43頁】

 

家計個票データを用いた貨幣需要関数の推定

 

鈴木 亘

 

 

1. はじめに

 

貨幣需要の所得弾力性,利子弾力性の値は,金融政策の運営にとって極めて重要な情報であり,わが国でもこれまで繰り返し数多くの貨幣需要関数が計測され,安定性の検証が行われてきた。計測例の多くは,日本銀行のエコノミストやその関係者によるものであるが(吉田(1989, Yoshida and Rasche1990, Rasche1990, 日本銀行調査統計局(19921997, Fujiki and Mulligan1996, 石田・白川(1996, Sekine1998, 白塚(2001, Fujiki2002, 日本銀行企画室(2003, 藤木・渡邉(2004)),最近では海外も含めた様々な研究者も計測を行ってきており,膨大な研究蓄積量となっている(Bahmani-Oskooee and Shabsigh1996, Amano and Wirjanto2000, Bahmani-Oskooee 2001, 細野・杉原・三平(2001, Nagayasu2003, Tang 2004))。

しかしながら,手法面においては吉田(1989)以来,マクロデータに対してECMVECMを用いた時系列分析がほとんどであり,研究蓄積の膨大さに比較してバリエーションが少ない。こうした中,本稿との関係で特筆すべき研究は,Fujiki and Mulligan1996)である。彼らは,わが国の都道府県別パネルデータを用いてわが国で最初にクロスセクションの情報を用いた推計を行っており,クロスセクションデータによる現金を除くM2需要の所得弾性値を1.21.4と計測し,時系列データの計測結果とそれほど変わらないことを見出している。また,所得弾性値の安定性を前提に金利の弾力性を時系列データから計測し,-0.2-0.3としている。その後,Fujiki2002),藤木・渡邉(2004)においても,同様の手法がとられており,要求払い預金(ほぼM1に対応)の所得弾力性を1.0近傍と計測しており,それに対する金利弾力性をほぼ-0.1近傍としている。クロスセクションデータを用いる利点として,@時系列データとは異なり1時点の情報量が豊富であるため,比較的短期間の弾力性やその安定性が評価できる。A時系列データ上,同時に動いていて識別が難しい諸変数(例えば資産価格と所得)の識別可能性が高いことなどが挙げられる。こうした利点は,米国ではMulligan and Sala-i-Martin1992),Mankiw 1992)以来,広く認識されており,初期の州別データを用いた分析のほか,近年ではより豊富な情報が存在する家計の個票データをプールした推計が行われている(Mulligan and Sala-i-Martin2000),Attanasio, Guiso and Jappelli2002))。

本稿は金融広報中央委員会「家計の金融資産に関する世論調査」(旧貯蓄広報中央委員会「貯蓄と消費に関する世論調査」もしくは「貯蓄に関する世論調査」)の1990年から2003年までの14年間の個票データをプールすることにより,所得弾力性および金利弾力性の計測を行う。金融広報中央委員会のデータは,毎年同様の方法で厳密に制御されたサンプル抽出をして44頁】おり,Repeated Cross-Section Dataとして,クロスセクションの情報だけではなく,時系列方向の情報もバイアス無く抽出することが可能と考えられる。この豊富な家計データを用いた貨幣需要関数の分析により,時系列データの分析や都道府県別データを使った分析を補完する新たな知見が得られることが期待される。

本稿の構成は,以下の通りである。2節ではデータの解説を行う。3節ではプーリングデータから所得弾力性及び金利弾力性を計測し,それらの弾力性の安定性をダミー変数を使った簡単な手法により検討する。これは,流動性の罠に日本経済が陥っているかどうかという観点から,最近,実証上の関心を呼んでいるM1の金利弾力性の非線形性の検討にもなっている(Nakashima and Saito2002),藤木・渡邉(2004),Miyao2003))。4節では,所得のほかに資産を考慮した場合の弾力性及びその安定性を検討する。5節は結語である。また,補論では,金利弾力性から計算されるシューレザーコストを計測している。

 

2. データ

 

本稿で用いるデータは,金融広報中央委員会が毎年行っている「家計の金融資産に関する世論調査」の個票データである。この調査は,平成134月に金融広報中央委員会と名称が変わる以前の旧貯蓄広報中央委員会時代から,「貯蓄と消費に関する世論調査」あるいは「貯蓄に関する世論調査」という名称で,昭和28年以来連続して調査が行われている。本稿ではそのうち,1990年から2003年までの14年間のデータをプールして用いることにする(1)。この「家計の金融資産に関する世論調査」は,毎年,層化2段階無作為抽出法により全国から400の調査地点を選び,各調査地点から無作為に15の世帯員2名以上の世帯を選ぶことによって6000の調査世帯を標本抽出し行われている。調査は毎年6月末から7月はじめにかけて行われており,留置面接回収法を用いている。毎年サンプルの類似性が保たれるように厳密な調査設計を行っていることから,パネルデータではないものの時系列比較が可能なRepeated Cross-Section Dataとみなすことができる。

さて,本稿で用いる主な変数の記述統計をとったものが表1に示されている。分析の対象となる貨幣は,@家計あたりの手持ち現金残高+銀行普通預金を合計したものをM1,AM1に定期性預金を加えたものをM2とした。両者とも2000年価格のCPIで実質化した上で対数をとり分析を行う。そのほか,税引き所得の実質値(対数),名目短期金利(対数),金融資産総額実質値(対数)といった貨幣需要関数の説明変数として通常用いられる変数のほか,属性をコントロールするために,持ち家の有無,年齢階級,職業区分,地域ダミー,都市規模ダミー,世帯員数などを用いることにする。

1は,このデータから毎年のM1M2の推移をみたものである。マクロデータと同様,近年M1が急速に伸びていることが確認される。

45頁】

 

46頁】

1 世帯あたり貨幣需要の推移

 

3. 貨幣需要関数の推定

 

1)推定モデル

貨幣需要関数は,先行研究の多くが用いるダブルログ型の一般的関数を用いる。ただし,家計個票データではマクロデータとは異なり,貨幣を所有しない家計がデータ中に存在するため,貨幣保有主体だけで推定するとよく知られるSample Selection Biasが生じることになる。そこで,一段階目で貨幣保有の有無を選択する関数(選択関数(2)式)を推定し,そこから計算されるInverse Mill's Ratioを用いて貨幣需要関数((1)式)を調整するHeckman Sample Selectionモデルを用いて次式を推定することにする。

 

2)推定結果

まず,M1(実質)に関して,貨幣需要関数の推定結果が表2,貨幣保有選択関数の推定結果が,表3の通りである。推定は1990年から2003年までの全サンプルを用いている。所得弾力性は表2の結果から1.09,金利弾力性は-0.084という数値が得られている。所得弾力性が1の近傍であるという結果は,都道府県別データを用いたFujiki2002)や藤木・渡邉(2004)とほぼ等しい。また,時系列データによるM1の所得弾力性の計測結果も,Rasche1990)の1.047頁】から白塚(2001)の0.922に至るまでほぼ1近傍であり,驚くべきことに,時系列かクロスセクションかの違いや都道府県別データか家計データかによらず,非常に近い値となっている。

48頁】

一方,金利弾力性の-0.084という値については,Rasche1990)の-0.5から-0.6という結果と比較するとかなり低いものの,最近の推定結果である藤木・渡邉(2004)の-0.1近傍や白塚(2001)の-0.135には近い値となっている。

49頁】

50頁】

次にM2(実質)の推定結果が,表4(貨幣需要関数),表5(貨幣保有選択関数)に示されている。所得弾力性は表4の結果から1.06であり,都道府県別データを用いたFujiki and Mulligan1996)の1.2から1.4という値にかなり近い。また,時系列データを用いた分析でも,Yoshida and Rasche1990)の1.2から,Bahmani-Oskooee2001)の1.072-1.174に至るまで,1をやや上回る程度の弾力性であり,M2についても,先行研究の値と非常に近い結果であると評価できる。もっとも,金利弾力性については有意な結果が得られておらず,この点は先行研究の結果と大きく異なる点である。

 

3)弾力性の安定性について

2から表5までに得られた各弾力性の安定性を検討するために,ゼロ金利政策に入る直前の1998(2)以降とそれ以前のダミー変数を作り,所得,利子との交差項を説明変数に加えて51頁】1),(2)式を推定することにした。推定結果(貨幣需要関数について,交差項の推定結果部分のみを示す)は,表6の通りであるが,M1については交差項がわずかであるが正に有意な結果となっており,1998年以降弾力性が上昇した可能性がある。利子弾力性については,交差項の係数,コールレートの係数ともに有意ではなくなってしまった。一方,M2については,所得弾力性の交差項の係数は有意ではなく,1998年前後で変化がないことが伺われる一方,金利弾力性は交差項,コールレートの係数ともに有意となっている。金利弾力性の値は-0.054であり,1998年以降弾力性が0近傍に低くなったということが伺える。これは,流動性の罠のように金利弾力性の非線形性を示唆するものであるが,利子変数はバリエーションが少ないためにこれ以上の分析ができない。

次に十分なバリエーションが存在する所得について,単年度ごとの推定を行い,所得弾力性の安定性を細かく見ることにする。

52頁】

2  M1(実質)の所得弾力性の推移

     *は有意な年

 

3 M2(実質)の所得弾力性の推移

単年度で推計した場合,利子弾力性を推定することはできないが,利子変数は定数項になると考えられることから,利子変数が省略されていることが所得弾性値にバイアスをもたらすことはない。単年度の所得弾性値の推移を見たものが,図2M1),図3M2)の通りである。M1については弾力性はほぼ0.5近傍から1を上回る値までトレンドを持って上昇していることが分かる。また,信頼区間の幅も大きく,下限95%で0を下回る年も存在しており,1近傍で安定的とは判断しがたい。M2については表6の交差項ダミーを使った方法では安定的に思えたが,単年度の図示をすると,年度によってはかなり1近傍からずれることもあるようである。ただし,総じて見てM1よりは信頼区間の幅は狭く,相対的に安定的と評価できる。

53頁】

4. 資産効果を考慮した貨幣需要関数の推定結果

 

1)推定結果

わが国の貨幣需要関数は80年代後半に安定性が低下し(日本銀行調査統計局(19881992),その原因としてこの時期に生じた資産価格の高騰が植田(1992)により指摘された。その後,石田・白川(1996),Sekine1998)などでは所得のほかに資産残高を説明変数に入れた推定を行っている。もし,貨幣需要に資産効果が存在しているとすれば,資産を説明変数に加えない従来の推定はバイアスを持つことになり,その場合,Mankiw1992)が指摘するように,資産と相関の高い所得の弾力性が大きくなると考えられる。しかしながら,時系列データを用いた分析の場合,バブルにより資産価格が高まった時期と所得増加時期が重なっているため,かなり推計に工夫を要することとなる。この点,クロスセクションテータでは所得と資産の間に十分なバリエーションが確保できるため,両者の識別がなされ,時系列データよりも正確な推定が可能であると考えられる。そこで,前節(1),(2)の定式化の説明変数に実質金融資産額(対数)を加えて推定を行うことにする。まず,M1の貨幣需要関数の推定結果が表7であるが,所得及び金融資産の弾力性が伴に有意となっており,所得弾力性は0.41と大幅に減少している。金利弾力性は-0.096より先行研究に近い-0.1近傍の値をとっている。

一方,M2の貨幣需要関数の推定結果は表9に示されている通りであるが,やはり資産の弾力性も有意であり,所得弾力性が大幅に下がっている。また,金利の弾力性が有意となっている点が特徴的である。Sekine1998)では資産効果もいれたM2+CDの推計を行っているが,所得弾力性は従来のものと比較して大幅に低くなり0.4程度を報告している。本稿の推定結果は,M10.41M20.21となっており,やはり同様の傾向が家計データからも確認される。また,この弾力性は,そもそものBaumol Tobinのモデルから予測される弾力性により近いものである。

54頁】

55頁】

56頁】

57頁】

2)安定性の検討

前節で行ったものと同様に,1998年以降ダミーと所得,資産,金利の交差項を説明変数として加えて再推計したものが,表11の通りである。M1,M2ともに所得との交差項の係数は有意ではなく,所得弾力性は安定的であることが示唆される。一方,資産の弾力性はM1において,1998年以降高まった可能性が伺える。金利の係数は交差項を入れると有意にはなっていない。

58頁】

また,やはり,前節と同様,単年度ごとに推計を行い,所得弾性値の安定性をみたものが図4,図5の通りである。M1がやや上昇トレンド,M2が単年度のばらつきがある点は前節と変化が無いが,両者とも信頼区間は狭く,安定的であると評価できる。さらに,資産の弾力性についてみたものが,図6,図7の通りである。M1については,上昇トレンドが伺えるが,信頼区間が小さくトレンドを考えると安定的と判断できる。M2については極めて信頼区間が狭く全ての年度で0.8の近傍を推移しており,非常に安定的であると評価できよう。

4  M1(実質)の所得弾力性の推移

 

*は有意な年

 

 

 

59頁】

5 M2(実質)の所得弾力性の推移

 

 

6 M1(実質)の資産弾力性の推移

 

7 M2(実質)の資産弾力性の推移

60頁】

 

5. 結語

 

本稿は,金融広報中央委員会「家計の金融資産に関する世論調査」(旧貯蓄広報中央委員会「貯蓄と消費に関する世論調査」もしくは「貯蓄に関する世論調査」)の1990年から2003年までの14年間の個票データをプールして用いることにより,家計データからの貨幣需要関数の計測を試みた。これまでわが国で行われてきた貨幣需要関数の推定は,Fujiki and Mulligan1996)などの少数の例外を除けば,もっぱら時系列分析により行われてきているが,本稿のように家計のRepeated Cross-Section Dataを用いる利点として,@時系列データとは異なり1時点の情報量が豊富であるため,比較的短期間の弾力性やその安定性が評価できる。A時系列データ上,同時に動いていて識別が難しい諸変数の識別可能性が高いことなどが挙げられる。

推定の結果,金融資産を考慮しない推定においては,所得弾力性(M1,M2),金利の弾力性(M1)ともに,これまでの時系列データや都道府県別データを用いた推定結果に非常に近い値が計測された。また,金融資産を考慮した場合には,Sekine1998)同様,所得弾力性が大幅に下がることが確認された。所得弾力性はM1は上昇トレンドを持っている一方,M2は単年度においてややばらつきがみられるものの総じて安定的である。また,資産効果を考慮した場合は,さらに所得弾力性の安定性が高まることが分かった。

 

参考文献

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62頁】

補論. インフレーションのコスト(シューレザーコスト)の計算

本節では,Mulligan and Sala-i-Martin(2000)Attanasio, Guiso and Jappelli(2002)同様,計測された金利弾力性から,シューレザーコストを計測する。シューレザーコストは,貨幣保有の機会コスト(名目利子率)による死加重であり,Lucas2000)による定式化を用いると次の式で計算される。

mは実質通貨残高・実質所得比率であり,世帯ベースで計算をする。通貨残高はM1であり,rは名目コールレートとして本文の計測期間中の平均値である 2%を用いることにする。ηは金利の弾力性である。

計算の結果,シューレザーコストは,家計あたり年間0.72万円程度である。この実質税引き後所得に対する比率は,0.168%であり,95%信頼区間をとると,0.0780.263%となる。この結果は,わが国で歴史的データからシューレザーコストの計測を行った白塚(2001)が得た実質GDP対比の0.3%程度という値と大きくは変わらない。