【31頁】
外部経済性の考察(需要曲面分析<その2>)
――純社会便益の最大化と最適需要水準,最適課税額,及び最適補助金額――
野呂 純一*、川嶋 辰彦**、平岡 規之†
1 はじめに
本稿の考察が拠って立つ前稿1)では,「『特定サービスの消費を通して消費者が覚える効用の水準に影響を及ぼす』外部経済性(正及び負)を明示的に内含する」需要曲面の構築を試み,同曲面に基づき導出需要曲線2)と限界社会便益曲線3)を求めた。本稿ではこの2曲線4)に,価格曲線及びそれに対応する限界社会費用曲線を加えた4本の曲線に照準を当て,次の3点を考察する。
【32頁】(1)最大の社会便益5)を齎す需要水準(即ち,最適需要水準),
(2)最大の社会便益を齎す課税徴収額(即ち,最適課税額6)),
(3)最大の社会便益を齎す補助金交付額(即ち,最適補助金額7))。
上記の目的に照らし本稿では次の第2節で,前稿で構築・吟味した5種類の需要曲面から3種類の需要曲面(数値例−1,2及び3)を選択し,これらの需要曲面及び同曲面上を走る準導出需要曲線,並びに各需要曲面に基づき求められる導出需要曲線及び限界社会便益曲線について,それらの特性を簡単に再整理する。第3節では,2種類の価格曲線を導入するとともに,各々の価格曲線に対応する限界社会費用曲線について触れる。以上の準備作業の後,本稿が掲げる主要テーマの考察に移り,最適需要水準,最適課税額及び最適補助金額について第4節で論ずる。最後に,まとめの考察を第5節で簡単に記す。
2 3種類の需要曲面
2−1 需要曲面と準導出需要曲線
「特定サービスの消費が消費者に齎す効用を示す函数」の引数に当該サービスに対する仮想均衡需要水準8)を含める観点に立ち,同水準が座標軸の一つに現われる直交3座標軸(即ち,需要水準N,価格水準P,及び仮想均衡需要水準Mを夫々意味する3本の直交座標軸)によって構成される3次元空間内に,5種類の需要曲面を前稿では描出した。本稿ではそれらのうち,次の3種類の需要曲面(即ち,数値例1〜3に当たる需要曲面)を考察の対象に据える。
(1)数値例−1:「Mの全値域に亙り外部不経済性(正及び負)を全く内含しない」需要曲 面9)
需要曲面函数:P=0.72−N2+0×M。
但し,0.0≦M≦2.0,N≧0 且つP≧0。
(2)数値例−2:「外部経済性(正及び負)に関して中立的な部分と外部不経済性を内含す る部分を共に有する」需要曲面
【33頁】 需要曲面函数:@0.0≦M≦0.4 のとき,P=2−N2+0×M。
但し,N≧0 且つP≧0。
A0.4<M≦1.4 のとき,P=2−N2−2(M−0.4)N2。
但し,N≧0 且つP≧0。
(3)数値例−3:「外部経済性(正)並びに外部不経済性を共に内含する」需要曲面
需要曲面函数:P=2−N2−2(M−0.8)2。
但し,0.0≦M≦2.0,N≧0 且つP≧0。
上記の数値例−1,2及び3が示す需要曲面をN-M-P空間内に描くと,付図の図A1を得る。同図の需要曲面上には準導出需要曲線が,数値例別にトレッキング・ルートのイメージ10)により描かれており,それらは次の連立方程式により表わされる。
(1)数値例−1に当たる需要曲面上を走る準導出需要曲線
P=0.72−N2+0×M
{M=N
但し,0.0≦M≦2.0,N≧0 且つ P≧0。
(2)数値例−2に当たる需要曲面上を走る準導出需要曲線
@0.0≦M≦0.4のとき,
P=2−N2+0×M
{M=N
但し,N≧0 且つ P≧0。
A0.4<M≦1.4のとき,
P=2−N2−2(M−0.4)2
{M=N
但し,N≧0 且つ P≧0。
(3)数値例−3に当たる需要曲面上を走る準導出需要曲線
P=2−N2−2(M−0.8)2
{M=N
但し,0.0≦M≦1.8,N≧0,P≧0。
2−2 導出需要曲線と限界社会便益曲線
需要曲面上を走る準導出需要曲線をN-P平面へ正射影すると,導出需要曲線が幾何学的に得られる。代数的には,需要曲面函数 h(N, M)に M=Nを代入することにより得られる。何れにせよ需要曲面に依拠して求められる導出需要曲線は,数値例別に次の様に示される。
(1)数値例−1に当たる需要曲面に基づき求められる導出需要曲線
P=0.72−N2。
但し,N≧0 且つ P≧0。
【34頁】(2)数値例−2に当たる需要曲面に基づき求められる導出需要曲線
@0.0≦N≦0.4のとき,
P=2−N2。
A0.4<Nのとき,
P=1.68+1.6N−3N2。
但し,P≧0。
(3)数値例−3に当たる需要曲面に基づき求められる導出需要曲線
P=0.72+3.2N−3N2。
但し,N≧0 且つ P≧0。
他方,限界社会便益曲線は,下記の計算を介して需要曲面から求められる。
MSB(N)=dGCS(N)/dN
=
但しMSB(N):限界社会便益函数11),
GCS(N):消費者余剰函数12)又は社会便益函数13)
h(N, M):需要曲面函数。
計算の結果,数値例別に得られる限界社会便益曲線は,次のとおりである。
(1)数値例−1に当たる需要曲面に基づき求められる限界社会便益曲線
P=0.72−N2。
但し,N≧0 且つ P≧0。
(2)数値例−2に当たる需要曲面に基づき求められる限界社会便益曲線
@0.0≦N≦0.4のとき,
P=2−N2。
A0.4<Nのとき,
P=1.68+3.2N−7N2。
但し,P≧0。
(3)数値例−3に当たる需要曲面に基づき求められる限界社会便益曲線
P=0.72+6.4N−7N2。
但し,N≧0 且つ P≧0。
上で求めた導出需要曲線と限界社会費用曲線を,数値例別に同一のN-P空間内に描くと付図の【35頁】図A2を得る。同図で導出需要曲線と限界社会便益曲線の相対的位置関係を見ると,数値例−1の場合,両曲線は一致し,単調減少を示す。数値例−2の場合,0.0≦N≦0.4のとき両曲線は一致し,単調減少を示す。その後Nが0.4を超えると,両曲線は乖離しはじめる。その際,限界社会便益曲線は導出需要曲線よりも早い速度で減少するので,前者は後者の下側に位置し,Nの増加とともに両者の乖離幅は拡大する。数値例−3の場合,両曲線は互いに異なり(但し,交点KのN座標値0.8に対してのみ両者は一致する)共に上向きに凸である。限界社会便益曲線はNが0.8未満のとき導出需要曲線の上側に位置し,Nが0.8を超えると導出需要曲線の下側に位置する。
ここで,「Mの全値域に亙り外部経済性(正)を内含する」需要曲面の数値例を,参考までに付図の図A314)で紹介しておく。この需要曲面に関する「社会便益の最大化を試みる最適化の考察」は,本稿では割愛し別稿に譲るが,同曲面に基づき求められる導出需要曲線15)と限界社会便益曲線16)について眺めると,付図の図A4が示すとおり,共に上向きに凸であり,前者は常に後者の下側に位置する(但し,N=0.0のときは両者一致する)。
3 2種類の価格曲線
3−1 価格曲線函数と限界社会費用曲線函数
本稿が据える主要テーマの考察に向けた更なる準備として,次に示す,消費者に対する2種類の価格曲線を導入する。17)
(1)価格曲線類例−A:「外部経済性(正及び負)を内含しない」価格曲線18)
価格曲線函数:P=a。
但し,a は定数(a≧0)且つ N≧0.0。
(2)価格曲線類例−B:「外部不経済性を内含する」価格曲線19)
価格曲線函数:@0.0≦N≦0.4 のとき,
P= b。
但し,b は定数(b≧0)。
【36頁】 AN>0.4 のとき,
P= b+0.5(N−0.4)2。
但し,b は定数(b≧0)。
上で導入した価格曲線に基づき,次の限界社会費用20)曲線が類例別に求められる。
(1)類例−Aに属する価格曲線に基づき求められる限界社会費用曲線
P= a。
但し,a は定数(a≧0)且つ N≧0.0。
(2)類例−Bに属する価格曲線に基づき求められる限界社会費用曲線
@0.0≦N≦0.4 のとき,
P= b。
但し,b は定数(b≧0)。
AN>0.4 のとき,
P= b+0.5(N−0.4)2+(N−0.4)N。
但し,b は定数(b≧0)。
3−2 価格曲線と限界社会費用曲線の位置関係
上述した価格曲線と限界社会費用曲線を,同一のN-P空間内に類例別に描くと図1を得る。
同図から明きらかなように類例−Aに属する価格曲線の場合,価格PはN値に関わりなく一定(=a)であり21),限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。これに対して類例−Bに属する価格曲線の場合,価格Pは0.0≦N≦0.4 のとき一定(=b)であり,N>0.4 のとき増加する22)。【38頁】従って限界社会費用曲線は,0.0≦N≦0.4 のとき価格曲線に一致し,N>0.4 のとき価格曲線の上側に位置する。また,両者の乖離幅はNの増加とともに拡大する。
ところで,上で導入した価格曲線類例には,「外部経済性(正)を内含する」価格曲線23)が含まれていないが,この種の類例に属する価格曲線を対象とする社会便益最大化の考察は,本稿では割愛し別稿で改めて試みる。
4 純社会便益の最大化
本節ではまず,純社会便益を最大化する手順について述べる。次いで,上述した3種類の需要曲面(数値例−1〜3)に対して,純社会便益の最大化を試みる。24) その際,数値例毎に,上述した2種類の価格曲線類例(類例−A及びB)に属する価格曲線の具体的な函数形を,設定する。
4−1 最適化の手順:最適需要水準,最適課税額,及び最適補助金額
以下では,総社会便益の計測指標として,本稿では総消費者余剰25)を適用し,純社会便益26)の最大化を論ずる。なお,純社会便益を最大化する,最適需要水準,最適課税額,及び最適補助金額を求める一般的な手順は,表1が示すとおりである。
【40頁】同表には,グラフに拠るアプローチと数式によるアプローチが提示されているが,前者に則り手順の要点を纏めると,次の様に整理できる。
(1)限界社会便益曲線と限界社会費用曲線の交点が最適点にあたり,この点に対応する需要水準が最適需要水準となる。
(2)最適点を通る垂線が導出需要曲線及び価格曲線と交わる点を夫々JT及びJUとすると,
@点JTが点JUの上側に位置する場合,線分JTJUの長さが最適課税額となり,
A点JTが点JUの下側に位置する場合,線分JUJTの長さが最適補助金額となる。27)
実際,最適化の手順の主な狙いは,以下の点にある。即ち,価格曲線と導出需要曲線の交点が均衡点として定義されるが,この「均衡点に対応する需要水準(即ち,均衡需要水準)」と,「最適点に対応する需要水準(即ち,最適需要水準)」の間に乖離が見られる場合,課税徴収又は補助金交付を介した「価格による需要調整」を通して,調整後の均衡需要水準を調整前の最適需要水準に一致させることにある。28)
上述の手順はその意味で,原則的に均衡点が課税徴収前又は補助金交付前に存在することを前提に置く。しかし興味深いことに需要曲面分析的考察では,この原則が満足されない場合29)でも,最適補助金額の値を時により特定化できる。例えば,価格曲線が常に導出需要曲線の上側に位置するが故に均衡点が存在しない場合でも,限界社会便益曲線と限界社会費用曲線の交点(即ち,最適点)が存在すれば,「非負値を示す純社会便益」の最大化を齎す最適補助金額を,時により特定化できる。このテーマについては,第4−4節でケース−3A6及びケース−3B4を吟味する際に改めて少しく論じ,需要曲面分析的アプローチが可能とするささやかな論理的辺境の地に遊ぶ。
さて,次の第4−2節からは具体的な最適化の考察をケース別に順次試みるが,その前に以下の2点30)について簡単に付言しておく。
(1)最適課税額として徴収される税収の配分基準が不適切であると,表1が示す手順に従っても純社会便益の最大化が必ずしも実現しない。同様なことは,最適補助金額の補填・交付に必要な財源の調達基準が不適切な場合にも,起こり得る。
(2)公益事業31)が生産する,財・サービスに対する適性価格を語るとき,その設定規範を謳う主要命題に限界費用価格形成原理32)がある。同原理が適用する限界社会費用曲線【41頁】は,生産者に対する価格曲線33)から導き出されるもので,本稿で用いる,消費者に対する価格曲線34)から導き出される限界社会費用曲線とは異なる。従って,本稿が試みる需要曲面分析的考察を,より厚生経済学的な限界費用価格形成原理のパラダイムに馴染む方向へも楫取りして行く上で,別途に供給曲面分析的考察の展開が乞われる。
4−2 最適化の考察:ケース−1A及び1B
ここでは,数値例−1に当たる需要曲面に対して,純社会便益の最大化を試みる。その際,類例−Aに属する具体的な価格曲線と類例−Bに属する具体的な価格曲線を,夫々一つずつ設定する。
4−2−1 ケース−1A
図2が示すように,次式で表わされる価格曲線P1Eを設定する。
P=0.25。但し,N≧0.0。
このとき,限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。また本ケースに於いて,限界社会便益曲線は導出需要曲線AECに一致する(ケース−1Bに於いても同様)。よって,均衡点(E)と最適点(J)は一致する。当然のことながら,均衡解(NE)と最適解(NJ)は一致するので,レッセ・フェール市場は純社会便益の最大化を実現する。従って,外部不経済性の発現を抑制する目的の課税徴収も,外部経済性(正)の発現を促す目的の補助金交付も,ともに不要である。なお,レッセ・フェール市場の機能により自ら最大化されている純社会便益は,図形AP1Jの面積(0.2148)に等しい。
4−2−2 ケース−1B
図3が示すように,次式で表わされる価格曲線P1QEを設定する。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=0.25。
N>0.4 のとき,P=0.25+0.5(N−0.4)2。
このとき,限界社会費用曲線P1QJは次式で表わされる。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=0.25。
N>0.4 のとき,P=0.25+0.5(N−0.4)2+(N−0.4)N。
図から明きらかなように本ケースの場合,均衡点(E)と最適点(J)は異なる。よって,均衡解(NE)と最適解(NJ)は乖離し,前者は後者より大きな値を示す。従って,純社会便益を最大化するためには,「費用側面で生ずる外部不経済性(効用面で生ずる外部不経済性ではない)」の発現を抑制する課税の徴収により,均衡解の値を最適解の値にまで引き下げる必要がある。この際に適用すべき最適課税額は,線分JTJUの長さ(0.1091)に等しく,純社会便益の最大値は図形AP1QJの面積(0.1982)に等しい。
【44頁】4−3 最適化の考察:ケース−2A及び2B
ここでは,数値例−2に当たる需要曲面に対して,純社会便益の最大化を試みる。その際,類例−Aに属する具体的な価格曲線を二つ,類例−Bに属する具体的な価格曲線を一つ設定する。
4−3−1 ケース−2A1
図4が示すように,次式で表わされる価格曲線P1Eを設定する。
P=0.5。但し,N≧0.0。
このとき,限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。しかし,0≦P≦1.84のとき,導出需要曲線ABCと限界社会便益曲線A’B’C’は一致するが,P>1.84のとき,両曲線は乖離する(導出需要曲線と限界社会費用曲線の間に見られるこの関係は,ケース−2A2及びケース−2Bに於いても同様)。よって,均衡点(E)と最適点(J)は異なり,均衡解(NE)と最適解(NJ)は乖離する(ここではNE>NJ)。従って,純社会便益を最大化するためには,「効用側面で生ずる外部不経済性(費用側面で生ずる外部不経済性ではない)」の発現を抑制する課税の徴収に拠り,均衡解の値を最適解の値にまで引き下げる必要がある。この際に適用すべき最適課税額は,線分JTJUの長さ(0.8339)に等しく,純社会便益の最大値は図形A’P1JBの面積(0.8097)に等しい。
4−3−2 ケース−2A2
上図(図4)が示すように,次式で表わされる価格曲線P2E2を設定する。
P=P2=1.92。但し,N≧0.0。
このとき,価格曲線,限界社会費用曲線,導出需要曲線,及び限界社会便益曲線の相対的位置関係は,ケース−1Aと同様であり,均衡点E2と最適点J2は一致し,均衡解(NE2)と最適解(NJ2)も一致する。従って,レッセ・フェール市場は自ら純社会便益の最大化を実現するので,外部不経済性(正及び負)に関する課税徴収も,補助金交付も,ともに不要である。なお,レッセ・フェール市場の機能により自ら最大化されている純社会便益は,図形A’P2J2の面積(0.0151)に等しい。
4−3−3 ケース−2B
図5が示すように,次式で表わされる価格曲線P1QEを設定する。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=0.5。
N>0.4 のとき,P=0.5+0.5(N−0.4)2。
このとき,限界社会費用曲線P1QJは次式で表わされる。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=0.5。
N>0.4 のとき,P=0.5+0.5(N−0.4)2+0.5(N−0.4)N。
図から明きらかなように本ケースの場合,均衡点(E)と最適点(J)は異なる。よって均衡解(NE)と最適解(N J )は乖離する(ここではNE>N J )。従って,純社会便益を最大化するためには,「効用側面で生ずる外部不経済性」と「費用側面で生ずる外部不経済性」を抑制す【47頁】る課税の徴収に拠り,均衡解の値を最適解の値にまで引き下げる必要がある。この際に適用すべき最適課税額は,線分JTJUの長さ(0.8818)に等しく,純社会便益の最大値は図形A’P1QJBの面積(0.7827)に等しい。
追加的考察になるが,交通混雑現象が生じている自動車道路の利用者(即ち,道路サービスの消費者)が覚える効用水準は,通常,交通量の増加とともに低下する。同時に,道路利用に伴なう平均費用(即ち,各道路利用者個人の金銭的支出額)は逓増する。このように,道路サービスの消費者が交通混雑の外部不経済性故に蒙る「効用水準の低下と平均費用の逓増」を明示的に配慮して,純社会便益の最大化を考察する際には,「効用側面で生ずる外部不経済性を明示的に内含する需要曲面に基づき求められる導出需要曲線と限界社会便益曲線」に拠る,本ケース(即ち,ケース−2B)の考察に類する試みは,ケース−1Bの考察に類する試みよりもより適切であるように思われる。もしそうであるとすれば,「ケース−1Bに於ける最適課税額(線分JTJUの長さ)」に対応する「本ケースに於ける線分RTRUの長さ(0.3549)」は,錯誤の最適課税額とも言え,「本ケースに於いて求められる最適課税額(線分JTJUの長さ=0.8819)」に比較し明きらかに低い値を示す。
4−4 最適化の考察:ケース−3A及び3B
ここでは数値例−3に当たる需要曲面に対して,純社会便益の最大化を試みる。その際,類例−Aに属する具体的な価格曲線を六つ,類例−Bに属する具体的な価格を四つ設定する。
4−4−1 ケース−3A1
図6が示すように,次式で表わされる価格曲線P1Eを設定する。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=0.5。
このとき,限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。他方,導出需要曲線ABCと限界社会便益曲線A’B’C’は乖離している(ケース−3A2〜3A6及びケース−3B1〜3B4に於いても同様)。よって,均衡点(E)と最適点(J)は異なり,均衡解(NE)と最適解(NJ)は乖離する(ここではNENJ)。従って,純社会便益を最大化するためにはケース−2A1と同じく,「効用側面で生ずる外部不経済性」に対する課税の徴収に拠り,均衡解の値を最適解の値にまで引き下げる必要がある。この際に適用すべき最適課税額は,線分JTJUの長さ(0.5588)に等しく,純社会便益の最大値は図形A’P1JB’の面積(1.0965)に等しい。
4−4−2 ケース−3A2
上図(図6)が示すように,次式で表わされる価格曲線P2E2を設定する。
P=P2=1.15。但し,N≧0.0。
このとき,ケース−3A1の場合と同じ理由で,限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。他方,均衡点(E2)と最適点(J2)は異なり,均衡解(NE2)と最適解(NJ2)は乖離する(ここではNE2>NJ2)。従って,純社会便益を最大化するためには,「効用の側面で生ずる外部不経済性」を抑制する課税の徴収が必要となる。この際に適用すべき最適課税額は,線分J2TJ2Uの長さ(0.1389)に等しく,純社会便益の最大値は,「図形G2J2B’の面積−図形P2A’G2の面積」【50頁】(0.5137)に等しい。
なお本ケースの場合,二つの均衡点(点E2及び点F2)が現れるが,点E2は安定的な均衡点にあたり点F2は不安定的な均衡点にあたる。また,限界社会便益曲線と限界社会費用曲線の交点が二つ(点J2及び点G2)現れるが,点J2は純社会便益を最大化し,G2は純社会便益を極小にする点にあたる。
4−4−3 ケース−3A3
図7が示すように,次式で表わされる価格曲線P3E3を設定する。
P=P3=1.36。但し,N≧0.0。
このとき,限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。他方,導出需要曲線と限界社会便益曲線の交点K上に,たまたま均衡点(E3)と最適点(J3)が重なる。よって,均衡解(NE3)と最適解(NJ3)は一致する。これは点Kが,「効用側面で生じる外部経済性(正及び負)が,正の外部経済性から負の外部経済性に転換する点,即ち外部経済性(正及び負)に関して中立的な点」に,当たることを意味する。換言すれば,点Kが,「付図A1(c)に於いて,需要曲面上を走る準導出需要曲線が,外部経済性(正)を内含する需要曲面部分から外部不経済性を内含する需要曲面部分へ移行する瞬間の点I」に,対応することを意味する。それ故に本ケースでは,効用側面で生ずる外部経済性(正及び負)が存在するにもかかわらず,外部経済性(正又は負)に関する課税徴収又は補助金交付は不要となり,レッセ・フェール市場の機能により自ら最大化される純社会便益は,「図形G3J3B’の面積−図形P3A’G3の面積」(0.3413)に等しい。なお,点F3は不安定な均衡点にあたり,点G3は純社会便益を極小にする点にあたる。
4−4−4 ケース−3A4
上図(図7)が示すように,次式で表わされる価格曲線P4E4を設定する。
P=P4=1.52。但し,N≧0.0。
このとき,限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。他方,均衡点(E4)と最適点(J4)は異なり,よって均衡解(NE4)と最適解(NJ4)は乖離する。ここでは,前者の値は後者の値より小さい。従って「効用側面で生ずる外部経済性(正)」の発現を促す補助金の交付に拠り,純社会便益は最大化される。その際に適用すべき最適補助金額は線分J4TJ4Uの長さ(0.1075)に等しく,純社会便益の最大値は「図形G4J4B’の面積−図形P4A’G4の面積」(0.2161)に等しい。なお,点F4は不安定な均衡点にあたり,点G4は純社会便益を極小にする点にあたる。
【52頁】
4−4−5 ケース−3A5
図8が示すように,次式で表わされる価格曲線P5E5を設定する。
P=P5=1.5733(厳密には,P=118 / 75)。但し,N≧0.0。
このとき,限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。他方,均衡点(E5)と最適点(J5)は異なり,均衡解(NE5)と最適解(NJ5)は乖離する(ここではNE5<NJ5)。従って,線分J5UJ5Tの長さ(0.1437)に等しい,「効用側面で生ずる外部経済性(正)」の発現を促す最適補助金額の交付に拠り,純社会便益は最大化される。このとき純社会便益の最大値は,「図形G5J5B’の面積−図形P5A’G5の面積」(0.1757)に等しい。なお,均衡点E5は,価格曲線P5E5が導出需要曲線ABCとその頂点で接する点であるために,準安定的均衡点となる。即ち,N値が点NE5より微少量増大した時には,市場調整機能を介してN値は最終的に点NE5の値に回帰する。逆にN値が点NE5の値より微少量減少した時,N値は点NE5の値に立ち戻ることなく最終的には0.0値に至る。
4−4−6 ケース−3A6
図9が示すように,次式で表わされる価格曲線P6J6を設定する。
P=P6=1.8171。但し,N≧0.0。
このとき,限界社会費用曲線は価格曲線に一致する。他方,価格曲線が常に導出需要曲線の上側に位置するために,均衡点は存在しない。しかし,最適点(J6)は存在する。従って,線分J6UJ6Tの長さ(0.3134)に等しい,「効用側面で生ずる外部経済性(正)」を促す最適補助金額を特定することができる。実際,同補助金額の交付により純社会便益は最大化され,その最大値は「図形G6J6B’の面積−図形P6A’G6の面積」に等しい0.0の値をとる。
以上の指摘とケース−3A3〜3A5について論じた内容を併せて考えると明きらかなように,平均費用一定の特性を有する価格曲線(即ち,水平な価格直線)が直線P3Kの上側に位置し,且つ直線P6J6の下側に位置する場合,最適な額の補助金交付に拠り得られる純社会便益の最大値は正値を示す。他方,水平な価格直線が,直線P6J6の上側に位置し,且つ限界社会便益曲線の頂点B’を越えない場合には,たとえ最適な点に対応する所謂「最適な額の補助金」が交付されても,そのときに得られる純社会便益の値は負値となる。よって,純社会便益の最大値はN=0.0のとき0.0値をとる端点解になる。なお,価格直線が点B’の上側に位置する場合,純社会便益の値はN値の減少函数となるので,最大値はこのときも同じく端点解となり,N=0.0のとき0.0を示す。
【54頁】
4−4−7 ケース−3B1
図10が示すように,次式で表わされる価格曲線P1QEを設定する。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=0.5。
N>0.4 のとき,P=0.5+0.5(N−0.4)2。
このとき,限界社会費用曲線P1QJは次式で表わされる。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=0.5。
N>0.4 の とき,P=0.5+0.5(N−0.4)2+(N−0.4)N。
図から明きらかなように本ケースの場合,価格曲線,限界社会費用曲線,導出需要曲線及び限界社会便益曲線の相対的位置関係は,ケース−2Bと同様であり,均衡点(E)と最適点(J)は異なる。よって均衡解(NE)と最適解(NJ)は乖離する(ここではNE>NJ)。従って,純社会便益を最大化するためには,「効用側面で生ずる外部不経済性」と「費用側面で生ずる外部不経済」を両ら抑制する課税の徴収に拠り,均衡解の値を最適解の値まで引き下げる必要がある。この際適用すべき最適課税額は,線分JTJUの長さ(0.6326)に等しく,純社会便益の最大値は図形A’P1QJB’の面積(0.9809)に等しい。これに対し,ケース−2Bで触れた錯誤の最適課税額は,線分RTRUの長さ(0.4821)に等しい。
4−4−8 ケース−3B2
図11が示すように,次式で表わされる価格曲線PB2Q2E2を設定する。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=1.4176。
N>0.4 とき,P=1.4176+0.5(N−0.4)2。
【57頁】このとき,限界社会費用曲線PB2Q2J2は次式で表わされる。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=1.4176。
N>0.4 とき,P=1.4176+0.5(N−0.4)2+(N−0.4)N。
図から明きらかなように本ケースの場合,均衡点(E2)と最適点(J2)は異なる。しかし,「費用側面で生ずる外部不経済性」と,「効用側面で生ずる外部経済性(正)」が存在するにもかかわらず,両者がたまたま同一の垂直線上に落ちるために,均衡解(EE2)と最適解(NJ2)は一致する35)。それ故に,前者を抑制する課税の徴収や,後者を促進する補助金の交付は不要となる。
なお,レッセ・フェール市場によって齎らされる純社会便益の最大値は,「図形G2Q2J2B’の面積−図形PB2A’G2の面積」(0.2488)に等しい。また,点F2は不安定な均衡点にあたり,点G2は純社会便益を極小にする点にあたる。
4−4−9 ケース−3B3
図12が示すように,次式で表わされる価格曲線PB3Q3E3を設定する。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=1.5657。
N>0.4 のとき,P=1.5657+0.5(N−0.4)2。
このとき,限界社会費用曲線PB3Q3J3は次式で表わされる。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=1.5657。
N>0.4 のとき,P=1.5657+0.5(N−0.4)2+(N−0.4)N。
図から明きらかなように本ケースの場合,均衡点(E3)と最適点(J3)は異なり,均衡解(NE3)と最適解(NJ3)は乖離する。このとき,前者は後者よりも小さく,「効用側面で生じる外部経済性(正)」は,「費用側面で生ずる外部不経済性」を凌いでいる。よって,純社会便益を最大化させるためには,補助金の交付に拠り均衡解の値を最適解の値にまで引き上げることが必要となる。その際に適用すべき最適補助金額は線分J3UJ3Tの長さ(0.1068)に等しく,得られる純社会便益の最大値は,「図形G3Q3J3B’の面積−図形PB3A’G3の面積」(0.1445)に等しい。
なお,導出需要曲線と費用曲線の接点にあたる均衡点(E3)は,準安定的均衡点(準安定均衡点については,第4−4−5節を参照されたい)となる。また,点G3は,純社会便益を極小にする点にあたる。
【59頁】
4−4−10 ケース−3B4
図13が示すように,次式で表わされる価格曲線PB4Q4J4Uを設定する。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=1.7835。
N>0.4 のとき,P=1.7835+0.5(N−0.4)2。
このとき,限界社会費用曲線PB4Q4J4は次式で表わされる。
0.0≦N≦0.4 のとき,P=1.7835。
N>0.4 のとき,P=1.7835+0.5(N−0.4)2+(N−0.4)N。
図から明きらかなように本ケースの場合,ケース−3A6と同様に,価格曲線が常に導出需要曲線の上側に位置する。それ故に,均衡点は存在しない。しかし最適点(J4)は存在するので,線分J4UJ4Tの長さ(0.2690)に等しい最適補助金額を特定することができる。よって,同補助金額の交付により,「効用側面で生じる外部経済性(正)」が促され純社会便益が最大化される。そのときの最大値は,「図形G4Q4J4B’の面積−図形PB4A’G4の面積」(0.0)に等しい。
以上の指摘とケース−3B2及び3B3で論じた内容を併せて考えると明きらかなように,曲線PB4Q4J4Uの形態を保持した価格曲線が,価格曲線PB2Q2E2(ケース−3B2)の上側に位置し,且【60頁】つ価格曲線PB4Q4J4U(本ケース)の下側に位置する場合,最適な額の補助金交付に拠り得られる純社会便益の最大値は正値を示す。他方,上述の形態を保持した価格曲線が,価格曲線PB4Q4J4Uの上側に位置し,且つ限界社会便益曲線の頂点B’を超えない場合には,たとえ最適点に対応する補助金が交付されても,そのときに得られる純社会便益の最大値は負値を示す。よってこの場合,純社会便益の最大値は端点解(N=0.0のとき最大値0.0)となる。また,上述の形態を保持した価格曲線が点B’の上側に位置する場合,純社会便益の値はN値の減少函数となるので,最大値は同じく端点解となりN=0.0のとき0.0を示す。
【61頁】
4 おわりに
前稿(需要曲面分析〈その1〉)及び本稿(需要曲面分析〈その2〉)で試みた外部経済性の考察では,(1)需要曲面の構築と同曲面から求められる導出需要曲線と限界社会便益曲線,並びに(2)純社会便益を最大化する最適需要水準,最適課税額及び最適補助金額に,順次照準をあてた。しかしこれまでの一連の考察は,具体的な数値例を設定して図式的に外部経済性の特性並びに料金政策や補助金政策の在り方を探ろうとするものに過ぎず,今後の課題としてより一般化された考察の展開が乞われる。
他方,需要曲面分析的アプローチを介して,「外部経済性(正及び負)を内含する需要曲面から求められる導出需要曲線と限界社会便益曲線が乖離し得る」可能性に目を遣る試行は,「需要曲線と限界社会便益曲線は通常右下がりの曲線で互いに一致する」という伝統的な経済学の思考的枠組に,ささやかながらも新たな見地を提供し得るかもしれない。
今後も読者諸賢より忌憚のない御批判を仰ぎ,需要曲面分析的アプローチが有する欠点や陥穽を注意深く吟味すると同時に,需要曲面分析的アプローチの更なる吟味と応用36)に心懸けたい。なお次稿では,前稿及び本稿を踏まえ,需要曲面の概念と対照させながら,供給曲面の概念に触れてみたい。
後記
本稿では,筆者らが共同で進めてきた需要曲面に関する考察の内容を,図式的に論じた。この試みに於いて,理論的分析はもとよりMathematica 5.1 (Wolfram Reserch Inc., 2004) に拠る作図作業に対して前稿と同様に第一筆者(野呂)が担った役割は顕著であり,この労に対し第二筆者(川嶋)及び第三筆者(平岡)は特記して謝意を表する。
f
【67頁】
[参考文献]
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川嶋辰彦,平岡規之,野呂純一,佐俣留奈子(2007),「外部経済性の考察(需要曲面分析〈その1〉)― 需要曲面から求められる導出需要曲線と限界社会便益曲線 ―」,学習院大学経済論集,第44巻第3号,学習院大学,東京,203-262頁。
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