*) 学習院大学経済学部教授。Why bookbuilding in IPO is dominant? ~A Survey and Critical Comments~. 内容などの連絡先:〒171-8588豊島区目白1-5-1学習院大学経済学部,TEL(DI):03-5992-4382,Fax:03-5992-1007,E-mail:Kenichi.Tatsumi@gakushuin.ac.jp
様々な意見をいただいた,山ア寛一ほかの方々,ならびに株式市場研究会2010年3月の参加メンバーの各氏に,さらには話しを聴かせていただいた当該業務に携わる方々に感謝したい。
1) BB 方式のアンダープライシングは,他国においては,オークション方式や固定価格方式のそれよりは,大きいとする研究があると岩井(2010)は報告している。しかしながら,岩井(2010)は,多くの先行研究を展望する労作であるが,検証方法の妥当性を議論することなく,多くの先行研究を紹介・要約するに止まっている。
本文で後述のようなサンプル・セレクション・バイアスだけでなく,問題として異時点間の比較ができていない点があげられる。株式市況は時期によって違うので,時期によって企業のパフォーマンスは違ってくることになる。それゆえ,その時の株式市場と比較しないと,異時点間比較はできない場合がある。M & Aについても景気の影響を受けることが考えられるので,何らかの対応が必要である。
IPO 期間の比較を行う場合には,個々の銘柄は期間の日数が違うので,正しく銘柄間比較を行うためには,いくつかの変数を経過日数に応じて市場金利で現在価値に割引いて,あるいは将来価値に換算する,さらにあるいは該当期間での年率% に変換する必要がある。
2) 勝者の呪いとは,オークションにおいて情報保有の非対称性が存在し,より正しい情報を持っている入札者が常に勝つから起こる現象である。次の図表にその経緯を示した。
この結果,情報を持っていない入札者は,良い会社を落札できず,悪い会社には高い買い物をし,損失を蒙る。Rock(1986)はこれを勝者の呪いと呼んだ。
3) ちなみに,金子(2010)はアンダープライシングが生じるのは,IPO 後に株価が一体いくらになるのかという不確実性があるからであると主張し,モデル化する。
しかしながら,本文で後述の英国の事例だけでなく,米国ではPTS(私設株式取引所)が未公開株にまで広がり,PTS のSecondMarket. com やSharePost. com などで未公開のFacebook 株が活発に取引されていることが最近報道された。IPO 前にも株価は付いている事例が増えだしている。日本では,既に以前からグリーンシート株がある。
4) なお,それに係わるM&A通貨は現金かIPO し入手した自己株式か,それとも借入金か,(あるいはそれらの比率はどうか)という興味ある実証はまだ残されている。
5) フランスでは,BB 方式と単一価格方式a fixed-price mechanism(Offre à Prix Ferme)以外に,オークション方式an auction mechanism(Offre à Prix Minimal)がある。後者のオークション方式は,以下のように,むしろ単一価格方式を拡張した方式といえる。
In auctioned IPOs, a minimum price is announced a few weeks before the offering. Investors are then asked to submit orders, which contain a quantity and a limit price above the minimum price. Unlike indications of interest submitted for book-built offerings, these orders cannot be withdrawn before the offering. The orders are collected by the Paris Bourse. A few days before the IPO date, the Paris Bourse sets a maximum price, above which orders are eliminated, and proposes several IPO prices to the issuer. The goal of this maximum price is to prevent investors from free-riding on the mechanism by placing orders at very high prices to get IPO shares that are underpriced on average.There is no written rule as to how these IPO prices are chosen, but discussions with issuers and Paris Bourse employees suggest that they are set slightly below the market clearing price. Regardless, the issuer and underwriter choose the IPO price from the set of prices proposed by the Paris Bourse. All orders with prices above the IPO price and below the maximum price are served at the IPO price, and rationing occurs on a pro rata basis.
6) ちなみに,この期間フランスでは,オークション方式が採用される業種の集中度は小さいが,上場取引所(具体的にはSecond Marche に集中)や主幹事証券会社(具体的にはBanques Populaires に集中)は比較的偏っている。
7) 政府保有地の放出とは違った局面がある。土地については,売却予定地住所がわかれば,多くの重要情報が書類調査や実地調査でわかる。未公開・非公開企業については,情報公開されていないため,そうはいかない。
8) 応用文献としてGuo-Hotchkiss-Song(2009)をあげるだけにして,最新技術の1つを詳しく説明しておこう。
Lie(2001)とGrullon-Michaely(2004)のマッチング手法が,LBO 対象企業(被M&A企業),自社株購入(repurchasing)企業,買収防衛策導入企業の特徴を浮かび上がらせるために,比較対象企業を選ぶ,などの目的で,広く適応されている。事象はこれらに限られるものではなく,広く応用できる。
営業利益(operating performance),ROA,EBITDA / 資産簿価の2期移動平均,などの利益・利益率変数が,2つの企業グループで異なるかどうかを検証したいとしよう。マッチングする企業(比較企業)は,次のような手順で選べばよい。コントロールするのは,所属業種,MTB(market-to-book ratio,つまりmarket value of equity divided by book value of equity)あるいは規模変数,などである。
ROA を比較変数にし,所属業種とMTB をコントロールするケースで,解説すると,
(1)事象が起こる1期前のROA の変化(△ ROA)が上下20%まで乖離している,
(2)同じ業種に所属している,
(3)事象が起こる1期前のROA の水準が上下20%まで乖離している,
(4)事象が起こる1期前のMTB が上下20%まで乖離している,
企業を選べばよい。それで数が揃わなければ,(4)から順に落とし,選んでいけばよい。(4)を落とした後の落とし方には,従来は業種(2)を重視してきたが,様々な方法があろう。
これらの選択基準のうち,(1)は企業のモーメンタムの存在を捉え,(3)はミーン・リバートの存在を捉える。(2)と(4)は従来から共通にとられてきた選択基準である。
比較企業を1社に絞込む場合は,さらに,絶対格差の単純和,
を最小にするという基準を適応する。
9) レモンの市場とは,ジョージ・アカロフ(米UC バークレー校)教授が分析し,情報の非対称性の経済分析の嚆矢となった研究で,中古車が例にあげられた。なお,レモンには果物以外に不良品の意味がある。
売り手が,その商品に関する情報(良い情報も悪い情報も)を知っているが,買い手はそれを知らないというような状態を情報の非対称性と呼ぶ。
情報の非対称性の状態では,売り手は良品を満足できる価格で売れない。買い手はそれを知らないからである。そして,市場に出回るのはその市場価格で売っても良い不良品のみになる。このような市場がレモンの市場である。レモンの市場は,売り手と買い手の情報の非対称性により,良い物が市場に出ず,悪い物だけが市場取引されることを指す。
10) 企業が事前と事後に手数料を支払う代わりに,あらかじめ定められた期間と限度額の範囲内で,いつでも必要な額の融資を受けられることを銀行が約束した契約であるコミットメントライン(特定融資枠,loan commitment, committed line of credit あるいはcredit line)契約は,流動性ショック対策としても注目されている。そして,コミットメントラインの当初に(upfront)支払われる手数料に,銀行が企業に対して行うスクリーニングのメカニズムがあり,また事後に支払われる手数料に企業が自らの質を銀行に対して表明する自己選択のメカニズムがあることをThakor and Udell(1987)とShockley and Thakor(1997)は指摘している。
後者を詳しく説明すると,もし未使用(undrawn,引き出されていない)残高に手数料がかかるようなら,事業拡大能力がない企業はこのような仕組みのコミットメントラインを望まない。むしろ使用(take-down,引き出した)残高に対して比例的な手数料を支払う仕組みを望む。このような形で,借り手のプロジェクトの質が顕示される。ちなみに,事業能力がある企業が融資枠を必ず100%使い切るとは限らないので,このメカニズムには多少は不明確な点は残される。
11) 唯一インセンティブ・システムと考えられるのは次の10%基準である。東証マザーズでは上場銘柄の品質維持を図るため,業績・流動性などの著しい悪化により投資不適格となった銘柄の上場廃止に関する基準を定めている。そのなかに,次にあげるIPO 後上場廃止10%基準がある。
2009年11月9日以降に新規上場した東証マザーズの上場会社に限るが,上場後3年を経過するまでに新規上場の際の公募の価格(新規上場の際の公募の価格について,東証マザーズが適当と認める場合には,株式分割,株式無償割当て,株式併合その他の行為の影響を勘案して修正を行う。)の10%未満となった場合において,9ヵ月(事業の現状,今後の展開,事業計画の改善その他東証マザーズが必要と認める事項を記載した書面を3ヵ月以内に東証マザーズに提出しない場合にあっては,3ヵ月)以内に当該価格の10%以上に回復しないとき,東証マザーズでは上場廃止になる。
12) 書店を例に説明しよう。町の書店は,出版社・取次から送られてきた本を店の棚に並べ,売れなかったら返本する。書店はユーザー(読者)がどのようなコンテンツ(書籍)に興味を持つかのデータを直接えることができる現場には居るが,それを考える必要がない,ただの販売代理店,あるいは貸棚スペース業になっている。決定することは,本を書棚でどう回転させる(どの本を受け入れ,何日で入れ替える)かである。その結果,書店は経営力を失い,多くはいずれ町から消える運命になった。
返本できない,とすると起こる事柄は次のプロシクリカル(procyclical)なメカニズムになる。売れ残りが生じれば,次々に書棚に溜まってくる。それゆえ,売れ残りが厭であれば,仕入れを少なくする。少なく仕入れ,いつも短期間で売り切る。このやり方は,人気のあるうちは,次々注文が貯まっていき,問題ないが,何らかの切っ掛け(例えばライブドア事件で新興企業への信頼が揺らぐ)でブームが去ると,小量仕入れのため縮小していき,消滅の危機に瀕する。これを打破するのは,販売努力である。
13) DDoS 攻撃(Distributed Denial of Service Attack)とは,第三者のPC 等端末にウイルスである攻撃プログラムを仕掛けて,それを踏み台にし,踏み台とした多数の端末から標的に大量の文書やパケットを同時に送信し過大な負荷をかける攻撃である。分散サービス妨害とも訳される。このように攻撃元が複数で,標的とされたコンピュータが1つであった場合,その標的とされるコンピュータにかけられる負荷は非常に大きなものになり,攻撃された特定のシステムは混雑によって利用不可能になる。攻撃元が1つの場合はDoS 攻撃と呼ばれる。
DoS 攻撃やDDoS 攻撃は,これを簡単に実行させるためのツールがインターネット上で出回っており,現状では標的にされれば完全に防ぐ方法はなく,インターネットの根幹に対する脅威であるとみられている。
完全に防ぐ方法はないが,仕掛けられたプログラムを発見するツールは多数提供されている。
14) bot とは一定のルールに従って言葉を発するロボット,または一定のルールに従って情報を発信するように設計したプログラムのことである。検索エンジンの情報収集用プログラム,コンピュータウィルスで乗っ取ったパソコンを操作するプログラムなどの意味にも使われる。
15) 他方,韓国では,同時期の2009年7月7日から10日にかけて,政府サイトと銀行,大手ショッピングサイトなどがDDoS 攻撃を米国と同じように受けたが,大混乱に陥った,と報道されている。