学習院大学 法学部 | 法学科|政治学科

教員紹介Messages from Professors

法学科 教授

水野 謙Ken Mizuno

専攻:民法

出身地
東京都
最終学歴/学位
博士後期課程中途退学/博士(法学)
所属学会
日本私法学会
研究テーマ
不法行為法
担当科目
民法Ⅲ、民法演習

名誉毀損と「本当のこと」

「離婚危機!!」

 よく見かける週刊誌の見出し。「芸能人Xが不倫!離婚危機!!」。これ、ありがちなタイトルですが、Xさんにとってはかなりのイメージダウン。特にXさんが誠実なイメージで売っていたり、配偶者と仲がよくて「おしどり夫婦」と言われていたりすれば、なおさら。もう少し難しいいい方をすると、Xさんがこれまで、さまざまな社会的な活動を通じて獲得してきた、信用とか名声などの社会的な評価、つまり「名誉」は、この記事によって傷つけられてしまうことになる。そこでXさんが、週刊誌を発行したY社に対して、名誉毀損を理由に精神的損害の賠償(慰謝料の支払)を求める訴えを提起したとします。このとき、Xさんの訴えは認められると思いますか。

「本当のこと」でも…?

 たぶん、こう聞かれて、皆さんが真っ先に思うことは、その記事の内容は本当なの? という点ではないだろうか。もっともな疑問である。週刊誌の記事なんて、デタラメの記事も少なくないだろうし。もしデタラメだったら、本件で名誉毀損、間違いなく成立するでしょうね。そこで以下では、たまたま(!?)その記事は真実を述べていたと仮定しよう。Xさんは、「おしどり夫婦」なんていう仮面の陰で、実は不倫をして、それが配偶者にバレて、離婚に向けた話し合いの真っ最中だったのである。このとき、Y社が真実を指摘して、その結果、Xさんの社会的評価が下がっても、Y社はやはり慰謝料を支払うべきだろうか。それとも、不倫なんかしそうにない仮面をかぶっていても、Xさんは、実際はそうではなかったのだから、仮面が剥がれただけ。Y社は、Xさんに慰謝料を支払う必要はないのだろうか。昔から、議論されている「虚名(実質を伴わない表面だけの名声)は保護に値するのか」という問題は、このような悩ましい問題なのです。

唯一の正解なんて存在しない

 虚名(実質を伴わない表面だけの名声)は保護に値するのか。この問いに答える手がかりになりそうなのは、民法の709条という条文。でも、そこには、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」としか書かれていない。名誉が一般に「他人の権利又は法律上保護される利益」に当たることは疑いないとしても、実質を伴わない表面だけの名声も、条文のいう権利や法益に当たり、それを侵害した人は当然に慰謝料を支払う責任が生じるのかということは、考えるほかない。議論をするほかない。法の解釈の面白さは、こんな点にあると思います。法律学って、条文の枠組みを離れることは許されない。でも、条文を覚えれば、すぐに答えが出てくる、そんな無味乾燥な、つまらない学問ではないのです。

表現の自由(報道の自由)はどれくらい大切?

 芸能人Xさんと週刊誌を発行したY社との争い。どちらがどういう理由で勝つのか。答えは無数にあります。本当のことが記事になったのだから、そもそも権利や法益侵害は生じていないという考え方もあるでしょう(Xさんのほうで記事の内容がデタラメだと証明できないかぎりY社が勝つ)。あるいは、Xさんが訴えても、Y社のほうで記事の内容が真実だと証明できれば、Y社が勝つ。そういう考え方もありうるでしょう。こういった考え方をとると、Y社のようなメディアは、ずいぶん自由に報道ができることになります。本当のことさえ書いていれば、訴訟になっても、負けることはないわけですから。それは、社会全体にとっても、大きな利益なのかもしれません。

 でも、Xさんにとっては、どうでしょうか。Xさんが誠実なイメージをもたれていたとして、そのイメージ(社会的評価)は、Xさんがこれまで、たとえば、ファンや芸能界の関係者との間で、あるいはSNSなどを通じて、少しずつ築き上げ、獲得してきたもののはずです。Y社の記事の内容が仮に真実でも、Xさんの社会的評価のすべてが「実質を伴わない、うわべだけの虚名だ!」と決めつけることは、そもそもできないようにも思います。

 表現の自由は確かに大切。でも、Xさんの社会的評価だって重要。現在の日本の判例や多くの学説は、このとき、①Y社の記事の内容が真実であることに加えて、②記事の内容が、たとえば殺人事件とか政治家の汚職のように、社会の人々の「正当な」関心事であり、それを人々に伝えて批判や評価の材料にすることが「公共の利益」を増進する、という2つの事柄について、Y社が主張・立証に成功したとき初めてY社は勝つ(いくら本当のことでも「正当な」関心事とはいえないような記事だったらXさんが勝つ)と考えています。私も、こういうバランスの取り方のほうが、説得力があると思います。

法律学はこんな人に向いている

 仮に、この最後の考え方に立つと、「不倫!離婚危機!!」という記事は、その内容が仮に真実であっても、私たちの「正当な」関心に応えるもので「公共の利益」を増進するといえるのかが問題となります。Y社は、結局、訴訟に勝って、Xさんに慰謝料を支払わなくてもいいのでしょうか。それとも……。この続きは、私の授業やゼミの中で、一緒に考えることにしましょう。

 法律学は、社会の色々な出来事に興味があって、自由に生き生きと考えるのが好きだ!という人に向いています。そんな皆さんのご入学、お待ちしています。

著書・論文紹介

『因果関係概念の意義と限界』

(有斐閣、2000年)

『〈判旨〉から読み解く民法』(共著)

(水野謙=古積健三郎=石田剛著、有斐閣、2017年、担当した講:第1講、第16講、第18講、第20講、第23講、第26~第30講)