学習院大学 法学部 | 法学科|政治学科

教員紹介Messages from Professors

法学科 教授

紙谷 雅子Masako Kamiya

専攻:基礎法学(英米法)

出身地
東京都
最終学歴/学位
東京大学大学院/法学博士
所属学会
日米法学会、日本比較法学会、日本公法学会、コンピュータと法学会、情報ネットワーク法学会、法社会学会
研究テーマ
表現の自由、最高裁判所論
担当科目
英米法、英米法演習、アメリカ法、特殊講義(比較法)

大学ってどんなところ?

大学は、建前としては、大変忙しいところです。

 理念としては1時間の「講義」を受ける前の「予習」に1~2時間、受けた後の「復習」に1~2時間、つまり、講義の他に自分でも3時間、合計4時間をかけないと大学での授業はわからない、ついていけないということになっています。もちろん、スポーツ科学のように、その場での実習となると「予習」や「復習」は期待されていないので、1時間は1時間としてカウントされています。午前中だけ、毎日、授業があると、毎日、午後は予習と復習で6時間使わなければなりません。お昼を食べて1時から始めても7時までびっしりです。理論的には、アルバイトどころか、部活をする時間もありません。午後も授業があるならば、徹夜でも足りませんから、週末も予習と復習だけで埋まってしまいます。

 実態調査では、授業2.9に対し、授業に関する学修時間は1.0、つまり、時間で計る限り、建前の1/9しか学修していないという結果があるそうですので、平均的な学生には部活もアルバイトも可能になっています。もっとも、これでは大学に在籍することでもたらされるであろう「学修による付加価値」は期待するまでもないからという判断をするので、就職面接では「部活やアルバイトで得たこと」の説明に熱心になるのだと思われます。もちろん、説明される側も、「部活やアルバイト」に関するストーリィを、自分の経験に照らして評価するのは十分可能でしょうが、ロヒンギャのための難民キャンプでの経験を語られても戸惑うことと思いますし、「孤児作品」についての制度設計をしましたといわれても焦るだけかもしれません。

 就活の様子を見る限り、「破れ鍋に綴じ蓋」状態ではないかと思います。ただ、「部活やアルバイトで得たこと」の説明に終始するのであれば、他の就活生との差別化は不可能ですから、面接する側の、この人には何かがあるのでは? という期待には繋がりません。

「学修」を選択する場合も、他の人とは違う体験を積み重ねる選択をした場合も、時間は貴重です。

大学は、建前として、自分で何かをするところです。

 大学は教わるところではないとか、他の人に指示されて何かをするところではないという人もいますが、教室では「資料」とか、「プリント」とかが配られることが多いので、学生はポーッとしていても大丈夫という印象があります.でも、それは活字の書籍ではまだ見つからないような最新の情報を利用した最先端の話題を授業に取り込むためのことも、講義を聴きながら「ノートを取る」のが上手ではない人が多いから、あらかじめ「今日の話の筋道」を示して、学生が迷子にならないようにという先生の「老婆心」の結果であることもあるようです。実は、この「ノートをとる」ことと、予習とが関連しているのです.事前に情報を整理しておくと、「今日の話の筋」のどの辺りがポイントで詳しい情報が提供されたり、どのあたりは超特急で通り過ぎたりという、先生が意図するメリハリが見えてきます.同じ話でも、予備知識があると、たくさんの情報をキャッチできるというわけです.というわけで、「資料」や「プリント」は口をパクパクさせている雛に親鳥がせっせと餌を運んでいるように、講義を聴講している学生は何もしないでも大丈夫というメッセージではなさそうです。

 そういえば、時間割も自分で組み立てることが期待されています。誰かと一緒というのが一番簡単そうですが、どうもそれでは「何をする」のかが人によって違うので、ダメらしいです。大学では、自分で自分のスケジュールを決めて、管理することが前提です。自分でしないと、肝心な情報も手に入りません。一人一人が必要とする内容が違うということになっています。そして、自宅から通学する人も、自宅にいない人も、自分が決めた「何か」を上手に実現するため、意識して自分を管理していないと、在籍中の時間の価値に違いができてきます。この「何か」の範疇には「何かを積極的にする」だけでなく、「何もしない」という選択も入っていますから、大学に行かなくても、それはそれで、本人の選択です。大学としては、せっかく「この」大学で何かをしようとしたらしいのに、授業に来ない、試験も受けない、単位も取っていない学生がいると、心配します。でも、そんな心配など大きなお世話と態度で示されたなら、踏み込むことに躊躇します。自分で選択して何かをするところであって、誰かにいわれて何かをするところではないからです。もっとも、こんなことをしたいので・・・ということになれば、大学というのは色々な経験をした人がたくさんいるところですから、「したい」ことを実現する道筋を知っている人は思ったより簡単に見つかるでしょう。

 結論としては、大学は、上手に使うと色々なことが可能なのですが、使い方を知らないと何も起こらないところです。

著書・論文紹介

「Obergefell v. Hodges, 578 U.S. (2014)について(アメリカ法の立場から)」

アメリカ法2016-2(東京大学出版会、2017年)

「最高裁裁判官任命の意味(統一テーマ「法の支配とアメリカ大統領制─トランプ大統領と法の改変」第5章)」

比較法学51巻2号(早稲田大学比較法研究所、2017年)

『スターバックスでラテを飲みながら憲法を考える』(共著)

(松井茂記編著、有斐閣、2016年、担当した章:第4章)

『教育とLGBTIをつなぐ』(共著)

(三成美保編著、青弓社、2017年、担当した章:コラム3「トイレ騒動——現在進行形」)