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ファンドの行動,経済効果とその功罪(U)
〜ファンドは異質な投資家か〜
辰巳 憲一*
ファンドへの関心は,経済再生,地域再生への期待を込めて,日本ではいつになく高まっている。銀行経営陣も負けておれない積極的に出るという要旨の発言をしている。官民ファンドという観点から,地方の公的部門からも関心を集めている。
既に何周か先行して前を走っている欧米でも,リーマンショック後多少の低迷を経験して,新興企業育成とファンドへの関心は極めて高い。データが整備され,実証分析も積極的になされ,興味ある結果も幾つか出ている。このような時期であるからこそ,論点も数多いが,ファンドについていくつかの論点に絞って,深く探求してみようと思う。
本稿はファンドに関連する表題の事柄の経済的背景・事例や基本の概念,そして問題意識を展開した前半の論考である辰巳(2013)から続く後編であり,特に副題に関連するオプション理論やそれらの戦略を易しく詳しく,図表などを用いて,関連するが法律論ではなく,経済学的に展開する。節番号や脚注番号は,前編に続くものである。
5 ファンドの契約とオプション戦略の詳しい解説
株式会社の議決権と経済的所有権の分離が,経済社会にとって不公平になるだけでなく,効率上不都合であると考える,立場が存在する。このことを発言したり,公表する権利を,筆者は認める。しかしながら,それを規制によって対応するいかなる場合であっても,デリバティブと空売りの理論に基づいたものでなくてはならないし,それらへの影響を考慮したものでなければならない,だろう。そうでなければ視野の狭い,結局間違った考え・施策になってしまい,発言の意図は台無しになってしまう。この観点から,オプション戦略の成果を時間的に追っていってみよう。
5−1 オプション戦略の詳しい解説
ファンドは,自身が保有する株式の値下がりを望む,局面が存在する。そのことをまず見てみよう。それを,よく知られた基本的なオプション戦略であるプロテクティブ・プットとその時間構成に沿って,オプション戦略を解説しながら説明してみよう。そして,この局面は正当
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なヘッジの過程で場合によって不可避に生じることに注意しておきたい。また,組成の仕方とその成果をみて,投資におけるパフォーマンスの真実とは何かを考えることになる。
株式発行会社の経営陣やその株主に対して利益を相反する投資家は,必ずしも,それらと反目する(悪意のある)投資家ではなく,善意のヘッジャーである可能性があるということを説明することになる。なお,巻末の本稿付録では,もう少し難しい環境のもとで,同様な事柄を展開する。
(1)プロテクティブ・プットの構成
当初,ある投資家が現株を(以下の図では1株と想定)保有していたとしよう。そこに,株価の下落リスクが高まった,としよう。そこで,例えば,プット・オプションを購入すれば,ヘッジできる。これがプロテクティブ・プット(PP と略されることが多いので,以下ではそれに従う)である。以下,図表では,いずれも1単位の取引と仮定して作図することにしよう。この種の図がそうであるように,ヨーロピアン・オプションの限月(満期)のペイオフを描く。
プロテクティブ・プットは,現株の購入価格に係わらず,株価の下落リスクをプット・オプションの行使価格までに限定できる。ヘッジ・コストはプレミアム分だけの値上がり利益機会の喪失である。いずれにしても,仕上がりはコール・オプションのペイオフ・タイプである。
当初から,まだ行使価格が高い(株式の値下がりがなく行使価格も高い)うちに,プット・オプションを購入すれば,図表1のように,高いパフォーマンスをえられる。つまり,現物を購入した時点で,株価値下がりを確信しているなら,可能ならば行使価格の高いプットを買っても良い。ちなみに,後述の論点を先取りして考えれば,このような場合,複数のオプションを同時に組成するオプション戦略をとっても,好ましいパフォーマンスがあげられる。
プット・オプションを購入するタイミングが遅れ,行使価格が現株の購入価格まで低下してから,PPした場合が図表2である。
最後に,プット・オプションを購入するタイミングがまったく遅れ,行使価格が現株の購入価格のはるか下の低い水準まで低下してからPPした場合,一般にプレミアムも大きく上昇しており,図表3にように(横軸より下の)損失ゾーンが非常に大きくなる。
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要約すれば,PP によるヘッジングでは,プット・オプションを購入するタイミングが非常に重要になる,ことがわかる。また,市場に依存しない投資成果の高さ(それが絶対リターンと呼ばれる)を投資家に謳って資金を集めるファンドの場合,図表2や3の低パフォーマンスでは投資の失敗になる。顧客投資家はこのファンドから逃げていくだろう。
(2)プロテクティブ・プットの異時間再構成
プット・オプションの行使価格が,現株の購入価格とプット・オプションのプレミアムの和に一致する場合(図表4),株価が行使価格より下がったらPP の損益はゼロになる。
それゆえ,この場合でもファンドは投資失敗の汚名から逃れられない。顧客投資家はやはりこのファンドから逃げていくだろう。
このような事態に陥ることが予想できるならば,コール・オプションを売るという重層的なヘッジ方法がある。図表4のPP を出発点にして,このようなヘッジの効果を考えてみよう。
株式の値下がりの早い段階で,コール・オプションが売れれば,コール・オプションの行使価格をPP を組成したプット・オプションの行使価格より高くできるかもしれない。その場合,合成損益は,図表5の破線のようになる。株価下落のなか,売ったコール・オプションの行使価格から得られるプレミアムがリターンの底を作って,比較的高いパフォーマンスが達成され,ファンドにとって成功になる。このようなヘッジに対するコストは,大反転して株価が上昇する場合,獲られるであろう(青天井の)利益を捨てるところにある。
このとき,もしコール・オプションとプット・オプションの行使価格が同じになれば,株価変動リスクを負わない(図表6の破線を参照)。PP にコール・オプションの売りを重ねたファンドの行動は,この場合,株価の変動に対して無差別になる。しかしながら,両オプションの行使価格が同じになる,このようなケースは稀である。この図表では,それなりの合成損益が獲られるが賞賛は獲られない。しかしながら,ファンドとしては安泰である。
ところが,株価が下落し続けるなか,コール・オプションの売りが大きく遅れると,コール・オプションの行使価格がプット・オプションの行使価格を大幅に下回り,図表7のようなヘッ
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ジ結果になってしまう。この結果,コール・オプション売りの完了後,株価が予想に反して大反転して上昇すれば,むしろ,大損失に陥ってしまう。低い行使価格のコール・オプションは売るべきではない,が教訓になるだろう。
ここで,図表5から図表6まで意義を要約すると,いずれにしても,プット・オプションのロング・ポジションとコール・オプションのショート・ポジションを組み合わせれば,株価変動リスクをコール・オプションの行使価格を上限(図表7では下限),プット・オプションの行使価格を下限(図表7では上限)とする範囲に限定することができる。
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PPにコール・オプションの売りを重ねたファンドは,図表7の場合,明確に株価の低下を望むようになる。この点で,経営陣や他の株主と利害が一致しなくなる。その理由はファンドのヘッジが遅れたからであり,ファンドのミスである。
(3)経時的オプション戦略の組成から利益が
PPによって組成された,合成コール・オプション(買い)の行使価格は,構成上当然のことながら,PPの構成要素のプット・オプション(売り)の行使価格になる。そして,次の段階で売ったコール・オプションの行使価格が良い成果を生むかどうかは,直ぐ前でみたように,売買のタイミングの成否によって,違ってくる。タイミングによって,コール・オプション(売り)の行使価格が合成コール・オプション(買い)の行使価格より高いか低いかによってパフォーマンスは違ってくる。
仮にもし,このコール・オプションの行使価格がPPの行使価格に一致すれば,更にまたプレミアムも同じならば,合成された損益は水平になる。つまり,オプション戦略はチャラになり,何もしなかったことになる。これは保有していた現物をその購入価格で売るのに等しい。それでも,現物を保有したままでは起こるであろう損失を避けることができるという意味で,考え方によっては,有効なヘッジとなる。
この点において,経時的にオプション戦略を組成する意義がある。時間の経過とともに(経時的に)オプション戦略を組成すれば,手数はかかるが,タイミングがよければ大きな利益(付加価値)を生み出せる可能性はあるのである。
(4)株主間の公平性とヘッジの成否
情報アクセスのルートと手段をできるだけ均等に設定して,株式投資の機会を平等化する,ことが株主間の公平性であると著者は捉える。
特に,小口株主と大口株主(分野によっては,支配株主という言葉が使われる)の間の公平性を維持することは現代株式市場の一大テーマであるようにみえる。
この際,ヘッジの成否は問題とならない。不公平な投資を行って,意図に反して,ヘッジに
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失敗して損益を蒙っても,不公平性が帳消しになるわけではない。損失が出た上に,公平に反する行為を行ったと弾劾されたり,訴追されたりする,ことも起こるわけである。
(5)完全分離か不完全分離か〜仔細な分析が必要
ファンドは,買収会社と被買収会社の双方の株式に投資をしていたり,株式ではなくエクイテイ関連証券に投資をしていたりすることがある。そのため,議決権行使対象会社の残余価値を高めること以外の目的・動機で議決権を行使せざるをえないという事態が当然のように生じうる。
しかしながら,その結果対象会社の価値が毀損すれば,ファンドもその分損失を受けるので,この事態を回避するために残余財産権者として経済的リスクをヘッジしたうえで,議決権だけを行使することになる。このことを「エンプティ・ボーティング」の手法と言ったわけである。エンプティ・ボーティングとは,「議決権行使に経済的利益・不利益が伴っていない」という意味であった。
完全分離か不完全分離かの2分法で分ければ,ここまで見てきたように,デカップリング戦略は不完全分離であった。リスクをヘッジした上での議決権の行使ではあるが,リスクをまったく無くした上での議決権行使では断じてありえない。一般にヘッジは簡単なことではない。ヘッジの失敗は日常的におこる。ファンドは悪であると主張しファンドに反対する,いくつかの先行する論考ではヘッジの効果や意味を間違って捉えているのではないかと思われる。ヘッジの中身の検討を抜きにして完全分離できるかどうかは議論できない。ヘッジについてのこのような捉え方は,特別なものではなく,メーカーや商社あるいは金融機関のヘッジ担当者にとって,至極もっともな結論なのである。
また,ファンドの目的と経営者の目的が大きく乖離していることはありえるが,そのケースの数は限られる。それゆえ,ファンドと経営者の対立は興味本位に誇張され過ぎているのではないか,と思う。
デカップリング戦略は,絡み合った利害を分離して,経営の効率化を図る有効な手段になりうる。利害の絡みを解けなければ倒産しかありえない企業を,デカップリング戦略によって,救えるのである。それゆえ,筆者はこの戦略が経済社会の経済効率に果たす役割を高く評価したい,と思っている。
6 ファンドは異質な投資家か
6−1 何が起っているのか
(1)株式で続く分離の現象
前々世紀初頭から世紀半ばに掛けて,日本が明治維新に取り組んでしばらく経った,まだ株式資本主義が根付いていない時期,米国では「所有と経営の分離」が唱えられ始め,問題にされた。これは,投資をする株主と経営者が異なる経済主体と成った現象であった。
最近起こっている事柄は,株式保有における「議決権と経済的価値の分離」である。それは,企業価値と株価の乖離なのか。それとも,議決権とそれら2つとの乖離なのか。いったい何が起こっているのか,以下で,少し考えてみよう。
(2)株式リターンの長短の乖離
議決権には,短期的には株式リターンの変化と直接結び付かない場合が当然存在する。特に
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このような場合に問題が生じるようである。議決権は,企業の経営戦略を変えられるものである。しかしながら,その成果が現れるのに時間を要し,むしろ株式の長期リターンと係わってくる。議決権は将来の株式リターンをもたらす手段なのである。
それゆえ,「議決権と経済的価値の分離」は,結局,「株式リターンの長短の乖離」に最も係わっているのではないかと思われる。それゆえ,これは投資の視野の差異に関わってくる。
企業は無限の将来まで存続する(閉鎖することを目的とすることは希である)視野を持つのが普通であるが,一般の投資家の投資期間は様々である。年金基金は長いが,デイトレーダーは極めて短い。他方,ファンドは中長期的と言える。裸の議決権問題は,短期の視野しか持たない投資家と中長期の視野を持つ投資家の間の戦いであるという一面も否定できないのではないかと思われる。
もちろん,既述のように,情報保有の非対称性も,重要な要素として関わってくる。しかしながら,高頻度取引が注目される現代においては,株式保有形態の多様化が進んでいる実情を踏まえると,投資期間の乖離の方も重要であるように思われる。
6−2 どこが悪いのか
事態を混乱させ絡ませたままにしているのは,法律例えば会社法が悪いのか,ファンドが悪いのか。あるいは,スワップやオプションが悪いのか,それとも会社が悪いのか。順に考えていこう。
6−2−1 法律や規制の功罪
6−2−1−1 法律や規制の限界
(1)法律や規制の特性
法律や規制については,どうだろうか。金融技術やヘッジファンドの取引手法(後述するが,これは断じて悪ではない)の進歩に規制が追いついていないことは,誰もが実感させられた。
法律や規制は,一般に,経済事象が起こる前の,事前には存在しえない,ように思える。法律が専門ではない研究者にとって,このことは厳粛な事実のように思える。法律や規制が作られるのは事後になってしまう。さらに,株式売買がグローバル化している現状の下で,日本だけ先走って法制化・規制化することは妥当ではないという実情もある。それゆえ,逆に言うと,次のようになる。法律や規制が整っていないから,法律や規制が悪いわけではない。整備していけばよいのであるし,整備していくしかない。
対象会社や対象になりそうな会社の不平は大きく聞こえてくるが,エンプティ・ボーティングの具体的な弊害が明らかではない,のも事実である。問題点の解明が済まないなかでの,法制化は一般に困難である。
(2)大量保有報告の例
英国,スイス,フランスは,従来,エクイティ・デリバティブを取引情報開示の対象とし,大量保有報告の対象に含めている。その結果,実質的議決権の隠蔽になるような大量保有は規制される。いくつか例外も定められているが,公開買付規制の実質的違反に対して,議決権の行使を制限する規制がある。
日本においては会社法制見直しの論点の一つになったに過ぎないが,これらの国では,最近,エクイティ・デリバティブを使ったhidden ownership の取得に対して一般的な規制を設ける方法で対処しよう,と動き出したと報道されている。
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実際にドイツにおいては,前述の,シェフラーが開示を行うことなく株式の買い集めを行った行為は,適法であるとされた。その後,類似の問題の一部につき立法的手当がなされる動きにつながった。
(3)事前と事後〜金融技術革新の例
創造的な新金融商品開発や設計が進められる,世界の主要先進資本市場においては,その法律・規制も次々と生まれる新しい金融技術革新を視野に入れて複雑化せざるを得ない。この事実は,金融に対する画一的な事前規制を構築・導入することの難しさを示しているように思う。
そもそも技術革新を阻害することになる,いかなる規制も避けるべきであるが,周りの無知を利用して暴利を獲ようとする先端開発者のモラルハザードを誘発する危険性はぬぐい去ることはできない。それを避けるために,適切な最小限の事前規制が必要になる。資本主義のルールを維持しながら,モラルハザードを防止するには,高度な技術が必要になる。
それだけでなく,直ぐ前の小節(1)で見たような,法規制の避けられない特性と相まって,適切な事後規制が必要なことも示している。そして,さらに事後規制は事前規制と適切に連携されるべき必然性があることを示している。
経緯はどうであれ(つまり意図して事前規制に反していようとなかろうと),法令あるいは規制(例えば持株規制・大量保有規制)を一瞬でも超える事態が事後に観察されたら,事後的には,事前の法令あるいは規制に違反していた,という捉え方も場合によって必要になるのではないかと思う。法律上では時効であっても,経済的には時効年数をはるかに超える非常に長い期間に渡って,事柄は影響するので,そのことを前提にした制度作りが必要になる,ということである。
6−2−1−2 取引制度の欠点の例
(1)貸株制度の在り方
既述のように,日本の貸株制度においては,株式の借り手が,実際に権利を取得しないでよいことを認めているから問題が生じる。しかしながら,ドイツの貸株制度においては,株式の借り手は,実際には権利も取得する。このように異なる制度も取り得るのである。貸株制度の在り方を広い,新しい視点から検討するべきかもしれないのである。
(2)デリバティブの決済制度
既述のように,シェフラー対コンチネンタルタイヤ事件では,現金決済デリバティブが問題になった。現物決済のデリバティブと現金決済のデリバティブを区別しなければならないという問題があることになる。それゆえ,規制を完結するためには個々のデリバティブ取引の決済方法まで立ち入る必要がある。
著者の考えは次のとおりである。取引の決済方法を規制することは実務上非常な困難を伴う,見返りの少ない極めて高コストな規制なのである。しかも,そもそもそういう取引の決済方法規制は有史以来行われたことがないのではないか。そういう規制を行うべきではない,だろう。
6−2−2 ファンドの功罪
株主としてのファンドについては,どうだろうか。
(1)その他株主の利益とファンドの利益
株主総会時に突然大株主として出現し,自身に都合のよい採決をする,そのために,一部では,株式市場での懸念材料になっている,というのがファンドへの批判の1つである。「裸の
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議決権」のみを保有する者は,企業価値の向上と無関係な自らの利益のみを図る可能性が高いため,その議決権行使は「株主共同の利益」に反するおそれが高い,というのもファンドへの批判の1つである。
従来この議決権分野の論評には,すべての株主が同じ予想や意見を持つべきであるという前提が,筆者には,どうもあるように思えてならない。さらに,自身に都合のよい,自らの利益のみを図る行動を(すべての)株主は,採ってはならない,という前提がどうもあるように思えてならない。特に残余債権について,企業価値最大化をもたらす議案に反対する株主の存在は資本主義を駄目にする,という思い込みがある,のではないかと思う。百歩譲っても,正しい会社提案に誰しも反対するべきではない,という前提があるのではないかと,思う。
しかし,ファンド賛成派と反対派ともに,意見の一致する事柄も多数ある。一株しか持っていない株主に,会社と命運を共にするべきであるという人はいない(そもそも誰も一株株主に関心が無いのかもしれない)。一株株主は一株だけの有限責任があるに過ぎない。また,明白に無能な経営陣が実際に経営権を握っていたとしたら,その経営政策には反対するべきである。これらの事柄に異論を唱える人は一般にいないだろう。
経営陣が経営能力を持っているのかどうか,を適切に判断することは大変難しい。過去の実績はあるが,将来新しい事態が現れた際その能力が発揮されるか,どうかもわからない。
経営能力の有る無しの評価,判断の差異だけが意見の相違をもたらすだけではない。ある経営戦略あるいは株主総会議案が企業価値を,実際,最大化できるかどうかは,そもそも,その成果は将来獲られるものであり,不確実である。この点でも評価が分かれるのである。
(2)顧客の利益とファンドの利益
損失に関する金融機関とその顧客投資家の関係は,次のようなものである。顧客に損失を負わせて,金融機関自らは利益を上げても,普通,問題にはならない。金融機関自らは,値下がりした場合に備えて空売りなどにより利益を上げられるようにしながら,値下がりによって顧客に損失を負わせることがあっても,値下がりのリスクを事前に警告している限り,倫理上の問題を感じることはありえても,その顧客は逃げていき金融機関は顧客を失うかもしれないということ以外に経済的には問題ない,と筆者は考える。この場合金融機関が損失に備えてヘッジして,損失を回避していても,同様である。
しかしながら,顧客に損失を負わせることを前提に,金融機関自らがそれによって利益を上げられるように故意に仕組めば,規則違反を犯すことになる。それは犯罪である。
金融機関をファンドに,顧客投資家を会社に置き換えれば,当然,同じ議論が成り立つ。さらに,損失に関する発行企業と投資家(ファンドなど)の関係は,金融機関と顧客投資家の関係よりさらに,自由な関係であるべきである。会社が存亡の危機にある時に,ファンドが利益を獲て,経済倫理上以外の,何の問題もない。
ファンドのなかには,確かに,困らせることだけが目的のファンドがある。このようなファンドは,困らせて,株式を高値で買い取るように会社に要求する。どのような組織・業界にも犯罪者がいるので,この事実をもってファンドに反対するべきではない。しかしながら,これをどのように区別し対応するべきかは,一般に難しい問題であるのは事実である。善悪を区別できないからというそれだけの理由で,ファンドに反対するべきではない,のである。
6−2−3 ヘッジ手段の功罪
ヘッジ手段については,どうだろうか。ヘッジ手段としてのスワップやオプションが悪いわ
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けではない。上でみたように,ヘッジにも高度で熟練した技術が必要であり,ヘッジすれば必ず成功するわけではない。しかも,投資家が投資先の事業失敗をヘッジする正当な権利を軽視していては,資本主義経済は立ち行かなくなる。また,ヘッジ失敗時のファンドの足掻き(あがき)はヘッジ手段の良否とは関係ない。
また,我が国は資源の乏しい国であり,技術や人材で,生きるべきだと言われてきた。金融工学や金融技術は退けるのではなく,技術立国の手段として盛り上げるべきなのである。これらは,むしろ,科学的な数値思考ができる日本人に向いた技術なのである。
6−2−4 会社の功罪
会社については,どうだろうか。
(1)経営者の努力
株式会社とは,本来,株主が会社を所有し,会社をコントロールする議決権を持つ仕組みである。このような株式会社を買収して利益を上げられるのは,買収して企業価値を上げ,高く売却できるからである。それゆえ経営者が企業価値をそれぞれの時点で最大化していれば,それ以上は企業価値を上げることができないから,買収される心配はない。時価総額が安いから買収をされる。この事実を知らない無能な買収者が,手を尽くして,価値がこれ以上伸びない企業を買収しても,多くの場合彼らが本来望む出口はない。
買収を防ぐためには,日ごろから業績を良くし,可能な限り株主優遇策をとり,可能な限り配当を増やして時価総額を上げておけばよい。買収防衛策を強化する必要があるのは,企業が効率的な経営をしていない,からである場合が多い。経営者が努力をせずに,「株主はバカで浮気で無責任なよそ者」であると言うだけになってしまうのは,まったく情けない。
この議論は,ファンドが経営能力を持っているかどうかとは係わりない。会社経営陣の事業失敗時の足掻き,あるいは過剰なまでの自己防衛は,会社ガバナンスの欠如の現れであり,能力の劣る経営陣の速やかな退陣を促す仕組みを会社自身が備えていなければならない,だろう。
経営者が努力していて,買収対象になるのは,言ってみれば,経営能力が不足しているからかもしれない。ファンドがさらに高い能力をどのように発揮すると主張しているのか,耳を傾けるべきであろう。
(2)ファンドの努力
ファンドの介入の結果,退場することになる経営者,特に創業者の無念は,第三者には,測りしれないものがある。しかしながら,資本主義のゲームのルールはどのようなものであるか,知っていて反ファンドを説くのは卑怯であるし,それを知らずに経営することは経営者失格である。訴訟においては「知らなかった」ことが証明されれば無罪であるが,企業経営においては「知らなかった」では破綻に結びつく。
もっとも,発行株式数の少ない企業は,他の条件を一定にして,買収され易いのも,事実である。中小規模の優良企業に対する不適切な買収にどう対応するべきかは,一般に難しい問題である。これらの点は,残念ながら多く議論されることなく,買収防衛策の策定などが企業に認められる論拠の1つになってしまっている,のは残念である。
6−3 ファンドのまとめ
ファンド一般は,ふつうの投資家・出資者であるという局面を持っており,無意味に,無策に規制しても,他の投資家に害を及ぼし,市場を破壊するだけになってしまう,ものであるこ
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とをみてきた。
しかしながら,困らせる要求を経営陣に突きつけて保有株式を高値で買い取るように要求したり,買収しやすいというだけで発行株式数の少ない中小規模の優良企業に買収の狙いを定めるファンドがいることも事実である。どのような組織や業界にも犯罪者や迷惑者がいるのは事実なので,これをもってファンドを排除するのは早計である。
このようなファンドに対して,どのように区別し対応するべきかは一般には難しい問題であるが,いくつか方法があるので,以下に説明しよう。
7 企業のあるべき対応策
現代では,敵対的M&Aがありうるという前提で日頃経営をおこなわなければならない,といわれる。それ以外の対策はどうであろうか。企業の超長期的な利益を株主の比較的短期的な圧力から守る方法は,さしあたり,次の株式の非上場化と議決権コントロールの2つしかない。
7−1 株式の非上場化
経営陣に残された選択には,まず,株式の非上場がある。多くのメリットを捨てて未上場にとどまればよい。あるいは既上場であれば株式非上場化16)
をすればよい。いずれにしても,経営権を奪取される可能性は非常に少なくなる。
日本では,2000年以降,資金調達を目指すベンチャー企業が上場基準の緩い新興市場へと流れ込み,IPO(新規株式公開)ブームが起きた。しかしながら,時が経過し,2009年における東京証券取引所の上場廃止件数は約80社と,2000年以来の高水準となった。これには,M&Aがらみもある。中小企業が今度は逆に,上場廃止を目指すトレンドが広まるかもしれない,という心配も持たれるようになった。
本節のトピックスは,M&AやMBOなどとも係わり,非常に多くの論点を含んでいるが,本稿での展開は以上に止めることにしたい。
7−2 議決権コントロールとガバナンス
どの株主にどれくらいの議決権を与えるかが,議決権付与問題であり,多くの日本企業にはこれまで直面しなかった問題である。
問題を予感するならば,経営陣は例えば普通株発行をやめ,優先株あるいは十分の一議決権付与の株式を発行すればよい。また,有効議決権数を1つ1つ勘定する際に保有期間を条件付けると株式発行会社にとって計算は大変になるが,議決権行使を長期保有株主に限るという方法も多少有効である。ちなみに,フランスでは,5年以上の期間株式を保有しないと議決権が発生しないという制度をとる企業がある。
7−2−1 議決権コントロールとその他の具体的な方法
種類株を発行するGoogleとFacebookの方法とそれ以外の様々な方法を説明していこう。
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(1)10分の1議決権
例えば,2004年にIPOしたGoogleは,投資家に宛てた書簡の中で,「新規投資家は長期にわたってGoogleの経済面を完全に共有することになるが,議決権を通して戦略的決定に影響を及ぼすことは,ほとんどできない」と述べ,株式購入希望者に対して,そうした創業者の意向に注意するよう促した。
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の米国大手Facebookも,2009年11月「偉大な事業の確立に向け,引き続き長期的に注力することが可能になるよう,既存株主は特定の課題に関して議決権の行使力を維持したい意向で,そのため2種類の株式システムを導入する」ことを明らかにした。これは,長期的な利益を短期的な圧力から守るための仕組みである。2種類の株式という仕組みがもし存在しなければ,大半の株主は,同社の創業者が求めた長期的な成功を犠牲にして,短期的な利益のためのビジネスの決定を強引に通すことになってしまう,という理解がなされている。
これは,2004年8月に引受証券会社を経由せずオンラインでIPOした際Googleがとった方法である。なお,Facebookが上記意見を表明した際株式公開は今後2,3年はないとの考えも同時に表明されていた。実際,Facebookが上場したのは2012年で,NadaqのIPO売買発注システムに障害が生じるハプニング付きで,予想外に大きく報道された。
GoogleとFacebookがとった議決権コントロールは米国などの先進国では希な例ではないが,ガバナンス問題が残ることを指摘する論者もいる。
(2)議決権付与条件設定による方法〜期間と多議決権
先に少し触れたように,短期で売買を繰り返す株主が大半になり,企業経営が彼らの売買に大きく左右される事態を避けるため,長期に保有する株主だけに議決権を付与する方法がある。
フランスでは,72%の企業が何らかの一株多議決権原則を採用しているとする調査(ISS Europe(2007)17))がある。フランスでは,その付与の条件として株式の保有期間が定められている。一定期間(2年)株式を継続保有した場合議決権が2倍になる多議決権株式が認められており,上場企業上位120社のうちの約6割の企業が導入しているという調査(企業価値研究会(2007))もある。
具体的にみてみれば,一般的な慣行では,全額払い込まれた後の特定の期間,通常では2年間,同じ株主名義で継続的に登録された株式は,2倍の議決権を取得することになっている。なお,もし株式が無記名株式に転換されるか,もしくは譲渡された場合(相続,配偶者との財産分与,または配偶者もしくは他の資格のある親族に対する寄付などを除く)は,2倍の議決権は自動的に失効する。
議決権付与には,他に,様々な方法がありえる。例えば,ダンラヴィー(2006)によると,19世紀の米国企業では,一株一議決権原則だけではなく,一株主一議決権原則も存在したという。一人一票は,民主主義における代表的な決議方式であり,小口株主と大口株主の間の平等性が保証される。これが最も厳密な意味で株主民主主義である。
長期保有株主だけに議決権を付与する方法にも欠点がある。このような遣り方によって,逆
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に,長期保有株主だけになってしまったら,株式の流動性がなくなり,新たな投資家がその会社の株式を購入できなくなってしまう。ひいては,増資ができなくなってしまうかもしれない。
それゆえ,このような遣り方をとっても,短期売買で売却益を狙う株主に依然として株式を購入し続けることを認められるのか,検討する必要がある。
(3)議決権停止による方法
フランス企業は,定款によって2倍の議決権を定められるだけでなく,総会出席を一定数以上の株式を保有する株主に限定する,ことが認められている。その結果,小口株主が株主総会に出席できない会社がフランスでは存在することになる。
逆に,ある数値を超える議決権が取得された場合,その超過分の議決権を行使するのを一定の期間停止させることもできる。一定の期間には,2年,5年あるいは所定の書類が提出されるまで,と定められている18)。
これらは,フランスにおいては,M&Aに係わる買付者に適用される場合に限られる。しかし,当然ながら,買収防衛策として他の分野にも適用できる可能性がある。
(4)決議方式によるコントロール
決議方式を様々に設定することによって議決権をコントロールすることもできる。相対多数決制や累積投票制などを,CFA 協会(2009)などの解説を参考に,役員選任議案を例にして,いくつか説明しておこう。取締役として選任されるためには過半数の票を獲得しなければならないのが一般的である。
議案が決議されるためには過半数の票を獲得しなければならないとする多数決制(majority voting)が代表的な決議方法である。この場合でも,過半数の測り方を投票総数の過半数,または有効票の過半数,などにすることによって決議の行方は異なってくる場合は多い。
その一方,相対多数決制(plurality voting)という制度は,他に候補者がいない場合には少なくとも1票を獲得すれば残りの議決権が賛成していなくても役員選任議案は可決するという決議方法である。カナダや米国の企業で未だに採用されている19)。
累積投票(cumulative voting)方式では,株主が保有している各候補者への票のすべてを1人の取締役候補者に投じることができる。例えば,ある株主が100万株を保有しているとしよう。さらに,1株に1票が与えられるとすると,仮に10人の候補者がいた場合,株主は各候補者に100万票を投じる代わりに,1人の候補者に1,000万票を投じることができる制度が累積投票方式である。結果として,少数株主が取締役会に代表者を送る機会が増えることになる。
(5)情報開示要求
一定比率の議決権を有する株主に対して情報開示を請求する権利を対象会社と関係政策部門に付与する方法もある。これに近い制度は,イギリスで行われている。
【111 頁】
開示する情報に,保有動機を直接含めればよい。そうできなくても,それを推察できる情報を要求することができれば,一定のプレッシャーになる。
しかしながら,この法制化は難しいと言われる。なぜか?株式発行会社としても具体的に「誰に」,何をどう説明すればよいのかがわからないと,コーポレート・ガバナンスの実効性の観点からも問題があるとの議論がある。つまり,実質株主は調査でしかわからないし,実質株主の適切な(誤りのない,100%正しい該当株主を知る)調査方法も不明である。
7−2−2 議決権ガバナンス
(1)株主平等主義は守られている原理なのか
ファンド行動は株主民主主義への挑戦である,とみなされることが多い。そして,買収防衛策導入の際企業は,株主平等主義を持ち出す。買収防衛策は全ての株主を「公平かつ平等に扱う」ための助けになると,論理の展開や事実の提示もなく,説明する。
しかしながら,株主に対する平等な取り扱いという理念は,そもそもは少数株主の取り扱いに由来しており,買収防衛策とは関係ない筈である。
日本では,前節(1)から(4)でとりあげた措置は,株主平等原則に反するという考えがある。しかしながら,日本では,他方で無議決権優先株の存在を認めているので,厳密には,この考えは矛盾している。あるいは,種類株は些細な例外であるという捉え方なのだろうか。あるいは,株主平等原則に対する考え方は変化してきた,というべきなのかもしれない。
買収防衛策導入企業は,御都合主義で,株主平等主義を主張しているに過ぎない。日本人は団体行動する傾向があると考えられている。このような「見える集団主義」だけでなく,見えない集団主義も存在するという言い方もなされる場合がある。言い換えると,日本では共同体意識が作用した制度作りがなされてきた。その結果,少数派に対してどう基本的な権利を保証するか,少数派の基本的な権利とは何なのか,を考える努力をしてこなかった。日本では,少数派に平等な権利を保証することに努力してこなかった,のである。
株主権は蔑ろにされている事例は,むしろ,日本では多い。日本では株主平等主義は幻想なのである。株主平等主義を理由に,様々な規制を導入する論拠は満たされていない,と思われる。
その例として,上にあげた種類株制導入があげられるが,それ以外にもある。次に外国企業の上場と株主権保護に関する問題をあげておこう。外国企業を日本の取引所に上場することをすすめながら,日本人株主と上場外国企業との間の訴訟を整備する法制は後回しであった。それに関わって起こった問題事例が株主権保護である。
日本の会社法では,会社の定款変更や組織再編に反対する株主は,会社に対して公正な価格で株式を買い取るよう請求できる。買取価格に不満ならば裁判所に公正価格を決めてもらうよう申し立てられるが,対象は日本の会社のみである。外国企業には適用されなかった。該当する事例で,日本法に基づいて日本の株主が東京地裁に訴えられる仕組みを用意したのはある外国会社だけであった。
(2)議決権自体のガバナンスが必要
退場するべき企業が,それを避けるために,敵対的買収を困難にする対策を様々にとってくる。その手段に議決権が使われてきた。また,今後その手法は高度化する恐れがある。議決権コントロールが行き過ぎると,株主平等原則に反するだけでなく,企業のガバナンスを失う恐れがある。企業価値研究会(2007)の提案を参考に,その予防策を考えておこう。
敵対的買収の困難化を防止するにも,いくつか方法があるので,順に考えてみよう。サン
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セット条項やブレークスルー条項を規定することを,買収防衛策を制定しようとする(している)企業に対して,義務付ける方法がまず存在する。それらは次のようである。
一株一議決権とする株主総会の特別決議等によって,一定期間経過後に,買収防衛スキームの解消を可能としたり,予め定めた一定の条件が成就した場合に買収防衛スキームが解消されるなどの仕組み,つまりサンセット条項と呼ばれる条項,を規定に組み込ませるのである。
または,買収者が一定数の株式を取得した場合等には,自動的に例えば種類株が普通株式に転換する仕組み,つまりブレークスルー条項と呼ばれる条項,を規定に組み込ませる,のである。
多議決権株式の横暴を防ぐ場合には,多議決権株式の議決権を総議決権の一定割合(例えば1/3未満)に制限し,かつ取締役会決議による取得条項を付す,という方法がある。
小口株主が保有する議決権を保護する方策に対しては,程度に応じて,いくつかの方法がある。まず,相対的に議決権の少ない株主に与えられる,会社法322条1項に定める拒否権を定款で排除すること(同2項)を,そもそも,禁止する方法が1つの極論である。
それが不可能で,これら株主の拒否権を定款で排除することになる場合があろう。その場合でも,いくつか多様な対応方法がある。同項に定める列挙事項を行うことで,当該株主に損害を及ぼすおそれがあるときに,不当な損害を及ぼさないための方策を採用するのである。その方策には,具体的に例えば,第三者委員会の活用,独立した第三者による評価(フェアネス・オピニオン)の取得,それぞれの種類の株主の取扱いをあらかじめ定款で定める,などがある。支配権の濫用を防止し,コーポレート・ガバナンスを達成するには,社外取締役を活用する方法もある。
8 まとめ
民主主義を犯す者に対して公民権停止という罰がある。公民権の停止は,日本では一般に選挙権や被選挙権の停止と理解されている。禁治産者,禁錮以上の刑に処せられた者が対象になる20)。
民主主義を犯す者に公民権停止があるように,株式市場のルールを犯す者に株主権の停止があってしかるべきである。株主権の停止要件が広く議論されなければならないだろう。
それは,個々の企業が自由に決めるべきか,それとも当局や裁判所が,事前に定められたルールの下,最終的に決定するべきか。
個々の企業が定められる範囲を自身で定めることが出来れば,他のステークホールダーを考慮することなく,自身に都合の良いように,都度決めてしまう。それゆえ,事実上,その判断は当局の認定にゆだねられること,裁判所の手続を経ること,にならざるを得ないのではないか,と思う。
ファンドは, 経営者のインセンティブを増す契約を結ぶ。例えば, 段階投資(step
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investment。辰巳(2005)など参照)など,のような契約も様々ある。ファンドは,それゆえ,他の投資家の資産を増やす,付加価値を提供している。米国年金では,オルタナティブの分類項目にファンドへの投資がリストアップされ,相当の額が投資されている。ファンド一般は株式市場のルールを犯してはいない。それゆえ,ファンド一般が株主権の停止の対象になることはない。
議決権はコントロールできる。むしろ,買収防衛策の行き過ぎで企業のガバナンスが壊れる方が心配である21)。それは経済を停滞させ,停滞を長引かせ回復を遅らせる。
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【116 頁】
付録 ヘッジ,オプションと動的オプション戦略
A−1 ヘッジやオプションの基本概念復習
(1)ヘッジ概念〜完全ヘッジvs 不完全ヘッジ
何の犠牲も払わずにヘッジ出来るわけではない。ヘッジすれば,何かを犠牲にしている。この犠牲をヘッジ・コストと呼ぶ。
完全ヘッジは,利益の機会までなくしてしまう,ヘッジである。不完全ヘッジは,利益機会を残すヘッジである。それゆえ,完全(不完全)ヘッジは高(低)コストである。
一般に,一言でヘッジといっても,様々なレベルが存在することになる。
(2)プレミアムや行使価格
プレミアムとはオプションの価格であるため,プレミアムの高低を決めるのは,オプションの需給である。また,それを決めるのはアウト・オブ・ザ・マネーつまり原資産価格水準と当該オプションの特性との関係である。本稿との関連では,ボラティリティが高くなれば,プレミアムは高くなる,点に注目しておきたい。
行使価格は,原資産価格の推移に合わせて,変更される(傾向がある)。しかしながら,投資戦略に合わせた都合のよい行使価格のオプションは売買できないと考えておくべきであるのが普通である。それがもし出来れば,好運なのであると考えるべきである。
(3)その他
商品の解説を主として行っているのはKat(2001)である。オプション,スワップ,などとポートフォリオ戦略との関係は,辰巳(2005)を参照。CFD とポートフォリオ戦略との関係は,辰巳(2010)を参照。
なお,アフィン・モデル,アフィン・ジャンプ過程あるいはレビー過程(例えば,最近の著書ではKyprianou-Schoutens-Wilmott(2005)参照)の分析は本付録では展望しない。本稿についてはジャンプ過程については必ずしも体系的ではない。
A−2 動的オプション戦略
オプション単体では難しくないが,複数組み合わせれば,執行と管理が難しくなる。組み合わせが時間次元で行われると,オプション戦略は一般にさらに難しくなる。以下では,時間次元で展開されるオプション戦略の基本アイデアを展望してみよう。
A−2−1 組成の時間分布によるオプション戦略の分類
複数のオプションを組み合わせるオプション戦略は既述のように複雑である。これらの戦略の分類を時間次元で行っておけば,分析する場合に役立つ。
(1)同時組成
同時組成とは同時に2つ以上のオプションを売買して,ある特定の商品を作ることである。例には合成売り,など多数ある。合成売りは,例えばコール売りとプット買いを同時にする。両オプションの行使価格とプレミアムが同じであれば明瞭に現物の売りを合成できる。
(2)異時点組成
異時点組成には,2つ考えられる。今日,前もって将来の異時点間のオプションを組み合わせる,のが1つ目の方法である。それにはリスクもあり,難しい。しかも,それらを複数組み
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頁】
合わせるとボラティリティは極めて高くなる場合がある。
なお,限月が異なるオプションを組み合わせるカレンダー・スプレッド等が,前に行った分類との間の中間に位置している。
これらに対して,時間の経過とともに複数のオプションを(経時的に)組成していくのが,第二の方法である。手数はかかるが,戦略として現実的で,うまくやれれば利益を生む,ことが本稿本文の以上の説明からもわかろう。
(3)条件付き組成
時間次元で展開するオプション理論や戦略は発展し,最近は,条件付きオプションが導入され,プライシングもなされるようになった。
条件付きオプション,つまり何らかの条件が満たされるとオプションが有効になったり無効になったりするオプション,それらの代表であるノックイン・オプションやノックアウト・オプション,を組み込むヘッジ方法がある。これを応用した商品としては,日本では,KI債などで名前が知られている。KIとはノックインのことである。
A−2−2 動的なオプション理論と戦略
(1)カレンダー・スプレッド
古くから知られテキストブックに載っている,オプションの時間戦略は,カレンダー・スプレッド(calendar spread)であるが,大きなリスクがあることもよく知られている。
カレンダー・スプレッドはある原資産に対する期近のオプションを売り,期先のオプションを買うオプション戦略である。満期日が近いオプションは,満期日が遠いオプションよりも,タイム・ディケイによってより早くプレミアムが稼げるという現象を利用した戦略である。特に,期近のインプライド・ボラティリティが期先のインプライド・ボラティリティよりも高い場合,利益になる可能性が高い。
大きなリスクが生まれる理由は,時間の経過に懸けるようなペイオフになっているからである。それゆえ,どういうポートフォリオに組み込むべきか,十分検討するべきである。
(2)先スタート・オプション
先スタート・オプション(forward start options あるいは forward-started options)は,将来のある時点t1にオプションがスタートする。その限月(満期)時点をt2とすれば,オプション期間は(t2−t1)となる。
原資産が株式である先スタート・コール・オプションのペイオフは,株価をS(t)で表し,kを行使価格ファクターとして,
Max{0, S(t2)−S(t1)k},あるいは(S(t2)−S(t1)k)+,
で表される。(・)+ は(・)のプラス値(マイナスならゼロ)を表す。これは,名目変動(variable notional)型先スタート・コール・オプションのペイオフである。名目固定(fixed notional)型先スタート・コール・オプションのペイオフは,
Max{0, S(t2)/S(t1)−k},あるいは(S(t2)/S(t1)−k)+,
となる。先スタート・プット・オプションもMaxをMinに代えるなどすれば同様に定義される。
【118 頁】
評価方法として,もっとも簡単なのは,将来時点t1以降は普通のオプションなので,それにBSモデルを適用し,その後現時点の評価に引き戻す方法である。原資産価格が安定的に推移している場合,また,割引率(つまり金利)の予測が容易である場合,問題ない。原資産価格ボラティリティが安定的でない場合,後述のCEVモデルに基づくことが多い。
ヘッジングに関しては,先スタート・オプションのデルタ,ガンマ,セータとベガは,オプションがスタートする前は,当然,ゼロである。この事実は,当然ながら,ヘッジングに活用される。
(3)ノックイン・オプションやノックアウト・オプション
ノックイン・オプションやノックアウト・オプションは何らかの条件が満たされるとオプションが有効になったり無効になったりする。
そのうち,リンク債型ノックイン・コール・オプションは,定められた事象が生じればオプションが有効になり,オプション期間終了時Tに株価水準の変化倍率S(T)/S(0)に応じた金額が支払われる。事象が生じなければ一定の額面が支払わ(償還さ)れる。額面をPとし,該当事象として株価S(t)がオプション期間において一度でもC以下になる場合を考えてみよう。ペイオフは,
P・1{S(t)>C}+Max{P, P・S(T)/S(0)}・1{S(t)≦ C},
となる。1{・}は,{S(t)>C}や{S(t)≦ C}などの条件{・}が成立する場合1,そうでない場合0を表す数学記号インデックスである。ノックイン・プット・オプションもMaxをMinに代えるなどすれば同様に定義される。
プライシングには,ノックインつまり{S(t)≦ C}となる確率とオプションのペイオフが生じる,つまり{S(T)/S(0)>1}となる確率の2つが係わる。そのため,これら2つの事象の同時密度分布関数を求める必要がある。簡単なケースについては,既に解析解が導出されている。
ノックイン・オプションやノックアウト・オプションを図に正確にかつ適切に表すには,条件を図示する困難があり,一般には難しい。本付録の以下で図表を描く場合は,点線でそのペイオフだけを示すことにしよう。
A−3 対応する具体的な商品での分析
A−3−1 クリケットの事例
(1)クリケットとは
クリケット(cliquets)は,最初にフランスで導入されたと言われ,ペイオフ(payoff)が原資産S(ti)の将来のパフォーマンス(S(ti)/S(ti-1)−1)に依存するボラティリティ商品(volatility products)の1つである。ラチェット・オプションとも言われる。具体的には,行使価格が将
来のオプション期間中定期的にリセット(reset)可能な,オプションである。
オプション期間をnに分け,リセット時が必ずしも等間隔ではなく,0= t0 < t1 < … < tn=Tとすると,例えばフロアが2.5%,キャップが5% のクリケットのペイオフは,
(Σi=1 2.5%∨(S(ti)/S(ti-1)−1)∧ 5%)+,
と表される。Σはnまで総和する。ここで,記号は,x∨y=Max{x, y},x∧y=Min{x, y}である。このペイオフは単利型と呼ばれる。
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クリケットには,参照資産の価格が事前に定められた額面の一定割合より下がれば都度,配当が支払われるタイプ,などもある。
(2)クリケットのプライシングとヘッジング
クリケットを,将来のリセット期毎に個別の先スタート・オプションが始まるATM先スタート・オプションのポートフォリオと捉えて,評価する方法がある。ATMとはAt The Moneyの略である。この発想は利付債をゼロクーポン債のポートフォリオと捉える方法と似ている。事実,債券価格評価モデルを応用するクリケット評価方法もある。
クリケットをATM先スタート・オプションのポートフォリオと捉えると,クリケットのデルタ,ガンマ,セータとベガは,先スタート・オプションのそれらの総和になる。この点がヘッジングに役立ちそうである。しかしながら,デルタ,ガンマ,セータとベガは,クリケットのリセット時前後に行使価格が変えられ,不連続であるので,不都合が生じる。そのため,プライシングやヘッジングの分析は後述のCEVモデルに基づくことが多い。CEVモデルの下,先スタート・オプションやクリケットのプライシングやヘッジングは,Eales-Tunaru(2004)でも展開され論じられている。
クリケットの解説とプライシングはO-B-B-F-J-L(2007)などを参照のこと。プライシングのために参照するモデルは市場ではまだ確定していなかった(O-B-B-F-J-L(2007), p.50の主張)なかで,O-B-B-F-J-L(2007)は1つのプライシング・モデルを提示する。クリケットのヘッジングはP-Z-S-C-K(2008)なども参照のこと。
A−3−2 ノックイン・オプションの事例
(1)KI債
KI債は,満期までに,株価が基準価格を一度でも下回った場合(このことを「ノックインする」と定義される)は,株価の終値に応じて一定の計算式によって償還額が決定される。一度も下回らなかった場合には,額面100%で償還される。期間内にノックインすると,いわば元本が値下がりした株式ファンドになり,投資家にとって損失が出てしまう。
一般にKI債は高利回りになるが,そのからくりはデリバティブを組み合わせているからで,KI債購入者は,原株式のノックイン・プット・オプションを売って,そのプレミアム(オプション価格)で利回りを受け取る仕組みになっている。この事実は,詳細は省くが,KI債のペイオフを分解すればわかる。
ちなみに,ノックイン・プット・オプションのプレミアムは,ノックインという条件付きなので,条件のない同じオプションより低くなる。同じコール・オプションのプレミアムは条件のない同じオプションより高くなる。
(2)ファンドがノックイン・プット・オプションを利用すると
ファンドが,ノックイン・プット・オプションを買うとすると,好ましい成果をもたらすのではないか。事実,VC ファンドのラチェット契約は,既述のように,ノックイン・オプションを買っていることに相当している。
それでは,ファンドは行使価格をどう設定するべきだろうか。行使価格が(平均)株式購入価格(あるいは発行応募価格)である,ノックイン・プット・オプションが適切であろう。いずれも,別稿で詳しく説明することにしたい。
A−3−3 CEV モデル
次の2式から成るCEV(constant elasticity of volatility)モデルは,一般の幾何ブラウン過程 【120 頁】 dS(t)= μS(t)dt +σS(t)dZ(t)における拡散項が一般化され,dS(t)=μS(t)dt +σS(t)αdZ(t)などと表わされるだけでなく,ボラティリティも時間に依存する変数v(t)になる。それゆえ,確率ボラティリティ(stochastic volatility)モデル,あるいはSV モデルとも言われる。
dS(t) = μS(t)dt + v(t)αS(t)dZ(t),
dv(t) = κ(θ−v(t))dt +σv(t)αdω,
ここで,μはドリフト・パラメター,σ,αとθはその他のパラメターである。Z(t)とωはブラウン運動を示し,それらの相関は一定,corr (dZ(t), dω)= ρ,と仮定される。
これらの式において,α=0.5とすると,Heston(1993)のSQR(2乗根)モデルになる。分析はこのSQR-CEV モデルに基づくことが多い。さらに,また,このSQR-CEV モデルは解析解が導出されており,GARCH モデルを含み,計測も可能になる(いずれもHeston-Nandi(1997)を参照)。
プライシングやヘッジングに際して問題になるのはスマイル(smile)である。ボラティリティ・スマイルとは,株式,為替等のオプション市場で観測されるオプション価格からBS モデルを用いて計算したボラティリティ(インプライド・ボラティリティ)と行使価格との間にみられる関係であり,行使価格の両端で観察されるボラティリティが上昇する現象である。CEVモデルはこのスマイルを説明できる。
ちなみに,いわゆるジャンプ拡散モデルでは,第一式においてκS(t)dN(t)の項を右辺に足す。ここで,N(t)は,あるintensityのa finite activity counting processを,κはジャンプ・サイズを,表す。それゆえ,体系は次のようになる。
dS(t) =μS(t)dt+v(t)αS(t)dZ(t)+κS(t)dN(t),
dv(t) =κ(θ−v(t))dt+σv(t)αdω。
A−4 ノックイン・オプションの活用例
ノックイン・オプションを活用する例として,コール・オプションの売りをヘッジする,ことが考えられる。この際の問題点を考えてみよう。プット・オプション売りの下落リスクをノックイン・プット・オプションの買いでヘッジする場合も,適切な変更を加えれば,同様である。
(1)コール・オプション売りをヘッジ
無限底なしの下落リスクのあるコール・オプションの売りを如何にヘッジするべきか。このコール・オプションの売り手がかかえる大きなリスクを回避するためには,事前には,
@ ITM(in the money)のコール・オプションを売るようにする,事後的には,
A コール・オプションを買う,いわゆるunwindする,あるいは,
B 株式の値上がりが進む前にオプション買い手への引渡し用に現株を購入する,
などの方法がある。1989年の日本の株価バブルにおいては,実際,Bのための現物買いが進み,株価高騰を加速することに貢献したことが知られている。Aをさらに進めた形である,次の
C ノックイン・コール・オプションを活用する,
が,第4の方法であり,以下で展開しよう。
ノックイン・コール・オプションとしては,オプション期間の満期までに,株価がノックインすると(換言すれば,ノックイン条件が満たされれば),普通のオプションになる,と仮定しよう。ノックイン条件が満たされなければ,このオプションは消滅し,プレミアムの支払いだけで終わる。
【121 頁】
ノックイン条件としては,株価がノックイン(基準)価格を一度でも上回った場合とする。ノックイン(基準)価格の水準は,さしあたり定めずに議論を進めていき,最後に考えてみよう。
図では,ノックイン・オプションの損益を点線で表すことにしよう。作図を統一するために,ノックイン・コール・オプションのプレミアムの上限を当初コール・オプションのプレミアムとする。
(2)ノックイン・コール・オプションの成功例
ノックイン・オプションを活用して成功するかどうかは,まず,行使価格による。
ノックイン・コール・オプションの行使価格 < コール・オプションの行使価格,
の場合,図表A1に見られるように大変好ましい合成損益が獲られる。
低いプレミアムでノックイン・コール・オプションが買えるという前提で図表A1は描かれているが,プレミアムが多少高くなっても傾向は同じである。しかしながら,プレミアムが極端に高くなると,合成損益はマイナスになる場合が生じる。
(3)ノックイン・コール・オプションが確定リターンをもたらすケース
次に,
ノックイン・コール・オプションの行使価格=コール・オプションの行使価格,
という特殊な場合,図表A2のように,合成損益はあるレベルで確定する。プレミアムは,当初のコール・オプション売りのそれよりは低いと予想できるがどれ位のプレミアムでノックイン・コール・オプションを買えたかが確定リターンの高さを決め,この戦略が成功か失敗かを分ける。ノックイン・コール・オプションのプレミアムが極端に高くなると,合成損益はマイナスになってしまう。
【122 頁】
(4)ノックイン・コール・オプションの失敗例
当初コール・オプション売りがOTMになってからヘッジを行うことに相当する,
ノックイン・コール・オプションの行使価格 > コール・オプションの行使価格,
の場合図表A3のように合成損益は右下がりになり,ノックイン・コール・オプションによるヘッジ戦略は失敗である。
低いプレミアムでノックイン・コール・オプションが買えるという前提で図表A3は描かれているが,プレミアムが低くなくても合成損益の傾向は同じである。このようなノックイン・コール買いは行うべきではないことになる。
【123 頁】
(5)ノックイン条件の決定〜まとめ
最初の2つの図表に共通に見出されるのは,ノックイン・コール・オプションの効力を発生させる最良のタイミングは,株価が上昇してノックイン・コール・オプションのペイオフがプラスになる時点を選ぶことである。
ノックイン価格をこの水準に定めれば,株価が低い水準に留まっている場合コール売りのメリットを残したまま,株価が反転して上昇した場合にはヘッジが有効になる。ちなみに,ノックイン条件が満たされる水準まで株価が上昇しなかった場合,ノックイン・コール・オプションは有効にならないがそのプレミアムは既に支払っているので,当初コール・オプション売りから得られる利益はその分減る。
それでは,行使価格はどう決めればよいだろうか。それは,当初の売りコールの行使価格以下の水準にすればよい。
(以上)