日本語日本文学科 卒業生のページ

 卒業後の進路は多様です。学んだ系に関係なく、大多数の人は大学教育の成果をふまえ、民間企業や官庁に就職しています。また大学院に進みさらに研鑽を積む人、教員免許・学芸員資格・司書資格などを取得してそれを生かした職に従事する人も少なくありません。マスコミや文筆業に携わっている人もいます。いずれの分野でも、その第一線にあって活躍し、有能な人材として評価されるケースが目立ちます。
  以下、数人の卒業生に、大学生活や近況を語っていただきました。
松尾有実子(MATSUO, Yumiko)
平成21年度 人文科学研究科 日本語日本文学専攻 博士前期課程修了
私立江戸川女子中学高等学校(非常勤・2011年現在)

   私は学習院大学に学部4年間、大学院2年間在籍しました。兵藤裕己先生のご指導のもと博士前期課程を修了し、現在は都内の中高一貫校で国語科の講師をしています。高校三年生の指導をすることが多いのですが、学習院大学はやはり文系の女子生徒から人気があります。大学の雰囲気の良さもさることながら、各分野における研究で成果を挙げていることも彼女たちはちゃんと知っているのですね。「先生、私も学習院大学に行きたいです。」と相談されるたびに母校を誇らしく思います。
 さて、教え子たちが学習院大学を志望する理由は様々です。私の場合はというと、子どもの頃から読書が好きだったことが全てでした。高校では古文にも興味を持ち、大学へ文学以外のことを学びに行く気には一切なりませんでした。「将来は文学や国語に関わる仕事に就きたい」と漠然と考え、大学進学に際しては他の大学の教育学部も受験しましたが不合格。縁あって学習院大学の日本語日本文学科に進学することとなりました。
 大学では一年時から基礎演習という授業で文学作品の考察をするのですが、これがとても面白く、文学研究に一層の興味を抱くきっかけとなりました。私が受けた演習は『放浪記』と『雪国』をそれぞれ半年間かけて読み解くというものでした。一つの作品を半年もかけて読むなど、それまで多読主義だった私には考えられないことでした。あっという間に読み終わってしまうのではないかと心配さえしました。しかし実際にやってみると、一文に込められた意味のなんと多彩なことか。そしてその多彩な意味を、裏付けをもって説明することのなんと難しいことか。私にとって基礎演習という授業は、それまで好き勝手に読んできた文学作品との新しい出会いの場でした。このとき感じた文学研究の難しさは、大学院を卒業するまで克服することができなかったように思います。研究対象の作品を読んでいて何かひらめいたとしても、裏付けのないひらめきは論になりません。では、裏付けのためにどういうデータを持ってくればいいのか。そのデータはどこから見付けだせばいいのか。ここが重要で、難しいところだと思います。これから研究に励む皆さんには、早いうちになるべく多くの資料に触れ、多くの論文を読んで、自身のデータベースを強化することをおすすめします。
 ところで、大学では演習以外にも多くの授業を受けなければなりませんでした。どの授業も興味深く、楽しく受講しましたが、語学系・日本語教育系の授業の内容は新鮮でした。文学部ではひたすら紙に書かれた字と対峙するばかりかと思っていたのですが、生きた言語としての日本語を学問的な見地から垣間見た経験は貴重でした。助詞の数を数えたり、発音の変化を追ったり、私にとっては難しい研究もありましたが、古語の変化などは非常に面白く学びました。高校生に国語を教える今、語学系・教育系の授業で得た知識が非常に役立っています。今後も幅広く学んだことを生徒に伝え、また生徒とともに学び続けて、すこしでも日本語日本文学の分野に貢献できるよう努めていきます。
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金澤玲子(KANAZAWA, Reiko)
平成20年度 日本語日本文学科卒業
(株)三菱東京UFJ銀行勤務(2011年現在)

   私が学習院大学文学部日本語日本文学科を卒業し、銀行員となってから早3年が経ちました。敢えて書き連ねるまでもないことですが、私の現在の職務において学科で学んだ知識が役立つような機会は殆どありません。恐らく卒業生の大半もまた、私同様に日本文学とは縁のない職務に就いていらっしゃることと思います。もちろん、話す、聞く、書く、読むなどのビジネススキル(ひいては根本的なコミュニケーションツール)として、本学科で学んだことが間接的に役立つことは多く、そのことは疑いの余地もありません。しかし学科で学んだ知識が職務に直接役立つことは、日本文学を専攻する者にとってはまず多くないことです。
 高校3年生の時にこちらの大学説明会で、本学科の教授が自ら「日本語日本文学科に入学しても、就職や将来には役に立ちません」ときっぱり仰っていたことが、今も鮮明に思い出されます。「それでも日本文学を「好き」で日本文学の研究・勉学が「自分のやりたいこと」だと思うならどうぞ」と続けられた言葉は余りに正直で、入学希望者を増やすことが目的の説明会で言うことかと驚きました。しかし同時に感銘すら受けました。
 大学進学を控えた頃、周りでは望む就職に有利な大学・学科を選択する者が多くいて、今好きなことを好きなようにやりたい、ということは酷く幼稚で罪悪のような気がしたものです。この時の教授の言葉は、そんな迷いに与えられた光のように感じました。この言葉がなければ、私が本学科に入学することはなかったと思います。
 本学科は全てに於いて基本的にこのスタイルが貫かれていました。学生の意志で学ぶことが尊重され、勉学せよ、研究せよと求められたことはありません。しかし学びたい、知りたいと一度声を上げれば、些細なことからどれほどマニアックなことまで先生方は何でも御教授くださいました。
 私の専攻は中古・中世の物語文学で、当時はそれらを学ぶことに忙しく楽しく過ごしました。唯一の後悔は、近世以降の授業を受ける機会が殆どなかったことです。就職してみると、好きなことを好きなようにやれた時間は学生の時だけだったと身に染みます。少しでも興味があることは、学生のうちに何でも勉強しておくとよいでしょう。
 素晴らしい先生方に出会い、好きな文学に好きなだけのめり込めた4年間は最も充実しており、日本文学と関係ない職務に就いた今も、本校の本学科を卒業したことは私にとって何よりの誇りです。先生方、職員方、書き忘れておりましたが蔵書などの環境も、本校は学生の勉学する意志に真摯に応えてくれます。学生の皆様、これから入学される皆様にも、是非後悔のないように励んでいただければと思います。
 4年間私に様々なことを学ばせてくださった大学、先生職員の皆様に、心より御礼申し上げます。
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飯田 裕子(旧姓 西山)
昭和62年度 日本語日本文学科卒業
埼玉県熊谷児童相談所 勤務

   社会人となって早15年目に突入(2003年現在)。学習院のあの桜の下で卒業式をしてから、もうそんな年月が経ったのかと今さらながら驚いています。在学中は、吉岡先生のご指導のもと、新古今和歌集と新勅撰和歌集の本歌取りを比較するという卒論に取り組みました。一句一句、国歌大観で類似の句を調べるという、和歌の雅な雰囲気とは程遠い地道な作業でしたが、一つ一つの積み重ねが何よりも大切なのだということを教わったような気がします。
  さて、埼玉県職員となっていろいろな仕事を経験してきましたが、現在は児童相談所で児童福祉司(ケースワーカー)をしています。児童虐待がマスコミに取り上げられてにわかに脚光(批判?)を浴びている児童相談所ですが、虐待ばかりでなく18歳未満の方々からのあらゆる相談に応じています。親の病気・服役拘留・行方不明等により家庭で養育できない子どもの相談、発達の遅れや障害のある子の相談、不登校・落ち着きがないといった性格行動についての相談、盗み・乱暴・家出・夜遊びなど非行に関連する相談、里親の相談などなど…。これらに加えて前述した虐待通報が入れば、飛んで行って子どもの安全を確認し、必要なら即日保護しなければならないという、緊張感にあふれた職場です。ヤクザの親御さんとも面接します。怖い思いもするし、5時だから終わりというわけにもいきません。同僚には社会福祉や心理の出身者が多く国文学出の私は異色の存在ですが、日々、人間の弱さと強さと奥深さに触れ面白みも感じています。人と接する仕事なのでコミュニケーション能力が求められます。しかしそれは結局、相手の言葉を正確に受け取り、こちらの考えを正確に伝えること、またそれを記録として文字に残すという一つ一つの積み重ねであり、大学時代に鍛えられたことが生きているのだと思います。

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