学習院大学 法学部 | 法学科|政治学科

教員紹介Messages from Professors

政治学科 教授

中田 喜万Yoshikazu Nakada

専攻:日本政治思想史

出身地
東京都
最終学歴/学位
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了/博士(法学)
所属学会
日本政治学会、政治思想学会、日本思想史学会、中国社会文化学会
研究テーマ
武士と学問と官僚制
担当科目
日本政治思想史Ⅰ・Ⅱ、日本政治思想史演習など

有能な武士官僚のこと

 日本政治思想史のゼミで川路聖謨(かはぢとしあきら)の日記を少しだけ読みました。そんなものが面白いかですって? それは断然面白いですよ。

 普通の人ではありません。田舎の下級武士の子として生まれながら、幕末の政府で勘定奉行の筆頭にまで異例の昇進をした人物です。誰もが認める、とんでもなく仕事のできる人なのです。

 そんな仕事人間の書くものなんて、きっと生真面目で、お堅い、小難しいことばかりなのではないかしら? いえいえ、その正反対で、ユーモアが散りばめられ、漢詩や和歌の風流も忘れない、まことに人間味あふれたものです。何しろものすごく筆まめで、食べたご飯の量まで記録してしまうくらいですから、見聞きした何でも──奈良の昼寝の習慣やら、長崎の商家の立派さやら──書き留めておいてくれました。

 そこから、家族を大切にする川路の私生活を垣間見ることもできるでしょう。実の両親と、養子先の義理の両親とに孝養を尽し、また子や孫をかわいがりました。川路の日記をただの公務日誌や備忘録と異なるものにした理由の一つは、その家族愛でした。

 就職をひかえた学生さんたちの関心は、どうしたら出世できるのか、かもしれませんね。事実、江戸時代の武士らも就職活動がとても大変でしたから、当時の人々にとって、川路は尊敬・憧れの的であったようです。

 無論、行儀を良くしたり上司の機嫌を伺ったりといった小手先の知恵だけでは、長い人生の荒波をのりこえることはできません。川路の人生も決して楽なものではありませんでした。幼いころから人一倍の努力で文武の研鑚を積み、生涯にわたり自分のことを律し続けました。

 勉強することも幅広く、和漢の古典だけでなく、蘭学にも関心を示しました。彼が偉いのは、何でも好奇心をもって学ぼうとしたことです。彼はもともと筆算吟味に及第して勘定方(財務官僚)として登用されました。徳川政府には、低い身分でも能力を評価してもらえる仕組が不十分ながらもありました。だからその専門技能を磨けば、それなりの地位を得ることは、世襲の世でも不可能ではありませんでした。しかし専門官としての知識であきたらず、直接には役に立ちそうもないことを、あえて学び続けました。

 その学習が川路聖謨にどんな恩恵をもたらしてくれたか。第一には、趣味としての学問によって、普段の仕事と異なる、多方面の人々と交流し、新たな人脈を築くことができました。それが時には仕事にも活きます。第二に、様々な考え方に接して、柔軟で公正な考え方が身につきました。それは例えば、遠国奉行として地方の行政・裁判を司り、多種多様な問題を解決するのに必要な資質でした。これら第一、第二と関連して第三に、突発的におきる事態に即応できる様々な用意ができました。外交の経験のない川路が、突如ロシア使節との交渉を任され、首尾よく結着をみることができた(反対にもし失敗すれば切腹もありえた)のも、それまでの人生での蓄積があったればこそ、でしょう。

 ロシア使節プチャーチンとの交渉の経緯は、その途中、下田で大地震・大津波に襲われたこともあって、小説よりも奇なる事実です。史実に忠実な歴史小説を著すことで有名な吉村昭に、まさにこの主題を扱った『落日の宴』という作品があります。もし残念なことに日本政治思想史を学ぶ余裕がないようでしたら、そちらを楽しんでみてください。ちなみに、吉村昭は学習院の出身です。

著書・論文紹介

「天皇」

米原謙編『政治概念の歴史的展開 第9巻』(晃洋書房、2016年)

「武士と学問と官僚制」

田尻祐一郎ほか編『日本思想史講座 第3巻』(ぺりかん社、2012年)