【15 頁】
レセプトデータによる終末期医療費の削減可能性に関する統計的考察
鈴木 亘
要旨
本稿は,富山県における65歳以上の国民健康保険加入者の1998年4月から2003年3月の5年接続レセプトデータを用いて終末期医療費の現状を確認し,その上で,終末期医療費の削減可能性を考える上で基礎的な知見となる分析を行った。具体的には,@終末期医療費について,患者属性や医療機関側の特性を考慮した上で分布の幅を求めた。その結果,終末期医療費の平均値と95%下限の差の割合は5%〜8%と小さく,標準化・地域格差縮小による削減可能性は意外に低いことがわかった。A次に,身体的な差異が小さいものの,自己負担率が大きく異なる69歳と70歳の人々に対して,老健移行前後で終末期医療費がどのように変化したかを比較した。その結果,死亡前12ヶ月から3ヶ月までの入院状況の差異を主因として,老健移行後に終末期医療費が20〜40%程度大きくなることが分かった。B最後に,介護保険開始前後で終末期医療費を比較したところ,介護保険開始後に入院死亡率,死亡者の入院率は下がっており,年間医療費に占める死亡者の医療費割合は減少したことが分かった。ただし,一人当たりの死亡前医療費は3〜10%ほど介護保険開始後の方が増加しており,在宅医療・介護推進によって医療から介護にシフトした分の終末期医療費は,一人当たり終末期医療費の低い人々のものであったと想像される。
1.はじめに
終末期医療費に関する研究は,米国ではLubits and Prihoda(1984)や Scitovsky(1984)等を嚆矢として,患者レセプトデータを利用した膨大な研究論文が80年代半ばから90年代にかけて次々と発表された。最近では,一時ほどの勢いはないものの,それでも数多くの論文が発表され続けており,方法論上の洗練化(Felder et al.(2001),Hoover et al(2002)),介護と医療の関連性(Liu et al(2006),各国の状況(Stooker et al(2001),Polder et al(2006)),終末期医療費の予測可能性(Garber et al(1999))等,様々なテーマに分化・深化して精力的な研究が
【16
頁】
続けられている。これに対して,わが国では前田(1987)を嚆矢とし,90年代初めのレセプトデータを利用した本格的な研究が府川・郡司(1994),府川(1998),府川・児玉・泉(1994)などによって行なわれたものの,その後はこれらに匹敵し得る信頼性の高い研究がほとんど途絶えてしまっている状況である1)。
一方で,わが国の終末期医療費をめぐる政策論議では,医療費抑制策の一環として常にその削減可能性に偏った議論が行なわれており,近年の基礎的研究不在の中で,政策当局による大雑把な試算・大胆な政策方針が許容されている状態である。例えば,2005年7月の第17回社会保障審議会医療保険部会において,厚生労働省は,現在の死亡前1ヶ月の終末期医療費を9000億円と試算した上で,在宅医療・介護の促進によって2025年度の終末期医療給付費が5000億円削減されるといった大胆な推計を発表しているが,その前提や根拠は極めて希薄であると思われる。もっとも,こうした結果を受けてか,2006年の医療制度改正後も,在宅医療推進による終末期医療の高コスト是正という方針は,経済財政諮問会議における「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」にも受け継がれている。
しかしながら,終末期医療費の削減可能性については,科学的な研究対象としてはほとんど何も解明されていない領域であり,研究者間でも削減可能性・実行可能性については確たる知見はないばかりか,客観的エビデンスのない中で,激しい意見の対立が起きている。特に,「福祉のターミナルケア報告書」(長寿社会開発センター(1997))や医療経済研究機構による同種の報告書(医療経済研究機構(2000))を巡って,主に社会保険旬報誌を舞台にして,激しい論争が繰り広げられたことは記憶に新しい(石井(1998a),石井(1998b),横内(1998),広井(1998),西村(1998),石井(2001),片岡(2001),白木・荒井・石井(2002a, b))。削減可能性に反対する石井氏らの主張(石井(1998a,2001)は,医療経済学者が行なうレトロスペクティブな終末期医療の定義は,医療現場の意志決定には役に立たないものであり,プロスペクティブな視点が必要であるということである。この指摘は確かに正しいものであるが,医療関係者も余命の見通しの告知という形である程度の予想を行っていることもまた事実であり,全く終末期医療の定義ができないというのも極端な話であると思われる。こうした状況に対して,米国ではGarber et al(1999)等が終末期医療をプロスペクティブに予測し,削減可能性を探っているが,まだまだ予測の精度は非常に低い。実務的なレベルでは,今年,日本救急医学会や厚生労働省が,終末期医療の決定や中止に関するガイドラインを相次いで発表したが,現場の意思決定に役立つにはまだまだ課題が多い。したがって,今後とも,プロスペクティブな観点から様々な様相の終末期医療を捉え,どこまでが削減可能なのかという見極めを行う研究が地道に続けられてゆくべきであろう。
こうした中,本稿では,以下の2つの目的を持って終末期医療費を分析した。ひとつは,府川氏らによる一連の研究以降途絶えていた長期間の接続レセプトデータによる終末期医療の実
【17
頁】
態について,最近時点のデータを用いて再把握を行なうことである。
もうひとつの目的は,終末期医療費の削減可能性を議論するうえで,今後,基礎的知見・出発点となる定量的情報を収集することである。具体的には,これまで検討されてきた「プロスペクティブな予測可能性の模索」という方向性とは全く別のアプローチを取り,@医療費分布,A自己負担率変化,B介護保険開始といった3つの観点からの分析を行った。すなわち,医療費分布については,地域差解消や標準化によって解消できる余地が存在すると思われるが,種々の要因をコントロールした上での終末期医療費分布の幅を計算した。次に,終末期医療費の自己負担率が限界的に低すぎ,モラルハザードが生じる可能性が指摘されているが(鈴木(2004),西村(1998)),自己負担が上昇した場合にどの程度終末期医療費が減少されるのかを,老健移行前後の終末期医療費の比較によって分析した。最後に,在宅医療・介護促進によって終末期医療費が減少するとの政策当局の見方に対して,それがもし正しければ在宅化が急速に進んだ介護保険開始前後にも既に変化があったはずなので,それを検証する分析を行なった。
2.データ
2.1 データの構成
本稿で用いるデータは,筆者を主査とする研究会(国民健康保険医療費レセプトデータ解析事業)に対して,富山県の国民健康保険団体連合会より提供された医療費レセプトデータである。このデータは,1998年4月時点で,国保組合を除いて富山県の国民健康保険加入者であった者全てについて,最長で5年間(1998年4月から2003年3月)の毎月のレセプト情報が含まれており,今回はそのうちの65歳以上の加入者のデータを使用する2)。この月次データ(Aデータ)に含まれている情報は,個人コード,市町村コード,性別,年齢(毎年5月1日時点),診療区分(入院,外来,歯科,調剤別),日数,件数,医療費(給付費に自己負担を加えたもの,点数×10),給付費(保険者負担分),食事療養費,食事療養費標準負担額,一部負担金(一部負担金は薬剤一部負担金を除いた金額),薬剤一部負担金,高額療養費(現物分のみ),公費負担額(医療費総額のうち公費(国または自治体)で支払った額),資格喪失事由,資格喪失年月,保険の区分(一般,退職者,老健)である。社会診療行為別調査のような具体的な医療行為についての情報は存在しない。
個人番号コードは,加入者番号など個人を特定できるものではなく,国保連合会によって新たに振られたIDを用いた。このIDを用いて,後に説明する患者属性データとの接合を行なうことができるが,個人情報の保護の観点から,研究者側はIDと加入者番号を照らし合わせることができないようになっている。資格喪失事由は,0:非該当,1:転出 2:死亡 3:その他の事由で資格喪失という番号が立ててあり,資格喪失年月と合わせて,終末期医療費を月別に特定することが可能である。また,個人別に毎月のデータに,保険区分(一般,退職者,老健)を記録していることから,老健に移行した月が特定できるようになっている。
上記のAデータは,主疾病や医療機関などに関する属性情報が全く存在していない。そこ
【18
頁】
で,この点を補うために,毎年5月時点のみ把握可能な属性情報データ(Bデータ)を,5年分別途作成している。属性情報には,ID,性別,生年,市町村コード,診療区分(入院,外来,歯科,調剤別),診療日数,医療費,保険の区分(一般,退職者,老健)などの同一項目のほか,診療科区分3),医療機関種別4),医療機関番号,診療開始日,傷病名コード(疾病119分類)が記録されている。
2.2 データの加工について
本稿の分析対象である終末期医療費については,資格喪失事由が「死亡」の人々に対して,失資格喪失月を0,その前月を1,その前々月を2…としてゆくフラッグを立て,死亡前期間ごとに識別している。各月には,入院,外来,歯科,調剤別の4種類のレセプトが存在しているが,無受診月には各医療費は欠損値となっているので,これを0で埋め,4種類を合計したものを総医療費とした。また,死亡前期間の累積医療費を用いる場合には,死亡月(0),死亡月から3ヶ月(0-2),6ヶ月(0-5),12ヶ月分(0-11)の医療費を,個人ごとに時系列で合計したデータも作成した。死亡月の医療費は,平均的には0.5ヶ月分しか存在しないために,全て2倍して仮想的な死亡月の医療費を作成している5)。母数が十分に大きい場合には,平均値は0.5ヶ月分に収斂するために,平均値をみる分析にはバイアスはもたらされないと考えられる。これは回帰分析を行う場合にも同様である。また,死亡前月ごとの平均値を取るに当たっては,無受診月を除いて受診月だけのベースで集計している。
さて,Aデータにのみで分析する場合には,用いる死亡前期間別に終末期医療費の全サンプルを用いているが,Bデータと重ね合わせて用いる場合には,IDによってBデータとマッチ
ングできるサンプルのみとなる。Bデータは毎年の5月分だけであるから,そのままマッチングした場合には,サンプルは大幅に減少することになる。そこで,死亡月から遡って最も近い5月の属性情報を死亡月の情報として埋める作業を行なった。Bデータが同月で診療区分(入院,外来,歯科,調剤別)ごとに複数ある場合には,その中で最も高額のレセプトデータとなっ
【19
頁】
ているものを選んで,マッチングさせることにした6)。もっとも,B データ自体,5月に受診していない場合には存在しないので,Aデータ(679,868件)に対してマッチングできる確率は76.0%(516,379件)である。主疾病名などの属性情報については,調剤のみの場合など,Bデータ自体にも記載されていないケースがあるので,マッチング確率は更に低く69.0%(468,898件)である。
2.3 富山県の特性
最後に富山県の医療費状況の特性についてみておこう。2002年度の老人医療費の地域差指数は0.981とやや低く,都道府県別順位は23位とほぼ中間に位置する。ただし,入院の地域差指数は1.114(順位13番目)とかなり高く,それを際立って低い入院外0.854(45位)や歯科0.773(41位)が相殺して全体が平均値となっている格好である。2000年度の「病院報告」によると,療養病床での在院日数は,全国平均171.6日であるのに対し,富山県は360.4日と長期入院の傾向がある。また,高齢化率は2000年の国勢調査で20.7%と,全国の17.4%に比べて高くなっている。したがって,その意味では終末期医療を分析した本稿の結論をそのまま全国ベースに普遍化することは難しいだろう。次に,後述の介護保険前後の分析に関連する介護保険サービスの利用可能性についてみてみよう。2000年度の厚生労働省『介護サービス施設・事業所調査』をみると,富山県の介護老人福祉施設の定員数は,全国平均1,358.4人に対し1,394.3人,介護老人保健施設は全国平均1,061.3人に対して富山県1,392.2人,療養病床(医療型・介護型を含む)は,全国平均1,080.5床に対し1,848.9床,介護型のみの療養病床数でも,全国平均527.6床に対し,富山県は1,088.8床となっており,介護施設で看取りを行なう可能性は全国よりも高いと思われる。
3.終末期医療費の現状
3.1 死亡医療費のシェア
表1は,2002年度分の医療費を,年度内の死亡者の医療費と生存者の医療費に分類して,各シェアをみたものである。まず,年齢合計についてみると,死亡者の総医療費合計が全体の総医療費に占める割合は10.4%である。この割合は,1991年度に11県分のデータを分析した府川・郡司(1994)の11.2%,1992年度に5県分のデータを分析した府川(1998)の11.7%よりやや低いがほぼ同水準であるといえる。また,この割合は,年齢が高くなればなるほど大きくなって行くが,この点も彼らの得た知見と一致している。死亡者医療費に占める入院医療費の割合は合計で87.0%であり,89.4%とした府川・郡司(1994)とほぼ同水準である。さらに,死亡者の入院医療費が,老人の入院医療費に占める割合は年齢合計で17.5%となっており,長寿社会開発センター(1994)の示した19.2%よりもやや低い程度である。
3.2 死亡者一人当たり月別医療費
次に,図1は,死亡前1年間の死亡者一人当たり月別医療費についてグラフ化したものである。死亡月に向けて死亡前6ヶ月あたりから急増し,特に3ヶ月前からの上昇が激しいことが
【20
頁】
わかる。図2のようにもう少し長い死亡前期間(3年)をとると,死亡前の医療費高騰しているのはせいぜい6ヶ月前あたりからであるという府川(1998)の見方が適切であるように思われる。図中には,府川・郡司(1994),府川(1998)等の先行研究で用いられてきた入院+入院外の総医療費も描かれているが,調剤,歯科を含んだ本稿のベースとほとんど差異はない。ちなみに,死亡前1年間の医療費に占める死亡月の医療費の割合は28.2%である。
表2は,死亡前期間ごとに死亡者1人当たりの累積総医療費を計算しているが,死亡前1ヶ月(当月)が66.0万円,死亡前3ヶ月が135.2万円,死亡前6ヶ月が200.2万円,死亡前12ヶ月が288.5万円となっている。表3はそれを更に内訳ごとに見たものであるが,8割以上が入院医療費で占められることがこの場合にも確認される。
図3は年齢階級別に,死亡者1人当たり月別医療費の推移を見たものであるが,これも府川・郡司(1994),府川(1998)が得た,年齢階級が高くなるほど終末期医療費が低くなるという知見と一致している。グラフ中,65-69歳の階級は先行研究では示されていないものであるが,ひとつ上の階級である70-74歳の階級と非常に近く,両階級の差異は,他の階級間で見られる差異よりもかなり小さいことが興味深い。
3.3 疾病分類別医療費
Bデータとマッチングしたサンプルについて,死亡月の主疾病の疾病大分類(19分類)別に,死亡者1人当たり月別医療費の推移をみたものが図4,図5である。後述の表4にみるように,分類が存在しないものや,存在していてもシェアが小さいもの(1%以下)は省略している。これらをみると,死亡直前の医療費高騰は概ねほとんどの疾患に対して観察されることがわかる。特に死亡前3ヶ月以内の高騰が激しいものは,新生物,感染症及び寄生虫,内分泌,栄養及び代謝疾患,呼吸器系の疾患,筋骨格系及び結合組織の疾患などである。一方,神経系の疾患は死亡前の高騰が最も緩やかである。新生物,尿路性器系の疾患は,死亡前1年間のどの月もほぼ一貫して他の疾病分類よりも高額の医療費となっている。
図6は,疾病119分類のベースで,死亡月の主疾病名の割合が高かったものについて死亡者1人当たりの月別医療費の推移を見たものである。ここでも,月別パターンについていくつかのバリエーションが見られる。死亡直前の医療費高騰が大きいものは,虚血性心疾患,高血圧性疾患,糖尿病などである。胃の悪性新生物,器官・気管支及び肺の悪性新生物については,直前の医療費高騰はさほど大きくないが,6ヶ月程度前から高騰が顕著に始まっている。脳梗塞は,死亡前1年間の医療費がずっと高く,直前の高騰は相対的に緩やかである。高血圧性疾患は死亡月を除き,他の分類よりもかなり低い医療費に止まっている。
表4は,疾病分類別の死亡者1人当たり累計総医療費と疾病分類別のシェアをまとめたものである。シェアについては,死亡前6ヶ月の累計医療費のベースで取っているが,疾病大分類でもっともシェアが大きいものは,循環器系の疾患の38.6%,次いで新生物の18.8%であり,その他は数パーセント台である。この点も,府川・児玉・泉(1994)とだいたい類似しているといえる。死亡前12ヶ月で最も累積総医療費が高いものは,尿路性器系の疾患529.4万円であり,新生物の420.7万円がそれに次いでいる。逆に医療費が低いものは,サンプルシェアが1%を超えているものの中では,皮膚及び皮下組織の疾患258.2万円,消火器系の疾患268.2万円,循環器系疾患288.1万円などである。119分類については,死亡前12ヶ月の累積総医療費が高いものは器官・気管支及び肺の悪性新生物393.6万円,胃の悪性新生物345.7万円であり,逆に極
【21
頁】
端に低いものは高血圧性疾患の213.5万円であった。
3.4 入院状況カテゴリー別医療費,医療機関種別医療費
府川(1998)では,死亡前の入院状況によって死亡者一人当たり月別医療費のパターンが大きく異なることを発見している。そこで,府川(1998)が行なった死亡前6ヶ月のカテゴリーを12ヶ月に直して,a:死亡前12ヶ月に一度も入院をしない,b:死亡月のみ入院しているもの(b1)+死亡月と前月のみ入院しているもの(b2)の合計,c:死亡前の12ヶ月ずっと入院している,という3つのカテゴリーに分類した。図7は,それを月別医療費の推移で示したものであるが,府川(1998)が指摘したとおり,パターンに大きな差異があり,入院の受診増加が医療費高騰に影響していることがわかる。
一方,Bデータとマッチングできたものについては,医療機関種別に終末期医療費の大きさをみることも出来る(表6)。死亡前12ヶ月の累積医療費が突出して高くなっているのは大学病院の473.6万円である。病院は概ね350万円近辺であるが,その他法人病院,その他の公立病院,官公立病院,医療法人病院,個人病院の順に医療費が高い。診療所は医療法人にせよ個人診療所にせよ低く,250万円程度である。こうした状況は,前田(1987)が確認した昭和57年の死亡者1日当たり入院医療費の状況と類似している。
4.削減可能性に関する考察1:医療費分布からのアプローチ
4.1 分析の戦略
近年,一般の医療費に関して,質をコントロールした上での費用抑制に有効な手段として,EBM,医療の標準化が注目されている。すなわち,同じ疾病,同様のステージ,同様の患者特性の場合には,治療行為や治療内容の標準化を図り,医療費分布の高位にあるものを低位に標準化することで医療費の縮減が可能となる。最近では,同じような問題意識から医療費の地域差の研究も進んでおり(地域差研究会,2001),2006年の医療保険制度改正で,在院日数などについて議論されたように,地域差を最低レベルの地域にあわせることによって医療費削減を行なうという考え方が政策にも反映されてきている。それでは,終末期医療費に関しても,同様の発想でその削減可能性を考えることができないものであろうか。
図8は前述の死亡者に占めるシェアの高い疾病について,その総医療費分布をカーネル推定によって見たものである7)。各疾病とも分布の形状は様々なバリエーションがあるが,@右裾が非常に長くなっていること,A分布のバラツキが非常に大きいことが特徴として指摘できる。この分布のバラツキの大きさには,患者属性の差やステージの差,医療機関や診療科の差など様々なものが含まれているはずであるが,こうした諸属性による差異を取り除いていった後の分布の幅を計算することにより,終末期医療費の標準化可能性を探ることにする。そのために,次のような定式化の推定を行なう。
【22 頁】
被説明変数 log Mi,t は死亡前1年間の一人当たり月別総医療費であり,医療費分布が右裾の長い偏った分布となっているために対数をとって正規化を試みている。Xi,t は患者属性であり,性別,年齢階級,119分類の疾病別ダミー変数,当月に入院しているか否かのダミー変数を取っている。入院ダミーは疾病のステージの代理変数と考えているが,どの時期に入院を開始するかという選択自体,削減可能性のある変数である可能性がある。そこで,入院ダミーについては説明変数に含む定式化と含まない定式化の2つを推定することにした。Zi,t は医療機関側の属性で,19の医療機関種類に関するダミー,36の診療科に関するダミーをコントロールする。その上で,死亡前月の各ダミー変数Yi,t-l の係数を推定し,exponentialをとって各月の総医療費の95%信頼区間を算出することにより,様々な属性をコントロールした上での終末期医療費の分布の幅を確認する。死亡前月ダミーについては,12ヶ月分全てを用いるために定数項無しのモデルとしている。
4.2 分析結果
表7は入院ダミー無しの定式化における推定結果である。119分類の疾病別ダミー変数,医療機関種ダミー,診療科ダミーの係数は表示を省略している。性別,年齢階級,死亡前各月も全て有意となっている。推定結果を元に,死亡前月の信頼区間を算出したものが表8である。例えば,死亡当月の医療費は推定値が78.3万円であるのに対して,95%下限71.8万円,95%上限85.4万円であり,分布の幅はかなり小さいことがわかる。推定値と95%下限の差は高々6.5万円程度であり,この部分が削減できるとしても掛かった医療費の8.3%程度に過ぎない。また,死亡前の各月ともこの割合はだいたい一緒である。死亡前6ヶ月,12ヶ月の定義で終末期医療費を計算すると,削減可能性のある医療費はそれぞれ17.1万円,22.6万円程度で,総医療費のやはり8%強に過ぎない。
一方,入院ダミー有りの定式化における推定結果が表9である。信頼区間を表示した表10では,各係数の推定値と95%下限との差の割合は5%台半ばまで縮小していることがわかる。これらの結果から解釈すると,属性をコントロールした上での終末期医療費の分布の幅は意外なほど小さく,終末期医療費のガイドラインを整備するなどして,例え95%下限に標準化を行なったとしても,それによって得られる医療費削減効果は5〜8%程度と1割にも満たないことがわかった。
5.削減可能性に関する考察2:自己負担率の差異からのアプローチ
5.1 分析の着眼点
終末期医療の削減については,医療提供者が「みなし」を行うべきかどうか,終末期医療へのアクセスを制度的に絶つか絶たないか,といった供給サイドの議論ではなく,患者自身の自己選択を尊重するという需要サイドの視点も考えうる。むしろ,経済学的にはその方が本質論であり,第三者が終末期医療を受けるかどうかを決めるよりは,本人が決める方が消費者主権の立場からは望ましい。しかしながら,鈴木(2004)が詳しく分析しているように,わが国の終末期医療における患者自己選択は,告知,インフォームドコンセント,リビングウィルなどの普及,ホスピス,安楽死や尊厳死に関する法制度など,どの点をとっても問題が多く,患者が終末期の自己選択ができる環境が整っているとは言いがたい。さらに,老人の自己負担率は
【23
頁】
1割と低く,また,高額医療費制度の存在により,終末期医療費の自己負担率は上限に達した後は限界的に0となってしまうという点も,患者の自己選択が甘くなり,モラルハザードが生じているとすれば,その背景となっていると思われる。そこで,西村(1998)が主張するように,患者の自己負担を引き上げて,患者や家族の自己選択を促すという方法も政策手段として考え得る。特に,末期ガンの延命医療のように,QOLが高まるとは思えないのに膨大な費用がかかる治療に関しては,それを選択する以上は,ある程度の自己負担を求めることが妥当であると思われる。
そこで,自己負担率を引き上げた場合にどの程度終末期医療費が減少するかを,自己負担率が変化する老健移行前後のデータから推測することにする。具体的に,69歳と70歳の年齢では,疾病などをコントロールした上では,それほど大きな身体的差異は無いと思われるが,自己負担率が老健移行前の3割と移行後の1割と大きく異なることに注目し,両者の終末期医療費の状況を比較する8)。
5.2 終末期医療費の状況
図9は,サンプルのうち69歳と70歳のデータを取り出し,老健移行前と移行後を分けて死亡前の月額医療費の状況を見たものである。データの年齢は毎年5月1日時点で把握されている年齢なので正確ではないが,先に述べたように,老健への以降月は保険区分(一般,退職者,老健)を毎月記録しているために,かなり正確に把握できる9)。図をみると,死亡当月については老健移行前の方が若干高いものの,死亡前1年のほかの月では老健移行後の方が一貫して高いことがわかる。
次に,図10は死亡前期間別に一人当たり総医療費の分布を,カーネル推定によって,老健移行前と移行後で比較したものである。まず,最上段の左列の死亡月の総医療費分布をみると,老健移行後(rouken)と老健移行前(non-rouken)では若干の分布のズレが生じているが,分布の中央はほぼ同じ値であり,差異は非常に小さいことがわかる。次に,その下の死亡前3ヶ月の総医療費の分布をみると,大きな差異が生じている。老健移行前の分布は双峰の分布であり,移行後には左側の山が崩れ,右側の山が高くなっている。死亡前6ヶ月では老健移行前,移行後ともに双峰であり,移行後の方が右側の分布の山が高い。死亡前12ヶ月でも老健移行前と移行後の差異は右側の山の大きさであり,老健移行後に右の山が高くなっている。まず,この右側の山と左側の山を区別しているのはどのような要因なのであろうか。右列ではそれぞれの期間ごとの入院医療費のみを取り出し,分布を推定したものである。これをみると,その分布の山は左列の総医療費分布の右側の山に一致していることがわかる。つまり,総医療費における双峰の分布は入院医療費とそれ以外の医療費に対応しており,老健移行前と移行後の総医療費の差異は,入院状況の差異によって生じているのではないかと想像できる。死亡月はさすがに入院がほとんど避けられないことから分布は非常に類似しているが,死亡月からある程度はなれた期間の入院の状況には,入院状況の差異が生じており,恐らくそれには自己負担率の
【24
頁】
差異が影響していると思われる。
5.3 分析の戦略
そこで,死亡月ごとの累計総医療費について,次のような定式化で推定を行い,定量的に老健移行による終末期医療費の増加効果を計測する。
サンプルは69-70歳の年齢で,@死亡月のみ,A死亡前3ヶ月まで(0-2),B死亡前6ヶ月(0-5)まで,C死亡前12ヶ月まで(0-11)の4期間のデータセットを作成した。被説明変数 log Mi,t は毎月の総医療費の対数を取っているが,その期間は@〜Cごとに限定されている。Xi,t は患者属性であり,性別,119分類の疾病別ダミー変数,当月に入院しているか否かのダミー変数を取っている。入院ダミーは疾病のステージの代理変数とも,削減可能性を含む変数とも考えられるために,前節の分析同様,入院ダミー有り,無しの2つの定式化で推定することにした。Zi,t は医療機関側の属性で,19の医療機関種類に関するダミー,36の診療科に関するダミーをコントロールする。その上で,老健移行後のダミー変数Ri,t の係数を推定し,どの程度,老健移行で死亡期間別の累計総医療費が高まっているかを評価する。データの単位としては,「毎月」の総医療費ではなく,個人ごとに累計総医療費を作って「個人別に」推計するという方法も考えられたが,老健移行後ダミーRi,t が月次単位のものであり,したがってサンプルによっては,同一個人の死亡前期間の途中で老健に移行するサンプルが発生しているため,月次単位のデータで推計を行なうことにした。月次単位であっても,データセットの期間を,累積医療費を作るベースの期間で区切っているため,推計結果は各期間別の累積医療費を評価していることと同じことになる。
5.4 推計結果
表11はまず,入院ダミー無しの定式化の推定結果である。119分類の疾病別ダミー変数,医療機関種ダミー,診療科ダミーの係数は表示を省略している。老健移行ダミーの係数は,死亡月のサンプルで有意ではないものの,死亡前3ヶ月,6ヶ月,12ヶ月ではそれぞれ有意な結果となっている。係数の大きさをみると,死亡前3ヶ月の累積総医療費は老健移行前に比べて43.0%も高くなっており,6ヶ月の場合には35.4%,12ヶ月の場合には30.2%高まっていることがわかる。しかしながら,死亡前の入院状況については,自己負担率の差異によるモラルハザードの表れとして削減対象とみるのか,病状のステージや必要性の高い医療行為として避けがたいものとして削減不可能なものと見るかによって,結論は大きく変わる。そこで,入院ダミーを説明変数に加えて削減不可能なものとし,死亡前の入院確率の差をコントロールした上で,それでも老健移行によって終末期医療費がどれほど変わりうるのか見たものが,入院有りのモデルである。表12の結果をみると,老健移行ダミーの係数は,死亡月のサンプルでこそ有意ではないものの,死亡前3ヶ月,6ヶ月,12ヶ月ではそれぞれ有意な結果となっており,係数から判断すると,この場合においても,それぞれ老健移行前に比べて17.2%,20.1%,24.7%累積医療費が高くなっていることが分かる。もちろん,これら値には69歳と70歳の身体的な差異の影響がわずかに含まれている可能性があるが,それを考慮した上でもかなり顕著に 【25 頁】 高い値だと思われる。
6.削減可能性に関する考察3:介護保険開始による差異からのアプローチ
6.1 問題意識と介護保険開始前後の状況
厚生労働省が試算しているように,もし,在宅医療や在宅介護の推進によって終末期医療費が大幅に減少するのであれば,既に介護保険開始時に終末期医療費の変化が見られたはずである。すなわち,介護保険開始によって在宅介護や介護施設での受け入れ態勢の整備が進んだことから,比較的医療の必要性の少ない状態で死亡を迎える人々については,入院確率あるいは入院期間が少なくなって,介護保険後は終末期医療費が減少したと思われる。
そこでまず,前節と同様に,死亡前期間における死亡者一人当たりの月別医療費から確認することにする。図11は介護保険前の1998年4月から1999年3月と,導入後の2000年4月から2003年3月までの月別医療費を比較したものである。両者はほとんど同じ形状をしており,両者の差異は非常に小さいことがわかる。よく見ると,死亡月から死亡前3ヶ月では若干ながら介護保険開始後の総医療費が高く,死亡前3ヶ月以前では介護保険前の方が総医療費が高いように見える。次に,死亡前月ごとの総医療費の分布及び入院医療費の分布をみたものが図12である。前節の図10と同様の順序で並んでいる。介護保険開始後(kaigo)と開始前(non-kaigo)で分けている。死亡月の総医療費をみると,若干ながら中央値は介護保険開始後の方が高くなっていることがわかる。一方,死亡前3ヶ月,6ヶ月,12ヶ月の総医療費の分布をみると,やはり,前節でみられたような双峰の分布をしているが,入院医療費の右の山は介護保険開始後に全て低くなっていることがわかる。しかしながら,右の入院の山の中央値は明らかに右にずれており(右列の入院医療費),したがって入院確率が下がったことと,入院医療費の分布が右にずれたことが相殺し合って,死亡前月の介護保険前後の変化がほとんど存在しないように見えるのだと思われる。
6.2 推定による一人当たり死亡前医療費の変化
しかしながら,介護保険前後の比較は時系列間の比較となるために,前節とは異なり,その間の年齢の上昇などの属性の変化をコントロールして比較しなければならない。そこで,介護保険開始前後の効果を定量的に捕らえるために,次のような定式化で推計を行なう。
上式は(2)式とかなり類似している。サンプルは65歳以上の全年齢で,@死亡月のみ,A死亡前3ヶ月まで(0-2),B死亡前6ヶ月(0-5)まで,C死亡前12ヶ月まで(0-11)の4期間のデータセットを作成した。被説明変数 log Mi,t は,データセットごとに,毎月の総医療費の対数を取っている。Xi,t は(3)同様の患者属性であり,性別,年齢階級,119分類の疾病別ダミー変数,当月に入院しているか否かのダミー変数である。入院ダミーは(1)(2)同様,有り無しの2つの定式化で推定した。Zi,t は医療機関側の属性で,19の医療機関種類に関するダミー,36の診療科に関するダミーをコントロールする。その上で,介護保険開始後のダミー変数 Li,t の係数を推定し評価を行う。データの単位は,(2)同様,月次単位の総医療費であり,サンプルで期
【26
頁】
間を@〜Cのように区切っていることにより,累積総医療費のベースで推計することと基本的には変わらない。
表13は,入院ダミー無しの定式化について,サンプル期間別に推計を行なった結果である。119分類の疾病別ダミー変数,医療機関種ダミー,診療科ダミーの係数は表示を省略している。介護保険ダミーの係数は,死亡月のサンプルで有意ではないものの,死亡前3ヶ月,6ヶ月,12ヶ月ではそれぞれ有意な結果となっている。係数の大きさをみると,死亡前3ヶ月の累積総医療費は介護保険開始によって3.5%高くなっており,死亡前6ヶ月で7.8%,死亡前12ヶ月で10.4%高くなっている。次に入院ダミーを考慮して入院確率の差異をコントロールした場合についての推定結果をみると(表13),死亡前3ヶ月でやはり3.5%,死亡前6ヶ月で5.4%,死亡前12ヶ月で8.0%高くなっている。この時期,診療報酬は2000年改定で実質0.2%の引上げ,2002年改定−2.7%の引下げであったし,消費者物価指数(保健医療)も1998年の99.1から,99年98.4,2000年97.6,2001年98.2,2002年97.1とむしろ下がっているので,介護保険開始によって死亡者一人当たりの終末期医療費は,やはり引き上がったといえるだろう。
6.3 入院死亡率,入院確率,死亡者の医療費割合の変化
しかしながら,トータルの終末期医療費がどう変化したかを見るためには,介護保険開始によって,入院死亡率や死亡者の入院確率がどのように変化したのかも合わせてみる必要がある。表14は,入院死亡率(入院を経由して死亡する率)と死亡者の入院率(死亡者のうち入院をしていた人の比率)の推移を1998年度から2002年度について推移をみたものである。死亡者の定義は表1と同様,その年度内に死亡した者という定義である。表14をみると,介護保険前の入院死亡率は2.7%(1998年度),2.6%(1999年度)であったものが,介護保険後開始後には2.4%(2000年度),2.3%(2001年度),2.4%(2002年度)と若干下がっている。死亡者の入院確率は既に図12の各グラフにおいても確認できているが,数字を確認すると,介護保険前の79.6%(1998年度),79.4%(1999年度)に対して,介護保険開始後には78.0%(2000年度),76.5%(2001年度),77.8%(2002年度)とやや減少している。年齢が高齢化している影響をコントロールするために,年齢階級別にみても,全ての年齢階級で同様の傾向が見られる。特に高い年齢階層ほど,入院確率が下がる度合いが大きく,入院を経ずに介護の分野で死亡しているのではないかと想像される。その結果として,表1で計算したものと同様に,死亡者医療費の総医療費に占める割合を各年度で計算すると,この時期高齢化が進展しているにも関わらず,介護保険前の10.3%(1998年度),10.0%(1999年度)から,介護保険開始後は9.5%(2000年度),9.3%(2001年度)と下がっており,2002年度になってようやく10.4%になったことが分かった。つまり,介護保険開始によって,介護施設や在宅介護の受け皿が増えたことが,医科で入院して死亡する人々の割合を減少させ,死亡者の医療費の占める割合自体も減少させたと考えられるであろう。介護施設や在宅介護で看取れる場合には相対的に重篤な疾患ではないと考えられるので,結果として,医療保険のレセプトデータに反映される一人当たりの終末期医療費は,医療費の少ない対象者が除かれることによって,介護保険後に若干の上昇をみたものではないかと想像される。
【27 頁】
7.結語
本稿は,富山県における65歳以上の国民健康保険加入者の1998年4月から2003年3月の5年間の接続レセプトデータを用いて,終末期医療費の現状について確認し,その上で,@終末期医療費の地域格差などによる分布の幅,A老健移行前後の自己負担率変化と終末期医療の関係,B介護保険開始による在宅医療・介護促進の自然実験(Natural Experiment)の結果から,終末期医療の削減可能性を議論するうえで必要となる基礎的情報を収集した。まず,終末期医療の現状については,富山県という地域限定の結果ではあるが,2002年度の死亡者の医療費(入院,入院外のほか,調剤,歯科を含む)は,10.4%であり,その内訳のほとんどは,入院医療費であった(87.0%)。また,死亡者の入院医療費が全体の入院医療費に占める割合は,17.5%であった。死亡者一人当たりの死亡前1年間の月別医療費の推移をみると,府川・郡司(1994),府川(1998)が1990年代初めのデータで確認したように,@死亡月に近づくほど加速的に高騰してゆき,特に死亡前6ヶ月から顕著である,A年齢階級別には高齢になるほど高騰が緩やかであり,全体の累積医療費も少ない,B入院状況のカテゴリー別でパターンが大きく変わる事などが確認された。また,今回新たに,疾病別のパターンや医療機関別のパターンなどについても報告を行なった。
終末期医療費の分布の幅については,患者属性や医療機関側の特性を考慮した上でその95%区間を求めると,平均値と下限の差は5%〜8%と意外に小さいことがわかった。次に,身体的な差異が小さいものの自己負担率が大きく異なる69歳と70歳の人々に対して,老健移行前後の終末期医療費を比較すると,死亡前12ヶ月から3ヶ月までの入院状況の差異を主因として,老健移行後に終末期医療費が20〜40%程度大きくなることが分かった。最後に,介護保険開始前後で終末期医療費を比較したところ,介護保険後に,入院死亡率や死亡者の入院確率が下がったために,死亡者の医療費割合は減少していることが分かった。ただし,一人当たりの死亡前医療費は3〜10%ほど介護保険開始後に増加しており,介護施設や在宅にシフトした人々は比較的低額の終末期医療費であったことが想像される。
本稿の結果からまずいえることは,属性をコントロールした終末期医療費の分布の幅は意外に小さく,したがって標準化による削減余地は以外に小さいということである。
第二にいえることは,終末期医療費に対する自己負担を引き上げることは,医療費削減という意味ではある程度効果的である可能性があるということである。ただし,その場合にはあくまで医療のアウトカム(治癒率,生存率,生存期間,QOLの回復)が変わらないということが前提である。もし,自己負担率が引きあがり,医療費が抑制されることでアウトカムのレベルが下がるということであれば,単純に医療費削減のために自己負担を上げるべきという議論にはならないであろう。本稿の分析では,死亡者のみを取り出してみているために,生存者を含めてこの時期の医療行為がどのようなアウトカムを生み出しているかを適切に評価できない。この点を探るためには,別の角度からの分析が必要である。
最後に介護保険開始前後の分析からは,在宅医療・在宅介護の推進による終末期医療費の減少は,一定の効果を挙げるということが想像される。ただし,それは比較的低額の医療費のところでシフトが起きるのであり,高額の医療費が掛かる部分では依然として医療機関への入院が必要である。その場合,一人当たりの死亡前医療費がやや上昇するという現象が見られるこ
【28
頁】
とから,在宅医療・介護推進による終末期医療費削減効果についてあまり過大な期待は禁物であるといえるだろう。
参考文献
阿波谷敏英(2004)「死亡前一年間の医療および介護費用の検討」 『季刊社会保障研究』 Vol.40,No.3,pp.236-243
石井暎禧(1998a)「老人への医療は無意味か ─ 痴呆老人の生存権を否定する 「竹中・広井報告書」」 『社会保険旬報』 1973号,pp.6-14
石井暎禧(1998b)「みなし末期という現実 ─ 広井氏への回答」 『社会保険旬報』 1983号,pp.14-18,1984号,pp.36-39,1985号,pp.32-35
石井暎禧(2001)「終末期医療費は医療費危機をもたらすか 「終末期におけるケアに係わる制度及び政策に関する研究報告書」 の正しい読み方」 『社会保険旬報』 2086号,pp.6-14
医療経済研究機構(2000)「終末期におけるケアに係わる制度及び政策に関する研究報告書」
大日康史(2002)「高齢化の医療費への影響及び入院期間の分析」 『季刊社会保障研究』 38(1):52-66
小椋正立・鈴木玲子(1998)「日本の老人医療費の分配上の諸問題について」 『日本経済研究』 No.36,pp.154-183
片岡佳和(2001)「終末期におけるケアに係わる制度及び政策について」 『社会保険旬報』 2095号,pp.12-15
厚生労働省・終末期医療に関する調査等検討会(2004)「終末期医療に関する調査等検討会報告書─今後の終末期医療の在り方について─」
白木克典・荒岡茂・石井暎禧(2002a)「死亡高齢者の医療費は本当に高いのか─入院医療費の年齢階層別分析・1」 『病院』 61(6):482-486
白木克典・荒岡茂・石井暎禧(2002a)「死亡高齢者の医療費は本当に高いのか─入院医療費の年齢階層別分析・2」 『病院』 61(7):578-582
鈴木亘(2002)「終末期医療の自己決定に関する経済学的考察」 『Gerontology New Horizon』 14(3):p245-249
鈴木亘・鈴木玲子(2003)「寿命の長期化は老人医療費増加の要因か?」 『国際公共政策研究』 (大阪大学)第8巻第2号,pp.1-14
鈴木亘(2004)「終末期医療の患者自己選択に関する実証分析」 『医療と社会』 (財団法人・医療科学研究所)第14巻3号,pp.175-189
高木安雄(2001)「高齢者のターミナルケアと政策選択:QOL の向上と自己決定の課題と展望」 『医療と社会』 10(4):25-40
長寿社会開発センター(1994) 『老人医療と終末期医療に関する日米比較研究報告書』
長寿社会開発センター(1997) 『 「福祉のターミナルケア」 に関する調査研究事業報告書』
鴇田忠彦(2001b)「エコノミストの終末期医療考(<特集>終末の医療を見直す)」 『三田評論』 1036号,pp.24-29
今野広紀(2005)「生涯医療費の推計─事後的死亡者の死亡前医療費調整による推計─」 『医療経済研究』 vol.16
西村周三(1998)「21世紀医療保険改革の課題」 『社会保険旬報』 No.2001,pp.6-10
広井良典(1998)「ターミナルケア論議において真に求められる視点は何か─「死の医療化」への深い 【29 頁】 疑問について―」 『社会保険旬報』 No.1975,pp.13-17
府川哲夫(1998)「老人死亡者の医療費」 郡司篤晃編著 『老人医療費の研究』 丸善プラネット株式会社
府川哲夫・郡司篤晃(1994)「老人死亡者の医療費」 『医療経済研究』 Vol.1,pp.107-118
府川哲夫・児玉邦子・泉陽子(1994)「老人医療における死亡月の診療行為の特徴」 『日本公衆衛生雑誌』 Vol.42(11),pp.942-949
前田信雄(1987)「入院医療費の高騰と死亡前医療費」 『老人の保健と医療』 日本評論者
横内正利(1998)「高齢者の終末期とその周辺―みなし末期は国民に受け入れられるか―」 『社会保険旬報』 No.1976,pp.13-19
Felder S., Meier M. and Schmitt H. (2000), “Health Care Expenditure in the Last Months of Life”, Journal of Health Economics, vol.19:pp.679-695.
Garber, A. M., T. E. MaCurdy, and M. C. McClellan (1999), “Medical Care at the End of Life: Diseases, Treatment Patterns, and Costs” Frontiers in Health Policy Research. Garber, Alan M., ed., Cambridge: MIT Press, pp. 77-98.
Hoover DR, et al (2002), “Medical expenditures during the last year of life” Health Serveses Research 37, pp.1625-1642
Liu K, et al (2006), “End of life Medicare and Medicaid expenditures for dually eligible beneficiaries” Health Care Financing Review 27(4), pp.95-110
Lubits, J. and Prihoda, T. (1984), “Use and costs of medicare services in the last two years of life” Health Care Financing Review 5(3), pp.117-131
Lubits, J., J. Beebe and C. Baker (1995), “Longevity and Medicare Expenditure,” The New England Journal of Medicine Vol.332, pp.999-1003
Polder JJ, et al (2006), “Health care costs in the last year of life -The Dutch experience” Social Science and Medicine 63, pp.1720-1731
Scitovsky A. A. (1984) “The High Cost of Dying: What do the Data Show?”, The Milbank Quarterly, vol.62(4), pp.591-608.
Stooker T, et al (2001), “Costs in the last year of life in the Netherlands” Inquiry 38, pp.73-80
【30 頁】
【31 頁】
【32 頁】
【33 頁】
【34 頁】
【35 頁】
【36 頁】
【37 頁】
【38 頁】
【39 頁】
【40 頁】
【41 頁】
【42 頁】
【43 頁】
【44 頁】
【45 頁】
【46 頁】
【47 頁】