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アルフィナンツ戦略の経済分析(2)

——組織の経済学の視点から——

 

小山 明宏、手塚 公登

 

 

 

目  次

1部 アルフィナンツ戦略

 1.アルフィナンツ戦略の考察

  1.1 アルフィナンツ戦略とは何か

  1.2 アルフィナンツの定義

  1.3 アルフィナンツの根拠(目的)

  1.4 アルフィナンツ戦略と,その目的

  1.5 要約

 2.アリアンツの戦略展開

  2.1 アルフィナンツ企業としてのアリアンツ

  2.2 アリアンツのアルフィナンツ商品の経済効果(シナジー効果)

  2.3 アリアンツのここしばらくの浮沈

  2.4 アルフィナンツ—成功(失敗)への道

 3.アルフィナンツ商品自体の歴史(ダルムシュタット貯蓄銀行の例を中心として)

  3.1 なぜダルムシュタット地域貯蓄銀行をとりあげるのか

  3.2 ダルムシュタット貯蓄銀行でのアルフィナンツの歴史的な概観

  3.3 アルフィナンツの進展

  3.4 アルフィナンツの問題点

  3.5 ダルムシュタット貯蓄銀行におけるアルフィナンツの将来

  3.6 結論(以上,前号)

2部 経済学的分析

 1.新制度派経済学による分析

  1.1 新制度派経済学の概観

  1.2 取引コスト理論の枠組みと展開

  1.3 アルフィナンツ戦略の経済学的分析−企業境界の問題

3部 ドイツでのアルフィナンツへの意見

 1.ドイツの消費者によるアルフィナンツ商品への意見

170頁】 2.ドイツの研究者によるアルフィナンツへの意見

参考文献

 

 

 

2部 経済学的分析

 

1.新制度派経済学による分析

1.1 新制度派経済学の概観

新制度派経済学は,さまざまなアプローチの束であるといわれており,多様な理論が存在すると言ってもよい。その中で,代表的なアプローチは取引コスト理論,エージェンシー理論,所有権理論である。これらのアプローチに共通する問題意識,方法論的スタンスは,経済社会を構成する制度やルールの生成と変化を方法論的個人主義の観点から説明氏しようとする点にある。経済の仕組みや市場機構の働きを分析する現代の中心的理論は新古典派経済学であるが,それは極めて抽象的な仮定によって立つものであり,形式的・数学的なモデルに基づいて経済現象を説明しているが,現実的妥当性に欠けるとの批判が根強くある。新古典派経済学のモデルでは,経済社会に存在する様々な組織や制度の発生やその仕組み,行動を解明する上では不十分である。

新制度派経済学が解明しようとするのは,新古典派経済学では十分に取り扱われなかった制度を正面から採り上げ,分析を加えていこうとするものである。それによってより具体的・現実的なインプリケーションを得ようとしている。その理論的前提として,完全合理性や完全情報に代えて,限定された合理性や情報の不完全性を採用し,新古典派経済学よりも相対的により現実的な説明を様々な経済現象について行うことが可能となっている。例えば,系列組織やバーチャル・コーポレーションの出現の理由,コーポレート・ガバナンスの検討,企業内における報酬デザインの設計などが分析対象となっている。新古典派経済学の理想的な環境下では市場がすべてであり,多様な制度やルールや慣行は合理的基礎を必ずしも持ち得なかったと言える。それに対して,新制度派経済学は個人の合理性に関する強い仮定をより現実的なものに置き換えることで,制度やルールの問題を分析の射程に納めることに成功した。

取引コスト理論の典型的な問題は,企業の取引を自社内で行うかそれとも市場を通じて行うか,そのどちらが効率的であるかという,いわゆる垂直的統合に関する問題である。取引を基本的な分析単位として,その効率性を決定する要因を明らかにすることを通して様々な組織設計や戦略,政策決定の問題に解を与えようとする。エージェンシー理論は,情報の非対称性の下でプリンシパルとエージェントの効率的な契約関係を設計するという問題を扱う。雇用者と被雇用者,保険会社と保険購入者,株主と経営者などエージェンシー理論が分析対象とする関係は広く見られる。また所有権理論は,交換取引を所有権の束の交換であると考え,多様な制度が出現する理由を説明するなど,制度的問題を解明しようとする研究プログラムである。所有権の付与状況が交換当事者のインセンティブに影響し,そのことによって多様な制度のあり方が規定されると考えるのである。

このように新制度派経済学は,制度を分析対象としつつも若干異なる問題を扱う理論群からなるのであるが,いずれも合理性の限界と情報の不完全性を前提として,広い意味で制度の生171頁】成と変化を内在的に検討していこうとする点で共通性を有している。本稿では取引コスト理論を中核に据えて議論を展開していくことにしたい。

 

1.2 取引コスト理論の枠組みと展開

取引コスト理論は,R.H.コース(1937)の先駆的業績「企業の本質」を基に,O.E.ウィリアムソン(19751985)によって確立せられ,今なお発展しつつある。取引を分析の基本とするという発想の原点は,旧制度と称せられるコモンズの貢献にあるが,旧制度派はしばしば指摘されるように理論的枠組みを欠いているという欠点があった。そこでウィリアムソンは,取引を分析の基本単位としつつ,企業という制度がなぜ市場の中で成立するのかを説明する理論的枠組みを組み立てた。

その基本的な枠組みは当初,人的要因としての限定された合理性と機会主義,環境要因としての不確実性と少数性であった(Williamson1975))。環境要因と人的要因が結びつくことによって市場での取引コストが高まり,その結果階層組織が出現する。その際,情報の不完全性・非対称性が大きな役割を演じる。取引相手の行動や環境に関する情報の入手に費用のかかることが取引コストの大きな理由となるのである。新古典派経済学では,取引コストはゼロであることを仮定しており,そこでは制度の選択ということが問題とならないが,取引コスト理論では明示的に採り上げることになった。

その後,少数性という要因を規定する要因として,資産特殊性—すなわち取引に特有な資産への投資—が結果として取引者の数を実質的に少なくしてしまうということが強調されるようになった。それは取引開始当初においては多数の取引相手がいて競争状態にあったとしても資産特殊性が存在すると,事後的に取引相手が少数化してしまう状況に焦点が当てられるようになった。これを根本的な変換とウィリアムソンは呼んでいる。

こうした枠組みの下で,Williamson1995)は,取引コスト経済学の重要な特徴として以下のものを挙げている。

 

1.分析の基本単位は取引である。

2.(取引コストという点で)取引に相違が見られるときに決定的となる属性は,頻度,不確実性,そして特に資産特殊性である(資産特殊性は資産移転可能性の尺度である)。

3.ガバナンス様式(市場,ハイブリッド組織,民間機関,公共機関)のそれぞれは一連の属性によって定義され,それぞれ費用と能力について別個の構造的差異を示す。

4.各ガバナンス様式は,それぞれに特有の契約慣行形態に支えられている。

5.予測内容は,費用と能力,要するに主として取引コストの節約という点で異なるガバナンス構造には属性の異なる取引が結びつくという議論にかかっている。

6.予測内容は,制度的環境(政治・司法制度,法,慣習,規範)をシフト・パラメーターの軌跡として,つまりガバナンスの費用(特に相対費用)に変動をもたらすような変化として扱うことによって,より豊富となる。

7.取引コスト経済学が行うのは,常に比較制度分析である。比較として適切なものは,実現可能な選択肢間での比較である。それゆえ仮説的理想を持ち出すのは,操作上,不適切であるし,非効率か否かの検証は矯正可能か否かによってなされる。

 

172頁】これはすなわち,取引コスト経済学では,様々な制度を効率性の観点から比較し,それを決定する要因を明らかにすることを目標としている。取引を決定する属性として,不確実性,取引の頻度,資産特殊性を中心に,その中でも特に,資産特殊性が取引のガバナンス様式を左右する最重要な属性として重視されている。

そこで,次に資産特殊性についてさらに詳しく吟味していくことにしよう。資産特殊性とは物的あるいは人的資産が特定の使用のために,あるいは特定の使用者のために特別に企画されるため,移転しがたく耐久的で他をもって変えがたい価値を持つものをいう。それ故,特定の投資対象以外への次善的使用をする場合には,その価値が低下せざるを得ない資産である。これには,次のようなタイプがある。

@立地特殊性

在庫コストや輸送コストを節約するために,継続的な生産工程や販売地点が互いに緊密な関係で位置づけられている場合である。近接することが望まれる場合には共通の所有下に置かれることが有利となる。

A物的資産特殊性

これはある製品を製造するために特殊な部品や設備が必要な場合である。その製品のために特別誂えを要するときには,それは他の用途に転用できない。

B人的資産特殊性

仕事しながら訓練を通じて身につける企業に特有な熟練やノウハウの獲得がその例であり,他企業ではその価値が十分認められず,価値は低下する。

C専用資産

資産としては標準的であるが,特定の顧客のためだけに大量の製品を売却するために必要な生産能力への投資資産である。契約期間の途中で契約が解除されたりすると,製品価格は低下する。

Dブランド名資産

評判やイメージを形成するための投資で,それが容易になくなるような状況ではそれを防御する必要がある。適切に管理できなければ信用に傷がつく見えざる資産である。

これらの資産特殊性がある場合には,短期の取引契約関係では十分な投資がなされない恐れが強く,長期的・継続的な取引が行われることが望ましい。そうした長期的関係が継続するような制度的枠組みが要請されると言えよう。

こうした特殊性の大きさを基に,市場における取引コストの大小の判定が下され,より取引コストの少ない関係の形成が推奨されるというのが取引コスト論の基本的なアイデアであり,それに基づき,市場,階層組織,提携・系列等の中間組織の存立根拠が効率性の観点から下されることになるのである。

コース・ウィイリアムソン流の取引コスト理論の骨格は以上の通りであるが,この理論の基本的前提としては,各企業の生産効率は同一であるとの強い仮定が置かれている。従って,取引コストの比較のみで制度の選択がなされることになる。しかしながら,それに対する批判として,より現実的な状況を考えると市場に存在する企業間には生産能力・経営能力,あるいはケイパビリティに相違があることは疑いのないところである。この点を指摘したのが資源ベース・アプローチにたつ論者である。この立場からは,企業の境界の選択は,取引コストのみではなく,生産費用も考慮してなされるということになる。すなわち,取引コストと生産費用の173頁】合計が問題となる。確かに企業経営の戦略として,取引を内部化するか外注するかといった判断を下す場合には,両方の費用の考慮が必要であり,そうした方向に枠組みを拡大する意義は大きいと思われる。とりわけ,技術や能力が市場に広く流布している標準的なものであるのか,いまだ市場では入手困難であって自社で蓄積していくのが有利であるのかによって,生産費用は大きく変わり,結果として企業の境界の範囲も異なってこよう。

この点は特に,技術革新が激しい分野では問題となるし,またどのようなイノベーションが生産工程で進展するかにもかかってくる。こうしたイノベーションといった動態的な産業構造の変化を考慮すると,静態的な取引コストの比較では制度の選択あるいは企業の境界を論じるのは不十分であるかもしれない。Langlois等(1995)の動的取引コスト理論は取引当事者を説得し,学習させる費用をも取り込んだ形で取引費理論を拡張している点は注目に値する。こうした取引コスト理論の最近の展開も考慮しつつ,アルフィナンツ戦略に関わる企業間での取引関係の制度選択を次節で検討していくことにしたい。

 

1.3 アルフィナンツ戦略の経済学的分析——企業境界の問題

アルフィナンツ戦略をどのような組織形態の下で展開していくのが望ましいかに関して,具体的に保険業と銀行業の関係を事例として考察してみよう。

まず,商品やサービスを効率的に流通させるという側面から議論しよう。ここで,取引コスト理論の枠組みを用いると,上で挙げた@資産特殊性A不確実性B頻度が問題となる。

@資産特殊性

1)立地特殊性

銀行の支店網と保険会社の代理店網を調整することが,販売という機能を成功裡に遂行する重要な条件となる。販売高に制約があると思われる地域においては,効率性の優れている販売者に販売を委ねることが全体として望ましいが,そうすると販売網を放棄した当事者にとっては,業務関係の継続性の確保されない場合には大きなリスクを背負うことになる。保険会社が銀行の支店網に全面的に依存することになれば,銀行側のオポチュニスティックな行動の脅威に晒されることになる。逆もまた成り立つ。容易に他の販売者をみつけたり,新しく販売拠点を築くには時間がかかるからである。

また,銀行と保険会社の緊密な協働によってシナジーを狙うものであるならば,新たに販売拠点を近接して構築することが有利であるかもしれない。この場合にも,業務関係が何らかの理由で打ち切られるならば,シナジーは得られなくなってしまうというリスクがある。

このように,取引相手と立地上の調整を行うと,緩やかな提携関係,あるいは市場的な取引関係という制度では,取引の中断によるリスクが高まる可能性がある。

2)物的資産特殊性

金融サービスの流通に関して技術的なハード面では特に資産特殊性は高くない。しかしソフト面では,つまりどのような商品を銀行の支店と保険会社の代理店網で分担するかという問題では,調整の余地がある。富裕層と一般の顧客,あるいは単純な商品と助言を要する商品との間で専門化することの利点は大きいが,収益の偏りが生じるリスクがある。これは統合的な組織形態でなければ,オポチュニスティックな行動による紛糾が発生する可能性を高めると考えられる。

174頁】3)人的資産特殊性

これは従業員のもつ協働の能力と意思に関係する。能力は教育と訓練によってもたらされるが,相当な費用を必要とされる。金融サービス市場での商品を理解し,顧客の要望に応えるためには特別の訓練への投資が要求される。

こうした能力を開発するだけでなく,動機付けという観点も重要である。効率的な協働には,業務を促進するような規範と価値が生み出されなければならない。そのような企業文化の構築が成功の前提条件であり,それは両方のパートナーに要請される。この場合にも,緩やかな企業間関係という形態では,十分な協力が得られにくいかもしれない。

4)ブランド名特殊性

企業内部の価値としての企業文化とともに企業の外的な像,ないしイメージやブランドも大事である。イメージは作用の連鎖としての認識,購入の構成要素となるものであり,マーケティングにおけるコミュニケーション戦略,製品の品質,価格などの影響を受ける。

一つの銀行(保険会社)は一つ(あるいはほんの僅かの)保険会社(銀行)のみと共通のイメージを持つことができる。共通のイメージはパートナーが積極的に参加し,能動的にブランド形成に貢献し,積極的に行動することで,消費者に認知され,競争上優位に立てる。こうしたイメージは,パートナーの関係が解消されると無価値となり,イメージの損傷が生じるリスクがある。

上述したように,ウィリアムソンはこれ以外にいくつかの資産特殊性を挙げているが,保険会社と銀行のアルフィナンツ戦略に関わる特殊性という観点からは,以上の4つの特殊性が重要であろう。

続いて不確実性について若干触れておこう。

 

A不確実性

環境の不確実性は,内部統合を有利にする条件であり,ここでの文脈では,市場における保険商品や銀行サービスが劇的に変化していくと予想されるのであれば,それに対処するためには統合形態が有利となるかもしれない。

また,緊密な協力が要求されるとき,販売者相互間の関係という問題は極めて重要である。相互間の顧客の仲介に際して顧客保護が重要な問題点の一つを提起する。

ある銀行があるパートナー保険会社に顧客を紹介し,そのパートナー保険会社がその顧客を他の銀行へ紹介する。排他的拘束がないなら,すなわち銀行と保険会社が複数のパートナーをもつとき,紹介された顧客がさらに紹介者の競争相手へ紹介される危険性があるのである。すべての金融サービスを提供する閉じたパートナーシステムは,顧客の束縛を高めることができ,この意味で不確実性を減少させる。

こうした紹介しあう関係が有効に機能するには,全体として利益が上げられ,それに対応した手数料システムの構築が必要である。しかし最適な協働は,パートナーは短期的には自らにとってあまり儲からないような紹介も行うという相互の信頼関係があって,始めて達成されるであろう。

生産者と販売者の関係という側面では,生産者にとってはまず,販売者が自社の商品と外部の商品についてバランスのとれた販売活動を展開しないリスクがある。容易に契約が結べるような顧客だけが相手にされ,販売努力が限られるかもしれない。さらに,悪い助言,悪いサー175頁】ビス,あまりにも攻撃的な販売方法によって生産者のイメージが傷つけられるかもしれない。

また,生産者と販売者の間の情報の流れもスムーズであるとは限らない。市場データや販売者のデータが,オポチュニスティックに歪められたり,コントロール・システムの不備のため伝達されない可能性がある。

銀行サービスも保険サービスも,購入後にその成果が実現するので販売者にとっても,最終消費者にとってと同様に,不確実性が存在する。期待に沿わない成果は,販売者にも悪影響を及ぼすことになろう。

このように銀行も保険会社もそれぞれの商品やサービスについて,生産者の立場と販売者の立場に立つのであるが,それぞれの立場からみて満足のいく成果があがるかどうかは,パートナーの行動に依存するという意味で,不確実性があるのであり,市場的な取引関係では思うような結果が得られない恐れがある。

 

B頻度

販売における銀行と保険会社の協働は多数の小規模な交換業務に関係し,1個あたりは小さい商品がマスマーケットで販売される。資産特殊性と内部組織への投資は,交換関係がより長期間存続するときに達成される。さらに,このような交換関係の頻度は単一のパートナーへの集中によって実現すると考えられる。

以上のように,流通における銀行と保険会社の協働は,相当の特殊性が存在し,また不確実性もある。こうしたことから,資産特殊性や不確実性をコントロールすることが銀行と保険会社の協働の成功の前提条件となる。この立場から,市場的な交換関係は,あるいは複数の銀行と保険会社の自由で緩い協働・提携関係は,十分なコントロールが難しいという問題点を抱えており,現実にも必ずしも成功してこなかったといわれている。

次に,投資/資金調達機能の面からアルフィナンツの組織形態について見てみよう。

投資/資金再調達機能に関しては,協働にあったって特殊なイメージも立地上の適応もあまり大きな役割を果たさない。この面では,資産特殊性は取引形態の選択の重要な要因ではない。

より重要なのは不確実性という要因である。保険会社の資本の流れは銀行のそれよりも変動は少ない。保険会社の投資規模は経済全体の流動性によって決まるというよりも,相対的に予測可能な保険保護のための需要に依存する。保険会社の支出はあまり変動は大きくなく,たくさんの個人顧客相手に高度の分散化がなされている。一方銀行では,貸借対照表上の貸方と借方が直接に結びついていないため,資本の流れに変動が生じる。また,銀行が短期的な業務に従事している一方で,保険会社は中・長期の業務に関わるので,提携によって保険会社の投資需要の不変性と長期性は銀行の資金調達機能を安定化させる。こうした側面を考慮すると,提携関係は不確実性を抑えるというメリットを有する。

しかし,銀行と保険会社の結びつきは,その会社との提携により他の保険会社との業務関係を妨げるという意味で銀行の流動性は低下する可能性がある。保険会社にとっても投資の確実性は,提携後,資金を限られた銀行でより低い信用度で投資することを強いられる危険性がある。

内部組織化することで保険会社の需要をより正確に知るなどの,情報のフローの改善により柔軟性の向上と有効なコントロールの可能性が生まれるかもしれない。

176頁】しかし,全体としては投資/資金再調達機能の面では,提携や内部組織化は必ずしも大きなメリットはない。

以上の議論から,アルフィナンツ戦略を推進するための組織形態として流通機能の効率性を最大限に発揮するためには,弱い提携関係では機会主義的行動や不確実性のため限界があり,より強い内部化・統合形態が望ましい。銀行と保険会社の垣根を越えて,融合して一つの屋根の下で保険商品と銀行サービスの提供することが取引コスト理論の観点からは推奨される。もちろんそのためには,内部組織の編成や提供する商品の開発,企業文化の一体化,情報システムの構築など様々な問題を克服する必要があるが,消費者が望む金融商品が保険と貯蓄を兼ね備えたようないわゆるバンドリングされた商品であるとすれば,統合された組織の下で開発し,販売することの利点は大きいと思われるのである。

さらに言えば,商品開発にあたってこれまでにない顧客志向の新たな保険商品が重要であるとすれば,銀行と保険会社の垣根を越えた独創的なコンセプトに基づく商品設計が要求されるであろう。それを実現することが,まさに経営資源の有効活用によるシナジー効果の発揮ということになるが,どのような商品が望ましいのか必ずしも事前にわかるわけではない。そうであるすれば,そうした商品やサービスの開発を市場に委ねるよりも組織内で行う方が動的取引コストの観点から見て妥当であるかもしれない。

以上のような点から見て,アリアンツがドレスナー銀行を統合したことは十分な説得性を持つものと考えられる。金融市場が大きく変貌していくと予想される中で,強力な商品開発の体制を整え,統合的な流通体制を整備することは取引コストの観点から合理的な制度選択であると評価されるのである。

 

3部 ドイツでのアルフィナンツへの意見

 

1.ドイツの消費者によるアルフィナンツ商品への意見

アルフィナンツ商品というものに対するドイツの消費者の,ひとつの意見を紹介することで,この報告の一つの特質を付け加えることができる。元ケルン市議会議員で,現在はフリージャーナリストのリヒアルト・ペステマー氏によるコメントである。執筆者は同氏にインタビューを行い,アルフィナンツ戦略・商品に対する彼の考え方をうかがうことができた。以下は,その要約である。

ペステマー氏一家は,ドイツ,ラインランド・プァルツ州西部,ルクセンブルグとの国境近くでは最大の都市,トリアー市の,郊外にある,ノインキルヒェンに住んでいる。彼はノインキルヒェンに来る前はトリアー市内に住んでいて,その後,ノインキルヒェンに転居した。最初は借家に住んでいたが,その後,現在住んでいる家を建築し,現在に至っている。

現在の住まいは16年前に建てられた。そしてそれは,いわば,資金付きの生命保険の締結による「ローン金融」を通じた古典的な方法による結果である。

この種の助言・相談は,彼が加入していたアーヘン・ミュンヒナー保険や,当時その提携会社だったセントラル医療保険の「建物」の中で行われるのではなく,当時彼ら一家が住んでいた,同じノインキルヒェンの借家の居間で行われたのである。そして,そこではアルフィナンツ・パッケージ(生命保険,ローンの許可,損害・火災保険,さらには事故・医療保険など,すべて),すなわちすべてが一緒に(一つの手から)提供されたのである。そこでは,それぞ177頁】れの様々な複雑な専門点について,助言の会話が行われた。

ここでの提供を彼らは受け入れて,それに続く数年間,アーヘン・ミュンヒナー保険からの全般エージェント(Generalagentur)が世話してくれた。ここで特筆すべきは,この時の全般代理人(Generalvertreter)が,非常に好人物で,相互によく理解し得たことである。この人のおかげで,ペステマー氏一家は,短期的な損得計算で保険を解約したり,掛け替えたりしなかったため,家の建物に関するキズの問題を,満足行くやり方で解決することができた。一方,彼はアーヘン・ミュンヒナー保険の労働組合でも活動していたこともあり,いつも,会社の合併政策や,アーヘン・ミュンヒナー保険に対する買収,まずはスウェーデンのコンツェルン,続いてイタリアのコンツェルン(Generali)による買収に対し,反対し,怒っており,そして,ペステマー氏一家が損失を被らないように常に気を配ってくれていたとのことである。

このような点については,より詳細にそれを見れば,まさしく相互に,いわば伝統的な日本の個人的信頼関係を形成していたということができるであろう。その後,彼は引退して年金生活に入ったが,彼の後継者もまた,このように接するよう努力していた。

今日なお,このような関係を構築し,より長くそれを継続することが可能かどうかは疑わしいかも知れない。そして彼らは,ひょっとしたら自分たちは,この全般代理人を気に入っていたことによって,少々保険をかけすぎたかも知れない,と考えている。とは言っても,全体としては,昨今のようなグローバル化が進む以前からの関係をまだ続けている,という印象を持っている。

次のような格言が,ドイツにはある:お金で友情は終わる.ペステマー氏自身は,個人的にはこれに反対だそうで,なぜなら,まさしく今見たように,お金に絡んで友情が始まったからである。それに加えて,これ以上ない人間の友人として,誰の心にもいわば仏陀が住んでいると,彼は思うそうである。

 

2.ドイツの研究者によるアルフィナンツへの意見

本研究にあたり,ドイツでの保険学研究の中心である,ケルン大学保険学研究所,ディーター・ファーニー名誉教授,ハインリッヒ・シュラーディン教授にインタビューを行い,その意見をうかがった。以下は,そこでの主たる質問と回答である;

1 アリアンツのアルフィナンツ戦略は,現在のところ成功裡に進んでいるとお考えですか?

過去,アリアンツ・コンツェルンは,ドレスナー銀行の統合によって,多額の損失があたりまえとなっていた。これは,資本市場の悪い展開に帰せられるもので,そして更に,それによる結果として生じた劣悪な利子及び配当の過剰,さらにドレスナー銀行の取引の結果によるものだった。さらに,劣悪な景気の為,危険準備金として多額の積み立て(Nachreservierung)が必要だった。全体としてそれにより,短期的にはドレスナー銀行はコンツェルンの業績には悪い影響を与えた。しかし,その第一の販売上の成果は既に見られる:生命保険業務における高い成長(2002年の業務報告)は,販売ルートの広い利用に,今や部分的に帰せられる。

 

2 アルフィナンツ戦略というのは,一般的には特定の根拠から生じたものと思われ,また特定の目標を持ったものと思われる。その際に,アリアンツはアルフィナンツ戦略により,178頁】ある種のコストを削減できると思われる。一方で,アルフィナンツ戦略により同時に増加するコストもあると思われる。これらの「コスト」というのは具体的には何であるか。

アリアンツ・グループの2001年の業務報告書によると,合併の背景には,販売ルートの側面が見られ,それによりドイツの老後保障(Vorsorge)市場を掘り起こそうというものである。そのうえで,アリアンツはドレスナー銀行との合併後,統合的金融サービス者として理解でき,従来のような協力モデルよりもより多くの製(商)品を,顧客の様々な需要のために,より緊密な顧客とのコンタクトによって売ることができるのである。そこではとりわけ,代理人,銀行の支店,外回りのファイナンシャルプランナー,インターネット,電話など現在あるさまざまな販売ルート全体を使って商品を売ることができる。だから,特に販売において長期的にシナジーが発生するだろう。そのシナジーは,コストという見地からだけではなく,とりわけいわゆるポジティブな利益シナジーが生じるだろう。一層のシナジーは,とりわけアセット・マネジメントにおいて生じる。

付随的に生じるコストとしては,とりわけ,一般的には企業の再構築に際して,そして,販売キャパシティ,共通の企業文化の創出などにおいて特別に生じるであろう。更にアリアンツは,ドレスナー銀行の業務の連結によって,多額の損失を穴埋めせねばならなかった。

2002年にはアリアンツの成果に対し,14億ユーロ分の欠損を銀行業務分として補填した。銀行業務におけるこのような高額の損失の原因は,飛躍的に増加した管理支出(前年の33億ユーロに対し,2002年には73億ユーロ),および大幅に増加した危険準備金への設定(2001年度の6億ユーロから2002年の22億ユーロへ)に見られる。アリアンツ・コンツェルンの成果への負担は,企業の市場時価総額へもマイナスの影響を与えた。これはしかし,同様に,一般的に存在する,資本市場の悪い状況によって引き起こされたものである。ドレスナー銀行を統合したことによるコストがそれくらいかは,外部者の観点からは判断できない。

 

3 グループ経営という点からは,アリアンツのアルフィナンツ戦略は,どのように解釈されますか? この方法の長所・短所は何ですか?

アリアンツは,合併の後3つの事業分野に携わっている。保険,アセット・マネジメント,銀行業務である。この3つの分野の戦略的調整には,持株会社が責任を持つ。それぞれのオペレーショナルな活動単位は分権的に運営される。意思決定とコントロールの基準は,EVAに関する業務報告書のデータに従う。その際,各活動業務単位は,少なくとも自らに割り当てられた資本額に対するコストをまかなわなければならない。グループマネジメントとしての持株会社は,資本の配分とアリアンツ・グループ全体のコントロールに関して責任を負っている。アルフィナンツということによるシナジーの向上についての責任は,こうしてとりわけ持株会社によって行なわれなければならない。

 

4)最近,経営戦略の分野では,ケイパビリティ・アプローチが大変人気があります。しかし,この場合,アルフィナンツ戦略はケイパビリティ・アプローチとは矛盾しているかもしれません。なぜなら,アルフィナンツ戦略では,資源は最も有利な分野へ投入されるわ179頁】けではないかもしれないからです。にもかかわらずアリアンツはアルフィナンツ戦略を取っています。その理由は何でしょうか。

ケイパビリティ・アプローチによると,コア業務が保険であるアリアンツには,銀行業務とアセット・マネジメントに関しては全く知識・能力があるとは見なされない。しかし,ピムコとドレスナー銀行を買収することによってその能力を作り出した。難しいのは,その3つの分野を共に進めること,シナジー,すなわち企業の指図・指令に従って,特に販売とアセット・マネジメントにおいてみられるシナジーの創成である。保険会社というのは,伝統的に資本投資管理への高い需要を有しており,それはドレスナー銀行とピムコの統合によって束ねられうる。さらに,ケイパビリティ・アプローチとは矛盾するが,銀行の支店による販売キャパシティの生成が特に,買収の決定的な根拠と見られる。ひとつの企業によるすべての金融商品の提供というところに,一層の根拠が見られる。

 

5 この問題は,新制度派経済学によって分析できる。そこでは取引コストとエージェンシー・コストがエクスプリシットに取り上げられる。アルフィナンツ戦略により増加するコストと減少するコストを,このような取引コスト理論,エージェンシー理論によってどのように分析できますか?

取引費用理論では,アルフィナンツ企業を作ることについては説明があり,それによると,アルフィナンツ業務を自らの企業で行なうことは,提携(Kooperation)や外部供給者から財を購入すること(Zukauf)よりも,その業務をより有利に行なうことができる。にもかかわらず,具体的なアリアンツのケースでは,取引コスト理論による議題は,最終的にアリアンツの高密度の商品を顧客にもたらすための,アルフィナンツ提供者になるための徹底した方向づけ,ということについて,あまり大きな役割は果たしていないと思う。それによって長期的に取引コストが削減されるということは,可能だが,それはアリアンツにとって,とりわけ目標だったわけではないと私は思う。

 

*第3部の作成にあたっては,ドイツ,ラインランド・プァルツ州,ノインキルヒェン村の現村長であられる,リヒァルト・ペステマー氏,ドレスナー銀行ミュンヘン統括部のシューマッヒャー氏,ベルリン工科大学のアクセル・フォン・ヴェルダー教授,ケルン大学保険学研究所のディーター・ファーニー名誉教授,ハインリッヒ・シュラーディン教授に,直接インタビューをさせていただき,それをもとに構成することができた。ここに,心から感謝したい。

 

1部の参考文献

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※本論文は,平成15年度・証券奨学財団研究奨励金による研究成果の一部である。