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市場の流動性とHFT 〜約定時間を一指標として提案する〜

 

辰巳 憲一*

 

1.はじめに

 

良く引用される次のような文章がある。「流動性の高い市場とは,大口の取引を小さな価格変動で速やかに執行できる市場である(“A liquid market is a market where participants can rapidly execute large-volume transactions with a small impact on prices.” Bank for International Settlements [1999])。このように定義される市場の流動性を,最近の研究を展望し,さらに詳しく,さらに深く考察してみよう。そして,1つの流動性指標として約定時間という概念を提案できるかどうか先行研究を展望しながら検討してみる。また最近の大きな市場攪乱要因であるHFT(高頻度取引)活動の興隆が市場の流動性にどう影響したか,それらはどう関係しているのか,それによって流動性指標を見直す必要があるのかを検討して見てみることも,本稿の特徴になる。

 

2.市場の流動性の特徴

 

流動性という言葉は何を指すかについて,市場参加者,政策・規制当局や研究者は様々な特徴を指摘する。Brunnermeier and Pedersen [2009]は,市場の流動性の特徴として次の5つを挙げる:突然干し上がる傾向がある,銘柄・証券間に共通要素がある,ボラティリティと関係する,質への逃避が伴う,市場と共変する。さらに,市場には「流動性があるのに資金調達できない」(詳しくは後述)ことがしばしば起こる,という現象を追加しておくべきであろう。この現象は Brunnermeier and Pedersen[2009]が研究を始める切っ掛けになっている1)

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ちなみに,質への逃避(あるいは安全への逃避)は,金融破綻時に起こる。また例えば景気後退期に行われる金融緩和政策が,人々に「経済状況は深刻な程悪化していたのだ」と意識(誤認)させることによって,起こる。その結果金融緩和政策は効力を失う。

 

2−1 流動性の3つの特徴

筆者は次のように,時間軸,対象物と市場参加者で分け,3つに要約したい。@長短それぞれに様々な特徴が指摘できる。短期の特徴として,流動性は突然干し上がる傾向がある,流動性プレミアムは生まれても短期間のうちに消滅する。長期の特徴として,市場と共変し,ボラティリティと関係する,点があげられる。A銘柄・証券間に共通要素がある。それには次小節(2)で解説するファンディングの流動性が含まれる。B市場参加者の性向,群衆心理などに影響し,質への逃避が伴う時がある。
 もう少しAを敷衍しておこう。保有している銘柄を売りたい時にどれだけ希望する価格でどれだけスピーディーに換金できるかどうかの程度は,発行済残高が巨額で市場参加者が活発に売買している銘柄で高い。他方,発行規模が小さく市場参加者が限られる銘柄では低く,いざというとき買ってくれる相手を見つけにくい。価格が下がり出しても買い手が現れない場合価格が急落することにつながるため,流動性はボラティリティとも係わりがある。
 これらの要素には共通の部分があるため,銘柄・証券の個々の特性を超えて観察される共通要素が存在するようになる。
 流動性は局面によっても変わる。ふだんは十分な流動性があっても金融危機などが起きると,トレーダー・投資家の不安心理から売り注文が殺到する一方,買い注文が減ることが起こるからである。
 どのような流動性指標であっても,これらの現象を説明しなければならない。単一の指標が完全であると主張できるためには,これらすべての現象を説明できなければならない。

 

2−2 ファンディングの流動性

ファンディングの流動性とは,資金調達の容易さを指す。昔マクロ経済学や金融分野において資金のアベイラビリティと呼ばれていた概念が対応している。市場の流動性が取引の容易さを指すのと同様に,証券発行や資金調達の容易さを一言で表現するために使うことが出来,市場の流動性と対になる。
 市場の流動性を提供するマーケット・メーカーやトレーダーが,どれ位その能力を発揮できるかは,彼らの借入能力と市場における資金の利用可能性に依存する。投資家・トレーダーの売り(あるいは買い)に応じるためには買い入れ(あるいは手持ち在庫を購入するための)資 3 頁】 金が必要になることがあるためである。
 ちなみに,Brunnermeier and Pedersen [2009]は市場の流動性とファンディングの流動性の両者を結びつけるモデルを提示する。そして,彼らが指摘する市場の流動性の5つの特徴をそれが説明できると主張する。

 

3.流動性リスクとそのプレミアムの捉え方〜考慮するべき4つの事柄

 

3−1 時間,価格と数量の軸

流動性リスクやプレミアムは,売買の意思決定時点から,実際に取引が成立する時点までの価格変化あるいはそれを統計学的に処理した統計量で把握される。それゆえ,時間と価格の2つの次元が,次に数量を加えた3つの次元が捉え方の基本になる。

(1)時間と価格の軸

望む価格と数量で取引が出来て喜んでいても取引成立までの時間が長くなるのでは,流動性が高いとは言えない。低流動性銘柄については約定まで相当の時間がかかることは現場で知られており,パフォーマンス上も注目され,トレーディング勘定の市場リスク評価においても時間要素が考慮されるのが普通である。しかしながら,特に時間軸に注目した流動性指標が提案される事例は過去多くなかった。
 取引が出来て喜んでいても価格変化(市場インパクト)が大きくなるようでは,流動性が高いとは言えない。この点に関心が集中したためだろうか,価格の軸に関しては,もっとも多くの流動性指標が提案されている。価格や気配について,さらに説明することは後の章に譲ろう。

(2)数量の軸〜フリー・フロートなど

価格変化(市場インパクト)の大きさは,時期,銘柄に依存するほか,取引高に応じても異なる。このように数量の軸も無視できない。例えば,売買反対側の注文残高(つまりデプス)からトレーダー・投資家は自身の発注量を決めるという視点は蔑ろにできないので,この点を何らかの方法で考慮する必要がある。しかしながら,発注数量からどれ位ずれた数量で約定すれば,流動性が乏しいと判断してよいのか,基準を示した研究はなさそうである。つまり,部分約定の取り扱いが従来の研究においては明瞭では無いのである。
 数量については,次のような独自の要因もある。市場の流動性は,将来永遠に渡って市場で売却されることがない持ち合い株式の存在によって小さくなる。既発行株数からそれらを差し引いたフリー・フロートという概念がそれ故重要になる。注意深い研究者は考慮しているが多くは無視しており,海外の研究では考慮されることは稀である。日本のデータ分析で無視することは致命的な欠点になる。

 

3−2 その他の軸〜主体の視点

考察対象となる主体が誰かという視点が重要になる場合が多い。これが4つ目の軸で,さしあたり次の2つの視点からの分析が既にある。

(1)レバレッジなど

ファンディングの流動性の項2−2で解説したように,自己資金に限って売買する,借入を基本的に行わない,あるいは在庫は日を超えて持たない,などの取引主体が持っている特性は流動性を考える際大変重要になってくる。銘柄に関しては,負債比率の高い企業の流動性が影 4 頁】 響を受ける(負債比率の高い企業が資金繰りに困って流動性の高い銘柄を売る)ことが考えられる。またHFTを分析する際には在庫保有回避行動が特徴的になる。

(2)ファンドやポートフォリオの流動性〜捉える主体からの視点

市場の流動性は,従来,個別の商品・証券毎に流動性を捉える。それとは違う軸として,ファンドやポートフォリオの流動性という概念も考えられている。ファンドやポートフォリオの流動性は,その構成銘柄の市場の流動性を加重合計するものとは違ってくる。条件によって,それより大きくなる場合も,小さくなる場合もある。研究は今後進むように思える。
 ポートフォリオの流動性リスクも,個々の商品・証券毎の流動性リスクと同様に,ポジション解消を含めたポジション変更の意思決定時点から,実際に取引が成立する時点までの価値の変化で把握される。そして,リスクはその価値の変動性で捉えられる。
 個別銘柄と比較してポートフォリオは大規模になるため,市場低迷期には売却がさらに困難になり,流動性は極端に低下し,投げ売り状態でポートフォリオを処分することになるのが普通になる。このような事態はファンド閉鎖時に頻繁に起こりうる。

 

4.流動性指標の分類

 

4−1 約定,注文とその他の区別〜1つの分類基準

流動性指標は,取引に基づくもの,注文に基づくもの,1つの指標が両者に属する複数の変数から成るもの,そしてどちらにも依存しないもの,の4つに大別される。第一のものには,取引高,取引数量,取引回数,がある。第二のものには,スプレッド,デプス,などがある。売買回転率という概念については,その分子は取引株数や取引高であるが分母は既発行株数や時価総額なのでどちらかと言えば次の第三の概念に属する。第三と第四に属する指標で提案されているものは,前節や脚注付録図で分かるように,多くない。
 村永[2001]は,1995年10月初から1996年9月末までの1年間の東証の100を超える電気機器業構成銘柄を基に,1日当たり取引回数とスプレッドあるいはマーケット・インパクト(独自に提示された概念。一般のケースは後述)は反比例するクロスセクショウン・データを掲示している。つまり,様々な流動性指標は同調していることを示している。
 ところが,Aitken and Comerton-Forde [2003]は,直前までに上場され期間中上場廃止されていない取引所全銘柄221の1996年6月1日から1998年8月28日の期間を分析して,第一と第二の指標の間の相関は低いというインドネシア・ジャカルタ証券取引所のデータを示す。
 複数の指標が異なった動きをするとすれば,利用する側はどう判断すれば良いのだろうか。このようなケースは新興市場など小規模な市場において主として観察される現象であるようなので無視して良いという判断は許されない。
 もっとも進んだ市場においても,一つの規制あるいは一つの出来事が,一部の流動性指標を改善し,一部の流動性指標を悪化させるかもしれない。Chakrabarty, Jain, Shkilko and Sokolov[2015]の分析結果によると,市場参加者の発注スピードを抑える米国における2011年規制は,スプレッドを改善する一方,約定時間を長期化させることが起こった,のである。
 それでは,どれを使うべきか1つの指標を選び出す必要があるのかだろうか,それとも集約した総合的な指標が必要になるのかだろうか。これらはそれぞれがかなり大きな難しい問題である。これは流動性指標研究の残された課題の1つである。

 

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4−2 流動性機能の4分類

1つ1つの流動性指標を分類するのではなく,流動性という概念がどのような要素あるいは機能に分解できるのか,分析している研究がある。従来提案されてきた特定の流動性指標が,それらのうち,どの要素を注目しているのかが判明するので有用である。

(1)市場の取引数量

大きく分けて2つの方法がある。出来高,売買回転率(=出来高/時価総額,など)を見る方法が1つ目であり,実務上もっとも良く用いられている。もう1つが,取引がない(あるいは取引が少ない)時間間隔,ゼロリターン率を見る方法で,Liu[2006]のLM3が例になる。
 取引量,取引回数,取引頻度,売買回転率,といった指標を実際上使う際には限界を認識しておく必要がある。多量の注文を出す場合市場への影響を小さくするために注文を複数回に分割される,等が普通に行われるからである。さらには,市場参加者数といった指標も流動性指標として用いられるが,この注文分割タイプの限界はこの指標にはまったく無いといっても,参加者間に取引規模の差があるかぎり,参考程度の意味に留まる。
 市場の流動性の簡単な指標として永らく頻繁に用いられてきた取引量(volume)や取引回数は,過去の特定の観測期間中に市場に出された注文の中で,たまたま取引が成立したものの量や回数を示しているに過ぎない。これらの指標には市場に出されたにもかかわらず取引相手と出合わなかった指値注文の量や件数は反映されていない。これらの指標は過去たまたま取引が多かったという事実を示しているに過ぎないのである。その結果,流動性があるとみて注文を出してみても,取引相手がいないといった事態が起こり得る。こういった事態を避けるために必要となる情報は,例えば市場の厚みの指標が提供する。

(2)買い手と売り手の提示価格の差

買い手が提示している最良気配(ベスト・ビッド)と売り手が提示している最良気配(ベスト・アスク)の乖離幅として定義されるビッド・アスク・スプレッドも流動性の指標としてよく用いられる。スプレッドが狭い程流動性は高いと言われる。
 市場における売値と買値の幅の狭さを問題にするため狭隘(tightness)という言葉も使われる。取引価格と実勢価格との乖離の大きさが問題になっていると捉えられる場合があり,価格指標性と呼ぶ研究もある。tightness はマクロ経済の金融逼迫,緊迫,緊張を指すのではない。
 それでは,なぜ最良売り気配と最良買い気配が近づくことになるのだろうか。数量面から説明すると,より多くの投資家・トレーダーが発注すれば,あるいは彼らがより多くの注文を出せば,気配はより密になり,スプレッドが小さくなる。しかしながら,この説明は数量からみた上の(1)と重複している。価格面からは,(なるべく早く)約定させたい市場参加者が提示価格を変えてくれば,あるいは利益を出したい投資家・トレーダーがより積極的な発注をすれば,スプレッドは小さくなる可能性が生まれる。
 一般に,最良売り気配と最良買い気配が乖離しているほど,売買しようとしているトレーダー・投資家が採算ラインで(より有利に)指値できる範囲が狭く,意図する価格で売買することがより困難となっている。それゆえビッド・アスク・スプレッドは正にこれから取引を行おうとする場合のコストを示している。
 しかしながら,最良気配は,現時点で市場に残存している指値注文の中で,これから取引を行う者にとって最も有利な価格だけを示しているに過ぎない。観察されるビッド・アスク・スプレッドが小さく,それゆえ一見流動性がありそうに見えても,その最良気配で取引可能な量 6 頁】 が発注量に比べて少なければ,あるいは売買同じ側の発注者が多ければ実際に取引することは難しい。すなわち,実態に即した市場の流動性を把握するためには,ビッド・アスク・スプレッドといった指標に加えて,その価格で取引可能な量という市場の厚みの指標なども同時に考慮する必要があるのである。
 市場にどれだけの取引吸収力(厚み)があるのかという情報が与えられていないだけでない。最良気配にある指値注文が消化された後一体何が起こるかの情報も与えられていない。その結果,大量(正確には売買反対側にある厚み以上の量)の注文を出そうとしている者が必要とする,価格のジャンプがどれ位生じるか(板の連続性)などといった情報は与えられていないのである。こういった事態を避けるために必要となる情報は,例えば復元力の指標が提供する。
 スプレッドにも複数の指標がある。日次ビッド・アスク・スプレッド(percentage bid-ask spread)は日次ビッドと日次アスクドの差をそれらの平均で割り,100をかけ%表示にした指標である。また,日次有効半スプレッド(effective percentage half-spread)は日終値から日次ビッドと日次アスクの平均を引き,その絶対値を日次ビッドと日次アスクの平均で割った比率で定義される。
 その他,実効スプレッドなど複数あるスプレッドの他にも,実現ボラティリティ(realized volatility),系列自己共分散による推定(Roll[1984])も用いられる。しかしながら,これらは純粋に時系列解析的統計処理しているだけの指標であり,先行文献は少ない。そして,こう いったボラティリティ系の指標は,実際上はなかなか使えない。価格変化の系列相関は,非効率的市場では新情報出現の効果も捉え,投資家が取引にあたって直面する取引コストを測っているが,その大きさには様々な要因が含まれている,等の理由からである。
 日など特定期間の最高値と最安値から見る方法も考えられている。最高値/最安値から流動性を推定する方法(Corwin and Schultz [2012])や最高値と最安値の差から捉える方法も提案されている。

(3)市場の復元力

市場の弾力性,回復力,あるいは復元力という言葉で語られる一群の流動性指標がある。ここでは,復元力(resiliency)という術語に統一する。取引執行に伴い消滅した注文残高が埋まる,あるいは取引執行に伴いジャンプした価格が元に戻るスピード,を指す。
 値幅・出来高比率,ベスト・ビッドの枚数回復頻度という比較的簡単に見れる指標から,ラムダ指標(一定の注文数量に対する価格変化),Amihud [2002]のILLIQ(価格変化/取引金額の平均),などの計算を要する市場インパクト(price impact,return reversal)指標まである。
 具体的に説明しておこう。市場の復元性の指標として,日次データから計測される値幅・出来高比率が用いられてきた分野がある。値幅・出来高比率は,日中の値幅(最高値と最安値の差)をその日の出来高で除した指標で,その日の取引1単位当たりの平均的な価格の振れ幅を示している。市場が弾力的で復元力があれば,売買取引によって一時的に板が薄くなっても,速やかに板は回復し,結果として売買に伴う価格変化は小さくなると考えられる。市場が流動的であるほど,値幅・出来高比率は低くなる。
 値幅・出来高比率は,簡単に計算できる指標であるが,欠点もある。例えば,1日を通してみた場合には最高値と最安値の差が小さく,結果的に値幅・出来高比率が低くても,日中の価格が最高値と最安値の間を頻繁に行き来したりするなど,日中の値動きが激しく,現実には市場参加者が取引を行いにくい状況もある(黒崎・熊野・岡部・長野[2015])。

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価格インパクト(price impact)については複数の方法がある。ラムダは,新規の取引が執行された場合にビッド・アスク・スプレッドがどれだけ拡がるかの度合いを表す指標であり,市場規模(normal market size)で基準化された出来高で割り計測される(村永[2001])。
 1単位の取引が価格に与える影響を高頻度の取引データを用い計測する技法としては,Amihud [2002]の方法(銘柄の非流動性尺度を毎営業日のリターンの絶対値をその日の売買代金で割って定義する),あるいはKyle [1985]やFleming [2003]による方法(価格変化幅と取引金額の関係を推計2))などが提案されている。
 Amihud [2002]の方法については,その非流動性指標を少し修正した,例えば,日中の一定時間間隔毎の価格変化幅の絶対値を足し,取引金額で割るという方法も採られている。また,Kyle [1985]のラムダは,株価変化率の絶対値を売買高の平方根に回帰した感応度,である。一定量の売買が成立する間に価格が変化する程度を示す。この値が小さい程多くの売買を少ない価格変化でこなしており,流動性は高いことになる。月次流動性を計測する際には日終値と売買高だけで比較的簡単に計算できる指標としては著名な,これら2つの指標ではあるが,高頻度世界でどれだけうまく行くか適用した研究は少ないようで,未知数であり将来の研究が期待される。
 ビッド・アスク・スプレッドの変化率をビッド・アスク・スプレッドの復元に要する時間で割る(村永[2001]3))ことによって,ランダムな価格の振れから実勢価格へ収束する速度で表される時間軸を考慮した市場の復元力を知ることができる。しかしながら,処理したデータをどのようにスムージングするかという課題があるだけでなく,そもそも適切なデータが無いかぎり,この指標の計測は難しい。

(4)市場の厚み〜注文数量

厚み,いわゆるデプス,「板」や気配(quote)の状況を詳しく見る方法がある。もっともよく用いられる市場の厚み(デプス,depth)指標は最良気配の下で出されている注文残高である。この市場の厚み指標は現在の価格水準で取引できる数量(現在の市場価格に影響を与えずに執行することができる取引規模)を示している。土川・西崎・八木[2013]では,各営業日における最良売り気配枚数の出現頻度分布の中央値を市場の厚みの指標として用いることを提案している。黒崎・熊野・岡部・長野[2015]は日本の国債先物市場で類似の計測を行っている。
 これら以外の点について2点説明しておきたい。最良気配の上下に呼値刻みを5,8,10ティックだけ行ったデプス情報が世界各国で公開されるようになって,流動性指標として利用されるようになっている。また,値付けしているディーラーの数で厚みを捉える方法もあった 8 頁】 が,マーケット・メーカーの機能分化が進んだ現代では使えない。マーケット・メーカーになるのは特定のディーラーだけではないからである。

 

4−3 HFTの影響

以上の4つの軸・次元を1つの2次元座標に図示したのが,脚注4の図表である4)。個々の軸・次元がどれだけ理解し易くなったのかは不明であるが,この図は1つの指標だけで流動性は捉えられないという事実を正しく伝えていると判断できる。

 

4−3−1 HFTが流動性に与える影響

それでは,市場の流動性に対するHFT の影響はどうであろうか。Hendershott, Jones and Menkveld [2011]など多くの研究が,HFTは注文件数と取引回数の増加,をもたらしていると報告している。他方で,取引規模とスプレッドの縮小,が報告されている。それゆえ,総合的にはHFTは流動性を高めている,という結論が従来から,そして現時点でも世界的な合意に達している結論である。
 最近の研究者の関心事は,流動性概念のなかでも,復元力と厚みの方に移っているようである。株式市場の厚みに影響している重要な事柄として,HFTは日を超えて在庫を保有しないという在庫保有回避行動がある。これはHFTの流動性供給に疑問を呼び起こす。しかしながら,この点に関して流動性ではなく,即時性を注目する研究が増え出している。HFTは流動性ではなく,即時性を供給している,という仮説である。即時性は辰巳[2015a]で展望し分析しているので,ここでは省略する。即時性には,次節でも見られるように,市場の復元力も深く関わって来る点は重要である。

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HFTは高速取引を行うため,流動性指標にも時間次元が今後注目されるようになると思われる。復元力と約定時間については,以下で詳述する。

 

4−3−2 HFTのファンディングの流動性

極く少しの資金で証券を購入し,例え少額な収益しか得られなくても,直ぐ売却すれば,新たな購入資金が確保できる。それによって,短期の証券売買は続けていける。これは,HFTに限った原理ではなく,広く一般に適用される原理である。
 しかしながら,何らかの理由でこのような短期収益の実現のサイクルが滞れば,購入資金がショートし,売買活動の停止に追い込まれたり,事業閉鎖・破綻につながる。その理由として考えられるのが,収益を生まないトレーディングであり,その問題を拡大してしまう規模の大きいトレーディングの2つである。
 トレーディング戦略上,証券の買いと売りの時間間隔(証券保有期間)が超短期でない時期もありえるということなら,問題となるのは資金である。資金不足で,活動できなくなる時期に遭遇してしまうことが起こってしまう。
 HFTについては一般に短期売買のサイクルを繰り返していると見られている。それゆえ,自身が流動性問題に直面することは多くない。
 また規模の大きいHFT活動を維持するためには,自己資金だけでなく,外部資金も必要になる。しかしながら外部資金については,現在わかっているHFT活動には,多額に必要になるとは考えられない。

 

5.個別機能に関する最近の分析〜HFTの復元力

 

市場の厚みについては,既に辰巳[2015b]で展望している。それゆえ,最新の研究から,実際の復元力を計測した研究例を取り上げよう。

 

5−1 設定〜流動性ショック

Clapham, Haferkorn and Zimmermann [2015]は,流動性ショックに対応するHFTの機能の分析に立ち入る。まずHFT は後述のように別途定義される。そして,HFTは市場の復元力(resiliency)を維持達成しているかどうか,イベント直前直後においてHFT の発注・キャンセル戦略によってもたらされるデプスの時間経過を調べることにより,分析する。
 Clapham, Haferkorn and Zimmermann [2015]は,2009年8月31日から9月11日までの10営業日間ドイツ証取のXetraで取引されているDAX30構成銘柄を分析対象にして,それゆえ,比較的流動性のあるブルーチップに対する大口成り行き注文によってもたらされる流動性ショックを考察する。具体的には,様々なトレーダーのこのイベント前後での発注と取り消し活動を分析する。
 成り行き注文が出され,それが部分執行になるケースに注目して,大口成り行き注文を次のように定義する。まず成り行き注文のうち規模が大きいものを銘柄毎に10ケース選ぶ。次に,これらのうち,それが部分執行になる注文をマークする。
 トレーダーの識別は,自動化された取引プログラム(Automated Trading Program(このATPは2005年から導入された))とコロケーションの利用の2次元の有無でなされ,両方を使うの 10 頁】 がHFTであり,ATPだけを使うのがATであり,両方を使わないのが人手(ヒューマン)と定義される。ドイツではATPを使えば株式の買い手にはリベートが入る制度になっているのでHFTやATはほとんど使っているということが前提にされる。

 

5−2 結論と批評

主たる結論は次のとおりである。もっぱらHFTだけが流動性ショック直後1秒以内にスプレッドを狭める。それは高速取引のメリットを存分に活かした上でのことと考えられる。しかしながら,デプスでみた流動性回復には,HFTはさらに長い時間を必要としている。板の迅速な再構築を行うのは主として非HFTトレーダーの発注活動に限られ,HFTは余り関与していない。
 いくつか問題点が指摘される。まず分析が小サンプルの銘柄で行われていることに疑義を挟む人がいるかもしれないが,ドイツでは上場銘柄数が比較的少なく,30あれば市場の代表性が得られる可能性はあるので心配はいらない,と思われる。
 むしろ,深刻なのはたった10日間のデータでHFTの行動を判断していることである。高頻度データであるため確かにサンプル数は極めて大きい。この事実をもって大サンプルと言ってよいものか,筆者は疑問に思っている。注文件数のサンプルの数ではなく,カレンダー上の経過日数である10日は余りにも短期間なのである。
 トレーダーを上のように定義する欠点は,コロケーションだけを使うトレーダーとは一体誰なのかが認識できない,ことである。Clapham, Haferkorn and Zimmermann [2015]によると該当するサンプル数は少なく無視できるということであるが,提示された前提が正しいとすると,例え少数でもコロケーションだけを使うトレーダーの影響力を無視できない。この影響は分析全体に及ぶことになり深刻である。
 最後に,流動性ショックだけでなく,分析対象期間に起った様々な情報ショックも同時に考慮(コントロール)しなければ分析目的を達成したことにならないだろう。この点は,ショックの数も限られるため,実証を追加する方がよいだろう。頑強性を示すことにもなる。

 

6.約定時間の分析

 

時間軸上の指標であり,4つの流動性機能を程度の差はあれ,すべて含む,約定時間という概念を次に取り上げよう。約定時間間隔という表現の方が明瞭の場合があるが,ここでは約定時間という言葉で統一しよう。約定時間を分析している研究は従来から多くない。

 

6−1 約定時間の定義

(1)2つの約定時間

いわゆる約定時間には,次の2つの意味がある。
 2つの約定時間カテゴリー:@ある注文が出され,それが約定するまでの時間,Aある1つの取引が約定し,別の取引が約定するまでの時間,
である。注文とは,この場合ふつう指値注文を指す。
 個々のトレーダー・投資家にとって,@は重要な事柄である。しかしながら,個別のID付きのデータがない限り第三者が知ることはできない。トレーダー・投資家がどういう発注をす 11 頁】 るか,具体的には,どのような価格で発注するか,売買反対側の厚み・デプスの大きさ,キャンセルを多用するか,などにも依存し,約定時間はトレーダー・投資家毎に様々に分布するものと予想される。Aでは2つの取引の取引主体が異なるのが普通である。そして市場運営者にとって,市場の質を示す指標であるため,重要になる。
 さらに敷衍すれば,トレーダー・投資家が,最良気配により近い価格で発注すれば,売買反対側の厚み・デプスが大きければ,キャンセルを多用しなければ,@の約定時間は短くなる。
 誰が注文したかID付きのデータが公開されない場合,第三者にはAの約定から次の約定までの時間間隔の情報しか手に入らないから,それらの情報から,すべてを判断するしかない。

(2)注文のライフタイム

注文のライフタイムという概念も用いられる。これは指値注文が板に乗っている時間である。上の分類の@に相当している。売買執行の高速化や制度変更の効果だけでなく,技術進歩を体現したHFT の行動がどれだけ活発であるか,などによって決まってくる。
 約定までのライフタイムは平均的に約定から約定までの時間の半分である可能性が高い。つまり,@はAのおよそ半分になると見て良い。約定時間分布が一様分布など特定の形になる場合,あるいは次のテーマである部分約定が無い場合,これは厳密に正しい。

(3)部分約定

約定には部分約定があるから議論はさらに複雑になる。発注した全量が約定するまで数回に分かれて約定してしまう事態は,特に,発注量が多い場合,売買反対側の厚み・デプスが無い場合などに,ふつうに起こり得る。このような事態に対応して,キャンセルも,いずれかの段階・時点で,仕方なくなされることもあろう。
 研究は,発注から最初の約定までの時間(time-to-first-fill)と発注から注文全量の約定完了までの時間(time-to-completion)の両極端の一方あるいは両方が,場合によって売りと買いに分けて,分析されることが多く,部分約定分布が分析された事例は無いように思われる。
 約定時間概念Aは,約定の特性をすべて考慮できない。概念@に対応するのは,どちらかと言えば,そのうち前者である発注から最初の約定までの時間(time-to-first-fill)である。

 

6−2 約定時間の決定因

2つの実証研究があるので公表順にみていこう。

 

6−2−1 米国の実証〜Lo, MacKinlay and Zhang[2002]の研究

Lo, MacKinlay and Zhang[2002]は,統計学ではかなり確立した手法である生存解析(survival analysis)に基づき,発注から最初の約定までの時間(time-to-first-fill)と発注から注文全額の約定完了までの時間(time-to-completion)の両方を売りと買いに分け,それゆえ4つのタイプの約定時間の決定因を計測する。

(1)計測方法

サンプルは1994年8月頭から1995年8月末までの1年超の期間に特定の業者に出されたS&P500を構成する大規模銘柄100についての指値注文データである。このサンプル期間は,辰巳[2015c]でも解説したように,米国において非表示注文が許されていない期間である。
 約定時間の分布は一般化ガンマ分布に従うと想定され計測され,このケースのみ結果が詳しく掲載されるが,指数分布やウィブル(Weibull)分布など他の分布は強く棄却された,と報 12 頁】 告されている。そもそも指数分布やウィブル分布は一般化ガンマ分布の特殊ケースであるので,この結論は約定時間分布が結局どのような密度分布なのか,そしてそれをもたらす経済的要因は何なのか,答えを引き出しておらず,ただただ混乱だけをもたらすように思われる。
 生存解析の説明変数は,指値,注文規模,スプレッドとボラティリティなど,この分野では現在では普通となっている変数群である。説明変数のうち,指値は強く有意,注文規模は有意でなかった点が注目される。
 その他については,次のように数多いが,1つを除いて全て有意であった。著者達はQuoteという術語を使っておらず,筆者が誤解しているかもしれず,内容的に不確かな箇所には敢えて英語を書き加えておいた。@(指値−仲値)。A直前の取引が売買どちらの主導かを示すインディケーター変数。B執行優先度が高い最小の注文株数/(買い指値(limit buy price)−最良買い気配(bid price))。筆者の判断では,売買反対側の注文残量より多い注文では当然部分執行になるので,その残量が分子の変数になる。それがthe minimum number of shares that have higher priority for execution という文章の形容詞に現れている。Cデプス x 市場価格/ 買い指値(limit buy price)。ちなみに,この変数は構成する諸変数が非線形な影響を及ぼすかどうかを検証するために説明変数として入れられ,妥当する計測結果が得られた。
 続く変数は,D売り方が利用可能な流動性/(買い指値(limit buy price)−最良売り気配(offer price)),である。E指値注文による流動性需要/(買い指値(limit buy price)−最良売り気配(offer price))。F短期の市場活動指標。著者はボラティリティの短時間間隔での変化(highfrequency changes)を代理する変数であると注を加えている。Gボラティリティ。著者は,やはり市場活動指標であるが,直前の変数と対になるボラティリティの絶対水準を示す指標である,と述べている。H既発行株数の自然対数値。ちなみに,売り指値注文の計測式におけるどちらの約定時間でも有意でない。唯一有意でない説明変数である。I株価の自然対数値。J平均日次取引量の自然対数値。以上が説明変数になっている。

(2)計測結果

係数の符号条件は次の複数の仮説を証明するのに十分な程に満たされていた。筆者の解説を加えて説明しておこう。
 仲値(mid-quote)から離れた指値を出すと期待執行時間は長くなる。待ち行列の最後列になる程待ち時間は長くなる,という明瞭なケースであり,当然の結果である。
 直前の取引が売り手主導であれば約定時間は短くなる。この計測結果は買い注文の計測式で得られたものであり,売り待ちしている買い手にとっては,当然の結果であるように思える。ちなみに筆者の予想では,この結論は売り手市場か買い手市場かというサンプル期間の特徴が現れたものに過ぎないおそれがある。
 注文規模が大きくなる程,あるいは(買い指値(limit buy price)−最良買い気配(bid price))が小さくなる程,期待執行時間は長くなる。前者は常識的な計測結果で納得できる。ちなみに,筆者の予想では,後者の結論は前項と同様にサンプル期間の特徴が現れたものに過ぎないおそれがある。
 売り方が利用可能な流動性がマイナスで有意であったのは,売買反対側のデプスが大きい程,(買い指値(limit buy price)−最良売り気配(offer price))が小さい程,期待約定時間は短くなることを示唆している。
 指値注文による流動性需要 /(買い指値(limit buy price)−最良売り気配(offer price))の係 13 頁】 数推定値は,計測式の4つのうち3つでプラスであった。残りの1つは部分約定の買いモデルで,そこでは小さなマイナスであったが,このケースが該当する部分約定では注文規模(つまり部分注文量全体の合計)は重要でないので,驚く必要のない結果であるとLo, MacKinlay and Zhang[2002]は述べている。
 市場が活発になる程あるいはボラタイルになる程期待約定時間は短くなる,のである。そして,最後の仮説・特性は,株価が高いほど,流動的になり,約定時間は短くなる,である。
 ちなみに,銘柄間格差をコントロールするために,他にいくつか,時価総額,回転率,なども説明変数になっているが,相互に無矛盾な計測結果になっていない。著者はこの点は重要ではないと述べるだけで,まったく気にしていない。

 

6−2−2 フランスの実証〜Bessembinder, Panayides and Venkatamaran[2009]の分析

Bessembinder, Panayides and Venkatamaran (以降BPV と略) [2009]が行う分析の鍵となる概念は,執行確率,執行時間と執行コストの3つである。非表示注文に係わる問題を確率,時間とコストという3つの次元で捉える。そして,BPV [2009]は,従来の研究とは違って,非表示注文のメリットとコストを詳しく展開し,計測も計量経済学に沿って丁寧に行われた。
 さらに具体的に説明すれば,注文公開が,(全額)執行される確度,発注から執行までに掛かる時間(expected time-to-completion),注文執行コストに及ぼす効果を数量化する。そして,注文規模を隠す決定に至る決定因を研究する。
 また,市場参加者が観察可能な情報を利用して隠されている事実や隠された注文規模を探ることが出来るかどうかを評価する。この点は後述する。

 

6−2−2−1 データと計測方法

(1)データ処理と計測

BPV [2009]は,2003年4月にEuronext-Paris で上場・取引されている銘柄について,データベースBase de Donnees de Marche (BDM)から,もっとも流動的な銘柄から1日当たり平均1回の取引に過ぎない非流動的な銘柄まで100を抜き出す。時期的には,HFTが活動始めた頃である。
 BPV [2009]は,銘柄毎の単一方程式時系列分析を主として行うが,内生性を検討するために2SLS(2段階最小二乗法)を用いた同時方程式体系推定も試みる。
 注文を非表示にするかどうかをロジスティック分析,非表示される数量の決定をトービット分析する。前者は一部でも隠されれば1(それ以外0)のインディケーター変数を,後者は日次取引量の直前30開場日の平均で割った非表示注文規模を,被説明変数にする。

(2)指値と注文公開の同時決定

注文規模を公開するかどうかの決定は,選んだ指値の水準にも依存すると予想される。最良気配かその近辺の場合と,最良気配からかけ離れている場合で,執行確率は違ってくるだろうからである(実際,どのように違うかは実証の問題である)。
 注文規模を公開するかどうかの決定は選んだ指値の水準に依存するという因果経路だけではなく,注文規模を公開するかどうかの決定と指値の水準をどれ位にするかは共に,トレーダー・投資家が決めるべき事柄なのであり,それゆえ,指値決定と注文公開可否の決定は同時 14 頁】 決定される,と想定するのが正当である。
 先行研究であるDe Winne and D’Hondt [2007]は両者が独立であると想定していたので,このような発想で実証分析を考えたのはBPV[2009]が最初であるように思われる。

 

6−2−2−2 発注から約定までの時間〜BPV[2009]の計測方法

発注から約定までに経過する時間を分析するにあたって,その分布が一般化ガンマ分布に従うと考え,そのパラメターやシフト・パラメターがどんな変数に依存するか,Lo, MacKinlay and Zhang[2002]に沿って,銘柄ごとに計測された。計測技法は,この分野では目新しい,生存解析を一般化したいわゆる加速モデル法(an accelerated failure time specification)である。
 説明変数は,@(仲値−指値);A直前の取引が買い主導なら1である(そうでない場合0)インディケーター変数;B売買同じ側の最良気配の表示デプス;Cその2乗値:この変数は非線形性を考慮するために入れられた;D売買反対側の最良気配の表示デプス;E注文の総規模(表示+非表示);F直前30分の取引件数/ 直前1時間の取引件数:これは相対的取引頻度と呼ばれる;G直前1時間の取引件数:これは取引頻度と呼ばれる;H非表示注文なら1である(そうでない場合0)インディケーター変数,である。
 BPV [2009]の計測はまず銘柄毎に行われたが,結果は統合され,t値は計測式の誤差項間の相関を修正する方法が採られた。これらを含めた,テクニカルな点はDuMouchel [1994]とChordia, Roll and Subrahmanyam[2005]など参照5)

 

6−2−2−3 非表示注文,平均執行時間などが及ぼす様々な影響〜BPV[2009]の計測結果

BPV[2009]は,「注文を公開すれば(全額)執行される確度が上がり,そのために発注(order submission)から執行までに掛かる時間(expected time-to-completion)が短くなる。注文内容を投資家・トレーダーが隠せば,注文(全額)が執行される確率は低下し,その平均執行時間は伸びる(ちなみに,ともに非公表の研究であるが,相互に対立する仮説を展開している2つの研究のうちHarrisよりはMoinasの方が正しいことを示した)」,という結論を得た。
 1つ1つの変数の有意性をみておこう。有意でない変数AとFについては言及しないことにしよう。変数@で,買い(売り)注文では有意にプラス(マイナス)の係数値をえたのは,アグレッシブな指値注文は約定時間が短くなることを示している。しかしながら,売り側の推定 15 頁】 は有意ではあるものの,有意性が少し劣った。
 デプスについては,B同じ側のデプス(買い側のみ有意)とCその2乗(売り側のみ有意)の係数がプラスなのは競争が激しい程約定時間は長くなるからである。それに反してD反対側のデプスの係数はマイナスであり,反対側のデプスが増えれば,売り買い両側とも有意に,期待約定時間は短くなる,という常識的な結果を得ている。この変数には2乗項目は適用されないが,その説明・理由は述べられていない。
 変数Eの注文規模の係数が売買どちら側も有意にプラスなのは,大規模注文の執行に時間がかかるからである。Lo, MacKinlay and Zhang[2002]では,この計測結果は得られていない。
 変数Gの取引頻度の係数が売買どちら側もプラスなのは市場が活発な時期には値が付き易いからであるが,買い注文だけが有意性が弱かった。
 もっとも重要な計測結果は,H非表示注文については売買どちらの側も有意な点である。一部であっても注文を非表示にすれば,約定には時間がかかり,指値のリスクが上昇するということである。これらの効果は大きいという計測結果になっている。また,計測では,価格アグレッシブ,注文規模,市場条件をコントロールしているから結論は強固であり,初めての計測であると著者達は主張している。
 計測結果には,これら以外に,一般化ガンマ分布が妥当するかどうかを検証する変数も入れられ,妥当するという結果を得ている。

 

6−3 流動性指標としての約定時間

約定時間に関する先行研究が明らかにしたように,約定時間の決定因は数多いが,ほぼ予想された変数が係る。HFT絡みで注釈を加えておこう。約定時間は,高速取引を行うHFTの参入で短縮化している。その原因は2つの視点から捉えられる。まず注文の小口化が挙げられる。これによって約定し易くなる。より最近の研究であるBPV[2009]は,該当の説明変数である注文規模変数を取り入れて,予想される(望ましい)符号を得ている。第二にHFTが市場に参加して来た効果である。この効果をうまく取り入れる工夫が新しい研究では要求されるだろう。

 

6−3−1 流動性指標としての特徴

約定時間を流動性概念のなかで位値付けると次のようになる。約定時間は取引に基づく概念であるが,経過した時間のなかに,注文の概念が入り込んでいる。それゆえ,取引と注文の両概念が同時に係る。また,時間軸という視点から約定時間は4−2で展開した4分類の流動性概念に対して新たに第5の次元を加えるものになるかもしれない。
 価格やリターンを元とする流動性指標は,ある日価格が付かなければ,その日の価格として(最終)仲値あるいは前日(正確には休祭日前)終値を採用する。この方法がどのような不都合な結果をもたらしているのかの研究は無い。ところが,約定時間を流動性指標として用いれば,価格の付かない日が続けば約定しない記録を更新し(約定時間は伸び)続けるだけで,流動性の無さ,そしてそれが改善していない事実を示し続ける。これは大変適切な表示なのである。ちなみに,休場日や取引時間でない時間帯は約定時間の計算から除外されるべきである。
 約定時間は銘柄によって大きく違うはずである。それは銘柄の規模,株主・投資家層の違い,等などに依存する。この点はまさに流動性指標として約定時間が適している特徴である。

16 頁】

約定時間は執行市場・取引所によっても大きく違うはずである。それには取引制度,マッチィング・エンジンとネットワークの質が係ってくる。取引制度面での不備が加わって,取引停止があれば約定時間は長くなってしまう。ハード面だけでなく取引制度というソフト面も係ってくるのである。この点はまさに流動性指標として約定時間が適している特徴である。
 大引けにかけて約定時間は特別な動きをするのではないかという予想がある。発注先の市場において成り行き注文が許されておれば,約定しない指値注文を大引けにかけて成り行き注文に変更することによって約定時間の短縮化が達成される。しかしながら,成り行き注文が許されなければ指値注文を変更し発注量を細分化すれば当日中の約定を実現させることができるかもしれない。それゆえ,同じ銘柄でも,時期,時刻だけでなく,さらには執行市場によって,約定時間が違っている証拠がある。この点も流動性指標として約定時間が適している特徴である。

 

6−3−2 流動性指標として使うには

流動性指標として約定時間を使う場合次のような解釈になる。約定時間が短くなれば流動性が高くなったということになる。約定時間が短い銘柄は流動的であるということになる。平均約定時間は直前の1時間や30分などの時間間隔毎に計算できるので,そうするべきであろう。直前1時間平均約定時間は,時期時刻によって大きく変動することが予想される。通年あるいは前年同時期と比較した約定時間も計測でき,現下の特殊性を浮かび上がらせることも可能になる。
 指標としての約定時間は,1つの約定から次の約定までの時間を採用するべきだろう。個々のトレーダー・投資家には自身の発注から約定までの時間間隔を市場全体と比較して速かったのか遅かったのか判断する材料を提供することにもなる。
 約定時間は,取引価格が変化する時間間隔を測るものではないため,例え同じ価格が続いたとしても,それらが新しい約定である限り時間間隔として計算される。
 一定期間(例えば,1日や3時間)内の約定時間分布も重要な情報を提供するように思われる。ミリ秒以下の約定時間が大きな比重を占める時もあろう。これらの数値から,投資行動やトレーディング戦略の趨勢が予想できるかもしれない。
 日中の急激な変化を把握するためには,流動性指標は高頻度環境に適用・拡張できるものでなければならない。幾つかの流動性指標はそれが不可能である。都度新しいデータの到着を持って計測していかなければならないとすれば高頻度環境には不適である。それだけでなく,金融当局には高頻度のモニタリングができる組織も必要になる。約定時間という流動性指標は,直ぐ直前の約定間隔を把握でき,高頻度環境に適用可能である。監督当局による観察も容易である。
 最後にあたり,幾つか重要な注意点を記しておきたい。最近,約定時間を説明変数とする(被説明変数は様々である)研究が見られるようになった。約定時間が流動性指標として認められ始めているという証拠かもしれない。しかしながら,約定時間は一般に,外生変数ではなく,内生変数である。適用する分野において,まずは内生性のテストを行い,棄却できないなら,計測方法を工夫する必要がある。
 日本の証券市場において約定時間は時系列的にどのような確率過程で推移しているのかについては大変興味ある研究であるが,今後の実証課題である。その過程が大きくジャンプするこ 17 頁】 とがもしあるとすれば,約定時間の予測は難しくなる。

 

7.まとめ

 

流動性指標のどの機能・次元・視点も,確かに流動性の一面を捉えているが,個別には欠点を含んでいる。しかしながら,補完的な役割は相互に大きい,ことを述べてきた。
 どの銘柄にいくらでどのくらいの数を,発注しようかどうか検討している,潜在的な取引ニーズはどの指標にも表れない。提案されている,これらの指標は過去たまたま流動性が高かった,あるいは低かったという事実を示しているに過ぎない。約定時間もこの限界から逃れられない。この限界を克服する1つの方法としては,売買意図調査などのような主観的な資料を加える必要があるが,これにも独自の限界がある。
 HFTによって市場の厚みは増したように見えるのは事実である。しかしながら,それは次の瞬間には消えているかもしれない。既に見たように,復元力という観点からも,このような現象の存在を支持している実証結果が示されるようになっている。HFT によってもたらされた流動性は幻想であるという主張する市場関係者もいる。
 HFTの市場参入によって約定時間は飛躍的に短縮したのは事実であるように思われる。約定時間の短縮化は幻想ではなく現実であるようである。それでは約定時間は時系列的にどのように短縮化したか,実証的に興味ある点である。このように残された研究課題は多い。

 

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