細胞分裂に関与する分子モーター「Eg5」による微小管の滑り回転運動が3次元を追跡する新しい顕微鏡により明らかになる。

 

学習院大学の矢島潤一郎研究員と、西坂崇之教授(物理学科および生命科学専攻)らは、細胞分裂時に微小管(細胞内にある繊維状の蛋白質)に作用する数ナノメートルのモーター蛋白質Eg5が、微小管を滑らせながら回転させることを明らかにしました。細胞内でエッグ5は4本量体(4個の分子が集まったもの)で、それらを使って微小管を動かしますが、分子生物学の技術によって人工的に1量体と2量体のEg5を作製し、それぞれをガラスに吸着させました。そしてナノクリスタルという微小な目印を微小管につけ、微小管が滑る様子を立体的に観察することで、Eg5によるきりもみ状(コークススクリュー様)の動きを世界で初めてみることができたのです。普通の光学顕微鏡では立体的な動きは検出できないため、ニコン社の協力を得て、研究室で開発した3次元検出顕微鏡(特許出願)が観察に使われました。回転のピッチは1量体と2量体で異なり、分子モーターの新しい性質が明らかになりました。この回転方向の力(トルク)を発生する仕組みは謎ですが、分子モーターは状況に応じて微小管を直進させたり回転させたりできる可能性があり、人工輸送ナノマシンの設計などへの工学的な応用が考えられます。またEg5は抗がん剤のターゲットとしても注目されており、この分子の運動メカニズムの解明は医療への応用に広く貢献する可能性があります。この成果は、2008年9月21日、米国の科学雑誌「ネイチャー・ストラクチュラル&モレキュラー・バイオロジー」のオンライン版に掲載されました。

ネチャー・ストラクチュラル&モレキュラー・バイオロジー掲載論文

論文題目:A torque component present in mitotic kinesin Eg5 revealed by three-dimensional tracking.

「細胞分裂キネシンエッグ5のトルクを3次元位置検出顕微鏡により検出」

著者:   矢島潤一郎(学習院大学理学部物理学科 物理学科・研究員)

水谷佳奈(学習院大学理学部物理学科 物理学科・学生)

西坂崇之(学習院大学理学部物理学科 物理学科および生命科学専攻・教授)

 

【論文の背景及び概要】

細胞が分裂して2つに増殖する際に染色体の分配のため紡錘体と呼ばれる構造を形成しますが、エッグ5はその構造体の支柱となる紡錘体微小管を形成するのに必須で、Eg5の機能が阻害されると細胞分裂が中断してしまう重要な分子モータータンパク質です。分子モーターエッグ5はホモ4量体を形成し、アデノシン3燐酸(ATP)の加水分解のエネルギーを利用して反並行の位置にある微小管をスライドさせる力を発生し、紡錘体を正常に形成します。この仕組みの理解には、エッグ5が引き起こす微小管のふるまいを3次元空間で詳細に調べる必要がありますが、通常の顕微鏡では2次元平面での振る舞いしか観察することができません。そこで微小管に結合した微小なナノクリスタルを3次元で観察できる顕微鏡を開発し(特許出願)、3次元空間でEg5によって駆動される微小管の運動を動画として捉えることに成功しました。

 

ガラスの上に敷き詰められた分子モーターEg5が、ナノクリスタルを結合した繊維状蛋白質・微小管を矢印の方向にすべり運動させる実験系の模式図(上)。顕微鏡内に挿入したプリズムにより像を2つに分割し、この2枚の画像から、従来では得ることができなかった高さ(z)の位置情報が得られる。Eg5により駆動される微小管の運動を3次元で観察することに初めて成功した(下、3次元プロット:微小管の進むx軸の1目盛りは500ナノメートルだが、yzの1目盛りはわずか20ナノメートル)。左巻きの螺旋を描くことから、Eg5によって微小管が左巻きコークスクリューのように運動することが明らかになった。