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企業評価としての「信用格付」に関するノート───格付はどのように行われるのか───
小山 明宏
1.はじめに
企業評価( 企業価値評価) は, 英語で言えばcorporate valuation( ドイツ語ではUnternehmensbewertung)の訳である。教科書としては,次のような叙述が典型である(小山(2001))。
企業の価値を測定することを企業評価とよぶ。企業が様々な意味でいくらに値するかを算出することが企業評価である。この価値の概念はそれを見積もる主体が誰であるかにより異なり,株主の場合には企業の市場価値,債権者の場合には企業が持つ資産の価値など,様々である。企業の評価には「絶対的評価」と「相対的評価」がある。「企業の絶対的評価」では,対象対象となる企業が産み出すフリーキャッシュフローの累積額をDCF 法で評価し,価値を計算する。これに対して,財務諸表分析を中心として,他の比較対象との関連において評価を行おうというのが「企業の相対的評価」である。財務分析,経営診断,得点化とランキングなどがその代表的なものである。企業評価は,社債発行企業が格付け会社によって格付けされるようになり,そこでのAAA などの呼称が当該企業の商品(保険など)の価値を宣伝するのに使われ始めたことで注目されるようになった。格付け自体は企業の債務不履行危険の指標であり,直接の企業価値を示すものではないが,これを株式の投資価値の指標として経済マスコミが使用したりするうちに広まったものである。その場合には,当該企業の経営戦略なども総合的に勘案して質的な面も含めて企業評価が行われている。
それは,文字通り,対象となっている企業がどれだけの価値を持っているかを何らかの方法で計る(測る)ことを意味している。小山(2012a, b)でも述べたように,この考察は非常に重要なものであり,大学教育においてもその重要性は,より強調されるべきものであることについては,誰も異論はない。そして,わが国では,それは,財務的な側面をはじめとして,企業の様々な側面を反映させることで,当該企業の価値を数値化しようという分析であり,大学では,それを,実習を伴って指導するものである。コンピュータの発展以前は,企業財務という分野の中でも,企業評価論は,アメリカのGordon やVan Horn などによる理論的・制度的なアプローチやモデル分析が中心であった。ただし,とりわけ1970年代以降は,バッチ処理による大型コンピュータの進展に始まって,特にこの20年ほどは,パーソナルコンピュータの爆発
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的な普及により,表計算や統計計算が手軽にできるようになったことから,財務データを中心として現実のデータを加工し,学生が気軽に企業評価の作業を行うことができるようになってきている。
そして,このような「企業評価」の代表的な一例として常に目を向けられてきたのが「信用格付(Credit Rating)」である。すなわち,一般的に企業(価値)評価というものは,それを行う者の目的によってその内容は大きく変わってくるもので,一概に「これが企業評価だ」と述べることは難しいとされる。ただしそこでは,「『良い』会社とは何か」という疑問あるいは目的意識が常に根底にあることは明らかである。そしてその場合,信用格付において問題とされる価値の意識は,あらゆる目的に共通な,ひとつの価値観を代表するものと考えられるからである。
ここでは,このような信用格付の具体的な内容について,日本格付研究所(Japan Credit Rating Agency, Ltd,以下ではJCR と略記する)の「格付の種類と記号の定義,コーポレート等の信用格付方法,業種別格付方法【銀行等】」に基づいてレビューし,若干のコメントを試みたい。なお,以下では,まずJCR の格付を紹介し,それにコメントする,という形で進めることとする。
2.信用格付(コーポレート等)の種類と記号の定義
ここでレビューするのは,「長期発行体格付」と「長期個別債務格付」である。長期発行体格付は,債務者(発行体)の債務全体を包括的に捉え,その債務履行能力を比較できるように等級をもって示すもの,また,長期個別債務格付は,期限1年を超える債務が履行される確実性を比較できるように等級をもって示すものである。格付の前に,通常,債務履行あるいはその破綻を示す「債務不履行の定義」がなされるのが常である。ただし,経済学的あるいは法的に見て完全に正当な「債務不履行の定義」は困難だ,という見解が多く見られることを指摘しておく。
債務不履行の定義
「債務不履行」とは,金融債務の元利金支払が当初約定通りに履行されない状態を指す。これには,債務者について,破産,会社更生,民事再生,特別清算といった法的手続きが申立てられる等,元利金支払が当初約定通りに履行されることが不可能と判断される状態も含まれる。
この点については,たとえば上の4つのどれが選ばれるかによって,経済学的には実情は異なるのではないか,という見解もある。そしてその違いにより,実態としてはその後の事実上の展開に差異が出てくることは有り得るであろう。
次にJCR による長期発行体格付と長期個別債務格付の記号の定義を見てみよう。
長期発行体格付
AAA | 債務履行の確実性が最も高い。 |
AA | 債務履行の確実性は非常に高い。 |
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A | 債務履行の確実性は高い。 |
BBB | 債務履行の確実性は認められるが,上位等級に比べて,将来債務履行の確実性が低下する可能性がある。 |
BB | 債務履行に当面問題はないが,将来まで確実であるとは言えない。 |
B | 債務履行の確実性に乏しく,懸念される要素がある。 |
CCC | 現在においても不安な要素があり,債務不履行に陥る危険性がある。 |
CC | 債務不履行に陥る危険性が高い。 |
C | 債務不履行に陥る危険性が極めて高い。 |
LD | 一部の債務について約定どおりの債務履行を行っていないが,その他の債務については約定どおりの債務履行を行っているとJCR が判断している。 |
D | 実質的にすべての金融債務が債務不履行に陥っているとJCR が判断している。 |
AA からBまでの格付記号には同一等級内での相対的位置を示すものとして,プラス(+)若しくはマイナス(−)の符号による区分を付す。
(a)長期発行体格付は,債務者(発行体)の債務全体を包括的に捉え,その債務履行能力を比較できるように等級をもって示すものです。
(b)保険金支払能力に対する格付についても上記記号で表します。
長期個別債務格付
AAA | 債務履行の確実性が最も高い。 |
AA | 債務履行の確実性は非常に高い。 |
A | 債務履行の確実性は高い。 |
BBB | 債務履行の確実性は認められるが,上位等級に比べて,将来債務履行の確実性が低下する可能性がある。 |
BB | 債務履行に当面問題はないが,将来まで確実であるとは言えない。 |
B | 債務履行の確実性に乏しく,懸念される要素がある。 |
CCC | 現在においても不安な要素があり,債務不履行に陥る危険性がある。 |
CC | 債務不履行に陥る危険性が高い。 |
C | 債務不履行に陥る危険性が極めて高い。 |
D | 債務不履行に陥っているとJCR が判断している。 |
AA からBまでの格付記号には同一等級内での相対的位置を示すものとして,プラス(+)若しくはマイナス(−)の符号による区分を付す。
(a)長期個別債務格付は,期限1年を超える債務が履行される確実性を比較できるように等級をもって示すものです。
(b)個別債務格付では,債務が約定どおり履行される確実性を評価した上で,回収可能性の点で他の債務と差異があると判断した場合は,投資家への注意喚起の意味から,発行体格付との間にノッチ差をつけることがあります。
(c)長期個別債務格付の対象には,債券,発行プログラム(ミディアム・ターム・ノート・プログラム等)など発行者が負う個別の債務を含みます。
(d)優先株などハイブリッド証券に対する格付についても上記記号で表します。
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JCR が「長期発行体格付」と呼んでいるのは,ゴーイングコンサーンとしての債務者の信用力を表すものとして,債務者の包括的な債務履行能力を評価した格付とされる。そこでは,債務者の債務全体を包括的に捉えるため,債務の契約内容,債務間の優先劣後関係,回収可能性の程度などは考慮していないのだそうで,これらの個別性は,「長期個別債務格付」に反映されることになる。このため「長期個別債務格付」が「長期発行体格付」と異なること(上回ること,または下回ること)もあるとのことである。
次に,格付の「見通し」,「クレジット・モニター」,「保留」,「撤回」がある。
格付の見通し
「格付の見通し」は,発行体格付又は保険金支払能力格付が中期的にどの方向に動き得るかを示すもので,「ポジティブ」,「安定的」,「ネガティブ」,「不確定」「方向性複数」の5つからなります。
今後格上げの方向で見直される可能性が高ければ「ポジティブ」,今後格下げの方向で見直される可能性が高ければ「ネガティブ」,当面変更の可能性が低ければ「安定的」となります。
ごくまれに,格付の見通しが「不確定」又は「方向性複数」となることがあります。格上げと格下げいずれの方向にも向かう可能性がある場合に「不確定」となり,個別の債券や銀行ローンの格付,発行体格付等が異なる方向で見直される可能性が高い場合には「方向性複数」となります。
クレジット・モニター
発表した信用格付につき,定期的な見直しを行う場合に加えて,戦争,大きな事故,合併,訴訟,行政措置,大幅な業況の変化等格付変更の可能性があると判断した場合には,クレジット・モニターの対象とし随時信用格付の見直し作業を行うとともに,その旨を「クレジット・モニターの対象とした」と発表します。クレジット・モニターの対象となった信用格付には,それが解除となるまで格付記号の前に「#」が付けられます。
クレジット・モニターの対象となった全ての信用格付について「見直し方向」が付記されます。「見直し方向」はクレジット・モニターの対象となった信用格付がどの方向で見直されるかを示すもので,「ポジティブ」,「ネガティブ」,「方向性不確定」の3つからなります。格上げの方向で見直される場合には「ポジティブ」,格下げの方向で見直される場合には「ネガティブ」,格上げと格下げいずれの方向にも向かう可能性がある場合に「不確定」となります。
信用格付の「保留」「撤回」について
信用格付は,情報入手が困難となった場合や客観的な情勢に重大な変化が生じた場合等には「保留」「撤回」することがあります。信用格付の見直しを行うのに必要な情報の入手が一時的に困難あるいは不可能となった場合には既格付を「保留」とします。また,情報提供について債務者(発行体)からの協力が得られず将来にわたって信用格付の見直し作業が不可能と判断される揚合は「撤回」とします。
言うまでもないことであるが,格付というのは発行体等の,ある時点における状態に基づくものであり,それは刻々と変わっていくものと捉えることが,基本的に要されるものである。 【265 頁】 したがって,格付の「見通し」が付与されるのは当然と言える。ただし,クレジット・モニター対象となることは,より短期的な観察が必要であるとみなされていることを意味している。また,「保留」さらには「撤回」となることは,そのcredibility に疑問の余地があることにも結び付く可能性があり,歓迎すべきではないと思われることもある。
3.JCR によるコーポレート格付の具体的な内容
格付の具体的な内容としては,「信用力」と「回収可能性」が挙げられている。ここでは,前者のみを取り上げて検討する。
T.枠組み
信用力
1.信用力と回収可能性
格付は,対象となる債務(社債,CP,ローン等)について約定通りに元本および利息が支払われる確実性の程度を評価するものです。個別債務にはそれぞれに契約があり,その約定内容により万一発行者が倒産した場合の回収可能性が異なってきます。そこで,格付には,債務者が倒産してデフォルト(支払い不能)に陥る可能性(信用力)とともに,倒産した場合の回収可能性についても評価する必要があると言えます。
このように格付は債務者の信用力と倒産後の回収可能性を評価して総合的に判断するものと言えますが,その基本はあくまでゴーイングコンサーンとしての債務者の信用力についての評価です。約定通りに元本と利息が支払われるかどうかは,債務者が存続して事業を続け,必要なキャッシュフローを継続的に得ていけるかどうかに多くを負うからです。倒産した場合,元利の回収は通常約定から大きく遅れてしまい,また,回収可能性が高いとみられるケースであっても元利を100% 回収することが極めて難しい現状では,回収可能性を債務履行の確実性の評価の中心に据えることは適当ではないと考えられます。このような前提から,格付の実務においても作業のほとんどは債務者の信用力の判定のためにあてられます。
このように,「格付の実務においても作業のほとんどは債務者の信用力の判定のためにあてられます」とあるが,前述の通りそれは,対象企業自体の活力,あるいは「企業力」を診ることが前提であり,この意味で,企業(価値)評価の基本中の基本であると言える。
2.信用力の評価
債務の支払いは,基本的に債務者の日々の営業活動から生まれるキャッシュフロー(償却前利益から税金・配当など社外流出を引いたもの)によってなされると考えられます。したがって,信用力の評価にあたっては,返済原資となるキャッシュフローの大きさ(収益力)とその安定性,それと返済すべき債務の大きさがポイントとなります。キャッシュフローはその規模がいくら大きくても,債務が膨大になれば返済の負担は重くなります。逆に,キャッシュフローの規模が小さくてもそれに見合う債務がわずかであれば負担は軽くなります。したがって,収益力を見るうえではこうしたキャッシュフローと債務との相対的な関係を見極めることが極めて重要と言えます。
このように,信用力の評価では,債務者が将来にわたり事業基盤を維持・拡大しキャッシュ
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フローを潤沢かつ安定的に確保できるかどうかという事業基盤(事業リスク)の評価と,返済すべき債務が過大であるなど財務構造が債務者の債務返済能力に悪影響を及ぼさないかどうかという財務基盤(財務リスク)の評価という,2つの作業に主眼が置かれることになります。
なお,金融法人では債務の支払いは債務の借り換えによって行われる場合が多く,キャッシュフローは通常,返済原資として期待されていません。したがって,金融法人の格付分析ではキャッシュフロー分析は通常行われません。金融法人が債務の借り換えを円滑に行えるかどうかは,事業基盤,資本充実度,資産の質,収益力,リスク管理の状況,流動性の状況などにより判断されます。
信用力は,事業基盤や財務基盤といった債務者単独の要素だけでなく,外部からの信用補完によって支えられている場合があります。子会社に対する親会社の財務上の支援や,預金保険制度などのセーフティーネットに基づく銀行への国の財務支援などが代表的な信用補完と言え,JCR ではこのような外部からのサポートの可能性と規模を債務者単独での評価に加味して信用力を評価しています。
債務者が将来にわたり事業基盤を維持・拡大しキャッシュフローを潤沢かつ安定的に確保できるかどうかという事業基盤(事業リスク)の評価と,返済すべき債務が過大であるなど財務構造が債務者の債務返済能力に悪影響を及ぼさないかどうかという財務基盤(財務リスク)の評価という視点は,まさにビジネス・ファイナンスの基本中の基本である。モディリアーニ=ミラー(MM)の名前を出すまでもなく,事業リスク(ビジネスリスク,MM の場合はリスク・クラスという呼称になっている)を詳細に吟味し,格付に反映することになる。とりわけ,債務者の発行体が所属する産業ごとに,ある程度定まったリスク・クラスが前提されるものであるが,それも時代と共に変貌するものである。身近な例を挙げれば,30年前には,ビジネスリスクの小さい産業の典型とされた,食品産業,電力産業は,今や最もビジネスリスクの大きな産業に分類されている。前者は,素材が持つリスクが急速に注目されるようになったため,後者は言うまでもなく,原発が持つリスクが,思いがけず明らかになったことによるものである。
財務基盤(財務リスク)の評価というのは,いわゆるレバレッジ効果の話で,適切な負債利用が行われているか,ということであるが,バブル経済華やかな頃,いわゆるメインバンクがグループ企業の資金調達状況に目を光らせていた頃とは異なり,格付会社は自らの判断基準に基づいて,その適切さを判断しなくてはならなくなっている。
3.「JCR 大企業モデル」
JCR では,国内の一般事業法人の主要な業種を対象に「JCR 大企業モデル」というデフォルト率推定モデルを開発し,これにより当該企業の財務情報から個社のデフォルト確率を推定し,対応する格付を算出しています。格付作業では,担当アナリストによる業界や個別債務者の定量的分析および定性的分析が中心となりますが,それとともにこのような計量モデルによる推定結果を必要に応じ信用力評価の参考とすることで,格付の客観性の向上を目指しています。
JCR 大企業モデルとは,JCR が開発したデフォルト率推定モデルである。それは,財務情報を用いて対象発行体のデフォルト確率を推定するデフォルト率推定モデルである。その詳細が 【267 頁】 明らかにされているわけではないが,基本的に一般事業法人(但し,鉄道・航空・ガス・電気除く)を対象に,多数の正常企業とデフォルト企業の財務情報をもとに構築した,ペアサンプルによるデフォルト率を推定する統計モデルであるとされる。いわゆる「外的基準変量を持った多変量解析モデル」であると思われ,安全性・収益性・債務償還能力など,多様な財務指標を採用することによって,多面的に個社のデフォルトリスクを評価し,3年以内デフォルト率を推定するモデルとなっているそうである。個別企業の財務指標の候補として100以上の指標を入力情報とし,デフォルト率を算出している。このモデルは一般化線形モデルの一種であり,リンク関数としてロジット関数を使用するロジットモデルを採用して,デフォルト率を推定している。このモデルは,各社の倒産性向を示す関数を各財務指標との線形結合で表現しており,結果に対する解釈も容易なため広く実務で用いられているモデルであるとのことである。おそらくアルトマンの古典的な関数モデルを出発点として,手を加えたものであろうと,筆者は考えている。
U.企業の信用力評価の視点
JCR による信用格付に際しての企業分析の,大きな柱は,「1.事業基盤の分析」と,「2.財務基盤の分析」の2つである。
企業の信用力評価は,企業固有のリスクの把握とそれに対応する事業および財務基盤の分析との対比に基づいて行われます。カントリー・シーリング考慮前の企業の格付が,当該企業所在国のカントリー・シーリングを超える場合には,いくつかの例外を除いてカントリー・シーリングを当該企業の格付とします。
以下では,主として一般事業法人を念頭に置きつつ,事業基盤,財務基盤,信用リスク推定モデルの活用に分けて,信用力評価の概略を説明します。
1.事業基盤
対象企業につき以下の(1)〜(3)を中心に検討し事業基盤を評価します。一般事業法人については,事業基盤の評価をもとに将来のキャッシュフローを予測,推計します。
(1)所属産業の特性(業界動向)
まず,対象企業の業種特性を十分に検討することが重要です。所属する産業を的確に評価することが,対象企業の業績を正確に理解するうえでも,また将来企業が迎えるかもしれない困難やリスクを予測するうえでも重要です。
例えば,企業の属する産業が成長産業か成熟産業かにより,その企業の将来の業績は大きく左右されます。また,製品や原材料などの市況によって業績が短期的に変動する産業がある一方で,景気変動に影響されずに比較的業績が安定している産業もあります。
具体的な検討項目は以下のとおりです。
・マーケットの規模。国内市場かグローバル市場か。
・特定業種への依存度。需要産業の動向。
・成長産業か成熟産業か。
・業界構造はどうなのか。寡占的か競争が激しい産業か。
・政策を背景とした規制型の産業か否か。その場合,将来の自由化の見通しはどうなのか。
・市況型の産業か,安定型の産業か。
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・技術革新の動向はどうなのか。技術革新のスピードが速い場合はそれだけ事業リスクが大きく,短期間に投資回収できる収益力が必要。
・業界が抱える問題点や課題の把握。例えば,需給バランス,国際競争力,原料確保,制度問題など。
以上は一般的な検討点ですが,この他に特定の産業については個別の視点から将来の収益性の検討を行っています。例えば,小売,電鉄,不動産などの立地産業の場合には,個人消費などを含めた需要一般の動向と合わせて,その企業の主たる事業地域の発展性や競争条件,他社の進出計画などに重点を置いて分析を行います。また,一般に企業は事業が多角化しているため,検討対象もその企業が業務展開している複数の業界にわたります。その場合にはそれぞれの業界について上述の視点から検討を加えます。
(2)業界における地位と競争力
対象企業が業界内においてどのような地位や特徴を有しているかについて以下の観点から検討します。
・業界における地位(順位,シェア)はどのくらいか。独占的地位を占めているのか。あるいは限界供給者的な存在に過ぎないのか。
・シェアは拡大傾向にあるのか,縮小する傾向か。
・業界における特色,強み・弱みは何か。
(3)対象企業の特性
同じ業界に属した企業でも,各々の企業毎に経営資源や経営スタイルが異なるため,そこから企業特有のリスクが発生します。そこで,主として以下の項目について検討しています。
@沿革
企業の成り立ちの歴史であり,その企業の基本的性格,社風の形成に沿革が大きく関わっています。単なる歴史のフォローではなく,現状および将来の事業基盤についての判断に結びつけて評価することに意味があります。
A経営者
経営トップの経営能力,実績,経営姿勢などの把握は格付を行う上で重要です。環境変化に対応してどのような経営方針を打ち出し,また経営目標実現のためにどのような施策を講じているのか,などを直接ヒヤリングすることは経営の方向性を知る上でも極めて有用です。格付に際しては原則,経営トップにインタビューを行い,経営方針などを聴取しています。
B組織
企業の経営方針に適切に対応する組織構成,人員配置になっているのか,組織が硬直していないか,などの点について,経営理念,従業員のモラールや社風との関連で評価します。
C株主および系列関係
主要株主とその持株数,持株比率をチェックします。まず法人株主については,安定株主,資本系列,融資系列などを考慮します。次に,主要株主の変動については,その経緯や経営方針に及ぼす影響などについても検討します。さらに,特定の企業グループに属していることが,製品販売,原料確保,資金調達などの安定に繋がっていることがありますが,経営上のリスク回避に具体的にどのような意味を持っているのかという視点から検討します。
D従業員
人数,年齢構成,平均勤続年数,給与水準,労働組合との関係などの点について,同業他社
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との比較により特徴を把握します。また従業員1人当たりの効率についても検討します。
E売上構成
近年,企業経営の多角化が進み,事業部門が多岐にわたる企業が多くなって来ています。このような場合,それぞれの業種について上述した検討を行うほか,業種別売上構成のバランスなどを検討します。
F生産・販売状況
部門別の生産販売実績をトレースし,数量・単価要因に分解し分析します。景気変動や業界動向と照合し,対象企業の特色を浮き彫りにして,経営方針などと関連付けて評価します。
・製品販売先および原材料仕入先の状況
・販売方式(直販,特約店経由)
G設備投資状況
業種や業態により生産設備の特性が異なります。大量生産型か多品種少量生産型か,消費地近接か原材料生産地近接か,集中生産か分散生産か,などの違いがあります。
具体的には次のような点についてチェックを行い,業種・業態に則して判断しています。
・生産設備や技術の優劣,独自性の有無
・海外進出(生産,販売拠点の海外設置)の現状と今後の動向
・設備投資動向(内容,金額,投資効果)
・部門別の生産販売実績の把握
H技術水準,研究開発能力
技術力,開発力は企業の成長の原動力であり,企業の将来を判断する場合,重要なファクターです。特に,技術革新のテンポが速い業界では極めて重要です。多額の投資を伴うケースではリスクが大きいため,企業体力と比較しながら検討していくことになります。具体的には,過去の開発実績,製法の独自性や特許権の有無,研究開発体制や研究開発人員の増減,売上高に対する研究開発費の割合などについて,他社比較を行い検討します。
I子会社・関連会社など
対象企業が子会社や関連会社などを擁している場合には,それらを含めたグループ企業全体としての事業基盤を評価する必要があります。JCR では企業グループを形成している親会社の格付に当たっては,グループ全体の債務償還能力を実態的に判断するため,連結財務諸表をベースにして,幅広くグループ会社の個別データを収集し,分析しています。
J経営計画
将来の経営方針を踏まえた経営計画の検討は,格付を判断する上で極めて重要です。特にインタビューにおいて経営陣から聴取する経営理念や中長期計画に対する方針,当面の課題への取り組みなどの情報は,格付決定の際のポイントとなります。また,格付対象企業の経営計画に関する各種の資料(生産販売計画,設備投資計画,損益計画,予想貸借対照表,予想キャッシュフロー計算書など)を分析するとともに,インタビューでの情報も踏まえて経営計画の妥当性とその 達成の可能性を総合的に判断します。経営計画は将来のキャッシュフローの見通しや債務の動向に直接関わるため,これを評価することはこれまでの分析を様々な視点から集約するものとして意義が大きいのです。
このような,「事業基盤」に関するチェックポイントは,まさに定性的な経営分析のスタン 【270 頁】 ダードと言うべきであろう。そして,これらを見てすぐに気がつくのは,それらが一般には,その真の状態が外部からは必ずしも正しく観察できるものとは限らない,ということである。すなわち,これらの側面を過不足なく格付に反映させるためには,経営者との個人的な接触が不可欠になるだろう,ということである。この点についてはすでに,そしてつとに知られていたことである。こうした内容について得られた情報は,非公開,そして守秘義務を伴うものであることは重要である。
2.財務基盤
企業からヒヤリングした財務運営方針を加味したうえで,貸借対照表を分析・検討し,企業の財政実態を把握しています。具体的には,資産内容の堅実性,資本構成の均衡性,資金繰りの余裕度・安全性などを観察して,企業の健全性・持久力を判断しています。
主な検討・留意事項は以下のとおりです。
(1)主要科目
貸借対照表の各勘定科目について,増減変化の状況とその理由を精査し,その科目の健全性・流動性などを検討しています。科目内容の精査は,財政状態と収益状態あるいは生産・販売状態と関連づける重要な役割を持つもので,相互の関連を念頭において検討しています。
(2)資本構成
資本構成については,運用資産と調達資本とのバランスを判断することにより,短期的には資金の流動性,長期的には資本の安定性を検討しています。
@流動性
資金の流動性・安定性と収益性の間には矛盾する面があり,例えば流動比率が表面的に良好な水準であったとしても,デッド・ストックや不良債権の混在,信用不足による買入債務の過小の問題を孕んでいる場合もあります。また,成長の度合いによって均衡度合いも異なるため,業種・業態の特殊性,換言すれば,原価構成,生産期間,仕入・販売条件あるいは季節変動などを考慮しています。
A安定性
収益力がある程度高く,かつそれが安定性を有していることが基本的条件となりますが,収益力に多少の変動があっても資本構成からみて,その変動に耐え得る余力を持っているか否かを実態的に検討しています。
長期的安定性では,主としてデット・エクイティ・レシオや固定比率,固定長期適合率などをチェックします。これらの比率も,業種・業態,特に外注依存度・操業形態・販売機構などにより異なることに留意して判断しています。
B資金繰り
収支実績・予想,財政状態あるいは投資計画などを関連させて,資金の運用・調達状況を把握し,支払能力の推移と調達・運用の巧拙などを検討しています。併せて,銀行取引状況およびその変化を確認していますが,特に,低格付先については金融機関との取引関係や資金調達力などが重要となるため,定期的に確認を行っています。
(3)財務諸指標
最後に,いわゆる伝統的な財務分析である。周知の通り,企業の財務特性には収益性,安全性,成長性,生産性など様々な指標があるが,JCR の財務分析では,当然ながら支払能力を中 【271 頁】 心として,「財務基盤の安定度」を見るというのが目的となっている。
「企業の収益力や財務内容は,過去の業績の反映であり,分析作業のための重要な資料です。さらに,これらの分析・検討を踏まえて経営指標が将来どのように変化するのかを予想します。
また,数値の背景にある様々な要因についての洞察も必要です。単なる数値のトレースや同業種および同業態企業間における指標の優劣の判断だけでなく,所属企業の動向や事業基盤の強弱変動,経営方針など,定性的要因との関連で数字を読み,将来の収益予想へと結びつけます。格付では,定性的な要因を経営指標と突合せて確認し,また逆に,経営指標分析から得られた結果を手がかりとして定性的要因を検討する,という方法で分析が進められます。
格付を行う場合,収益性,安全性,規模など多くの財務諸指標を分析し,その企業の収益性の水準や財務基盤の安定度などを評価します。具体的には,売上高,利益,債務残高などの実数および各種の財務諸比率を算出し,時系列比較および同業他社比較などを行ないます。
財務諸指標を見るうえで大切な視点は以下の二点です。
第一は,財務諸表は過去の経営の成果であるのに対して,格付は将来に向けての債務償還能力を評価するもの,ということです。現状の分析に留まらず,将来の損益,財務の状況を推定することが重要になります。
第二は,単に数字の動きをトレースするだけではなく,その背後にある定性的な要因と関連付けて理解しなければなりません。例えば,ある企業の収益性が高いのは,その企業の製品が他社に真似できない特色を有し,競争力が強いためである場合,また,ある企業の売上債権回転期間が延びているのは,回収の遅い製品のウェイトが高まっているためである場合,などがあり,実態に則して判断しています。数字の動きからその裏にある要因を洞察するとともに,ヒヤリングなどで把握した定性的な要因について,実際に財務データの上でそれを検証しています。
規模,収益性,安全性などの判断に数多くの財務指標が使用されます。使用される指標は企業が所在する国,法規制,会計制度,業種・業態などにより異なりますが,そのうち主なものは以下のとおりです。
規模に関する指標……売上高,営業利益,自己資本
収益性に関する指標…売上高営業利益率,使用総資本事業利益率
安全性に関する指標…インタレスト・カバレッジ・レシオ,有利子負債/EBITDA,デット・エクイティ・レシオ,自己資本比率 」
こうして見てくると,信用格付という作業は,財務分析,そしていわゆる経営分析と呼ばれる分野を,まさに包括的に含んでいるもので,「企業(価値)評価」のまさに全体像にあたることがはっきりしたといえる。
4.格付の今後
米・中・ロで香港に国際格付会社設立の発表がなされたことは,ひとつの話題となっている。
新華社電によると,中国の「大公国際与信評価公司」と米国の「イーガン・ジョーンズ・レーティングス」,そしてロシアの「ラスレーティング」の格付会社3社は,国際的な格付グルー
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プを設立すると,10月24日に発表した。グループ本部を6ヶ月以内に香港に設立し,5年以内に,統一された国際評価基準をつくり,独立した機関として公正な情報提供を目指すとのことである(時事通信社インターネット時事通信ニュース 2012年10月24日)。これは,筆者などにとってはちょっと笑ってしまうトピックなのだが,格付「される」側の立場から行われる格付には意味がない。旧共産圏国家のディスクロージャーに往々にして見られることなのであるが,もし都合の悪い情報は出さず,良い格付ありき,ということで格付が行われることがあるならば,フェアなマーケットはそれには反応しないであろう。良いものは良い,そうでないものはそうでない,といういわば是々非々の姿勢は,合理的な経済システムの基本だからである。
ただし,昨今の格付会社への批判,特にヨーロッパ金融危機にあたってのそれは,格付会社の複雑な立場を,図らずも明らかにすることとなっている。すなわち,発行体企業にとって「望ましい情報」がディスクローズされているうちは良いが,ひとたび「望ましくない情報」,すなわち格下げ情報がディスクローズされた時,それによるマーケットの反応,具体的には価格の下落,利回りの上昇は,発行体,さらには投資家の利益を「損なう」ものという見方が発生し,究極的には格付会社悪玉論までが出回ったからである。前述の「新しい格付会社生成論」も,ひとつにはこのような発想の延長線上にある可能性もあり,もしそうだとすると,the fair allocation of resources という,経済学の根本発想,大前提とは相容れないものになりはしないか。
格付会社の役割の重要性については,別の面でも高く評価されている。すなわち,すでに良く知られている通り,バーゼル銀行監督委員会の合意により,わが国銀行も新たな自己資本比率規制(バーゼルU・V)に従うこととなっている。そこでは原則として,格付会社の格付を利用して,規制上の所要自己資本が決定される。国際決済銀行(BIS)のグローバル金融システム委員会が公表した報告書(「ストラクチャード・ファイナンス市場における格付けの役割:問題点と影響」)は,コーポレート・ガバナンスにとっても大いに示唆に富むものである。同委員会は報告書の中で,格付会社が証券化商品に対するリスク評価基準の構築を通じて市場の育成に貢献したこと,トラスティ等に対し,一層の情報の透明性を投資家に代わって求める役割を果たしていること等を述べている(江川由紀雄・境美智子:監督当局とストラクチャード・ファイナンス格付け,2005. 5 .31,は,このトピックに関する優れたコメントである)。
そしてそこで注目すべきは,同委員会が格付会社を,公共的な性質を有する存在,そして証券化商品の格付プロセスで暗黙的に規制の性質をも帯びている,とまで評価したことである。すなわち,日本だけでなく欧米諸国でも情報開示の不足が大きな問題となっていて,そのような情報の提供に関する大きな担い手として格付会社をみている,ということになる。格付会社がそこにポジティブに関与することにより,投資家への情報開示が促進されるという見解が明らかになっていると考えて差し支えないであろう。そして,そのような格付会社が行う格付は,(コーポレート・ガバナンスを含む)企業の価値評価にあたって第一に顧慮されるべきものであり,企業評価としての信用格付がいかに貴重かつ有用なものであるかの証といえるものである。
※本号は,岩田規久男教授,南部鶴彦教授のご退任にあたっての特集号である。1981年4月の赴任以来,学習院大学経済学部で『経営財務』を担当する筆者は,学生時代に「企業金融の理論」を読んで,著者の岩田教授のお名前はずっと存じ上げていた。また,南部教授は筆者が1981年4月に初めて務めた学内委員である「学習院大学経済学会運営委員」を共にした方で, 【273 頁】 大変思い出深い。このたびこのお二人が退任されるにあたり,筆者が事務局長を務める,信用格付の知識の普及を目指す組織「NPO フェアレーティング」の研究会での,日本格付研究所(Japan Credit Rating Agency, Ltd)の野上正峰氏(JCR 金融格付部長)のご発表を機に,この記念号にこの内容でのノート,コメントを思い立つに至った。
参考文献
Ballwieser, W.(2011),Unternehmensbewertung, Prozeß, Methoden und Probleme, 3. Auflage, SCHÄFFER POESCHEL
江川由紀雄・境美智子:監督当局とストラクチャード・ファイナンス格付け,Deutsche Bank Group,証券化市場コメンタリー,2005. 5 .31
小山明宏(2001),財務と意思決定,朝倉書店
小山明宏(2012a),「企業評価論」に関するノート,学習院大学経済論集,第48巻第4号,pp.275-283.
小山明宏(2012b),情報処理科目としての「企業評価論」の授業の設計・運営に関する日独比較,学習院大学計算機センター年報,Vol.32,pp.52-74.
黒沢義孝(1999),「格付け」の経済学(PHP 新書)PHP 研究所
黒沢義孝(2007),格付け講義,文眞堂
黒沢義孝(2009),格付け情報のパフォーマンス評価,梓出版社
日本格付研究所(2012),格付の種類と記号の定義,コーポレート等の信用格付方法,業種別格付方法【銀行等】
太田昭和監査法人・日本格付研究所編(1999),格付け向上の財務戦略,中央経済社