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正社員・正社員以外の社員の雇用期間の定めの有無と労働時間の長短
――賃金センサスを用いて――
脇坂 明
1 はじめに
筆者は,これまで「非正規社員」という言葉の不適切性を指摘してきた(脇坂2009,2010)。理由はいくつかあるが,とにかく職場の実態とそぐわないからである。正社員/ 非正社員の2区分を用い,後者の増加と雇用の不安定さや処遇の低さについて,粗い統計数値により当然の前提とする議論が多いためである。現実は多様であり,その前提は疑わしいが,ある時期まで,それを端的に示すデータがなかなか得られなかった。
その多様さを示すデータがあり,なおかつ賃金もわかる。賃金調査の基本的統計である賃金構造基本統計調査(以下,賃金センサス)では,雇用形態の多様化の実態を把握するために,平成17年(2005年)の統計から大きな設問の変更を加えられた。
統審議第5 号諮問第296号の答申( 平成16年12月10日http://www.stat.go.jp/index/singikai/2-296b.htm)によると,賃金構造基本統計調査の改正等について,つぎのような記述がある。「賃金構造基本統計調査」の「調査対象については,常用労働者を正社員及び正社員以外に分割するとともに,常用労働者に該当しない労働者を臨時労働者として新たに調査対象に追加する計画である。これについては,多様化している雇用・就業形態の下での賃金構造をより的確にとらえることが可能となることから,適当であるが,「正社員」の呼称については,事業所・企業を対象とする他の指定統計調査を参考にして「正社員・正職員」とすることが適当である。なお,「正社員」には期間を定めて雇われている労働者を除く計画であるが,事業所・企業を対象とする他の指定統計調査との整合性を踏まえ,除かないことが適当である。」
まわりくどくて少々わかりにくいが,常用労働者1)について一般労働者(フルタイム労働者【242頁】と思えばよい)と短時間労働者2)の区別に加えて,職場での呼称別の設問を追加した。いわゆる「正社員」(正式には事業所において正社員・正職員とする者)と「正社員・正職員以外」(正式には常用労働者のうち「正社員・正職員」以外の者)である。興味深いのは,それだけでなく雇用期間の定めの有無別に記入させている。正社員以外だけでなく,正社員においても雇用期間の定めの有無を区別している。すなわち「雇用期間の定めのある正社員」についての情報がとれるようになった。言うまでもなく,正社員以外の社員で期間の定めのない労働者の状況もわかる。
ようするに,正社員か否か,そして期間の定めの有無で4種類の労働者の実態がわかる。それが一般労働者と短時間労働者のそれぞれにわかるので,つごう8種類の労働者の状況がわかる。もちろん性,企業規模,産業別あるいは年齢や勤続年数別に詳しく処遇をみることができる。賃金センサスを用いて,現実の多様さについて予備的かつ簡単な考察を行うのが本稿の目的である。
平成21年(2009年)の調査を本稿の対象とする。常用労働者についての分析である。
2 規模・産業計の結果
〈一般労働者〉(表1)
民営事業所で企業規模10人以上についてフルタイム労働者(一般労働者)は2042万人おり,うち正社員で期間の定めのない労働者1707万人で,83.6% を占める。13.7% が正社員以外の労働者だが,フルタイムの正社員で期間の定めのある労働者が,54万人(2.6%)存在する。54万人は,けっして無視できるほど小さい数値ではない。うち男性34万人,女性20万人である。この人たちについては5節で詳しく見る。
期間の定めはあっても,職場で「正社員」と位置付けている労働者が存在することは,筆者の実感に近い。
〈短時間労働者〉(表1)
短時間労働者は608万人おり,うち正社員は19万人(3.1%)である。無期正社員が14万人,【243頁】有期正社員が6万人である。6節で詳しくみるが,前者の14万人が狭い意味での「短時間正社員」であり,有期短時間正社員を足し合わせた19万人が広義の短時間正社員にあたるであろう。有期短時間正社員を一般労働者とあわせると,正社員で期間の定めのある労働者が,60万人(正社員の3.3%)存在する。短時間正社員は,どちらも女性が多いが(無期10万人,有期3万人),男性もけっして少なくはない。
短時間労働者のなかでは正社員以外が圧倒的に多いが,有期が357万人と6割弱で,期間の定めのない正社員以外の短時間労働者も232万人と38.2% を占める。短時間労働者の4割弱が期間の定めがない労働者である。他の調査から,いわゆる「パート」で無期が3〜4割と占める結果と斉合的である。
人数の構成割合を雇用形態別にみると(表2),正社員のうち95.9% が無期フルタイムであるが,有期フルタイムが3.0%,短時間労働者が有期・無期あわせて1.1% いる。
正社員以外では,有期の短時間労働者が41.0% ともっとも多いが,半分に満たない。無期の短時間労働者が26.7%,有期フルタイムが23.5%,無期フルタイムが8.8% いる。
全労働者の3分の2(64.4%)がフルタイム定めなしで(表3),13.5% が短時間有期である。残りの2割強がどちらにもあてはまらない労働者である。
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給与を比較するのに,時間当たりの所定内給与をみた(表4,表5)。正社員のそれについては,月間の所定内給与を所定内実労働時間数3)で割って求めた。表4と表5より一般労働者の平均の結果は,無期正社員(1890円)>有期正社員(1599円)>有期正社員以外(1222円)>無期正社員以外(1119円)となる。正社員以外では,わずかだが有期のほうが賃金が高い。
つぎに短時間労働者の時間あたり給与をみると,一般労働者とおなじく,無期正社員(1224円)>有期正社員(1120円)>有期正社員以外(1009円)>無期正社員以外(975円)となる。無期正社員における時間当たり給与が,フルタイムの正社員以外のそれとほぼ同じである。また無期の正社員を除くと,有期の方がかなり高いことがわかる。
短時間で期間の定めのない正社員以外の労働者は,従業員規模10−99人の企業に136万人と多いが,970円と平均をやや下回るにすぎない。100−999人では,65万人で997円,そして1000人以上に31万人だが,952円と平均よりかなり下回る。大企業で利用している無期正社員以外の処遇が低いことがわかる。
フルタイム(一般)と短時間の比較を行った(表4のB/A)。正社員の男女計では,期間定めなしで64.8%,定めありで70.0% である。定めなしでは,男性66.3% に対し,女性77.9% と差は小さくなる。なお男女計の値が,男女別でみたどちらよりも小さい値になるのは,一般で賃金の高い男性が多く,短時間で賃金の低い女性が多いために生ずる現象である。
正社員以外では(表5のD/C),男性が80% 程度と相対的に差が大きく,女性は差が小さい。
期間の定めの有無による比較をすると,正社員男女計で,一般では84.6%,短時間では91.5% である。短時間労働者での差は小さく,とくに男性では95.4% である。一方,一般では男性85.6%,女性87.6% であり女性のほうが差が小さい。
正社員以外では,期間の定めのある労働者のほうが賃金が高い(表5の8行目)。一般で9.2%,短時間で3.5% 高い。
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雇用期間の定めのない労働者について,正社員を正社員以外の賃金を比較した(表5のC/A)。男女計で59.2%,男性で62.1%,女性で65.8% である。有期労働者についてみると,男女計で76.4%,男性で77.7%,女性で84.0% と差は相対的に小さい。
最後に,もっとも賃金の高い一般の正社員ともっとも低い短時間の正社員以外を比較すると(表5のD/A),期間定めなし労働者で51.6%,定めありで63.1% となる。
3 企業規模別の状況
従業員1000人以上規模の状況をみよう。正社員以外の有期が,規模計(10人以上)に比べ,一般・短時間ともに割合が増える(表6)。とくに短時間で85.7%と正社員以外の有期が多い。しかし,1000人以上の大企業でも,フルタイムで有期の正社員が11万人,そしてフルタイム無期の正社員以外が11万人もいる。また短時間で期間の定めのない正社員以外が31万人いる。雇用形態別にみたのが表7である。
従業員1000人以上規模全体でみると(表8),短時間有期の割合が,規模計の2倍(23.6%)になり,一般の無期正社員がやや減る(61.2%)。
時間当たり所定内給与をみる(表9)。正社員の男女計でフルタイム(一般)と短時間の比較を行うと(表9のB/A),期間定めなしで71.7%,定めありで57.1% である。前者は規模計より大きく格差が小さくなり,後者で格差が大きくなる。育児短時間勤務などの処遇が大企業で整備されていることの影響が予想される。その証拠に,定めなしでは,男性73.3% に対し,女性91.4% であり,育児短時間勤務の利用者の多い女性では,1割以下の差となっている。ちなみに規模計のこの割合は女性で77.9%(表4)であった。
正社員以外について,期間の定めの有無の差をみると(表10の8行目),一般の男性で無期のほうが約5%高くなったが,それ以外は有期のほうが高い。
より規模の小さい企業で正社員のフルタイム(一般)と短時間の比較を行うと,期間定めなしでは,100−999人規模で,72.6%,10−99人規模で71.1% と規模が小さいほど格差が大きい。女性だけについてみると,それぞれ82.9%,81.4% である。ただし5−9人規模では,男女計で74.0%,女性が84.1% で差は小さい。(付表1,2,3を参照)
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4 産業別の状況
産業別にみることができるが,今回は製造業についてのみ集計する。製造業には,有期正社員が11万人(全体の1.8%),無期短時間が26万人(全体の4.3%)いる。所定内給与の格差をみると(表11),無期正社員の労働時間による違いは(B/A),男性で78.2%,女性で76.9% である。産業計にくらべ,女性はやや格差が大きく,男性で差がかなり小さくなる。
製造業を規模別にみると,有期正社員が多いのは,従業員規模10−99人の企業で5万人(全体の2.9%)である。また,女性の無期でフルタイム(一般)と短時間の所定内給与比較をすると,1000人以上規模では,107.4% と後者が上回る(1834円と1708円)。この割合は,100−999人規模で,88.2%,10−99人規模で78.8% である。(付表4〜付表8を参照)
5 有期の正社員の状況
2節でみたように,10人以上で60万人の有期正社員がいる(うち54万人が一般)。規模別にみると,1000人以上で12万人,100−999人規模24万人,10−99人規模で24万人と,とくにどの規模で多いわけでもない。ちなみに5−9人規模では4万人である。
以下,一般労働者(フルタイム)の有期正社員について分析する。短時間正社員については【248頁】6節でみる。まず男女別に年齢分布をみよう(表12)。男女で大きな違いがみてとれる。男性のケースは,60−64歳層に31.1% ともっとも多く,55歳以上に51.2% と半数を超える。定年前後に有期となり,更新を繰り返している姿が推測される。この人たちを,職場では「正社員」と呼んでいる。
これに対して,女性のケースは,年齢に散らばりがみられ,55歳以上は25.2% にすぎない。各年齢層に,フルタイム有期正社員が存在する。
つぎに勤続分布をみる(表13)。男性では30年以上に13.0% もいる。これを除けば,男女で分布の差は少ない。この男性の勤続30年以上4.8万人のうち,60−64歳が3.0万人と大半を占める。
〈年齢別賃金〉
所定内給与を年齢別に描くと(図1),男性のケースは40−44歳がピークで,60歳以後の落ち方が急である。これに対して,女性のケースは,45−49歳がピークで,その後,落ちるが,もともと高くないこともあって,急減ではない。
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〈勤続別賃金〉
勤続年数別の賃金を描くと(図2),男性のケースは順調に上がるが,30年以上で落ちる。女性のケースは25−29年で不規則な動きをするが,とくに勤続10年以後の上がり方が急である。女性の勤続20年以上で,男性の勤続0年の賃金を上回る。
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6 短時間正社員の状況
2節でみたように,短時間で,無期正社員が14万人,有期正社員が6万人いる。雇用期間の定めのないことを重視すれば,前者の14万人が狭い意味での「短時間正社員」であり,有期短時間正社員を足し合わせた19万人が広義の短時間正社員にあたるであろう4)。人数の推移をみると(表14),2005年14万人,その後13−15万人であったが,2009年に19万人と急増している。有期も無期も増えている。ワークライフバランスの浸透や短時間正社員普及事業が本格的になってきた時期と対応するが,政策効果などとの関係は,より厳密な分析が必要であろう。
2009年について,短時間正社員を無期と有期に分ける。まず無期短時間正社員の年齢分布をみると,男女で大きく異なる(表15)。男性のケースは,60歳台に約3割と多く,55歳以上に48.9% と約半数いる。女性のケースは年齢に散らばりがみられ,55歳以上でも30.7% である。
有期短時間正社員は,この傾向がより顕著にみられる(表16)。男性では60歳代に6割,55歳以上に72.0% も集中するのに対し,女性は年齢に散らばりがみられ,55歳以上は32.9% である。
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つぎに無期短時間正社員の勤続年数5)の分布をみる(表17)。男女でそれほど大きな差はないが,女性のほうがやや長く,5年以上が半数いる。有期についてみると(表18),無期にくらべ勤続は短くなる。けれども有期であっても勤続の長い労働者は少なくなく,男性で46.2%,女性で37.8%が勤続5年以上である。
勤続年数別に時間当たり所定内給与をみる(図3)。女性は勤続によって上がらないケースが多いが,無期短時間正社員については,勤続5年以上で大きく上昇する。男性は有期であっても勤続にしたがって上昇する。
最後に,短時間正社員が,どの業種に多いかをみる(表19)。短時間正社員は製造業,卸売業,小売業に多い。無期の男性では,この3産業以外に運輸業,郵便業や建設業が加わる。
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7 さいごに
本稿は基本的集計をしただけなので,結果の解釈については最小限にとどめた。しかし平均値を比べただけでも,短時間であっても賃金の高い労働者のグループがいるし,有期であっても,それなりに賃金の高い労働者のグループがいそうであることがわかった。
今後の課題は,賃金の平均だけをみるのでなく,わかるかぎり賃金の分布をみることが重要である。個票を分析しないとわからない面もあるが,正社員以外の労働者の多様性は,かなり大きい。また「正社員の多様性」のほうが大きいことも推測される。公表データからでも様々なことがわかる可能性が大きい。
脇坂明(2009)「『非正規』社員という呼び方の廃止と短時間正社員」関西経営者協会『人事労務管理の諸課題』
脇坂明(2010)「多様な働き方の経済学」『経済セミナー』10・11月号
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