学習院大学 法学部 | 法学科|政治学科

教員紹介Messages from Professors

政治学科 教授

野中 尚人Naoto Nonaka

専攻:比較政治学

出身地
高知県
最終学歴/学位
東京大学大学院総合文化研究科国際関係論専攻/博士(学術)
所属学会
日本政治学会、日本比較政治学会、日仏政治学会
研究テーマ
比較から見た日本政治
担当科目
政治学Ⅰ、政治学Ⅱ、政治学演習

首相・国会・解散

 2017年9月、安倍首相が突如決めた解散で、日本政治はまるで嵐のような混乱に陥りました。皆さんも、テレビ・新聞、あるいはネットなど色々な媒体でご覧になったことでしょう。あるいは、初めて投票に行った、という方もいるかもしれません。

 選挙の結果は、ご存じのとおり。

 それにしても、どう思いましたか。ちょっと振り返ってみましょう。今回の解散総選挙は、まさに完全な不意打ちでした。安倍首相本人だってきっとその直前まで考えていなかったことでしょう。7月の都議選では自民党史上最低の大敗北を喫したばかりでしたし。安倍さんにとっては、嫌なムードが一面に立ち込めていたはずです。さしづめ、「早くやらないと追い込まれて大変なのに、困ったなあ」というところだったでしょう。「とても解散などできない。」他の自民党幹部も含めてみんなそう信じていたのではないでしょうか。

 ところが、事態は急転しました。きっかけはいったい何だったのでしょうか。すべてが分かっている訳ではありません。しかし、野党第1党の民進党で前原新代表が選ばれ、さあこれからと思っていたところ、幹事長の人選をめぐっていきなりのトラブルに見舞われました(大きな期待を背負っていた山尾志桜里氏をめぐる混乱劇)。敵失に恵まれた自民党は、内閣支持率と党への支持率が回復基調に転じたことに気づきました。さて、ここからが安倍首相の馬力の見せ所となりました。

 安倍首相は、すぐさま情勢の変化を見てとり、怒涛の勢いで解散の断行を決めました。麻生財務相は2009年に自分が首相だった時の「追い込まれ解散」の困難さを味わっていますから、早期の解散を主張していたようです。一方、伝え聞くところでは、菅官房長官は解散にはむしろ否定的だったようです。しかし、官邸内部の補佐グループでは、即座の解散を強く主張する人もいたようです。つまり、安倍首相は全く一人きりで解散を決めたわけではないようですが、とにかく、極めて少数の周りの人々とだけの相談を経て、あっという間に決めたのは間違いないようです。

 もう1つ、解散の決断を後押ししたものは、世論調査の数字です。むろん、様々な報道機関が定期的にやっていますから、その数字も見ていたことでしょう。しかし、自民党自体が折に触れて行う独自の調査もあるようです。そこでは、個別選挙区の情勢が調べられているとのことです。その数字にも、都議会選挙の後遺症からの回復が見られたのでしょう。世論調査政治という訳です。

 もう少し、安倍首相の動機についても見てみましょう。解散総選挙は、国の政治と行く末を決める極めて重要なイベントですから、それなりの理由が必要です。それを「解散の大義」という言い方で議論してきました。安倍首相は、今回の解散の大義として、消費税の引き上げに伴う増収分について、その使う道の変更を国民に問う、と言っていました。他方で、北朝鮮の問題を採りあげて「国難突破」のためである、との言い方もしていました。

 みなさん、これをどう受け止めたでしょうか。人によって、また考え方によって色々だと思います。私の受け止め方は、かなりネガティヴでした。「取ってつけたような言い訳だなあ。」本当のところは、「野党第1党の民進党が混乱しているし、小池都知事の新党がまだ準備できていない今こそチャンスだ」ということだったのではないでしょうか。

 その後の展開は、なかなかスリリング(不謹慎な言い方をすれば・・・)でした。代表になったばかりの前原氏は、何と野党第1党を事実上解党するような形で小池新党「希望の党」に合流させるという荒業を繰り出しました。一瞬、解散権者の頭を「敗北」の予感がよぎり、自民党議員たちの多くが青ざめたのではないでしょうか。しかし、事態は、小池氏の「排除」方針、つまり、民進党の左派・リベラルと呼ばれるグループの合流を拒絶したことによって再び急展開しました。政治というのはなかなか難しいものです。

 さて、ここで皆さんにちょっと考えてもらいたいのですが、解散総選挙とは何なのでしょう。「どうしてこんなドタバタなのだろう。」そう思われた方も多いはずです。日本では、衆議院の解散は「首相の専権事項」という言い方をされてきました。「不意打ちでも何でもアリ。とにかく、首相が自由に決めていいんだよ。」もっと言ってしまえば、「敵を欺くにはまず味方から、というじゃないか」、といった調子です。

 これで本当にいいのだろうか。そこで以下、今回の解散総選挙の成り行きを振り返りながら、首相の解散権のことを少し詳しく考えてみよう。率直にいって、今回の解散はほぼ最悪だと考えています。どうしてでしょう。

 まず、今回は、臨時国会が召集された途端の「冒頭解散」でした。国会では、何も審議されませんでした。テレビをご覧になった方はよくお分かりだと思いますが、始まってから1分ほどで終わっています。確かに、こうしたパターンの冒頭解散が過去に全くなかった訳ではありません。しかし、今回は極めて深刻です。というのも、憲法53条に基づいて野党が要求した臨時国会の召集を延ばしに延ばしたあげく、事実上これを反故にしたことを意味するからです。首相の解散権は、実は憲法には明記されていません。慣例で認められていただけと言って良いでしょう。しかし、憲法53条に書かれた少数派による国会召集要求は、はっきりとした憲法上の権利です。ですから、国会では少数派の意見にも耳を傾けるべきだという憲法の重要な精神が踏みにじられたと言って間違いありません。なぜここまで自己中心のやり方をするのか、大きな問題と言えるでしょう。憲法違反すれすれのこの手法は、つまりはスキャンダル隠しなんですね、と言われても反論できそうもありません。

 第2に、この解散の政治的意図は、野党が混乱して準備不足のうちの不意打ちです。むろん政治には駆け引きも権力闘争も当然という言い方も出来るでしょう。しかし、事態の推移を見れば分かるように、野党側だけでなく、与党サイドも完全に不意打ち状態でした。何の準備も出来ていなかったのです。ここで準備というのは、選挙資金や事務所の手配といった候補者の生き残りのための準備や問題のことではありません。有権者国民に対して、これまでの3年間に何を実行してきたのか、それは前回選挙の時に訴えたこととどう一致し、あるいは異なってしまったのか。また、次の4年間に向けて何を掲げたいのか、どんな政策をお約束するのか、まじめな政権公約の準備などほとんど何もされていなかったと言って良いでしょう。最大の論争点となる憲法9条についてさえ、自民党内部の考え方はほとんど整理されないままに、とにかく選挙に突っ込んだというしかありません。

 与党も、そして野党も不意打ちをされた結果、主権者である国民の前にはまともな政策や選択肢は提示されず、ただただプロレスのショーのような選挙劇が繰り広げられただけに終わりました。安倍首相に対する不信感はかなり深刻なレベルに近かったと感じますが、さりとて、小池さんのポピュリズムにもうんざり、という何ともひどい選挙になってしまいました。その根本のところに、解散権者の身勝手な不意打ち解散があったのは間違いありません。

 第3に、北朝鮮問題を前面に出して国難突破の総選挙と位置づけたことは、政治指導者として最もやってはいけないことの1つです。ポピュリズムという言葉がありますが、今回の解散総選挙は、ポピュリズム選挙の典型です。何が悪いかと言えば、戦争や国難という問題設定をすると、その他の様々な政策課題に関する国民の冷静な選択が著しく阻害されることです。今回、任期はまだ1年以上も残っていましたから、北朝鮮の脅威にしっかりと対応し、消費税の使途についても自らの具体的な提案と野党の対案を待って与野党間でじっくりと討論をするのが、どう考えても本筋だったはずです。そうではなく、「国難なので、全ては私に任せて下さい」というのは、実に手前勝手な、そして国民を軽んじた話ではないでしょうか。

 さて、衆議院がこうして解散され、総選挙が行われました。そして国会が再び召集され、安倍首相が再任されました。一体、この選挙は何だったのでしょう。そして首相の解散権とは何なのでしょう。皆さんが学習院大学法学部に入学されたら、また色々と一緒に議論できると思います。続きは目白のキャンパスで。

著書・論文紹介

『さらばガラパゴス政治』

(日本経済新聞出版社、2013年)

『自民党政治の終わり』

(筑摩新書、2008年)