*) 学習院大学経済学部教授。内容などの連絡先:〒171-8588豊島区目白1-5-1 学習院大学経済学部,TEL
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1) 公募・売出しに際して,これとは別に,需要状況に応じて主幹事会社が売出人となって行う売出しのことを「オーバーアロットメントによる売出し」という。この売出しでは,主幹事会社はあらかじめ発行会社の大株主等から株券を賃借して当該売出しを実施する。主幹事会社の裁量によって,その一部または全部が実施されないことがある。
2) ロックアップとは,公募・売出し等を実施した後の需給関係を安定させることを目的として,発行会社や大株主等と主幹事会社との間で合意して,その後一定期間(ふつう日米で6ヵ月)にわたり原則として追加の新株発行や株式売却等を行わないことをいう。ロックアップが設けられている場合にはその内容が目論見書に開示される。
3) 前二者以外に,ストック・オプション(株式購入権)導入新規公開企業の増加,なども日本で起こっている現象である。大企業より給与水準が低い新興企業は社員の意欲を高めるためにストック・オプションの導入で先行している。ジャスダックなど新興3市場の上場企業では,株式相場の回復を背景にストック・オプションの権利行使が始まる傾向がある。
また,ジャスダック以外,東証と大証にも新興企業IPO市場が出現し互いに競合する,など米国とは異なる事柄も日本では起こっている。近い将来これも興味ある実証研究の対象になろう。
また,JASDAQから東証への転籍要因の分析がなされていない。東証上場要件を満たす企業でJASDAQに留まっている企業などを分析する方法も考えられる。
4) 米国のVCはリミテッド・パートナーシップの形態をとっている。米国の税法上パートナーシップの段階では課税されない。なお,米国のVCはすべてリミテッド・パートナーシップで運営されているわけではなく,税制上魅力のあるタックス・ヘイブンに特定目的会社を設立してVCを営むファンドも存在する。
5) ジャスダック市場における新規公開銘柄の初取引日(公開日ともいう)の売買方式の1つがダッチ・オークション方式で,初取引日当日は午前11時の1回のみ板寄方式によって売買が行われる。なお1998年に導入されたマーケットメイク(MM)方式においてはこの方式は採用されていない。「マーケット・メイク銘柄」として指定されているものについてはマーケット・メイカー(証券会社)が常時買い・売りの価格と株数を提示し,投資家の買い注文・売り注文の相手方となって売買を成立させる値付方式が採用されている。
IPO企業がJASDAQ上場前にMM方式かオークション方式をどう選択するかについての研究はない。当然,規模,コストなどの要因があげられるが,これらの点について考察しておこう。
MM銘柄の特性を研究した宇野淳教授によると,時価総額(例えばIPO規模などで測れる)が低い銘柄がほとんどで,時価総額が高いのにMM銘柄だったのは極めて少ない。
さらに,株式所有構造も係わっていそうに思われる。流動株が少なければ,MM銘柄になることを選ぶだろう。小規模企業は流動性を維持したいためにMM方式を選ぶだろう。
トレーディング・コスト(スプレッド格差などマーケット・マイクロストラクチャー要因)面では,特定の証券会社(マーケット・メイカー)が取引に介在して売買を行うため,売り気配と買い気配の差(スプレッド)が大きくなる傾向がある。MM銘柄の公募価格は仮条件上限で決まらない傾向も指摘される。これら以外では,MM方式では機関投資家は手口がばれてしまう,などの要因もあろう。
オークション方式では,過度な価格変動により投資家が不測の損害を被ることのないよう,価格帯毎に一定の制限値幅を設けている。MM方式では,証券会社がリスクを負いながら投資家の注文に必ず応じるという特性に鑑み制限値幅は設けられていなかった。しかし,日本証券業協会は2003年1月から急騰・急落局面を迎えた際一時的に約定締結処理を中断させることになった。投資家の冷静な投資判断を促すためである。導入されたMM銘柄の約定中断機能は,IPO初日の場合には,適用されない。
6) Beatty-Ritter (1986) の命題をわが国で検証する場合,不確実性の代理変数として会社年齢(事業歴年数),公募での市場調達額などが考えられる。これらが大きいと不確実性は小さく,初期収益率は小さいと考えられる。説明変数と予想される結果は,市場調達額(−),会社年齢(−)となる。
7) 日本の入札制度では,ディスカウントを認め,落札加重平均価格からディスカウントして公開価格を決定する制度を導入し,引受リスクの調整を許している。これは,IPOブームなどにより生じた入札時の過剰入札の歪みが公開価格に直接反映されることを回避するためである。
公開価格決定時の過剰入札を引受証券会社は適切に調整しているのだろうか。それを検討するためには,他の要因と同時にディスカウント率を,初値乖離率の決定要因として分析しなければならない。この調整が過大に行われ,ディスカウント率が大きいとその揺り戻しが大きな正の初値乖離率となって現れる。つまり,ディスカウント率と初値乖離率との関係は正の相関を示す。正の相関は,アンダーライターの過剰防衛を表す。逆に,この調整が過小に行われると,ディスカウント率とリスク調整後の期待初値乖離率との関係は負の相関を示す。また主幹事証券会社によってこの調整にどれくらいの差があるか,は興味ある論点であろう。それゆえ,もしディスカウント率による引受リスク調整が適切に行われると,ディスカウント率と初値乖離率とは一定の関係を持たず,無相関となるかもしれない。そして,期待初値乖離率に極端な値が予想される場合には,引受証券会社はディスカウント率で調整するから,事後的には初値乖離率の分散は小さくなるかもしれない。
それゆえ,初値乖離率に対する説明変数としてディスカウント率は適切ではないということである。説明変数と予想される結果は,ディスカウント率(不定),BB採用企業はゼロ,である。
8) Koh-Walter (1989) の超過予約申込仮説をわが国の1997年9月以前の株式店頭公開市場に当てはめる時,代理変数としていくつかの入札情報が考えられるが,やはりわが国でも入札倍率が代理変数になる。投資家一人当たりの入札限度株数が制限され,しかも厳しく適用されていたとしても,入札倍率が高まることは情報不足の投資家がより多く入札に参加していると解釈できる可能性が否定できないからである。それゆえ,初値乖離率と入札倍率の間には,正の関係があることになる。
また,Parker
(1995) は,「入札倍率は価格面で入札から締め出された入札者の総数を示す。これは,入札後の公開株価の期待値と正の相関があると考えられる」という。このように,入札倍率(Auction
bid ratio)を,初値の期待値を決める変数ととらえ,初値乖離率と正の関係があると考える。ただ,直感的には納得できるが,理論的な裏付けに乏しい。
なぜなら,初値を決める要因となる需要者の数は,正確には,入札から締め出された入札者の人数(ア)からその後購入断念の意志決定をした人数(イ)を引いた数に,入札に参加しなかったがその後入札倍率を見て初値買いを行う人数(ウ)を,加えた数,だからである。それゆえ,(イ),(ウ)の比率が低い場合,あるいは(イ)が少ない場合のみこの仮説は正しい。
説明変数と予想される結果は,入札倍率(+),BB採用企業はゼロ,である。
9) 投資家のIPOへの関心度(indications
of interest)仮説については日本での検証も可能である。
わが国では,公開価格決定のために入札方式がとられていたが,1997年9月より米国型のロードショウによるブックビルディング方式が導入されたので,このことがBenveniste-Spindtモデルの検証を可能にしてくれる。
公開価格から仮条件中間値を引き仮条件の幅で割った比率を使う方法が考えられる。しかしながら,この比率には仮条件上下限に公開価格が張り付くという問題がある。次の脚注10)も参照。
また,BB以前の入札制度下においても適用できる。たとえば,入札から得られる情報として,入札倍率以外に,入札加重平均価格と入札下限価格の乖離率,落札加重平均価格と入札下限価格の乖離率,落札加重平均価格と入札加重平均価格の乖離率など,の変数を挙げることができる。これらの値が大きければ,Benveniste-Spindtのいう関心度が高いと考えることができる。3者の相関係数を計算してみる必要がある。ここでは,入札下限価格を発行会社の期待入札価格であると仮定することになる。
これらの値が大きいほど,正の初値乖離率が大きい。つまり,これら変数と初値乖離率との関係は正の相関を示す。
説明変数と予想される結果は,入札加重平均価格と入札下限価格の乖離率(+),BB採用企業はゼロ。あるいは落札加重平均価格と入札下限価格の乖離率(+),BB採用企業はゼロ。あるいは落札加重平均価格と入札加重平均価格の乖離率(+),BB採用企業はゼロ。あるいは公開価格と仮条件中間値の差を仮条件の幅で割った比率(+),入札方式採用企業はゼロ。
10) 入札制度とBB方式の間で初値乖離率の決定因が大きく異なる。入札制度のもとでの上場直前分析には,ディスカウント率の視点があり,いくつか既に研究されている。BBのもとでの分析は,以下のように,仮条件幅率とBB乖離率の2つの視点がある。ちなみに,BB乖離率=(公開価格−上限下限中間値)÷(上限−下限)。
公開価格と仮条件の幅の関係および仮条件幅率の分析について言及しておこう。
日本のBBの場合,仮条件の上限と下限は,機関投資家への聴取によって決められるため,その幅や高さに機関投資家の能力も係わってくると思われる。機関投資家の能力にばらつきがある場合,主幹事証券会社がどのような機関投資家に聴き取りするかによって仮条件は変わるだろう。その場合,乖離率は主幹事証券会社によって,変わることが考えられる。
しかしながら,1997年から1999年までのデータに基づくと公開価格は約90%が仮条件の上限か下限に一致しており,またそのほとんどが最近時点では上限に一致している。公開価格が上限に一致している場合,投資家の関心の高さは乖離率では読み取れない。これは,どこが主幹事証券会社になろうと観察される特徴で,むしろ仮条件決定の仕組みに内在する欠点であると解釈できる。
仮条件幅は,価格水準によって変わることが予想され,その効果を除去するために,仮条件幅を仮条件中間値で割った比率を仮条件幅率と呼んで,その推移の変遷をみる必要がある。
仮条件幅率の大きさは,いくつかの要因によって決定されると考えられる。それは,@企業価値予測の不確実性の大きさを測る。売り上げや利益の変動性が高い企業では不確実性が高くなり,仮条件幅率は大きくなる。A不確実性の代理変数として会社年齢(事業歴年数)も考えられる。また,B引受リスクを小さくする(市場が好調ならば,引受リスクは小さく,仮条件幅率は小さくなる)など引き受けに係わる何らかの主幹事証券会社などの意図を反映して主幹事証券会社によって異なるかもしれない,C業種によって異なり同じ業種に属す企業は同じような傾向を持つかもしれない(業種ダミー変数を説明変数にできる),などである。
11) 小野(1997)によって,米国でVCを表現する言葉を3つ紹介しよう。
@Full Service: VCは未公開株投資業であるが,中身は金融機関と全く異なる。米国のVCは,投資の段階でリスク,リターンの高低を判断するよりも,ハイリスクを投資後に「低く仕上げる」ことを指向する。すなわち,VCが自分の経験・能力・ノウハウや人脈を使って事業をIPO出来るまで成長させる。米国ではシニア・プレーヤーたるVCが,ルーキー(ベンチャー経営者)に対してあらゆる面の指導(フル・サービスとか,モア・ザン・マネーと呼ばれる)に努めているのである。
AStay Close: ベンチャー企業への経営指導は一般に困難であるけれども,VCがリード・インベスター(筆頭株主)であれば,企業実務まで指導するのが普通だ。ベンチャー・キャピタリストが日常の業務にまで入り込んで(ステイ・クロースと呼ばれる)問題点をつかみ指導する。
BVulture
Capital: VCは数年内にIPOの可能性がないベンチャーには見向きもしない(スクリーニング機能)。VCにとってベンチャーの企業価値が数倍以上にならなければ投資する意味はなく,ベンチャーを実際にそれだけ高成長させるために猛烈なプレッシャーをかける。問題企業に対して,経営者のすげ替えや会社売却もいとわない姿勢はバルチャー(強欲)と批判される。
12) VCファンドの投資収益率は,株式売却により受け取った現金と,ファンドで保有する株式等の投資資産の市場価値,および未投資の現金について,IRR(internal rate of return,内部収益率)を使って計算されるのが一般的である。受取配当も考慮しなければならない。
基本的にVCファンドでは,ポートフォオの組み替えは困難であり,運用責任者が運用期間中に交代するケースもほとんどない。(小野(1999)によると,例えば投資信託のようにポートフォリオやファンド・マネジャーの変更が可能なケースではTWR(時間加重収益率)が適当であるが,このようなVCの構造から運用期間を所与としその間の資金を効率的に運用したかをみる尺度としてIRRは優れている。)
13)お墨付き仮説を日本のデータで検証するパッカー(1995)の研究方法には疑問があるため,それを詳しく解説しておこう。
株式公開する企業の株主としてVCや銀行がどの程度かかわっているか,については,その度合い,構成,安定性に関して非常にばらつきあった。このばらつきが,お墨付き仮説を支持するダミー変数を通じて公開当日の株価形成に影響しているかどうかを見るためにパッカーが行った回帰分析の説明変数は,@入札倍率,A公開入札日と初取引日の間における日経店頭市場株価指標ベースのリターン変数,B公開以前のリスクの代理変数として事業歴年数(1を加えたものの自然対数値),C公開規模(億円単位の自然対数値),Dお墨付きのダミー変数として様々なタイプのVCを区別するため,公開前に企業の株式全体の3%以上を所有している場合に1とする5つのダミー変数((1)政府系のVC,(2)証券会社系VC,(3)銀行あるいは銀行系のVCないしはその両方,(4)6大企業グループ(三菱,三井,住友,芙蓉,第一勧銀,三和)に属する銀行あるいは銀行系VCないしはその両方,(5)銀行系のVC),である。
とられた推定法は操作変数による2段階最小2乗法である。具体的には,入札倍率をAからDのすべての外生変数と入札下限価格設定日から実際の入札日までの株式市場の変数に対して回帰分析し,その推定値が操作変数として用いられる。結果は,@,A,C,と(2)がプラスで,(3)あるいは(4)あるいは(5)がマイナスで,有意だった
さて,このパッカーの推定方法は実際の因果経路の視点から納得できない。つまり,実際の因果経路と推定方法は一致するべきであるという前提のもとでは異なった推定方法が考えられるのである。入札方式による公開の時間的推移は次節のように少なくとも2,3段階に分けられる。それゆえ,パッカーによる変数の決定メカニズムは事実と異なるように見える。例えば,公開規模が入札倍率を決定するのではなく,公開規模が入札倍率によって決定されるのである。
まず,第一段階として,事業歴年数,公開・売出株数と入札株数が主として企業によって決定される。しかもほぼ同時決定される。ここで,状況が不利ならば,公開・売出株数の削減,あるいは公開延期や取りやめがありうる。その結果,事業歴年数は増えることがあるから,事業歴年数は内生変数なのである。
他方,幹事証券会社が決めた入札下限価格に基づき,個々の投資家は応札株数を決定する。それの集計値の,先に決まっている入札株数に対する比率が入札倍率になる。幹事証券会社の需給突合せによって,入札加重平均価格,そして落札加重平均価格がこの第二段階で決まる。
第三段階として,幹事証券会社が落札加重平均価格からのディスカウント率を決定した後,公開価格は決まることになる。そして,公開価格と公開・売出株数の積が公開規模になる。それゆえ,公開規模の決定は最終段階になる。なお,1995年以前はディスカウント制度がなかったから,この段階は第二段階に含まれることになる。
14) 米国のハイテク・ベンチャーがNasdaqに公開する場合会社設立からの期間が数年程度であり,ファンド設定期間が10年あれば会社設立後に投資を開始しても株式公開による資金回収には間に合う。
15) マッチィング技法についてはHeckman-Ichimura-Todd (1997),Heckman-Ichimura-Todd (1998) を参照。データの選択バイアスとそれを調整した推定法(Selectivity-bias-adjusted
estimation)にはHeckmanの第一モデルと第二モデルがある。
16)投資家がVC情報を得るのは,相当数ある専門コンサルタント会社(ゲートキーパー,Gatekeeper),あるいはVCおよびベンチャーの資金調達に関する専門調査会社が定期継続的に公表している調査レポート,を通じてである。また,VCがファンド出資を募集する際や既存の投資家と接する際には,Placement
Agentと呼ばれる仲介者が,VC業界の情報,過去の収益状況,他のVCとの比較等,の情報をファンド投資家に提供する。小野(1999)参照。
17) 信用取引は,証券会社が自己の判断で顧客に対し,株式の買い付け代金や売り付けるための株式を貸与する取引である。信用取引は投資家の自己資金を超える売買が可能となるため,売買の流動性が高まる。また,貸借取引は投資家が実際に保有していない株券を証券会社などから借りて売り注文を出せる,いわゆる空売りもできるため,株価は適正な価格形成ができる。しかしながら,貸借制度の開始により,仕掛け的な売りで株価が下落する可能性も否めない。
2004年4月の信用取引制度改正により制度信用銘柄に選定されたのは127銘柄で,うち空売りが可能となる貸借銘柄に選ばれたのは楽天やソフトバンク・テクノロジーなどの43銘柄に過ぎなかったのである。