
【 解 題 】
伊能忠敬の測量隊が作った日本地図が一般に『伊能図』と呼ばれる。
海岸線と街道を測った線と、そこから見える山の姿を鳥の目で見たように描いた手書きの絵図で、
内陸部は空白。自分たちが測量したところだけを描き、歩いていないところは未測量と記すなど、
実証的な精神を貫いている。縮尺3万6千分の1の大図、21万6千分の1の中図、43万2千分の1の小図が基本形。

全測量結果をまとめ、1821年に幕府に提出された最終版『大日本沿海輿地※全図』(大図214枚、中図8枚、小図3枚)のほかにも
測量の旅ごとに作製され、約400種類があったとされる。このうち200種以上が副本や写本の形で残っているが、幕府に提出された最終版の正本は、
明治時代始めの皇居の火災で焼失したという。
江戸時代には幕府の秘図として公開されなかったが、明治になって、これを基礎に近代的な地図の作製が進められた。また、江戸末期に伊能図の写しをひそかに持ち帰ったシーボルトにより、欧州に初めて日本の正確な姿が伝えられた。
※輿地=大地