学習院大学 法学部 | 法学科|政治学科

教員紹介Messages from Professors

法学科 教授

鎮目 征樹Motoki Shizume

専攻:刑法

出身地
埼玉県
最終学歴/学位
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
所属学会
日本刑法学会
研究テーマ
刑法・経済刑法
担当科目
刑法Ⅰ、刑法Ⅱ、刑法演習、特設演習

犯罪と刑法について

 人を殴って怪我をさせる(傷害)・他人の物を盗む(窃盗)などのふるまいは、「犯罪」にあたります。犯罪が行われると登場するのが、国家権力です。たとえば、被害者による被害届の提出などをきっかけにこうした事件が発覚すると、警察官や検察官が被疑者の身柄確保や取調べ、証拠の収集などの捜査を行います。そして、犯罪の嫌疑が裏づけられ、検察官により起訴等の処分がなされて、刑事裁判にまで至ると、裁判官が、証拠に基づき本当に罪を犯したのかどうかを判断し、有罪となった場合には、懲役や罰金などの「刑罰」を科す旨を宣告します。みなさんが犯罪の被害に遭ったり、あるいは犯罪の発生を目撃したりすることはごく稀なことかもしれません(日本の犯罪発生率は国際的にみても低い水準にあるといわれていますし、警察庁の統計によれば、犯罪認知件数は、2003年以降減少しつづけ、2015年には戦後最少を更新しています)。しかし、上で書いたようなことを全く知らないという人はおそらくいないでしょう。

 では、いかなる行為が犯罪にあたるのかは、どのように決まっているのでしょうか? これは、法律で定めることになっており、その役割を担う法律が、「刑法」です。たとえば、窃盗は、235条に規定があり、そこには、「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」と書かれています。(やや古めかしい表現ですが)ごく単純な文章であり、「窃取」が「盗み取る」という意味であることさえわかれば、たとえば、「他人の家に留守中に忍び込んで、貴金属類を勝手に持ち出す」というような行為がこれにあたることはすぐに分かるでしょう。ですが、次のような場合はどうでしょうか。

 Aさんは、空港のベンチに自分のスーツケースを置いて席を立ち、カウンターで搭乗手続を済ませてから戻ろうとしたところ、自分のものとまったく同じデザインのスーツケースを引いて小走りで外へと向かうBさんが目の前を通りすぎた。そのため、Aさんは、Bさんが自分のスーツケースを今まさに盗んだのだと思い込み、Bさんを押しのけてスーツケースを無理矢理奪い取った。しかし、実際のところ、Bさんは、たまたまAさんと全く同じスーツケースを持っていたにすぎなかった。

 かりにこんな事件が起こった場合、Aさんの行為は窃盗罪に当たるのでしょうか? AさんがBさんに土下座して終わり、というのがいかにもありそうなストーリーですが、ここでは、彼の行為が「他人の財物を窃取」という刑法235条が定める窃盗の定義に当たるのかを考えてみたいと思います。窃取=盗み取るという言葉のもつイメージと、押しのけて奪うという行為との間にはややズレがあるようにも感じますが、街中で起こるひったくり事件を想起してみてください。ひったくりが窃盗に当たるのであれば、同じように持ち主の意に反して勝手に奪いとる行為は、盗みに当たると言っていいようにも思えるでしょう。そして、この事例においてスーツケースはBさんのものですから、Aさんの行為は、まさに「他人の財物を窃取」に当たるようにも思われます。しかし、あくまで自分のものを泥棒から取り戻そうとして行為に及んだAさんを窃盗とするのはちょっと可哀想だと思う人もいるかもしれません。

 さて、どう考えるべきでしょうか?

 235条をながめているだけでは、答えにたどり着くことはできません。窃盗罪の規定である235条は、殺人罪(199条)、傷害罪(204条)、詐欺罪(246条)など、様々な他の罪とともに、「刑法」という法律の「第2編 罪」におかれていますが、刑法典には、これらに共通するルールをまとめた「第1編 総則」があります。つまり、その罪がどのような場合に成立するのかを明らかにするためには、総則の条文をあわせて読む必要があるのです。上の事例との関係では、まず、総則の38条1項に書かれていることを参照する必要があります。そこには、「罪を犯す意思がない行為は罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合には、この限りでない。」と書かれています。すなわち、客観的にみて「他人の財物を窃取した」としても、本人に「罪を犯す意思」がない場合には、窃盗罪は成立せず、処罰することができないということになります。「ただし、・・・・・・」から始まる文章に書かれているように、「特別の規定」がある場合には「罪を犯す意思」がなくても罪となりますが、窃盗罪には、その例外を認める「特別の規定」は設けられていません。

 では、盗まれた自分の物を取り返すつもりで奪う行為は、窃盗の罪を犯す意思があるといえるのでしょうか。ここでは、「罪を犯す意思」の意味が問題となってきます。専門家の間では、犯罪の成立に必要な客観的事実を認識している(知っている)場合に「罪を犯す意思」が認められるというのが一般的な理解です。窃盗罪が成立するために必要な客観的事実は、「他人の財物」の窃取ですから、「自分の」財物であると思ってスーツケースを奪ったAさんには、「他人の」財物であるという認識が欠けているようにも思われます。そうであるならば、Aさんには「罪を犯す意思」がないから、Aさんの行為は窃盗罪にあたらないということになるのでしょうか?

 ところが、窃盗罪の条文である235条の近くには、242条という条文が置かれており、そこでは、「自己の財物であっても、他人が占有・・・・・・するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。」というルールが書かれています。「占有」とは、ごく簡単に言うと、現実に支配・所持していることです。この規定を素直に読むと、自分の物であっても他人が支配下に置いている・所持している場合には、他人の財物と同じように扱うということになりそうです。したがって、現にBさんが所持しているスーツケースは、「他人の財物」とみなされることになりそうです。すると、スーツケースが自分の物であると思っていたAさんにも、窃盗罪が成立するために必要な客観的事実(現に他人が所持しているがゆえに他人の財物とみなされる自己の財物)の認識があるということになりそうですから、Aさんの行為は窃盗罪にあたるということになるのでしょうか。

 しかしながら、242条が定める「他人が占有」の意義を、このように字句通りに読むと、たとえば、被害者が泥棒から盗まれた物を奪還する行為ですら、窃盗罪に当たることになってしまいそうです。それは、いわば「窃盗犯人の所持を刑法でまもる」ということを意味しますが、そのようなことがルールの運用として本当に正しいのかという点については、疑問も生ずるでしょう。本当に、「他人が占有」の意義を字句通りに理解することが正しいのか・少なくとも泥棒から盗まれた行為について被害者が取り戻す場合を除外するような理解をするべきではないか、といった疑問がわいてくるところです。

 このくらいでやめておききますが、以上に挙げたのは、法学部で学ぶ、「刑法の解釈」をめぐる議論の一例です。このような問題をめぐって、学説上活発な議論が実際になされておりますし、上記のような事例の扱いも、数年前に司法試験で出題されています。「何だか複雑で面倒な議論だな。」と思われるかもしれませんが、刑法の条文は、比較的簡潔に犯罪の定義を記していますので、解釈により犯罪の成立基準を明らかにする作業は不可欠です。ある行為が犯罪とされた場合、刑罰という大変厳しい制裁が科されることになりますので、解釈という作業は、処罰することに真に正当な理由がある場合に処罰範囲を限定し、人々の自由をまもるという重要な意味があるのです。

著書・論文紹介

「ソフトウェアの無断インストールと不正指令電磁的記録に関する罪」

研修792号(誌友会研修編集部、2014年)

『注釈刑法 第2巻 各論(1) 77条~198条』(共著)

(西田典之=山口厚=佐伯仁志編著、有斐閣、2016年、担当した章:第19章 印章偽造の罪、第21章 虚偽告訴の罪)