フォーヴィスム、表現主義、それぞれの回顧とともに、それらを一つの統合的な視野から見ようとする動きも、50年代に現われてくる。そうした動きの最も早い例は、1949年にアムステルダム市立美術館 で開催された展覧会「表現主義――ファン・ゴッホからピカソまで」に見ることができるが、その10年後、1959年にはベルリンにおいて一層重要な展覧会が開かれた。題して、「色彩の勝利――ヨーロッパの フォーヴ」(Triumph der Farbe、 die europäischen Fauves) (図5)。1959年といえば、先ほど見たように、フォーヴィスムと表現主義に関して、それぞれの研究が一通り出揃ったところである。それに 重ねるようにして、ここに、その両者を同じレヴェルから見てみようという問題提起がなされたのである。カタログを見ると、この展覧会に出品されているのは、まず、マティス、ヴラマンク、ドラン、マルケ、 デュフィ、ブラックといったフランスのフォーヴの画家たち、次いで、キルヒナー、シュミット=ロットルフ、ヘッケル、ペヒシュタイン、ノルデといったドイツの「ブリュッケ」の画家たち、カンディンスキ ー、ヤウレンスキー、マッケ、マルクなど「青騎士」系の画家たち、そして最後に、アミエ、ジョヴァンニ・ジャコメッティ、ムンク、イサーク・グリューネワルト、モンドリアン、ワウテルスといったスイス、 北欧、オランダ、ベルギーの画家たちの表現主義的傾向を示す作品、という具合に並べられている。

 その際、この展覧会を組織したレオポルト・ライデマイスターが、これらの画家たちを括るタイトルとして、「ヨーロッパの表現主義」ではなく、いささか奇異な感じのする――おそらく当時もそうであ ったろう――「ヨーロッパのフォーヴ」という名称を採用したことは、学問的意味合いは別としても、政治的にはまったく適切であった。それかあらぬか、フォーヴィスムと表現主義を一つの流れとして捉える 見方は、フランスの研究家たちにも受け入れられるところとなり、その結果、1966年には、そうした観点からの次の大展覧会「フランスのフォーヴィスムとドイツの初期表現主義」が、ミュンヘンのハウス・デ ア・クンストと、そしてパリの近代美術館で開かれたのである(図6)。ベルナール・ドリヴァルとレオポルト・ライデマイスターによる序文を載せたカタログを開くまでもなく、この展覧会が先の「ヨーロッパ のフォーヴ」の延長線上にあることは、その題名から明らかである。そうでなければ、何故わざわざ「フォーヴィスム」に「フランスの」と付ける(Le Fauvisme français)必要があるだろうか。ドイツの「初期」 表現主義(les débuts de l'Expressionnisme allmand / der deutsche Frühexpressionismus)という言い回しも、また、色々な意味で興味深い。というのは、この展覧会も、先の展覧会と同じく、ベックマン、グ ロッス、ディクスといった、第一次大戦後に活躍するドイツ表現主義の「第二」世代をすっぱりカットしているからであり、そのことによって、ドイツ表現主義を考える際に避けて通ることのできない、社会的状 況とか、精神史的背景とかいった問題を当面のところ回避しているからである。ともあれ、この展覧会は、先の展覧会とほぼ同じ範囲を扱いながら――もちろん、フランスとドイツ以外の画家は除かれているし、 ドイツからは、モダーゾーン=ベッカーとかロールフスなどの独立系の画家たちが加えられている――、フォーヴィスムと表現主義を同じ土俵に持ち出し、等価に扱ったという点において意義深いものであった。

 総作品数279点というこの大展覧会には、フォーヴィスム、表現主義の代表的作家の、しかも代表作が並べられていた。マティスの《豪奢・静寂・逸楽》、《豪奢Ⅰ》、ヴラマンクの《マルリ=ロワの街路》、 ドランの《老木》、《水面の反映》、マルケの《マンガンのアトリエでモデルを描くマティス》、《フェカンの浜辺》、デュフィの《トルーヴィルの広告板》、《旗で飾られた通り》、フリエスの《フェルナン・ フルーレの肖像》、ブラックの《エスタック風景》、《黄色い海景》、カンディンスキーの《塔のある風景》、ノルデの《静物》、ペヒシュタインの《風景の中の3人の裸婦》、シュミット=ロットルフの《自画 像》、《アトリエでの休息》、《ダンガストの農園》といった作品によって、この二つの運動の関連が明確に示されたのであった。

 そのような、いわば下拵えの後に、1970年、やはり同じパリとミュンヘンの会場において、展覧会「ヨーロッパの表現主義」(L'Expressionnisme Européen / Europäischer Expressionismus)が開催された(図7) 。本来たどり着くべきところにたどり着いたという感のあるこの展覧会は、19世紀末から今世紀の20年代にかけてのヨーロッパ美術の一潮流として「表現主義」を捉えたもので、次のような構成をとっていた。すな わち、表現主義の先駆者として、アンソール、ムンク、ゴッホ、ゴーガン、モダーゾーン=ベッカー、フランスの表現主義としては、フォーヴの画家たちのほかに、ドローネー、クプカ、レジェ、ピカソ、シャガー ル、モディリアニ、スーティンなどを含め、ドイツの表現主義には、「ブリュッケ」、「青騎士」に、ベックマン、グロッス、ディクスを加え、そしてさらに、ベルギー、ノルウェー、オランダの表現主義として、 モンドリアン、プリッカー、スリュイテルス、トーロップなどを並べる、というものである。

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図5 「色彩の勝利――
ヨーロッパのフォーヴ」展カタログ、
表紙と扉、1959年
図6 「フランスのフォーヴィスムと
ドイツの初期表現主義」展カタログ、
表紙と裏表紙、1966年
図7 シュミット=ロットルフ
《自画像》1906年