研究の現場から

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細胞を分裂させる不思議なリングその謎を解き明かす
1945年神奈川県生まれ。1973年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修了(理学博士)。ペンシルバニア大学生物学研究員、スタンフォード大学医学部研究員などを経て、東京大学大学院総合文化研究科教授(広域科学専攻)に就任。2007年より現職。
馬渕 一誠 理学部生命科学科教授(理学博士) 分子細胞生物学
ウニ卵が分裂する様子。左の通常の顕微鏡写真では分裂が始まっても収縮環は見えない。真ん中は細胞核が分裂する様子。DNAを蛍光染色してある。右の写真ではアクチンフィラメントが蛍光ラベルされているので、収縮環が形成されていく過程から、きれいなリングが完成された様子も見える

生物が発生、成長、増殖する過程では、一つの細胞が二つに分裂する「細胞分裂」が起こる。では、細胞はどのような”力”によって分裂するのだろうか。そのメカニズムを解明する研究に取り組んでいるのが、理学部生命科学科の馬渕一誠教授だ。

細胞が分裂する時、分裂面には収縮環と呼ばれるリング状の構造が形成され、このリングが縮まりながらくびれていき、最終的に細胞を二つにちぎることが分かっている。ただし、収縮環は細胞分裂の時だけ現れて分裂が終わると消えてしまうため、その働きのメカニズムや構造などはほとんど不明だった。

そんななか、馬渕教授はウニやヒトデの卵細胞を使って研究を行い、細胞を分裂させる収縮環の働きにアクチン、ミオシンと言うタンパク質が関与していることを世界で初めて明らかにした。細胞にタンパク質の抗体を「注射」するという研究法を開発し、ミオシンの抗体を卵細胞に注入することによって、これをつきとめたのだ。最近では、原始的な真核細胞である分裂酵母の収縮環を蛍光プローブによって光らせ、収縮環形成時にアクチンとミオシンが集まってくる様子を明らかにした。原始的な酵母でもその分裂の仕組みはほかの動物細胞とほぼ同じなので、動物タイプの細胞分裂に共通した仕組みだと考えられる。

アクチンとミオシンは筋肉構成タンパク質として知られている。「筋肉は細胞分裂をしませんが、筋肉を構成するタンパク質が細胞分裂に関わっている。しかも筋肉の構造は人の一生のうちで変わらないが、収縮環は細胞が分裂する時だけに作られ収縮後に消失する、という風に安定性が全く違うのが面白い」と馬渕教授は言う。

こうした研究成果は世界的に高く評価され、2008年12月に発表された英科学雑誌 『Nature』には、「細胞骨格分野におけるmilestone(画期的な出来事)」として、過去60年に発表された論文のなかでも特に優れた研究として取り上げられた。

イモリやウニの卵から収縮環の単離に成功

(写真・上)馬渕教授は世界各地を訪れてチョウの写真を撮ることを趣味としている。(写真右下)地下のウニ飼育水槽で。水槽ではバフンウニ、アカウニなどが飼育されている。(写真左下)これもウニの一種のタコノマクラ

細胞分裂のメカニズムを解明するからには、何としても収縮環を単離したい。しかし収縮環は分裂の時だけ現れて、分裂が終わったら消えてしまう。そもそも小さな細胞の一部分を、その働きを保ったまま取り出す作業は容易なことではない。研究当初から繰り返し試みて、全て失敗に終わっていた。

1990年代に入り、「細胞が大きければ目で見て切り取ることができるかもしれない」と言う単純な発想から馬渕教授が目をつけたのが、ニホンイモリの卵だった。イモリの卵は直径が2mmと大きく、顕微鏡で見ながら手で切り取ることができた。手作業で収縮環を切り取ってATP(アデノシン三リン酸)を加えたところ、収縮環は見事に収縮し、生きたままの状態で取り出すことに成功。収縮環がATPのエネルギーで収縮することの直接の証明になった。また電子顕微鏡を使って収縮環の構造を初めて調べることができた。

ただし、イモリの卵では手作業で取れる量に限りがある。しかし馬渕教授は、細胞を同時多数に扱うことができるウニの卵でも収縮環を単離することに成功した。研究室の地下では研究に使うウニのほか、イモリと違い1年中卵を産んでくれるアフリカツメガエルも飼育中だ。

「私は茅ヶ崎の出身で、子どもの頃から海に馴染みが深いこともあり、実験用のウニは自分たちで潜って採集しているんですよ(笑)。実験用のウニの水槽を見た人は必ずと言っていいほど『このウニは食べるんですか?』と聞きますが、実験に使うウニは食べません。卵だけ取らせてもらったら、海に帰すことにしています」

ウニについては、こんな風に笑いながら話していた馬渕教授。研究に取り組む時にはできる限り自分の手と目と頭を使って、生命の神秘を明らかにしたいという思いが強い。収縮環を手作業で単離するなど、時には時間を忘れて夜を徹して取り組むような"力業"とも言える作業も多いが、そうした地道な努力も大切だと説く。

遺伝学的手法を使い分子メカニズムに挑む

90年代からは遺伝学的手法、分子生物学的手法を積極的に取り入れ、細胞質分裂の分子メカニズムの解明を進めている。すでにかなりのシグナル伝達経路が明らかになっているが、収縮環形成に際してアクチン・ミオシンが集まるメカニズムには真核生物共通のもっとダイナミックなメカニズムがあるのではないかと、さらに大きな謎の解明に向けて期待を寄せている。

また、リポソームと呼ばれる人工脂質膜小胞で細胞を模倣した系を作り、分裂と運動のメカニズムを研究。分裂できる細胞を人工的に作ると言う究極の課題にも挑んでいる。

こうした数々の研究を通じて分裂の仕組みを明らかにすることで、がんの抑制や創薬、老化のメカニズム解明に役立てることはできるかもしれない。しかし、研究者としては、生物の不思議を解き明かす基礎的な研究に邁進していきたいという馬渕教授。目指すのはオンリーワンの発見だ。
「最初はあまりライバルのいない状態から始まった研究ですが、今や世界中に同様の研究をしている人がいます。新しいことを思いついて自分だけだと思っても、ほとんどの場合世界には二人くらいは同じことを思いついている人がいるものです。人が思いつかないことを思いつくには世界で何が行われているかを知る必要がありますね。また研究の世界では、競争相手は互いに研究を高めていく仲間でもあります。研究のヒントは思わぬところから得られることもありますから、常に世界に目を向けて研究することが大切です」

このため発表数の多い米国細胞生物学会には毎年出席し、また海外での講演もできるだけ行うことにしている。夏には米国東海岸にあるウッズホール臨海実験所(MBL)で研究する。
「日本にいると日常の業務に縛られて新しい発想はなかなか出てこないし、発想を試す実験もできません。MBLでは朝食後から就寝まで実験ができますし、その間に海外の研究者とコミュニケーションがとれます」

ここ数年は国立シンガポール大学でも授業を行っている。その縁で国立シンガポール大学との共同研究も生まれている。