◉…最適の江戸みやげ

 浮世絵は浮世の絵であり、現実や人々の欲求を反映する絵であるから、主題が多岐にわたるのは当然であった。

 であるからといって、すべての浮世絵師があらゆる主題をこなすことができたかといえば、それもごくわずかな例外を除けば難しいことであった。オール・ラウンドの画家としては、浮世絵元祖の菱川師宣と、画狂人を自称した葛飾北斎という、二人の文字通り巨匠があげられるが、その他の大概の浮世絵師は得意とする分野を守り、そこから大きく逸脱していくことは稀だった。

 たとえば、歌舞伎関係の絵については、芝居の世界独特の慣習や約束事があり、それに通暁していなければならなかったので、長く鳥居派という一流派に独占されてきたこと、先にも述べた通りである。

 しかしながら、慣れれば窮するということも真理であって、つねに新鮮な役者絵を欲求する浮世絵版画の受容者は、やがて瓢箪足(ひょうたんあし)・蚯蚓描(みみずがき)(後述。一七七頁参照)ふうの鳥居派の様式を旧弊なものと避けるようになる。鳥居派の牙城は、芝居小屋の正面に掲げられる看板絵や、現在のポスターやちらしにあたる各種の番附絵などに限定されていき、役者絵版画の表舞台から退場していくことになる。代わって明和年間(一七六四〜七二)以降は、勝川春章以下の勝川派(春好(しゆんこう)、春英(しゆんえい)、春朗こと後の北斎ほか)、歌川豊国以下の歌川派(国貞、国政、国芳ほか)、それに東洲斎写楽や歌舞妓堂艶鏡らの個性派によって競われていくことになるのであった。

「豊国にかほ(似顔)、国芳むしや(武者)、広重めいしよ(名所)」と嘉永六年(一八五三)の評判記『江戸寿那古(すなご)細撰記』にうたわれたように、世の人は絵師にレッテルを貼って得意の分野をそれと認識するのが好きだった。この場合でいえば、歌川派の三羽烏とうたわれた人気絶頂の三人を、国貞(三代豊国)なら役者絵、国芳なら武者絵、広重であれば名所絵(風景画)と、そのもっとも得意とする分野を的確に言い得て妙なのだが、そういうことで洩れてしまう他の分野が惜しい三人でもあった。

 国貞は美人風俗画や風景画に独特の味を出したし、国芳は戯画も面白く、江戸の粋な女性を描く美人画も捨てがたい。広重はさっぱりとしてすがすがしい美人画を少なからず発表しているし、花鳥画や双六絵などにもレパートリーを広げていた。

 一筋縄ではいかない画域の比較的広い画家もいるにはいたが、世間が期待するところは一方に偏りがちなことも事実であった。志の高い、また力のある浮世絵師たちは、そうした世評と期待とに応えながら、一方では抵抗して、自分の枠を少しでも広げられるよう努力していたものであった。


◉…実用のための絵

 錦絵は、色数多い木版画で、庶民の生活を様々な場において文字通り彩ったものである。見て楽しむばかりでなく、使って身の回りを飾る実用的な役割も果たしていた。

 たとえば、初期の筆彩版画漆絵(うるしえ)(紅絵の一種)の頃に流行した「張箱絵」も、その一例である。

 張箱とは、紙を張り合わせて作った箱のことで、小物を仕舞っておくために女性や子供が愛用したものであった。その張箱にきれいな紙を張って飾りたいという願いに応えて、源氏絵や名所絵などを洲浜(すはま)形や扇形の枠の内に描いた横細判の版画(約一六×三四センチメートル)が、享保年間(一七一六〜三六)の末から元文・寛保(一七三六〜四四)の頃に盛んに出版されたものである。奥村政信や西村重長が得意として、「御所 はりばこゑ」と商品名を明記することが多かった。「御所」とは御所風ということで、優美で上品な装飾用の絵であることを強調したものであった。これらの絵を買い求めた客は、枠に沿って洲浜や扇の形に切り抜いたり、あるいは枠外の吹き絵による飾りも併せ用いるなど、好みに任せて、張箱に糊で張り付けたのである。「はりばこ」は針箱のことをさしたのではないかという別の解釈もあるが、ともあれ主として女性に愛好された実用画であった。

 他にも、枠に応じて切り抜く実用画は、いろいろと提供された。使い古した扇子や団扇(うちわ)の骨のみを残して、好みの絵柄に張り替えて一新するための扇絵や団扇絵がそれである。勝川春章の役者大首絵のシリーズ「東扇」には、各図の欄外余白に、次のような注意書きがわざわざ記されている。


一、此(この)扇の儀、地紙(じがみ)なりに切りぬき、折筋の通りに御折被レ成(おんおりなされ)候はば、さいづちにてたゝき候て、上下をそろへ、長(ながさ)が六寸に切(きり)、御有合(おんありあわせ)の古ほねにてもうらのかたより片面に付け被レ成候へば、早速の御間に合ひ御持(おんもち)扇(おうぎ)と相成(あいなり)申候。絵柄色々追(おつ)て出板仕(つかまつり)候。尤(もつとも)、御屏風、襖(ふすま)の張りまぜにも相成り申候。御求可レ被レ下(くださるべく)候。

版元 岩戸屋源八

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