*) 学習院大学経済学部教授。内容などの連絡先:〒171-8588豊島区目白1-5-1 学習院大学経済学部,TEL(DI):03-5992-4382,Fax:03-5992-1007,E-mail: Kenichi.Tatsumi@gakushuin.ac.jp
1) いくつかあるが,本題と直接関係ない技術的な研究のためここでは省略する。
@IPO市場が活発で,VCの資金回収までの期間を短縮できた。
Aシンジケートを組み,VCが相互にリスクを分散させ,専門的なサポートを行えた。
BVBへの監視を効果的に行い,リスクを軽減させた。
CVB間の競争だけでなく,VC同士の競争が功を奏した。
3) しかしながら,2001年10月より,改正商法が施行されて,額面株式・無額面株式の区別が無くなり,設立時より株式が1株1円でも発行できるようになるなど,投資しやすい環境が整ってきた。最低資本金制度なども変更された。
4) 日本のVCには次のようなタイプがある。タイプによって行動パターンは違う(幾つか参考文献があるが例えば磯崎哲也事務所(2002)参照)ので,正確にはタイプ毎に分析,記述しなければならないだろう。
第一のカテゴリーは外資系VCで,理論に沿った投資を行うことが多い。企業価値算定を行い,投資のプロセスをきちっと踏んで,投資後はハンズオンすることを志向している。ただし,数百億円以上の比較的大規模VCの場合,管理する社数が多くなりすぎハンズオンが手薄になるので,数千万円の投資は嫌がることが多い。
第二に日本の老舗VCがある。国内証券会社系に大手が多いが,他にも銀行系損保系などもある。従来は,設立したばかりの企業に投資することはほとんどなかったが,ネットブームではスタートアップへの投資も積極的に行うようになってきた。銀行系など一部は,金額上限1千万円程度に限られ,リード(メイン)が決まらないと投資しない場合もある。
第三に,インキュベーターや事業会社系で,ITブーム前後に設立され,最も積極的に投資を行った。外資系の投資パターンを取り入れつつ,日本的な要素もある。
これ以外に,投資公社などの公的な機関がある。
5) DCF法(discount cash flow method)は,企業やプロジェクトの評価方法の一つで,事業計画書などから投資先企業の数年分のキャッシュフローを想定して,それを一定の割引率で割り引いて現在価値を算定する方法である。
6) これらを明らかにする展望論文に,本稿以外に,鈴木(2002)がある。本稿は,同様な展望を含めて,すべての点に渡って比較的新しい動きを要約し考察している。
7) 資金回収とhands-onを説明すればVCのパフォーマンスを計測する際の困難な箇所の説明はおわったことになる。
VCのパフォーマンスは,いついくら投資して,いつどのくらい回収した(できる)かを測り,金利と時間を考慮に入れた割引現在価値やIRR(internal rate of return,内部収益率)で評価する°投資は主に投資先の株式保有(優先株もあれば,普通株もある)の形をとるので,保有によって配当や分配金が得られる。本文で既述のように,回収方法には複数あり,回収価額についても様々考えられるので,これらの生起確率を考慮した加重平均回収額を使わざるをえない。
VCは通常投資ファンドを組成し,複数の企業に投資する。それぞれの投資案件毎のキャッシュフローを合計して全体のIRRを計算することになる°
2000年度から経済産業省及びベンチャーエンタープライズ•センター(VEC)によって,日本のVC全体の年毎のIRR計算が行われるようになった°しかし,個々のファンドのIRRは公表されていない°公表されたのは,ある年に発足したファンドを一本のファンドと見なした各年毎のパフォーマンス(ビンテージと呼んでいる)である°
米国のIRR統計におけるサンプル数は約千本,各年も約100本あり,総IRR(1999年12月末時点)は19.8%である°日本のIRRはそれ程高くないが,計測上の問題があり,比較は意味がない°2002年VEC調査によると,日本のVCファンドのパフォーマンスは著しく偏って分布している。
ファンドのパフォーマンス決定因は,内部要因として,数値化は難しいが,まずポートフォリオ企業の構成とそれを選択する運営者の能力,いわゆるバリューアッド(企業の価値を高めるための経営支援活動とそれをする能力),などである°
外部要因は,経済状況全般から株式市場の状況まで数々あるが,@政治・財政状況,Aインフレ率,BGDP,C利子率,D同じ年にスタートしたVCファンドの数と量,ETOPIX,FJASDAQ指数,などが考えられる°
TOPIXの動きではなく,東証マザーズやジャスダック市場の動きにIPOの成否が影響されている°これは日本では従来M&Aによる売却でもプライシングが難しく,IPO相場を見ながらVCがどういうタイミングでエグジットするかが重要だったからである°
VCのコスト構造については,日本のVCの人件費は高いといわれる°多くが金融機関等の関連会社であるため組織の重複,人材の不活用等非効率があるからである°米国MBA取得者のような高度の専門知識を持った生産性の高い社員がまだ少なく,経験を積んだ有能職員が数年で派遣元に戻ってしまうからである。また,投資先候補VBが日本では少なく,その発掘に費用がかかりすぎている°
8) 配当や自社株買戻し(発行済み株式総数を減らすことから,1株利益が改善される)を行って株主に収益を還元しようとする起債は,ドゥ・イット・ユアセルフ・バイアウトと呼ばれる。WSJ(2007年3月27日)によると,最近は多くの企業が,株主の収益を高めるために社債発行を上積みし,ファンドの買収リストから抜け出そうとしている。
9) ダイムラー・クライスラーは2007年2月9日,欧州航空・防衛大手EADSの株式の一部を官民の金融機関15行へ議決権をはずして売却すると発表した。2010年7月まではダイムラーが議決権を保持し,子会社エアバスのリストラ問題などでEADSの経営への影響力を維持する。ダイムラーは議決権を手放さない代わりに各行に割増配当する。
10) 中小企業の多数を占めるオーナー企業の代替わりを円滑にするため,経済産業省・中小企業庁は2006年6月12日,経営を引き継がない相続人の相続税負担を軽くする税制改正要望案をまとめた。議決権のない株を相続する場合は,議決権のある普通株より相続税評価を20%程度減少させる内容。相続で議決権のある株が分散すると,「お家騒動」の火種になることも多い。議決権のない「無議決権株」は旧商法でも発行できた。例えば企業オーナーが遺言で,後継者には普通株を,そうでない子供には無議決権株を相続させると明記すれば,後継者に経営権を集中させたまま他の子供にも株の分与ができた。[2006年6月13日/日本経済新聞 朝刊]
11) 投資にあたって優先株を使うのが有利である。それゆえ,米国(シリコンバレー)では優先株を使って投資することは常識である。しかし,日本では従来,優先株を使うことはほとんどなかった。磯崎哲也事務所(2003)によると,理由の一つは,日本の法律専門家で優先株投資のノウハウがある人が極めて少なかったことである。優先株は非常に膨大な(場合によると何百ページの)ドキュメンテーションを必要とするが,こうした実務に習熟した弁護士の数は従来非常に少なかった。登記実務についてもそうである。
また,従来の日本の公開前規制では,公開申請期の直前決算期末までに,優先株やワラント・転換社債などを,普通株に行使・転換する必要があり,結局,公開直前の期間,投資家がリスクヘッジの恩恵を被れないという理由も大きかった。しかし,ベンチャー界や専門家からの声が取り入れられて,公開前規制が改正され,2001年9月より直前決算期末を優先株のまま持ち越すことが認められるようになった。これによって,優先株を使うメリットが生まれることとなった。
12) 貯蓄組合や保険会社などの相互会社が株式会社に転換する(米国では過去20年,資金調達,事業拡大,雇用者利便向上などの理由で多かった)場合,預金者などの関係者に特別な優先的権利(the priority subscription
rights)を付与し,定めた株数まで廉価な価格(the subscription price)で株式の引受を許している。これは,IPO会社が公開の前に一部の株主に便益を与えるものである。
13) Ray(2006)は論文のなかで,これをアメリカン・コールと記しているが,正しくないように思われる。そもそも,オプション理論による分析は一切行われていない。
14) Ray(2006)の理論的分析は,リターンを用いるべき裁定分析が正しくなされておらず,理解困難であり,正しくないように思われる。実証分析でも,本文記述と付表の間で説明変数,計測期間(付表では,2000年3月16日までの期間と全期間という2とおりの分け方がなされている)などが異なり,展開に統一性がなく混乱があるようである。単純な命題でも,前後で内容が異なる場合がある。本稿でRay(2006)の結論を要約している部分は,単純なデータ分析などの差し障りの無い範囲に止めている。