*  学習院大学経済学部教授

1  これらのモデルの内,ケインズ・ミンスキーモデルについては,奥村(1999)(2003)でやや詳しく分析している。オーストリア学派については,本稿で以下順次分析する。

2  経済以外の事柄ででも同様なことがある。たとえば,2011年3月11日の東日本大震災発生以降,日本の唱歌「故郷」がいろんな場で歌われている。歌う人々にとって,この「故郷」の受け取り方・感じ方は,大震災以前と以後とでは,明らかに違っているものと思われる。歌自体は全く同じものであるのに。

3  モデルがどのような経済主体を対象にすべきかについては,経済分析以外の分野においても検討課題となる。例えば,原子力発電所のあり方について考える場合の例として好個のものがある。米国の初代原子力委員会委員長を務めたD. E. リリエンソールは,1979年のスリーマイル島事故を振り返って,次のように述懐している。
「スリーマイル島事故の原因について,結論じみた調査が多く行われるなかで,おもな原因を“操作ミス”に帰する傾向がみられている。しかし“操作ミス”の可能性,さらには必然性を考慮に入れて発電所を設計するのが設計者の責任である。いかによく訓練され,強い意欲を持った人であっても,やはり人間でありかならずミスをしうるのであるから,そのような人間が運転することを考えて発電所は設計すべきである。スリーマイル島発電所のようにあまりにも複雑なものは,操作ミスを招くものである」。[Lilienthal(1980)翻訳書81ページ]
つまりモデルが想定するように人が動かなかったとしてモデルの正当性を弁護するのは本末転倒で,そうした生身の人を想定していないモデルでは,むしろ現実を説明したり政策の良し悪しを判断したりするモデルとしては,適確性を欠くものと評価されるべきなのである。

4  例えば,筆者は,1991年以降,12月にウィーンで行われる,欧米主要金融機関,国際金融機関,学界等の研究者が世界経済の動向を検討する30名ほどの会合(OKB ラウンド・テーブル)にほぼ毎年参加しているので,その「定点観測」からウォール街やシティの見方の推移を把握しやすい。そこから,「バブル崩壊前」の2005年や2006年に,これら第一線の金融関係者がどう事態を認識していたかをとりまとめてみよう。
まず,2005年12月時点での認識については,米国の対外赤字が年率80兆円前後と巨額であるにもかかわらず,米国の長期金利は上昇せずドルもさして弱くならないという状況を見て,金利のミスマッチ,為替レートのミスマッチが生じていると考えられた。そして,国際的な資金の流れ(グローバリゼーションによって促進された)がこうした事態をもたらしているものの,先行き,いずれ何かが起きて調整されるだろう,そのケースとしては,為替レートの調整,金利調整,経済成長率の低下,保護主義の高まりのいずれかが,単独でか,あるいは複合的にか生じると考えられた。
そして,こうした調整が生じることなく1年が経過した2006年12月においては,先行き,ブームになるのか持続的成長か,デフレかスタグフレーションかわからないけれども,これらのケースごとに,こういった状態が見られるだろうというパターン分けは明確にすべきという認識が強かった。

5  こうしたグリーンスパン等による診断ミスは,実は,日本の政策当局が1980年代後半から1990年代後半にかけて陥った診断ミスと同様のタイプである。日本の場合については,奥村(1999)に詳しく記述している。