- 優雅に着飾った娼婦たち -

 もっとも、絵画に描かれた娼婦の全てが、すぐにそれと判別されるというわけでもない。酒場で男を相手にする庶民向け、一般市民向け娼婦があるとすれば、 上流階級、高級軍人から王侯貴族を専門とする高級娼婦もいるわけで、彼女らは、上流婦人、貴婦人とほとんど見分けのつかぬ装いをしている。ここには、そうした作例を 三点ほどあげたが(図1315)、とりわけ、カルパッチオの作例(図13)は、娼婦を描いたものか、それとも宮廷婦人を描いたものか、意見の分かれていた作品である。 そもそもヨーロッパでは、「高級娼婦」を意味する言葉(クルティザン、クルティザーネなど)は、「宮廷婦人」という言葉から生じているのである。

内面のドラマ

- 抑えられた表現 -

 このテル・ボルフの作品、いわゆる《父の訓戒》で画面を支配しているのは、娼家での客と娼婦とのやりとりとは無縁のような上品さ、優美さ、慎ましさである。 動きの少ない少数の人物による画面構成、調和のとれた色彩配置といった要素は、市民的な落ち着きを見せる17世紀後半のオランダ室内画に共通するものであるが(フェルメール、ピーテル・デ・ホーホなど)、 さらにここには、卑俗な主題をあまりあからさまに示さないという表現態度も見えるようである。上流婦人とも見まごう優美な白繻子の服。頭をやや傾けた慎ましげな女のたたずまい。くだけた態度ではあるものの、決して野卑な感じはしない男の様子。見えるか見えないかに指先につつまれた金貨。黒い服に身を包み、何事もないかのようにグラスに口をつける取り持ち女。どこを見ても、娼家での「愛の値段の交渉」を 直接物語る要素は、注意深く隠され、抑えられ、曖昧にされている。絵を見る者は、登場人物たちの微妙な表情や姿勢、指先のポーズなどから、彼らが置かれている状況、心理、彼らの間の関係など、ここに展開 されるドラマを注意深く読み取らねばならない。

- 手のポーズと視線が語るもの -

 人物の表情や姿勢や手のポーズのドラマといえば、私たちはまずレオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》を思い浮かべるであろう。 そこに提示された方法、すなわち、凝縮されたポーズ(その中で最も雄弁なのは手の動きである)と微妙な表情(とりわけ視線が重要な役割を占める)に緊張した心理的ドラマの表現を託すという方法は、 それに光と影のドラマを絡ませたカラヴァッジョという天才をへて(図16)、バロック時代に頂点に達する(図17)。

 テル・ボルフは、そのような手法の、風俗画の領域における最もみごとな使い手であった。そして、本来、宗教画や歴史画における緊張した決定的瞬間の劇的な表現にふさわしいものであったこの方法を、 エスプリの利いた軽い心理劇へと応用したのであった。たとえば、《拒絶された手紙》という作品(図18)。この絵の場合は、題名は実にみごとに主題を言い当てているわけであるが、手紙を渡しに来た若い 使いの兵士、それを拒否するそぶりを見せる婦人、かたわらでそれをうかがう召使の、それぞれのポーズや表情や視線の扱いは、軽妙にして巧みである。そして、このような手法は、特にはっきりした物語的要素 を持たない作品――たとえば《手紙》(図3)や弟子であるネッチャーの《音楽を楽しむ人々》(図19)――にも、情景としての豊かさ、ふくらみを与えているのである。

  • 図19ネッチャー
    《音楽を楽しむ人々》1665年頃
    中央に座る男と右手に立つ女との間に交わされた視線を見落としては、この絵を見る楽しみは半減する。

背を向ける人

- 意図された不明瞭さ -

 テル・ボルフの作品における微妙な表現は、しかし、それを読み解く鍵が失われたときには、誤解を生じる原因となる。この作品の場合、男が手にする金貨だけではなく、背後に見える天蓋付き寝台や、 机の上に置かれた鏡、櫛、白粉の刷毛(虚飾の象徴)、あるいは消えた蝋燭(簡単に吹き消せる愛)などは、この場の状況を周囲から意味づけているが、それらを見落として、人物たちの姿だけから主題を読 み解こうとすると、「父の訓戒」といった解釈も充分可能となってくるのである。

 ある研究家は、「《父の訓戒》は、物語る力を欠いており、それを見る者は、画家が何を言おうとしているかについて、よく分からない不安定な状態に置かれる」と、テル・ボルフの語り口の微妙さを、 むしろ不明瞭さとして、非難している。それに対して美術史学の巨星ヴェルフリンは、その不明瞭性を17世紀美術の示す新しい可能性として規定するのであるが、彼もその典型的な例として、この《父の訓戒》 をあげている。特に彼は、視覚的に画面の中心となり、内容的には主題の鍵となっている女性が、見る者に背を向けて、多くを語らないという点に、この作品の意図された効果、「隠されたものの刺激」を認め ている。

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図13カルパッチオ
《二人の婦人》1495~1500年頃
華麗に装って殿方を待つのは、宮廷婦人
も娼婦も同じこと。
図14ヤン・ファン・スコーレル
《マグダラのマリア》1528年頃
改悛してキリストに従ったマグダラのマリアは、娼婦であったとされる。
図15ウルス・グラーフ
《水に足を入れる娼婦》1523年
くずれたところが魅力(?)の、傭兵相手の娼婦。
図16カラヴァッジョ
《マタイの召命》1599~1600年頃
イエスが収税人であったマタイに、「私に従ってきなさい」と言った瞬間。
図17レンブラント
《ペテロの否認》1660年
捕えられたイエスの様子をうかがっていたペテロが、イエスと一緒であったことを否定する瞬間。
図18テル・ボルフ
《拒絶された手紙》1665年頃
場面の状況を、登場人物たちの身振り、手振りや表情から推測してみよう。