学習院大学 法学部 | 法学科|政治学科

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法学科 教授

常岡 孝好Takayoshi Tsuneoka

専攻:行政法

出身地
三重県
最終学歴/学位
東京大学大学院法学政治学研究科博士後期課程単位取得満期退学
所属学会
日本公法学会、日米法学会
研究テーマ
行政手続法、行政不服審査法、刑事収容施設法、森林法
担当科目
行政法、環境法

ヒアリにヒヤリ、行政法のヒカリ

 2017年5月、中国広州市南沙港から搬出され神戸港に到着したコンテナ積み荷からアリの集団が発見されました。それがヒアリであることが確認され、日本中がヒヤリとしました。その後も、ヒアリは名古屋港、大阪港、東京港などいくつかの港だけではなく、内陸部の運送事業者の敷地内で立て続けに発見されました。ヒアリは、もともと南米中部に生息していましたが、その後アメリカ合衆国、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、中国等多くの国がヒアリの侵入を受けました。このようなヒアリの生息地域の拡大は、グローバル化、地球規模での物資の移動が関係しているものと思われます。

 ヒアリは、アルカロイド系の強い毒を持ち、ヒトがヒアリに刺されるとアレルギー性ショックで死亡することもあるということです。それだけではなく、ヒアリは、国民の財産や民間事業に損害を及ぼすおそれがあります。ヒアリが民間の事業所敷地内で大量確認されたら、駆除のため、本来なら不要な出費を余儀なくされるでしょう。また、今回のようにコンテナとともにヒアリが移動したということであれば、商品をコンテナで移送していた荷主は、商品価値が落ちるという損害を受けることがあるでしょう。こうした財産上の損害に止まらず、生態系の観点からも、ヒアリの侵入には問題があります。それは、ヒアリによって日本国内の在来の生態系が攪乱されてしまうおそれがあるからです。既に、ブラックバスの日本国内での繁殖によって、在来種が捕食されたり、在来種の餌を食べてしまったりすることはよく知られています。

 国内各所でヒアリが多数発見されたことを受けて、国や自治体は対策に乗り出しました。

1 まずは、国の動きを見てみましょう。

① 今回のヒアリの最初の発見場所は港湾でした。そこで、港湾法を所管する国土交通省は、全国68の港湾管理者に対して殺虫餌の設置を要請するなど、ヒアリの侵入や定着を防止するための様々な対策を打ち出しました。

② ヒアリは、節足動物門・昆虫綱・ハチ目・ハチ亜目・スズメバチ上科・アリ科・フタフシアリ亜科・トフシアリ属に分類される昆虫の一種です。ヒアリが農産物に被害を与える病害虫であるかどうかはともかく、農林水産省植物防疫所は、昆虫類について多くの知見をもっています。実際、農林水産省植物防疫所は、輸入される植物・農産物を空港や海港で検査して農産物の病害虫の国内侵入を阻止する活動を行っています。それは、植物防疫法に基づく輸入植物検疫制度です。農林水産省によると、こうした輸入植物検疫において目視によってヒアリかどうかを確認し、ヒアリの疑いがある場合には、環境省に連絡するとしています。このように、農林水産省植物防疫所は、輸入植物検疫の見地から、ヒアリに目を光らせるようです。

③ ヒアリのもつ毒は、ヒトに危害を及ぼし、場合によっては死に至らしめることもあります。そこで、疾病や医療といった事務をつかさどる厚生労働省も、当然、ヒアリ問題には関心を持っています。厚生労働省は、都道府県衛生主管部(局)に対して、ヒアリに刺された場合の治療法などを記載した通知を発しました。それによると、「ヒアリに刺された方がアナフィラキシー症状を引き起こした場合、アドレナリンを注射するなどの適切な救急処置をとる必要があります。」としています。

④ ヒアリ撲滅に対するもっと直接的で強力な対応策はないのでしょうか。港湾法は、ヒアリの侵入・定着を直接防止することを狙った法律ではありません。また、植物防疫法は、正規に輸入される植物・農産物に付着・混入などしている病害虫の侵入阻止をはかるもので、今回のように、農産物・商品ではなく、それらを運送するためのコンテナに生息していた害虫で、しかも、農産物にとって必ずしも病害虫ではないものに対して、有効に機能する法律とはいえないでしょう。厚生労働省による通知も、被害発生後の治療方法について説明したに止まり、ヒアリの駆除や防除とは関係ありません。

 実は、ヒアリを直接規制の対象にしていると考えられる法律があります。それが、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(=外来生物法)です。この法律は、「特定外来生物」の保管又は運搬、輸入その他の取扱いを規制するとともに、国等による「特定外来生物」の防除等の措置を講ずることにより、「特定外来生物」による生態系等に係る被害を防止し、もって生物の多様性を確保し、人の生命及び身体を保護することなどを目的にしています。ここで、「特定外来生物」とは、外来生物であって、我が国にその本来の生息地又は生育地を有する生物(=在来生物)とその性質が異なることにより生態系等に係る被害を及ぼすおそれがあるものとして政令で定めるもののことです。そして、この政令である「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令」は、ヒアリを「特定外来生物」に指定しています。外来生物法は、ヒアリを含む特定外来生物を保管、運搬することを原則的に禁止しています。また、輸入することも原則として禁止しています。そして、個人が許可なく特定外来生物を輸入した場合には、3年以下の懲役または300万円以下の罰金に処せられることがあります。また、外来生物法11条は、特定外来生物による生態系等に係る被害が生じるおそれがある場合において、当該被害の発生を防止するため必要があるときは、主務大臣等は、防除を行うものとすると定めています。閣議決定である「特定外来生物被害防止基本方針」が防除実施方法などについて詳細に定めています。

⑤ さて、これまでに見た各省は、バラバラにヒアリ対策を講じてきたわけではありません。相互に連携を図りながら、それぞれができることをやってきたといってよいでしょう。実際、財務省、厚生労働省、農林水産省、国土交通省、環境省等の関連部局の職員が出席して、「ヒアリ対策関係省庁連絡会議」が開催され、今後のヒアリ対策について話し合いが行われました。また、内閣総理大臣及び官房長官並びに総務大臣、財務大臣、厚生労働大臣、環境大臣等が出席してヒアリ対策関係閣僚会議が開催され、関係省庁における対策や効果的な広報について協議がなされ、政府としてヒアリの侵入・定着の防止について全力を挙げて取り組む方針が確認されました。

2 次に、自治体の動きを簡単に見ておきましょう。

 環境省などの国の動きとは、一応別に、ヒアリの侵入が確認された各地の自治体も、ヒアリの防除のため、積極的に動き出しました。たとえば、神戸市は、目視調査及び数次にわたるトラップ調査を行っています。同市は、また、環境省に対して、ヒアリの防除に関する緊急要望書を提出し、ヒアリ防除のための有効な対策を迅速に実施するよう、また、引き続き定期的なモニタリングを行うよう要望しました。

3 ヒアリ対策は、国や自治体の行政機関や公務員だけで完璧を期せるわけではありません。

 ヒアリの生態、特性、習性などを踏まえてこそ、有効な対策が打てるというものです。生態学、農学、昆虫学、環境学など多様な専門知識が必要なのです。専門家の話によると、ヒアリを駆除する毒餌なり薬剤の設置場所には注意を要するということです。ヒアリが出没しそうなコンテナヤードに事前に駆除薬剤を設置するのは必ずしも妥当ではないというのです。それは、こうした方法では、ヒアリが未だ侵入・生息していない場所にも薬剤が設置されることになるので、それでは在来種の蟻を退治してしまうことになり、みすみすヒアリが侵入できる余地を作ってしまうからです。逆効果、又は、過ぎたるはなお及ばざるが如しということでしょう。また、ヒアリを防除するための毒餌の種類にも気を配る必要があるとのことです。餌が少ないコンテナに紛れ込んでヒアリが侵入してきたとき、当初、ヒアリは飢えている可能性があるので、ヒアリは、水分の多い薬剤を選好する可能性が高いとのことです。それゆえ、飢えているヒアリには、水分の少ない固形状の薬剤はあまり効果的では無いといわれています。さらにヒアリの生息状況を確認するモニタリング調査においても留意すべき事項があるといいます。ヒアリは原産地が中南米の亜熱帯地域ということもあって、気温が低いと活動が鈍るおそれがあり、冷涼な時期にモニタリング調査を行っても、ヒアリが地表に出てこないため、正確な実態が把握できないおそれがあるといわれています。このように、ヒアリの生態、特性、習性について、専門家の間で様々な興味深い知見があります。こうした有益な知見を踏まえてこそ、対策も有効打となるはずです。

 すでに、国や自治体の現場では、専門的知見を生かすための組織が設置され、意見交換が行われています。たとえば、環境省では、「ヒアリ等防除に関する専門家会合」が設置されました。また、神戸市は、「有害外来生物被害防止に関する有識者会議」を設置し、神戸市自身が取り組むべき施策に対して助言を求めるため、専門家、神戸市関係部局、関係行政機関等と意見交換を行っています。

4 ヒアリ対策に関する様々な動きを追ってきました。そこには、行政法の知識無くしては分からないことが満載です。

 港湾法とは何のためのどんな法律でしょうか。国土交通省とはどのような役所でしょうか。港湾管理者とは行政機関なのでしょうか。農林水産省と植物防疫所とはどのような関係にあるのでしょうか。厚生労働省が都道府県衛生主管部(局)に発した通知はどのような性質を持っているのでしょうか。外来生物法は、ヒアリの保管、運版、輸入などを規制し、また防除の仕組みを定めていますが、それらの詳細はどうなっているのでしょうか。そもそも、今回のヒアリ問題について外来生物法で十分な対応ができるのでしょうか。政府や自治体で様々な組織が立ち上がり、専門家を動員しているという実情を目の当たりにすると、外来生物法がヒアリ対策の決定打になっていないことがうかがわれます。閣議決定とはなんでしょうか。それは、法律とどう違うのでしょうか。「特定外来生物被害防止基本方針」に自治体は従う必要があるのでしょうか。自治体である神戸市はヒアリの防除のための措置を行うことができるのでしょうか。なぜ、神戸市は環境省に緊急要望書を提出せねばならなかったのでしょうか。関係省庁連絡会議とは何を根拠にどのような働きをする組織なのでしょうか。環境省の専門家会合、神戸市の有識者会議とはどのような性質の組織でしょうか。疑問はつきません。

 これらの問題を解決するのが行政法です。行政法は、行政が様々な公的な目的を実現することを目指して活動する際に関わってくる様々な法的問題を取り扱います。行政はどのような組織になっており、どのように活動し、その際、どのような法的制約を受けるのかについて勉強します。また、行政がこの制約を踏み外した時に被害者はどのようにして救済を受けたらよいのかについても検討します。行政法を勉強することで国や自治体の仕組みやはたらきがよりよく分かるようになり、また違法な行政活動から身を守ることができます。行政法のヒカリによって、ヒアリ問題のように日々生起する重要な社会問題の一端を正確に理解することができるようになり、社会人としての常識や良識を持つことができるようになるはずです。

著書・論文紹介

『パブリック・コメントと参加権』

(弘文堂、2006年)

『条解行政手続法(第2版)』(共著)

(高木光=常岡孝好=須田守著、弘文堂、2017年、担当した章:第6章)