1  Moonitz の主張から連結基礎概念までの議論の整理については,川本[2002]pp.4-9を参照。

2  言うまでもなく,のれんと他の資産とは,見方によっては,同質であったり,異質であったりする。そして,同質に見える場合があることをもって,他の資産と同じように扱うべきとは言えないし,反対に,異質に見えることがあるからといって,他の資産と異なる扱いになるのが当然とも言えない。同質に見える,もしくは,異質に見えるという視点を会計操作にどう関わらせていくかを考える必要がある。
 たとえば,利益は投資回収計算であるという視点からみれば,資産の多くは未回収の投資と捉えることができ,そこには,のれんも含まれる。これはようするに収益費用アプローチのもとでの資産概念を意味するが,これに対して未回収か回収済か(費用を繰り延べるか繰り延べないか)について,恣意的な判断が介入する余地があることが批判の対象となってきた。他方,そうした判断によるのではなく,観察がより容易な資産・負債の定義からはじめて利益計算の理屈を組み立ててみせる資産・負債アプローチ(斎藤[2011]pp.10-11)においても,識別不能なのれんは観察できる資産なのだろうかという疑問が生じる。この点は次稿で取り上げることとする。

3  親会社のれんを親会社が取得した持分比率で割り戻した額を全部のれんとするというMoonitz が提唱した方法は,そのひとつのやり方と言える。

4  上記A)で示したとおり,公開草案では,子会社全体の公正価値を測定し,そこから親会社が交付した対価(取得原価)を差し引いた額として,少数株主持分が記録されることになっていた。この方法で計算された少数株主持分は,とくに意味をもたない残余でしかないということは,基準を改定する作業の過程で,FASB やIASB でも問題視されていたことがIFRS3改訂版で記されている。(paras.206-207)

5  概念の話ではないが,「両審議会は,投資の決定をするにあたって(または投資の決定に関して提言を行う際)財務諸表を使用する関係者との狭義から,非支配持分の取得日公正価値に関する情報は,取得日時点のみではなく,将来においても,親会社の株式の価値を見積もる際に有用であると理解している」(BC207)という記述もある。この記述の意味は定かではないが,以下のように推測できる。すなわち,株式の価値をファンダメンタル分析によって推定しようとするとき,おおまかに言ってふたつのやり方が221 頁】 ある。ひとつは最終的に株主の持分に帰属するキャッシュフローについて将来予測を行い,それを株主資本のコストを用いて現在価値に割り引く。もうひとつの方法は,まず企業に流入するキャッシュフローについて将来予測を行い,それをWACC と呼ばれる資本コストを用いて現在価値に割り引く。そうやって求められた企業の事業価値から,負債の価値を差し引くことによって,株式の時価総額を推定する。そして,後者のアプローチでは,少数株主持分をどう扱うかが問題になる。もちろん,少数株主持分は株主資本価値を構成しないのであるから,負債同様,事業価値から差し引く必要があるわけだが,その差し引く額をどう決めたらいいのかが難しい。このとき,少数株主持分の公正価値が分かっていれば話は簡単になる。
 しかしながら,IFRS3号改訂版が求めているのは,子会社取得時に少数株主持分を公正価値で評価することでしかない。その後,少数株主持分は,会計基準にしたがって測定される子会社の利益に応じて増減することになる。そうなれば,連結決算書に示される少数株主持分の額と,その公正価値とは乖離してしまうので,株式価値の推定に直接役に立たなくなってしまう。もちろん,子会社取得時にいったんでも公正価値で評価しておいた方が,そうしなかった場合に比べ,株式価値の推定精度があがるという話なのだと想像することはできる。

6  あるいは,IASB やFASB は,財務会計全般について公正価値による会計をを目指しており,少数株主持分を公正価値で測定するという規定は,その目標に一歩でも近づくためのものであるという以上の意味はない,いわば仕掛品なのかもしれない。IASB の公開草案には,改訂前のIFRS3では原価によって企業結合が認識されていたが,企業結合会計の測定対象は取得時点の被取得企業の公正価値でなくてはならないと審議会は決定したと記されている(para.BC14ならびにpara.BC17)。他方,IFRS3改訂版では,審議会は公正価値会計モデル適用の一歩として,取得法の使用を要求しているわけではないとも記されている(para.BC43)。原価会計モデルを飛び出して公正価値会計モデルをめざす姿勢を取るべきか,それとも原価会計モデルに留まる姿勢をみせるべきかで揺れ動いているのかもしれない。

7  ASBJ が2009年に公表した「企業結合会計の見直しに関する論点の整理」でも,この点に留意が払われており,全部のれん方式を日本の基準に取り入れるのであれば,少数株主持分を子会社の公正価値ではなく,親会社が交付した対価を基準として測定することが提案されている。(para.79)