*  学習院大学経済学部教授。Funds Behavior, its Effects and Advantages(T)〜How Do They Behave? 内容などの連絡先:〒171-8588豊島区目白1−5−1学習院大学経済学部,TEL(DI):03-5992-4382,Fax:03-5992-1007,E-mail: Kenichi.Tatsumi ◎ gakushuin.ac.jp  ◎は@ に変えてお送り下さい。

1  日本では,特に地方では,投資先ベンチャー企業の上場だけを出口とする地銀系ファンドの創設が過去相次いでできた。それが,新規上場の低迷で,このようなIPO だけに頼るベンチャー投資の手法が通用しなくなった(例えば,日経新聞2013年3月5日参照)。それゆえ,上場だけを出口としないファンドの創設が緊要で,企業価値を高め,経営者(これは次の(c)に当たる)らを含めた多様な相手への売却を目指す必要がある。

2  2013年2月14日に買収合意が発表された,M&A 案件が一例になろう。米投資家ウォーレン・バフェットが率いる投資会社バークシャー・ハサウェイが,他の投資会社と共同で,トマトケチャップで知られる米食品大手ハインツを280億ドル(約2兆6千億円)で買収する。このケースでは,次の2つの点が波紋を広げた。
バークシャー社は買収資金を調達するため約140億ドルも借り入れたが,それがいずれハインツに(実質的に)付け替えられ,ハインツの負債は買収後に倍増する見通しがあることが第一の点である。ハインツの既存株主にとっては高い関心を持つべき事柄であった。
第二は,内部情報に基づき取引されたという疑惑があることである。実際,値上がりを見込み前日に大口取引を行っていた投資家が存在する。この点は,ファンドが企業情報をどう取り扱うかという,本文で後述する点に係わる。
同じく2013年2月初旬に発表された,米 IT 企業デル創業者のマイケル・デル最高経営責任者(CEO)と米投資ファンドが共同で TOB し,デル株式を非公開化(MBO)する件については,アクティビストから横やりが入った。この発表に続き,ヘッジファンドを率いるカール・アイカーン氏は,2013年3月に入って,デル株の投資を始め,株主から株式の非公開化が承認されなかった場合,株主に対して直ちに特別配当をするように要求した。配当に必要な資金の一部を,新たな借り入れでまかなうようにも求めた,と報じられている(日経新聞2013年3月12日)。特別配当など短期間に多額の支出を伴う株主政策に対しては,年金基金などの比較的長期の視点を持つ株主が必ずしも賛成するわけではない。

3  最近,米国の有力なファンドが株式会社に成りだした。出資者以外に,株主がファンドのステーク・ホールダーになり,ファンド行動が変わるのではないかという見通しを持つ論者もいる。

4  ファンドの機能については,以下で展開する諸点以外にいくつかある。「都市に偏在している資本や人を地方に供給するのがファンドの役割だ」と期待する地方関係者がいる。地域金融機関を中心とした地域金融仲介機能は,崩壊寸前である,と言われる。ファンドが地方銀行や信用金庫の地域金融機関に取って代われるかは,即断できない。地域間資金偏在は,どのような視点から解消するべきなのか,議論するべき点は多く残されているように思われるのである。

5  ファンドは短期的な視点をとるかどうかについては,上でみたように,VC はかなり長期の視点をとる。成功し離陸した企業も,ファンドからみて魅力があるのは,リターンである。

6  決定出来ないものは生き残れない。変化出来ないものは生き残れない。変化するものだけが生き残る例として良く引用される言葉がある。小泉純一郎元首相は平成13年9月27日の所信表明演説において「進化論を唱えたダーウィンは,「この世に生き残る生き物は,最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは,変化に対応できる生き物だ」という考えを示したと言われています。」と述べた。

7  これは,結局,景気にも影響する。その事例は日本にある。2013年3月末に期限切れとなった中小企業金融円滑化法は,せいぜいリーマン・ショック後の緊急避難措置と理解されるだけで,2度も延長され「本来なら淘汰されるべき企業が生き延びてしまった」弊害が広く糊塗された(例えば,日経新聞2013年3月5日参照)。一因は返済猶予だけに依存した企業再生策であり,それでは企業の活力は高まらない,という点が指摘される。それだけでなく,更に大きな弊害は,生き残った企業による非効率な供給過剰で,日本経済のデフレが長引く一因になった点であろう。

8  辻広(2009a)(2009b)(2009c)も後追い論考を展開している。辻広雅文(2009a) 「ヘッジファンド 「エクイティ・デカップリング投資戦略」の衝撃」 『ダイヤモンド On Line』 2009年6月10日。辻広雅文(2009b) 「「エンプテイ・ボーテイング」──ヘッジファンドが駆使する“空の議決権”行使戦略とは何か」 『ダイヤモンド On Line』 2009年6月17日。辻広雅文(2009c) 「狙われた企業は恐怖のどん底!ヘッジファンド 「ウルフパック(群狼)戦術」の凄み」 『ダイヤモンド On Line』 2009年6月24日。

9  会社の内部者が自社株持分のリスクをヘッジするためにエクイティ・スワップを用いることも可能である。内部者,特に経営陣は自己の金融資産のかなりの部分を自社株のかたちで保有することが多く,投資リスクが分散されていない。自社株の大部分を売却することは,譲渡制限があり,難しい。そこで,自社株を保有したまま株価変動リスクをヘッジするために,自社株を対象としたエクイティ・スワップで金利を受ける側に立ち,実質的に自社株の持分を減らすことが可能になる。

10  ゴールドマン・サックス出身のリチャード・ペリーが当時率いていた。

11  また,同時に株式を空売りしたとのことである。

12  ウィキペディアなどによると,pack は猟犬の群れ,まとまって行動し他の動物を襲う動物(オオカミなど)の群れ,また一緒になって悪行をする一団の人間にも軽蔑的に用いる。他に動物の群れに用いる言葉は多いが,対象は限られる。shoal(同種の多数の魚),school(魚のほか,クジラのような水生の哺乳類),flight(群れをなして飛ぶ鳥),flock(羊・ヤギ・鳥),herd(群居する同種の野生動物,または群れとして飼育される牛など。同じように振舞う人びとにも軽蔑的に用いる),troop(脚の長い動物の群れが移動中の状況をさす),などである。
さらに,次のような意味が含まれているものと著者は捉えている。南欧を除く,欧米のキリスト教では7つの大罪である強欲(greed)を代表する生き物にオオカミが挙げられる。それゆえ,ウルフパックは闇から現れる強欲集団という意味である。

13  日本での「実質株主制度」とは,証券会社の保護預り制度と保管振替制度を利用すれば,証券会社が発行会社に実質株主届出書を提出することで,投資家自身が名義書換の手続きをしなくても株主になることができる制度である。

14  米国では,ネイキッド・ショート・セリング(裸の空売り)が金融危機とともに問題にされた。これは受け渡しが行われない決済不履行の空売りである。つまり株を売却した後,決済日の営業日3日以内に買い手に株の引き渡しが行われない空売りである。そして,売り崩し行為を防ぐために,直近の約定価格を下回る水準での空売りを禁じる「アップティック・ルール」の再導入を含む空売り規制法案が提案されている。

15  米国においては,空売りをする場合必ずアップティック(直近の売買が成立した値段より,次に売買が成立した値段が高い場合のことを指す)で実行することを定めたルール10a-1(通称アップティック・ルール)があったが,2007年7月6日に廃止された。
ちなみに,1937年に相場が急落した際の集中砲火的な売り浴びせで,意図的な相場の売り崩し(相場操縦)が実際に存在することが立証され,ルール10a-1が成立した。