーごとに並べている。デザイナーの個性、個人様式を重要視するこの方向は、レコード・ジャケットやCDブックレットの「美術品化」という方向を示唆している。Ken Pfeifer, Compact Disc Packing and Graphics, Rockport, 1992 では、特に意匠を凝らした限定版、プロモーション版のCDパッケージ、ブックレットが取り上げられているが、これも、大量生産、複製品から、限定生産、オリジナル品(ナンバー入り)へという方向を示している。


註21:
レコード・ジャケットに関しては、沼辺(前掲書)が、そのような方向への関心をも示している。


註22:
ワイン・ラベルに関して、Robert Josephの著書(前掲書)が、「ラベルの歴史」「典型的なラベル(国別)」「テーマ」という三部構成をとっていることは、非常に興味深い。


註23:
註16の場合と同じく、『クラシックCDカタログ '92』をもとにした、筆者の調査による。