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教員メッセージMessage from Professors

水野 謙

法学科 教授
水野 謙
Ken Mizuno
専攻:民法

出身地
東京都
最終学歴
北海道大学大学院博士後期課程中途退学/博士(法学)
所属学会
日本私法学会
研究テーマ
不法行為法
担当科目
民法Ⅳ、民法演習

奥行きのある民法の世界へ

皆さんは法律学についてどのようなイメージを抱いていますか。ときどき、法学部生以外の人に話を聞くと、法律の勉強は条文を覚えて、それをただ個々のケースに当てはめる、というふうに思っていらっしゃる方がいます。しかし、それは誤解です。私の専門は、民法の中でも不法行為法と呼ばれている領域ですが、不法行為法の中心的な条文である民法709条には、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」としか書かれていません。この条文をいくら覚えても、具体的な事例で加害者が損害賠償責任を負うかどうか、という結論が自動的に出てこないことは明らかでしょう。このことをプライバシー侵害を例に、もう少し具体的に考えてみたいと思います。
例えば、YがXの秘密にしていた医療情報に何らかのかたちでアクセスした場合に、XがYに対して、自己の「プライバシー」という権利又は法律上保護される利益が侵害されたことを理由に、損害賠償(具体的には慰謝料の支払い)を求めることができるかという問題があります。しかし、この問いに答えるためには、そもそもプライバシーとは何か、という条文に書かれていない問題を検討する必要があります。いったい人は、自分が秘密にしておきたい自己に関する情報について、どのような権利や法的な利益を有しているのでしょうか。
これに関して、有力な見解はプライバシーに関する権利を「自己の情報をコントロールする権利」のことであると定義づけています。しかし、自己の情報は、果たしてどこまでコントロールの対象となりうるのでしょうか。行き過ぎた情報のコントロールは、かえって自由な社会・経済活動を制約する危険を伴います。別の言い方をするならば、私たち一人ひとりに関する情報には、ある種の公共財的な性格があることは否定できないように思われます。
また、「情報をコントロールできる」という見解を唱える論者は、「他者に依存しない強い自己」を観念しているようにも見えますが、そうした「強い自己」というものは、果たして現実の世の中に存在しているのでしょうか。あるいは、実際には存在していなくても、規範の世界では「強い自己」や「自律的な個人」を観念しなければならないのでしょうか。
プライバシー侵害という1つの事例について少し考えてみただけでも、このように、かなり複雑な問題が隠されているということに気づかされます。民法の条文を適用する際には、人はいったいどういう存在なのか、私たちの社会はどうなっているのか、ということに関する深い洞察力が要求されます。不法行為法という分野に限っても、まだまだ未熟者の私ですが、皆さんと一緒に講義や演習の中で、奥行きのある民法の世界を楽しみながら探訪することができればと願っています。

著書・論文紹介

  • 「パブリシティ権の法的性質-ピンク・レディー事件」
    法学教室408号(有斐閣、2014年)

    芸能人のイメージや印象は、どのような場合に、なぜ、法的保護に値するのでしょうか。そもそも私たち一人ひとりの印象は、どのようにして社会の中で形成されていくのでしょうか。本稿はこれらの問題を検討しました。

  • 「プライバシーの意義─『情報』をめぐる法的な利益の分布図」
    NBL936号(商事法務、2010年)

    様々な「情報」環境の中で他者とともに生きながら、自分の人生の意味を知ろうと試行錯誤している私たちにとって、「プライバシー」とはどのような意義があるのでしょうか。本稿はこの問題を取り上げました。

  • 『ケースではじめる民法〔第2版〕』(共著)
    (山野目章夫、野澤正充編著、弘文堂、2011年)

    14、22、25~27講を担当。「入門書の次に読む2冊目の本としても最適の、自習も可能な演習書」というのが、この本のキャッチフレーズです。教室で学生の皆さんを前にしているような気持ちで、分かりやすい解説を心がけたつもりです。

  • 『因果関係概念の意義と限界─不法行為帰責論の再構成のために』
    (有斐閣、2000年)

    不法行為の被害者が訴訟で勝つためには、因果関係の主張・立証が必要です。しかし、加害者に責任を負わせても構わないと私たちが考える「因果関係」とは、いったい何でしょうか。本書はこの難題に挑戦しました。