克蘭聖経弁言 請求番号169.5/85

書誌情報

克蘭聖經辯言 / 穆罕默・徳阿里著 尹恕仁譯 / 推定1925年刊 / 刊行者未詳 / 1冊 / 縦21.4cm×横14.3cm / 東亜経済調査局

解説

1925年、香港にて発行。インド人マウラーナー=ムハンマド=アリー Mawlānā Muhammad ‘Alī(1914-57)によるクルアーン英訳(The Holy Qur’ān : Arabic Text, Translation and Commentary, England,1917)の序prefaceを河北出身の回族尹恕仁が漢訳し、補足を加えたもの。

本書に寄せられたユーヌスYūnus Ahmad Mahdīなる人物の序文によれば、尹は香港大学にて文学士の資格を取得し、「漢・英両語に深く通じてい」たという。20世紀初頭以降、内地から香港への回族の移住は増加する過程にあったが、その多くは広東出身者の労働移民であり、尹のように華北出身で高等教育を受けた者はむしろ珍しい部類に属する。本書発行と同時期には、当地で回族子弟の教育を目的とする団体「中華回教博愛社」が組織されつつあったが、本書中には同団体に対する言及は見受けられず、上述のユーヌスがセイロン出身であったことなどからも、訳出にあたっては外来の(おそらくは南アジア出身の)ムスリムたちの存在が影響したと考えられる。

本書の内容につき注目すべき点としては、原著で礼拝用章句のアラビア語文に併記されたラテン文字転写を、中華民国政府により1918年に公布された漢字用表音文字「注音字母」を用いて記したことが挙げられる。注音字母は漢語の標準音を定めるため各地の言語学者から成る「読音統一会」により考案されたものであり、本書における同字母の採用は、尹のごとき回族のなかにも、当時の文字改革運動に関心を抱く者が存在したことを窺わせる。本書末尾に「注音字母之読法」が付されていることからも、その嗜好性の強さを知ることができよう。

(田島)

(表紙)