日々の雑感的なもの (RSS) ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。

川畑有郷先生退職関連行事のお知らせ  3 月 12 日(金)に最終講義と記念パーティーを開きます。 卒業生でこれをご覧になった方は、他の卒業生にもお知らせいただければ幸いです。 

Google Wave についての簡潔なメモ (2009/12/26)

田崎晴明 「統計力学 I」,「統計力学 II」 (培風館、新物理学シリーズ 37, 38)
訂正のページがかなり充実して来ています(大変、申し訳ありません) 。
定価: I 巻 3400円+税、II 巻 3300円+税
アマゾン(統計力学 I統計力学 II)、e-hon(統計力学 I統計力学 II)、セブンアンドワイ(統計力学 I統計力学 II)、 楽天ブックス(統計力学 I統計力学 II

2010/2/4(木)

2 月になっている。

こちらとしては、サリンジャーの翻訳に関する 1 月 30 日 のやたら長い日記の「解決編」を未だ書いている途中だというのに、嗚呼なんと非情で融通の利かないことであろうよ、あっさりと容赦なく 2 月になってしまった。 まあ、仕方がないので、1 月の日記は、あっちのページでこつこつと書いていくことにしよう(← って、そんなん、日記とちゃうやん!)。完成したらアナウンスします。


さて、1 月 11 日の日記に書いたように、今年の「みすず」の読書アンケートでは、「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理」を取り上げた。

「読書アンケート」は、「みすず」の 1/2 月号の恒例で、いろいろな人がアンケートに答えて、前の年に読んだ本を五冊以内紹介するという企画。 読書好きの人たちのなかには、結構ファンも多いそうだ。

先ほど、今年の「みすず」1/2 月号が手元に届いた。 今年も 150 名を越す「文化人」がいろいろな本を紹介している(まだ、ほとんど見てないけど)。

出たばっかりの雑誌に書いた記事をそのまま web に載せるのはどうかと思うが、さすがに、ぼく一人の記事で流通に影響が出るはずもない。 それよりも、新刊である「数学ガール」の紹介文を、鮮度が落ちる前に公開するほうが文化への貢献度は大きいと判断して、ぼくが書いた書評をそのまま公開させていただこう。 関係者のみなさん、おゆるしください(この号には、私のものなどより遙かに素晴らしく有益な本の紹介がたくさん載っているはずです。ぜひ、ぜひ、書店にて入手してください!!)。

「みすず」読書アンケート
2009 年に読んだ本(新、旧を問わない)から五冊以内について感想を述べよ。

結城浩「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理」(ソフトバンククリエイティブ)

高校生の「僕」が、同級生の黒髪の才媛ミルカさん、元気でドジな後輩のテトラちゃん、中学生の従妹のユーリ(「僕」を「お兄ちゃん」と呼び、語尾には「にゃ」をつける・・)らの少女たちと過ごす時間を描いた青春小説。といっても、ストーリーは数学についての会話、議論、モノローグ、講義と絡み合うようにして綴られていくのだ。数学の題材の難易度や取り扱い方は様々だが、内容は正確で、初心者向けの数学読み物としても秀逸である。

シリーズ第三作の本書は、論理パズルからはじまり、数の公理、無限集合論、極限概念などに触れつつ、「ある条件を満たす形式的体系は不完全である」というゲーデルの不完全性定理に及ぶ。気まぐれに見える題材が数学基礎論をめぐる「知の風景」を巧みに描き出している。不完全性定理は解説者にとっての鬼門で、根本的な誤りのある解説書が少なくないが、専門家の査読も受けた本書にはそういう誤りはないようだ。さすがに本書で定理の証明を理解するのは無理だろうが、ミルカさんの講義で原論文の証明の流れを味わうことができる。さらに、彼女は定理のもつ建設的側面も強調し、「ゲーデルは理性に限界があることを証明した」といったセンセーショナルで浅薄な(しかし蔓延している)誤解にもしっかりと釘を刺してくれる。

人間を人間たらしめているのは文化である。文化とは、煎じ詰めれば、個人の能力を本質的に超えた経験と思索を可能にしてくれる巨大な記憶・意思疎通システムだろう。不完全性定理は、多くの最高の頭脳たちが論理と数学そのものを数学的対象とみて研究してきた結果として得られた真に驚くべき知見だ。難解ではあるが、きわめて「文化的」かつ「人間的」な知的財産なのである。それをテーマにした青春小説が成功し多くの読者に歓迎されていることはちょっとした「文化的事件」と言ってもよい。

小説としての筋の運びは淡々としているが、構成と筆致は巧みで、人生のこの一時期の微妙に不安定で甘酸っぱい空気をきれいに描いている。個人的には、ミルカさんの見せる(大部分の)「ツン」と(微小だがゼロではない)「デレ」の対比に「萌え」た。

ふむふむ。わずか 800 字程度で、本を紹介し、その特徴や内容そして空気を伝え、ゲーデルの定理に関わる背景にも言及し、ついには、人類と文化の本質にまで迫り、最後は、個人的な思い入れで結ぶ。なかなかどうして、巧みなものではありませぬか(←自分で言うな)。

興味をもったみなさんは、是非「数学ガール」シリーズを手にとってご覧ください。 著者の結城さんのところにある、シリーズ全体のページはこちらです(ちなみに、ぼくはコミック版の「数学ガール」は、ぼくの心の中のミルカさんのイメージが壊されるのがイヤだから 時間もなくてまったく見ていませんが)。


しかし、今、上の書評を読み返してみるに、締め切りに追われて、無茶をした第 3 段落を練り上げきれなかったのは残念。 「難解ではあるが、きわめて・・・」という文は、本来は、
まさに、上に述べた意味で、もっとも「文化的」かつ「人間的」なる「もの」なのである。
という感じの文にしようと思っていた。 言いたかったのは、
「文化的」、「人間的」ということを上に定義した意味で使おう。 そのとき、バッハの音楽、ピカソの絵画、漱石の小説、Perfume のライブなどなどが、すばらしく「文化的」かつ「人間的」な構築物であることに疑いはないだろう。 しかし、まったく同じ意味で、たとえば、平衡統計力学や不完全性定理も、(おそらくは、上にあげた例以上に)すばらしく「文化的」かつ「人間的」な構築物なのだ。
という感じのことだ。 ただ、この内容をコンパクトに一行で表現するだけの文章力がぼくにはなかった。 中途半端なことを書いて誤解を招くよりはというので、上にあるような、ややトーンが低く凡庸な表現になってしまったのである。 やっぱ、いまいちですね。修行します。

あと、最終段落の結びの文の文末も、最初に書いたバージョンとは違っている。 最初に書いたものを妻に読んでもらったところ(他にもいくつか改良点を教えてくれたのだが)、「この文末はやめなさい」と注意され、「みすず」という媒体も考えて、上記のように修正したのである。

最初に書いた「無修正バージョン」を引用し、この日記の結びに代えたいと思います。

個人的には、ミルカさんの見せる(大部分の)「ツン」と(微小だがゼロではない)「デレ」の対比に萌え〜

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp