細胞質分裂にはミオシンが必須であることを確立した馬渕教授(生命科学専攻)の業績は以前から広く知られ高く評価されてきました。 今回、ネイチャー誌が細胞骨格の研究の 60 年間の歴史を概観するなかで馬渕教授らの論文をとりあげたことは、多くの専門家がこの業績が歴史的な価値をもつと認識していることの現れです。
この論文は細胞質分裂にミオシンが働いている事を初めて示したものです。同時に、細胞内のタンパク質の機能を明らかにする手段として特異抗体のマイクロインジェクション(顕微注入)という手法を開発した論文でもあります。
動物細胞の細胞質分裂の際、分裂溝に収縮環というアクチンフィラメントの束が存在することは、同じMilestone 8に選ばれたThomas Schroederの論文で分かっていました。
馬渕は、ヒトデの卵からミオシンを単離してこれをウサギに免疫してその抗体を作製しました。奥野誠(現東京大学総合文化研究科・準教授)とともにこの抗体をヒトデの卵細胞にマイクロインジェクションしたところ、核分裂は進行したものの細胞質分裂が起りませんでした。この結果から馬渕と奥野は、細胞質分裂にミオシンが働いていると結論しました。アクチンとミオシンは筋収縮を起こす重要なタンパク質ですが、細胞質分裂という細胞の基本的な活動においても重要な働きをになっていることが確立したのです。
現在、すべての動物細胞と酵母などの細胞の分裂にはアクチンとミオシンが働いている事が分かっています。また、抗体を細胞に注入してタンパク質の機能を調べる方法は世界中の研究者が利用するようになりました。
右上の写真の説明:ヒトデ卵のミオシンを精製して抗原とし、ウサギを免疫した。ウサギの血液から抗体を精製し、第一分裂後のヒトデ受精卵の片側の割球に注入した(a の左上の割球)。b: 抗体を注入した割球は分裂できないが、注入しなかった割球は分裂を続ける。c: やがて抗体を注入しなかった割球は発生して胞胚となる(右下半分)が、注入した方(左上半分)は一度も細胞分裂できなかった。しかしこの割球は多くの核を含んでいた。この実験からミオシンの抗体によって核分裂は阻害されなかったが、細胞質分裂が特異的に阻害された事が分かる。すなわち、ミオシンが細胞質分裂には必須(ただし、核分裂には不要)であることが証明された。