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教員紹介Messages from Professors

政治学科 教授

中居 良文Yoshifumi Nakai

専攻:中国政治

出身地
北海道
最終学歴/学位
University of Michigan, Ph.D.
所属学会
国際政治学会、アジア政経学会
研究テーマ
米中関係、中台関係など
担当科目
中国政治、中国政治演習、現代中国論

すごいぞ、フェルメール:17世紀のグローバリゼーション

 君は見たか、かのオランダの巨匠フェルメールの絵を? 彼の絵は世界中ですごい人気で、映画にもなったくらいだからきっとどこかでポスターくらいは眼にしたに違いない。そこで、再度問いたい、君は彼の絵に何を見たか? 多くの諸君は広く一般に流布されている、「光の天才画家」を見たのではあるまいか?何を隠そう、この私もそうであった。フェルメールの光表現は素晴らしい。しかし、フェルメールのすごいところはそれだけではない。実は、フェルメールの絵は我々を17世紀のオランダ、ヨーロッパ、アフリカ、北米大陸、中国、東南アジア、要するに世界中に連れて行ってくれる「どこでもドア」だったのである。

 君は問うかもしれぬ。何故一介の中国研究者が西欧の絵画にかくも「入れ込んでいる」のかと。大学教授とはなんと暇な人種なのであろうかと。小生は答える。他の先生たちが暇かどうかは知るところではない。(皆さん大変忙しそうです。)そして、こう言いたい。フェルメールの絵を「見る」ことも立派な中国研究です。何か問題でも?

 種明かしをしよう。フェルメールの絵が「どこでもドア」であることを発見したのは残念ながら小生ではない。Timothy Brookというカナダ人研究者である。Brook先生の専門は? 驚くなかれ、中国明朝の歴史・社会研究である。さあ、小生とフェルメールの出会いがお解りいただけたであろうか?

 最後に一言。現在小生が担当している一年生向け基礎演習Ⅱでは、Brook 教授の著書、“Vermeer’s Hat” を読んでいます。

フェルメールと中国

 フェルメールの絵に登場する中国は、「開け放たれた窓辺で手紙を読む若い女性」に描かれた中国風陶器(大皿)である。中国風というのはこの陶器が中国製ではないからである。現地生産即ち、オランダ製である可能性が高い。先ず、大きさ。この皿、かなりでかい。当時、即ち17世紀中盤、中国製陶器は江西省景徳鎮で作られ、福建省泉州から帆船に積まれ、南シナ海、印度洋、大西洋を経てアムステルダムに届けられた。つまり、大変高価な貴重品であった。デルフトの街の一介の絵描きであったフェルメールがそんな貴重品を買えたはずはない、という訳である。次に、この皿のデザインが問題である。中国の大皿には幅広い縁取りはない。箸を使うからである。一方、西欧人は大皿に中身たっぷりのスープを盛り、それをスプーンでとりわける。従って、大皿の縁にスプーンを置くスペースが欲しい。必要は発明の母、誰かが幅広い縁取りを持った大皿を考え出した。そのような大皿はklapmuts と呼ばれ、フェルメールの地元デルフトで大量生産され、広く欧州全体に普及した。この絵の中でフェルメール独特の優しくも輝かしい光を浴びている大皿はいかにもklapmutsである。

 陶器製造の本家、中国はこうした欧州での陶器ブームをどう捉えたか? ここで、明朝中国社会の専門家であるBrook教授の筆は冴え渡る。明朝末期、中国の好事家たちは復古主義を信奉し、唐宋時代の栄華の復興に努めた。陶器について言えば、彼らにとって庶民向けに大量生産される陶器などなんの価値もない。そんなものを高価で大量に買い付けにくる紅毛の大男たちは、よほどの変わり者か、野蛮人である。彼らは巨大な船と大砲を持っているので、面倒だ。だから、彼らが海のかなたから押しかけてきたら、彼らの欲しがるもの(それは決まって安物だ)を適当に与えて、さっさと追い返すのがよい。

「教材としてのフェルメール」

 Brook教授繰り広げる議論は小生には大変面白い。しかし、中国にさして興味を持たない新入生たちにとっては、難しいかもしれない。受験科目で世界史を選ばなかった新入生たちにとって、17世紀中葉のオランダ・欧州はイメージするのが難しい世界であろう。当然ながら、絵そのものに全く興味がない学生も存在する(であろう)。しかも、Brook教授の話の舞台は、北米の五大湖北岸から、インドの南端へそしてアフリカはマダガスカル島と世界中を飛びまくるのである。読書に際して、世界地図もしくは地球儀が必携である。

 では、Brook教授の本は大学の教材として失格であろうか?「いえいえ、そうではありません。」これらの難しさ故に、この本はまさに初年度教育に相応しいのである。その効用は以下のとおり。

  1. 細切れ英文読解に慣れきった新入生たちは、適度な長さの(英文230ページ)、本物の(外国の読者が読んでいるものと同じ)英文に接することになる。この体験はいわゆる教科書では無理。
  2. 一冊の本をまるごと読んだという達成感を味わうことができる。
  3. 世界史や地理、文化(フェルメール!トルコ絨毯、フェルト帽、火縄銃)についてより深く知ることができる。
  4. 世の中の学者・研究者という人たちがどのような人たちであるかを知ることができる。あ、文系ですけど。
  5. 学問、研究の面白さに気づくかもしれない。気づくといいな。気づいて欲しい!
  6. オマケ:教員は「適当な教材を探す」という面倒な作業から解放される・・かもしれない。小生は2年くらい先の教材を仕込み中である。2年後に読む頃は、きっとすっかり忘れてますけど・・・。いいではないか。「学びて時に習う、また楽しからずや。」

(了)

著書・論文紹介

「トランプ政権と米中関係:中国はトランプ政権の誕生をどう受け止めたか」

国際問題 2017年7-8月合併号 No.663(日本国際問題研究所、2017年)

『ユーラシア国際秩序の再編』(共著)

(岩下明裕編著、ミネルヴァ書房、2013年、担当した章:第3章「デフォルトの大国—中華帝国復興の軌跡—」)