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日銀政策決定会合決定事項公表と株式市場の反応〜JNXの10分データ等の分析
辰巳 憲一・張 征宇*
1 はじめに
高頻度取引(HFT)を可能とするアローヘッド(Arrowhead)と呼ばれる取引システムが2010年1月東京証券取引所に導入1)
されて以降,日本の株式市場において大変大きな変化が起こったことが知られるようになっている。この点に関しては,例えば,宇野・大崎 [2012],小林・百石 [2012]などを参照。しかしながら,日本の金融政策イベントが株式市場の流動性や高頻度リターンなどに及ぼす影響はどうであるかについては実証分析がほとんど無いようである。はたしてHFTは様々な金融政策イベントを日本の株価に高速で反映させているのだろうか。
金融政策が緩和か引き締めかのいずれかを問わず,中央銀行が金融政策決定の結果を公表した直後に株価上昇を記録するものである。そうなるように金融政策を決めている筈である。しかしながら,(追加)緩和するか,見送るか,不十分な(追加)緩和かに関して,中央銀行が経済状況を見落とし,必要な政策は何かについて決定を誤り,さらには政策のタイミングを誤れば,投資家特に海外投資家に株式売りを促してしまう懸念が大いにある。金融政策の効果に疑問を持っている市場参加者は政策決定時が近づけば,ヘッジのため株式を売る行動に出てこよう。決定結果公表がなされれば更に売ってくる,こともありうる。
日銀の場合は一体どうであろうか,このような観点から本稿では日本銀行の金融政策決定会合の決定事項が公表された時刻の直前直後の実証分析を行ってみる。
具体的には,PTSのJNXで取引されているソフトバンク SOFTBANK,日立 HITACHI,トヨタ TOYOTA のティックに基づいた1分,10分データの検討を行い,差分の差分(DID)分【116
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析を適用する。その使用可能範囲・条件について,考えていく。決定会合決定事項発表直前直後のそれぞれ20区間の10分リターンと10分ボラティリティに変化がみられるか,どのような変化があるのかを確認する。
このような分析の重要性は,政策論と証券投資論から理解できる。経済政策の成否の判断の一部は既に久しく株価によってなされるようになっており,前者は自明であろう。後者については,幾つか挙げられる。最近注目されている一例をあげれば,基本的なイベントの発生時刻を基準に,取引所への注文到達時間の差からどの投資家が出した注文であるかをHFT専門業者は推定していると見られており,本研究で取り上げるメカニズムの解明は戦略的にも重要である。
2 問題意識の展開
2−1 先行研究
このタイプの研究はファイナンス勃興期の昔からなされてきた。Fama [1970] によるウィーク型,セミストロング型,ストロング型の3分類におけるセミストロング型効率性の検証である。しかしながら,従来は主に日次データを用いて前後2ヵ月間の動きを分析する研究に限ら
れていた。
方法論的にはイベント・スタディという分野で,分析には様々な広い考察が必要になる。何も起こらない場合,つまり株価に変化が無ければ,金融政策は何をやってきたのか,無為無策ではないのか,その効果が問われる。
株式市場に与えるアナウンスメント効果の分析については,幾つか先行研究がある。日銀総裁による公定歩合変更記者会見が株価にどう影響するか検証した辰巳[1982]が直接的な先行研究である。Scholtus, van Dijk & Frijns [2014],Bernile, Hu & Tang [2016],Kurov, Sancetta, Strasser and Wolfe[2016]などは,米国マクロ経済指標の公表を分析対象にしている。同じように公表であっても,両者が根本的に異なるのは,経済指標の公表は過去の経済活動の推計の公表である。他方,金融政策決定会合の決定公表は今後採る政策手段の公表,である点であろう。
様々な情報の公表後,株価それゆえリターンは反応する。直後に大きく変化し,以後比較的安定しているケースばかりではない。公表直前から株価,リターンが変化したり,逆に反応が織り込まれるのに長い時間がかかるケースもあるようである。これらの要因分析が詳しく行われてきた2)。
ボラティリティについては,従来から,幾つかの現象が観測されてきた。第一に,ボラティリティが高く(低く)なると,それが高い(低い)状態がしばらく続くモメンタムとも呼ばれる正の自己相関がボラティリティには見られる,現象がある。第二に,株価が上昇した日の翌日よりも下落した日の翌日の方が高いボラティリティが観測される非対称な傾向が指摘されて
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きた。投資家は良いニュースよりも悪いニュースに敏感に反応することが反映しているものとみられている。本研究が分析対象にするのは,従来の日次よりも高頻度であるが,これらとは異なる次のような現象を発見しようとするものである。つまり,ボラティリティが持続する傾向は転換する場合がありえるのではないかということ,投資家は良いニュースに対しても敏感に反応する場合があるのではないかということ,である。
株式市場のティック・データを使った個別銘柄の高頻度分析については,最近なされるようになっている。例えば川口・田代[2015] は注文間隔などの効果の分析を行っている。
2−2 時代背景
アローヘッド稼動前は注文に対する取引所の応答時間は平均2〜3秒であったが,稼動後は平均2ミリ秒にまで短縮された。アローヘッドはその後も性能が改善されて,2012年7月17日にはさらに高速の平均1ミリ秒の応答性能を達成した。2015年9月にもリニューアルされ平均0.5ミリ秒が実現された。
本分析は,このような時間経過のなかで,2011年に限った。その理由は,この年には幾つか新しい株式注文サービスが導入され,日本の歴史に長く記されることとなる東日本大震災が起こり,東証の昼休みが短縮された,からである。さらに,内外で様々な出来事が起こっている。図表1には,それらをリストし,幾つか解説した。
株式市場の価格形成に比較的大きな影響を与えた出来事の1つは注文形態の多様化である。東証は,指定した値段かそれよりも有利な値段で,即時に一部あるいは全数量を約定させ,成立しなかった注文数量を失効させる条件付注文であるIOC注文3)を2011年1月24日から新たに導入している。刻一刻と変化する市場において,個人投資家にとってもリスクヘッジ手段となるほか,市場の活性化にもつながると期待された。
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A)SOR(スマート・オーダー・ルーティング)サービスとは複数市場から最良の市場を選択して注文を執行する形態の注文である。SBI証券では,取引所市場とジャパンネクストPTSで提示されている気配価格等を監視し,原則,最良価格を提示する市場へ自動的に注文を執行する。
B)「NASDAQ OMXの豊富な稼動実績を持つ取引システムへの移行により,JNX取引参加者は大幅なレイテンシーの改善と処理能力拡大の便益を得ることができ,投資家に対して世界水準の取引環境を提供することが可能となった」と発表した。
C)ギリシャやイタリアの国債を大量に保有していた大手銀のデクシアが資金繰りに行き詰まって経営破綻。ベルギー政府が証券取引所に対してデクシア株の売買停止を要請。デクシアはフランスとベルギー両政府の管理下に。
D)欧州債務危機は,2009年10月のギリシャの政権交代を機に,同国の財政赤字が公表数字よりも大幅に大きいことが明かされたことに始まる。当初はギリシャ(G)のみだったが,その後,アイルランド(I),ポルトガル(P),スペイン(S),イタリア(I)などに飛び火し,さらには欧州全体の金融システムまで揺るがす事態となる。債務問題の中心となった,これらはPIIGS諸国と呼ばれた。その他の2011年の主要出来事は以下のとおり。
2011年5月ポルトガルの支援決定,2011年7月EFSF(欧州金融安定基金)の信用保証増額および機能拡充,2011年10月27日ユーロ圏首脳会議,欧州債務危機への対応策とギリシャへの第2次融資の枠組みで合意(EFSFの拡充(支援能力強化)などの包括戦略でEU が合意し,欧州の恒久的な安
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全網となる欧州安定メカニズム(ESM)も前倒しされる。)。民間保有分を含め,ギリシャの債務を50%削減する。またイタリアに対しては年金改革の履行を迫った。
E)新会社設立は2013年1月。
F)イタリアのベルルスコーニ首相が予算関連法案成立後の辞任を表明。同日イタリア国債10年もの利回りは7%を超える。
G)ECBが欧州債務危機で資金繰りや信用低下に苦しむ欧州の銀行に対して担保を差し入れれば最長36ヵ月資金を低金利で無制限に提供。欧州債務危機を鎮める大きなきっかけとなったと見られている。2回目は2012年2月29日に実施。
2−3 金融政策の公表
日本銀行の金融政策決定会合の結果公表は,周知のように3段階に分けてなされる。まず決定事項が不規則な,たぶん誰にとっても予測困難な時刻に公表される。その後,『月報』 等により詳細な文章が複数回に分けて公表される。最後に,どの委員がどういう発言をし,個々の議案の賛否の比率が明らかになる,など議事録が公表される。本稿では,日銀内で使われている用語に近いものに統一して,これらを順に,決定事項公表,月報・レポート公表,議事要旨公表(さらには議事録公開が続く)と呼ぶことにしたい。
決定事項公表は決定会合終了時点から長い時間をおかずになされているものと考えられる。それに反して,月報・レポート公表,議事要旨公表になると比較的長い時間が経過した後になされ,しかも大部で印刷用下原稿が外部に出回るも恐れもあり,金融政策のインパクトは無いとは言えないにしても,大きいインパクトは無いと予想される。図表2には,それらの公表日時をリストした。日銀総裁記者会見は決定事項公表後しばらくして行われる。さらに,決定会合議事録は公表文,総裁会見,議事要旨と続いた後およそ10年後に公表される。それゆえ,アナウンスメント効果測定の対象として適当なのは決定事項公表であり,その他は不適である。
ちなみに,「金融政策に関する決定事項等」という表題のもと,その他いくつかの情報とともに,「金融市場調節方針に関する公表文」が図表2に掲げた時刻に発表される。
本分析は,これらのうち,決定会合の決定事項が公表される時刻に注目する。分析は10分刻みに行うので,公表時刻を挟んだ区間を中心に前後の数時間までを考察対象にする。
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2−4 その他の経済指標公表
その他多数の経済指標も様々な時刻に公表されている。国内経済指標日中発表時間については次のように明らかになっている。
11:00:製造業PMI。これは正確には「2015年9月24日10:35(日本)/01:35(協定世界時)まで公開禁止」などのような形式のプレスリリース公表(速報)である。
13:30:鉱工業生産確報 前月比,鉱工業生産稼働率指数(前月比。ただし速報は8:50。
14:00:建設工事受注,新設住宅着工数 前年比,景気動向一致指数,景気動向先行指数,景気ウォッチャー調査現状DI,消費者態度指数。
しかしながら,これらのデータは一般に入手困難であったり,速報値公表が事前にあったり,早朝になされている等で,分析が困難である。当然ことながら,これらの影響は株式市場に及んでいるものと理解するべきであろう。場合によって,攪乱要因になっているだろう。
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3 分析するデータ,その処理と分析方法
3−1 分析するデータの背景
PTS(proprietary trading system)と略称され,日本の代替執行市場を代表するのはChi-XジャパンとSBIジャパンネクスト(JNX)の2社である。日本株の売買代金でのシェアの推移を次に見てみよう。
JNXは2006年に設立された。本稿分析期間直前の2010年10月には日本証券クリアリング機構(JSCC)への参加が認められ取引インフラが整った。図表3からわかるように,シェア自体の大きさは小さいが,それは2011年に飛躍的な増大を示している。その結果,分析対象の2011年はPTS元年と言われている。
ダークプールがどれ位実際上使われているのかは公式の統計はないが,ダークプール取引の約定が行われるのは東証ToSTNeT(取引所外取引)においてであるので,ここでの数値が参考にされることが多い。その規模はPTSと同程度である。
3−2 データ処理と分析方法
本研究が分析するデータは,元来ミリ秒単位のティック・データであるが,カレンダー上1分間隔の時刻を分析の出発点とする。その時刻にちょうど約定していればその取引株価をデータとして採用する。そうでなければ,もっとも直前に約定した株価をその時刻の株価データと
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して採用する。このようにして1分間隔の株価系列を作った後,10分間隔毎の株価の自然対数値の差を10分(株式)リターンと呼ぶ。
各時刻のもっとも直前の取引の数字をそのまま取引データとして採用するのが原則である。しかしながら,過去1分間に取引が無い場合には,さらにその前の1分間のデータを採用し,同様な方法が過去に遡ってとられるので,取引価格と取引数量の同じ数字が続くこともある。その期間,リターンはゼロである。
10分(株式)リターン系列は,Hendershott, Jones, and Menkveld [2011] の研究以来の伝統に従って,夜間リターン(overnight returns)を除外している。日本の場合はさらに昼休みリターンも除外した。
(1)リターン分析方法
決定会合決定事項公表時刻を挟む10分リターンを基準とし,その10分間隔を0区間あるいは基準区間と指標付けする。この区間の自然対数株価の変化はR0と表す。・・,−3,−2,−1,と進み,0区間を挟んで,さらに1,2,3,・・と各区間は推移する。
こうして得られた10分リターン系列:R−20, R−19, R−18, …, R−2, R−1, R0, R1, R2, …, R18, R19, R20から,累積リターン:R−20+ R−19, R−20+ R−19+ R−18, ……, R−20+ R−19+ R−18+… + R−2, R−20+ R−19+ R−18+… + R−2+ R−1, R−20+ R−19+ R−18+… + R−2+ R−1+ R0, R−20+ R−19+ R−18+… + R−2+ R−1+ R0+ R1, ……, R−20+ R−19+ R−18+…+ R−2+ R−1+ R0+ R1+ R2+…+ R19+ R20. の推移4)をまず調べてみる。
さらには,基準区間以降のデータから,比較対照データとして基準区間の何区間か前のデータを選び,それらを差し引くこともした。この比較は試行錯誤によって妥当性を確認し20区間まで行うこととした。これは1区間10分であるから,基準区間から前後最大200分を(対称的に)比較することとなる。
具体的には,
基準区間前後対称型リターン変化: R1−R−1, R2−R−2, ……, R18−R−18, R19−R−19, R20−R−20.
一定区間変化検出型リターン変化: R1−R−20, R2−R−19, ……, R18−R−3, R19−R−2, R20−R−1.
を計算する。前者は,もし何らかの形で情報がリークしていればR1− R−1などの当初のリターン変化が小さくなるから,その事実を用いてリーク検出に使えるものとなる。後者は,20区間前つまり200分前とのリターン変化を比較している。さらには,これらリターン変化の15イベント平均と標準偏差を計算する。
(2)投資戦略の観点からのリターン比較法
企業が発表する業績・人事やIRのニュース,経済指標の発表など,株価や市場全体を大きく動かすイベントを利用して売買利益を上げる,イベント型と呼ばれる投資戦略がある。過去の統計資料を分析した結果に基づき,企業業績の上方や下方への修正,経済指標の数字などが及ぼす結果を短時間のうちに判断し,市場の動きに沿う方向に,あるいはそれに先行する注文を出す。
それゆえ,前小節の方法に加えて,株式市場参加者の投資戦略の観点から2つのリターン比
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較を行う。1つ目は,
リターン比較の基準ケース:R2−R1, R3−R1, ……, R18−R1, R19−R1, R20−R1.
である。これは,決定事項公表から10 i分遅れて取引に参加し10分間投資した投資家のリターンが取引スピードの速い投資家が基準区間直後10分間に売買して得た10分リターンR1より有意に大きいかどうかを検証するためのデータとなる。2つ目は,
リターン比較の予測ケース:R1−R0, R2−R0, ……, R18−R0, R19−R0, R20−R0.
である。このデータを用いて,取引スピードの速い投資家が決定会合決定事項公表の時刻を予測できたとして,更にその内容を事前に予測して売買を始めて,仮に10分後に売却するとして,得られた10分リターン(先に定義した名称は基準区間リターン)が,10 i分遅れて取引に参加し10分間投資した投資家のリターンより有意に大きいかどうかを検証する。ちなみに,Scholtus, van Dijk & Frijns [2014] は,HFTとその他投資家のパフォーマンス比較のために類似の方法を採用している。
(3) 10分ボラティリティによる分析法
ボラティリティの指標としてRV(realized volatility)を採用する。10分RVを本研究において計算するためには,1分株価から1分リターンを計算し,その2乗を該当の10分間に渡り総和する。つまり,Σ( log Pt − log Pt−1 )2を計算すればよい5)。サンプルサイズはすべてに渡って共通なので省略していると考えると,この計算は平均しているとみてよい。
10分ボラティリティは,直前10分の該当の比率を計算するが,その区間に1回しか約定しなければゼロになる。もし約定が1度もなければ,そのまた10分前の10分ボラティリティの値を適用する。
リターンの比較と同様に,2つの比較を行う。つまり,次を計算する。
基準区間前後対称型ボラティリティ変化: V1−V−1, V2−V−2, ……, V18−V−18, V19−V−19, V20−V−20.
一定区間変化検出型ボラティリティ変化: V1−V−20, V2−V−19, ……, V18−V−3, V19−V−2, V20−V−1.
3−3 値付け率〜分析例
複数の銘柄に共通して影響する情報が入った場合,まず取引の頻度の高い銘柄の価格が反応し,取引の頻度の低い銘柄の価格が遅れて反応する。これはリターン共分散を計算する際や株価指数の分析においては従来から非同時取引(nonsynchronous trading)問題として注目されてきた。しかしながら,本研究において,別の問題も存在することが明らかになる。
(1)値付けの違いの考察
特に共通の外部情報に対する価格形成の遅れという観点から見た先行遅行の原因は次のよう
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に考えられる。
理論的視点からは,@効率性,流動性が劣る市場の方が価格変化は遅れる。Aノイズ・トレーダー,つまり情報を持たないトレーダーが多いと価格変化は遅れる。
制度上の視点からは,@成り行き注文が許されていない取引所では価格変化は遅れる。A空売りが許されていないと価格変化は遅れる。B呼び値刻みが粗いと価格変化は遅れる。2011,2012年時点では,PTSは東証より呼び値刻みが細かった。C PTSにあるような非表示注文は優先順位の喪失6)(loss-in-priority)が起こり価格変化は遅れる。
JPXとJNXの比較では,これら複数ある要因の影響が相互に錯綜する。その結果,株価変化の先行遅行に関する実証結果は時期,銘柄などに依存するように思われる。
(2)値付け率の計算と結果について
普通,値付け率は当該市場における一定期間の売買成立銘柄数を全上場銘柄数で割ることで計算される。他方,本研究では,値付け率は当該銘柄が一定期間にどれ位の頻度で売買が成立(約定)するか計測する。特定の観察区間を設定して,その区間内に約定が無い(リターンはゼロになる)か1度以上有るかを区別し,約定が有る区間数を全区間数で割ることで計算される7)。
値付け率が低いということは,価格形成が遅れるということでもある。観察区間を月に取った図表4からわかるように,2011年を通して,JNXで取引される3銘柄は値付け率を飛躍的に上昇させた。新興執行市場であるJNXの値付け率は歴史があり圧倒的なシェアを持つJPXのそれに相当程度迫った,と予想される。しかしながら,JNXの値付け率の低さはJNXの価格形成がJPXより確実に遅れることになる要因の1つになる。
さらに,いくつか特徴を指摘できる。日立はソフトバンクより値付け率が悪い。東日本大震災以前から,そのような傾向がある。また,11月21日以降,東証における昼休み短縮後,値付け率の低下が3銘柄で共通に見られる。
4 金融政策イベントの公表効果の分析
4−1 事前考察
金融政策の公表時刻以降も株式市場は何らかの影響を受けることが考えられる。金融政策の公表だけでなく,いろいろな経済指標の定時発表時刻に当たっていれば,それを挟む10分株式リターンやボラティリティはどちらかの方向に変化することが予想できる。それには特に多くの経済指標が公表される14:00頃が当っている。
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取引所の取引時間以外,特に9:00前にも,多くの経済指標が公表される。経済指標が9:00前に公表されても,一部は寄り前気配(それゆえ寄り付き株価)の変化を通じて,9:00直後の株価を変化させる可能性がある。さらに,次のような要因も考えられる。15:00以降に起こる出来事や公表される情報は翌日9:00の始値決定までに,株価に織り込まれる。そして,開場日朝最初の10分リターンに,その効果は現れる。
(1)公表前株価変化
公表前に株価が変化するかどうかは,様子見,リーク,予測に対する3つの視点が係わってくる。
日銀による金融政策決定会合が予定されている日の発表直前には,市場には様子見姿勢が広がることが知られている。様子見は企業が決算を発表する時刻を控えた時期にも,あるという。様子見が一体どれ位あるのかが,この視点の重要性に係ってくる。本研究は,この点を研究対象にしないが,将来的に興味ある研究分野になるかもしれない。
決定事項公表前に株価が実際変化しているとすれば,その原因は情報がリークしているか,市場参加者が適切に予測しているからか,の2つのいずれかである。米国のマクロ経済指標の公表を分析対象にしたKurov, Sancetta, Strasser and Wolfe [2016] などの最近の研究でも,この点が問題にされている。
2つのうちどちらが正しいか,真偽の程は実証して確かめるしかない。しかしながら,実証には限界がある。情報リークはストロング型効率性の検証と同じように分析に必要なデータは入手できないのが普通である。後者については,市場参加者による予測が誤っている場合は誤りが公表されるケースは少なくなると考えられ,公表されているデータを用いればサンプル・セレクション・バイアスが大きくなる。
(2)銘柄間格差
ザラバ(日中の連続オークション)が取引所で採用されている限り,複数銘柄の間で,リターン相関が崩壊したり,価格変動が時間的にずれる現象からは逃れることはできない。銘柄の規模(流動性),浮動株の量,株価水準で異なる呼値の最小単位,などが原因となって,中央銀行のアナウンスメントや大量の買い注文情報がそれぞれの銘柄に対して完全に同時に,あるい 【126 頁】 はまったく同じ経時パターンで,反映されるということはありえない8)。
(3)政策の現状維持
追加緩和期待が高まる中で迎える金融政策決定会合において,政策を現状維持にすることが決められれば,市場は期待を裏切られ,株安(円高)で反応する。一般的に述べれば,期待に反する政策が発表されれば期待買いや落胆売りがなされる。金融政策当局のサプライズは,大きな効果をもたらすが,正負両サイドの反応をもたらすのである。
(4)ボラティリティの1つの原因について
ボラティリティの発生原因の1つとしてバウンス(bounce)が挙げられる。バウンスとは,取引が買い値(bid)で約定したり,売り値 (ask)で約定するために,取引価格が「真の価格」から乖離して変動し,約定価格を分析対象にする限りボラティリティが生じるというものである。これは,非同時取引(nonsynchronous trading)などとともに,マイクロストラクチャ・ノイズの構成要素の1つである。
しかしながら,1分や10分データについては,1秒などの高頻度ではないので,バウンスの影響は著しく大きくないものと考えられる。
(5)高頻度データの特性
時間間隔を短くとったデータは,一般に,高い変動性を示す。リターンやボラティリティの時系列はランダム・ウォークかホワイトノイズのように見えてしまう。標準誤差が高くなる結果,有意性の検定では帰無仮説は棄却されてしまう恐れがある。
しかしながら,このような特徴を示すデータにおいても,もし何らかの構造,規則性が観察されれば興味あるところである。
4−2 分析方法の妥当性
(1)平均化,基準化や加除
株価やリターンは大小様々な要因で変動する。それら変動要因の多くは市場全体と個別銘柄の2つの面から捉えることができる。それらのうち代表的な要因はマクロ経済要因と個別企業の財務変数であろう。市場参加者の観点からは,情報を持っている者とそうでない者という分け方からも捉えられる。リターン変動要因のもっとも大きい部分は統計学的,計量経済学的には誤差,エラーという捉え方がなされる。ファイナンス的にも,情報を持っていないまま取引しているノイズ・トレーダーがもたらす影響は攪乱要因である,という捉え方がなされる。
しかしながら,リターンの加除を行う(あるいは比率をとるのも有効になる場合があろう)ことによって,これら市場全体の諸要因,そして誤差,エラーは相互に多少ともキャンセルしあう。
10分リターンが測られている10分区間に,場合によって複数のイベントが起こることがありえる。そうなるかどうかは,銘柄によって違っているだけでなく,時期によって違うだろう。それゆえ,その他イベントの効果を取り除くために,平均化,基準化などが必要になるのである。
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(2)比較間隔
今日と比較して,(月次データの場合)2ヵ月前,(週次データの場合)2週間前,さらには(日次データの場合)2日前は,株式市場だけでなく,背後の経済状況が違っていると見なすのが正当だろう。しかしながら,20分前と現在の経済状況が違うと見なさなくてよいのが普通であろう。本研究ではさらに200分前とも比較する。
金融政策決定会合が予定されている日の発表直前には,株式市場などには様子見姿勢が広がっていると報道される。様子見は株式市場などの静止を意味する。もし,こういう状況が生じている時期があるとすれば,その場合には,短時間間隔の単純な比較は意味があることになる。
4−3 リターンの変化の計測結果
(1)累積リターンやリターン変化の推移
累積リターンについては,従来の日次リターンの分析で得られてきた,公表前はなだらかな動きを示すが公表直後急増するという傾向は,本研究では得られなかった(図表は省略)。
図表5から見られるように,リターン差は当初小さく,公表直後はその直前と似た動きをする傾向があることを示している。その結果,リターン差は,公表時刻を中心にそれから離れるに従って,拡大する9)。リターン差は大きなプラス方向の動きを示す時期もある。
図表6から見られるように,決定事項公表直後のしばらく時期は200分前と比較して大きなリターン変化を示す。それはマイナスにもなる。しかしながら,時間が経過するにつれて,その振幅は小さくなる。
特徴的なことは,大震災直後を除いて,どのイベントでも,10分リターンは平均的に小さいことである。そして,標準偏差(図表は省略)を計算してみると,その値が大きすぎ,リターンの差はゼロであるという仮説を棄却できない。
これらの計測結果は相互に矛盾しない。リターンは決定事項公表後上昇傾向があることを示している。情報リークがあり,公表前にリターンは上昇しているという仮説とは相いれない。
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(2)投資戦略の観点
図表7から見られるように,決定事項公表時刻を挟んだ基準区間10分リターンR0は,以降の10分リターンと比較した場合,平均的に高パフォーマンスである。予測能力あるいは運用能力の高い投資家・トレーダーの活動が,この現象を起こしていると考えられる。金融政策の効果は,それら投資家・トレーダーにより,数分のうちに株価に織り込まれていた,ことが予想できる。
もっとも,正規性,等分散性と独立性の3つを仮定したT値検定を行ってみると,各区間リターンRiは基準区間リターンR0と有意に違わないという帰無仮説は棄却できない。
次に,これらの仮定を置かないノンパラメトリック検定で,確認を行った。15個の金融政策イベントで,基準区間10分リターンR0はその後の20区間の10分リターンRiより大きいかどうかをウィルコクソンの符号付順位和検定(Wilcoxon signed-rank test)で検証してみた。そもそも違うかどうかの両側検定を行う。付録Bの図表では,第一( i )行目の検定は基準区間のR0がR1(Ri)と差があったかどうか検定である。付録Bの図表を見てみると,ほとんどのケースで,リターンに差がなかったという仮説は棄却できない。
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しかしながら,この検定結果については幾つかの点を斟酌しなければならない。昼休みと東日本大震災を除いたケースで,公表時刻が各10分区間後半の,しかも最後の数分である・9分,・8分,・7分の場合,公表時刻を挟んだ10分リターンではなく,すぐ直後の10分リターンを比較対象にしてみる場合,このリターンR1が以降の10分リターンより良いパフォーマンスを残している。
さらに,後掲のように,ボラテリィリティは決定会合決定事項公表後低下しているので,リターンが多少低くても,投資する誘因は残されている,という点も斟酌するべきであろう。
4−4 ボラティリティなどの変化の計測結果
(1)直前直後のボラティリティなどの変化
10分ボラティリティの推移を示した図表8〜図表10から,決定事項公表直前直後のボラティリティの単純な変化を見てみると,東日本大震災のケースを除くという条件付きであるが,金融政策は株式市場のボラティリティを鎮静化させた,ことがわかる。
イベント前後で自己相関関係の変化があったかどうか,も興味ある点であろう。リターンの1階自己相関係数値を公表前後で計算した付録Aの図表を見てみると,日立だけ公表後に推移が安定化している傾向が見られるが,全体として変化していないと考えてよさそうである。金融政策は株式リターンの1階自己相関係数値を変化させていないと考えてよさそうである。
また,イベント前後で銘柄間の相関関係に変化があったかどうか,も興味ある点であろう。現代ポートフォリオ理論は,リターン相関係数値が低くなれば分散投資環境の改善がもたらされた,ことを教えてくれる。付録Cの図表を見てみると,45ケースのうち半分以下の19ケースでしか,相関係数値の低下は起こっていない。また,相関関係値の低下は日立とトヨタの2銘柄間に集中している。そのため,公表前後の相関係数値が同じであるという帰無仮説を検定することはしていないが,金融政策が分散投資環境を改善させる効果は大きくない,と言えそうである。
さらに,先に述べた方法で計算した10分値付け率を銘柄別に15イベントで平均した,付録Dの図表を見てみると,金融政策が値付け率を改善したという証拠も見られなかった。
個別銘柄については特徴的な点が散見される。例えば,8月4日は世界同時株安の時期であ
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り,トヨタ株には多少の動揺が見られた。
(2)直前直後のボラティリティ変化と検証
図表11から見られるように,公表直後のボラティリティはその直前と似た動きをする。その結果,ボラティリティは,公表時刻を中心に前後で小さな変化しか示さない。そして,公表時刻から離れるに従って,差は拡大する。これらの特徴はリターン差の場合より明瞭である。ボラティリティは大きなプラス方向の動きを示す時期もあり,決定会合決定事項公表の130分から150分後に大きな株価の反応がある。
また,図表12から見られるように,公表直後のしばらく時期は200分前と比較して大きなボラティリティ変化を示す。それはマイナスにもなる。しかしながら,時間が経過するにつれて,その振幅は著しく小さくなる。
東日本大震災を除くかどうかという取扱いの差で,以上2組の計測は違った結果になった。それは,東日本大震災が極めて大きな影響を及ぼした特殊な事例であったからである。平時の分析を参考にするべきではないだろう。
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東日本大震災直後を除いて,どのイベントでも,ボラティリティの水準は平均的に小さいようにみられる。しかも,標準誤差(図表は省略)を計算してみると,標準誤差の平均はリターンの場合よりは小さいが,その値はボラティリティの平均と同レベルであり,それゆえこの標準誤差の大きさでは,ボラティリティの差はゼロであるという帰無仮説を95%の有意水準では棄却できない。
実現ボラティリティのシミュレーションや実際の計測では,1分間隔以下の超短期間RVが真の値から乖離するというバイアスが存在し,その大きさは小さくないことが知られている。しかしながら,本研究では1分データを基に10分RVを計算しているので,この欠点の影響は大きくないと判断される。
4−5 イベント・スタディの結果の要約と考察
決定会合の決定事項が発表される時刻直前と直後の幾つかの10分リターン,10分ボラティリティの間に変化がみられるかどうかを確認した結果,上で触れられなかった点も含めて,次のように要約できる。
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4−5−1 結果の要約
(1)決定会合決定事項公表後,株価は平均的に反応していると言える。幾つかの例外を除いて,10分株式リターンの上昇,それゆえ株価の上昇がみられる。
(2)しかしながら,それは決定事項公表直後の10分間に限って起こることは稀である。直後30分までの反応も比較的小さい。これらの時間は,Kurov, Sancetta, Strasser and Wolfe[2016]の最近の研究よりは,遅い。もっとも,この点は,当時の値付け率の低さも関係しており,値が付かなかったためイベントへの反応が鈍い(あるいは,イベントへの反応が鈍く値が付かなかった)という可能性も何%か影響しているものと予想できる。
(3)東日本大震災直後は金融政策決定会合に対する反応が著しく強い。大震災によって金融政策への期待が高まったものと予想される。日銀もそれに応じた10)。
(4)東日本大震災時を除いて,いずれの決定会合にも株価は極めて近い反応パターンを示している。11月30日の夜間公表についても例外ではなく,当日後場と次の日の前場の間に変化が起こったことを示している。
(5)金融政策決定会合で金融政策現状維持に対する株式市場の評価は,他のケースと違う評価は観測されず,概ね良い評価を得ている。
(6)決定会合決定事項公表時刻を挟んだ10分リターンを基準にすると,直後20,30分までのリターンはほぼ同水準であるが,以降リターンは低くなる傾向がみられる。
(7)金融政策は株式市場のボラティリティを鎮静化させている。一般に観測されているボラティリティが持続する現象は金融政策によって転換する傾向が比較的強くあるのである。しかも,投資家は悪いニュースだけでなく良いニュースに対しても敏感に反応するのである。
(8)金融政策公表が,リターンの自己相関や銘柄間相関さらには値付け率を変えたという証拠は得られなかった。
4−5−2 考察
(1)ウィンソライズによる頑健性の検証について
異常値は考察対象にしていない,その他の要因から生じている可能性がある。それゆえ,このような異常値を除去してみて計測結果が変わらないかどうかを検証することが必要になる。異常値の影響を排除するためによく採られる方法は,ダミー変数以外の説明変数につき,上下1%に含まれるデータをウィンソライズするやり方である。
DID分析でよく採られるコントロール群は,本研究では設定していない。それは,極めて短い区間におけるリターンやボラティリティのトレンドは小さく,その他のイベントから受ける影響は均一であると想定しているからである。コントロール群を選ばなくてよいデータ処理をしている,ということである。
異常値を除去しても同様な結論が得られれば,この前提は成り立っていることを意味する。実際20や40のサンプルから,もっとも極端な数値を1つ(2.5%から5%のウィンソライズに
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相当)除外しても,結論は変わらない。むしろ,結論が強化されるケースが多い。
(2)個別事項の考察
日本銀行が開く金融政策決定会合開催直前になると金融政策に対する期待が強くなり,政策内容をめぐる思惑が広がる。特に2011年については,東日本大震災後予想される未曽有の経済危機を金融政策が下支えしてくれるという期待は大きかったものと思われる。
しかしながら,被災地に近い処に本拠地がある日立の株価への反応には厳しいものがあったと予想される。
どの論点も,複数の観点から相互に矛盾なく,サポートされている。
5 まとめと残された課題
日本の政策決定にはエビデンスとロジック(論理)が欠けていると批判される。本稿は政策決定とエビデンスの間の溝を埋める研究の1つである。分析上の課題は残される11)が,1分,10分という頻度のデータで,幾つか興味ある計測結果が得られ一応の研究結果は見出せたものと考えられる。仮説検定法が未確定な分野は等閑になっているが,検定方法がある分野に関しては,検定済の結果を紹介した。
決定会合決定事項公表が何らかの形で株価に影響するとしても,それは必ずしも自明なことではない。例えば,デフレ脱却を目指しながらそれを妨げる消費税増税に賛成するように,金融政策担当者が少なくとも言語上論理的に首尾一貫する政策スタンスを採っていないことが挙げられる。このような相互に矛盾する態度だけでなく,厳密に定義できない曖昧な表現を用いた発言が金融政策担当者によってなされ,市場をミスリードしようとする意図も時々うかがわれる,からである。
また,日本株の値動きは,米国の株価と為替レートによってほとんど説明ができるのではないか,という見方がありえよう。日次あるいはそれ以上の低頻度データ分析では,この視点が重要になるように思われるが,高頻度データでは必ずしもこの視点がすべてを捉えていないように思われる。
本研究が明らかにした現象はさらに幾つかある。周知のように,3.11では大地震と津波の被害に加えて原発事故の発生によって日本経済は未曽有の不確実性に襲われ,株式市場は混乱のなかで大幅な株価下落に見舞われた。このような緊急事態では,投資家はより大きな市場に注文を集中する傾向が示唆されてきた。従来から持たれている,このような傾向は必ずしも正しくないことが本研究の結果から分かる。JNXも東証と同じような動きを示しているからである。
本研究は,日銀の上場投資信託(ETF)買い入れなどの実際の株式購入がもたらす実質的な効果とそのアナウンスメントがもたらす効果の両方の効果を計測している。確かに,従来のアナウンスメント効果分析では,実際に株式購入は伴っていない金融政策イベントの分析が中心だった。それゆえ,従来のアナウンスメント効果の計測結果と比較するためには,日銀の実際の株式購入がもたらす効果とアナウンスメントがもたらす効果の大きさを分離する必要があろ
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う。
そもそも,株価が変化するだけ十分な額の日銀ETF買い入れかどうかを検討する必要があろう。日銀による買い入れ額が数兆円に上っても,およそ千兆円ある東証上場全銘柄の時価総額の1%も満たない。この比率で株価を押し上げたり,動きを変えれるものなのか,何らかの方法で検討するべきであろう。
株価が反応することが金融政策の効果があることを必ずしも意味しない点は注意しなければならない。古くからの譬えどおり,「水飲み場に馬を連れて行っても,のどが渇いていなければ馬は水を飲まない」。日銀が資金供給をいくら増やしても企業や家計の資金需要がなければ効果は期待できない。
時系列的な季節性アノマリーについては次のように考えられる。決定会合決定事項公表は昼時に行われるので,日中U字効果においてイベント相互の差異は小さい。他方,曜日効果については,本稿のような研究において適切な処理方法は知られていない。それゆえ,その効果を適切に除去するのは残された課題になる12)。
短期筋は株価上昇を先回りできるトリガーを会得している,という見方があるような発言が時々聞かれる。この点は大変興味のある仮説であるが,それを明らかにするためには,少なくとも未公開のマーケット・マイクロストラクチャーに係るデータが必要になる。そして,その分析を進める理論が必要になる。
2016年4月28日午後0時1分には,日銀が追加緩和見送りを発表すると,アルゴリズム取引が動き出し,日経平均先物は10秒で490円も下げた,と新聞も報道した。金融政策は重要である13)から,本研究よりも高頻度のデータの分析も,行う価値はあるだろう。
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参考文献
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Bessembinder, H., Panayides, M. and Venkatamaran, K., [2009], “Hidden Liquidity: An Analysis of Order Exposure Strategies in Electronic Stock Markets,” Journal of Financial Economics 94, pp.361-383.
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Hendershott, T., Jones, C. M. and Menkveld, A. J., [2011], “Does Algorithmic Trading Improve Liquidity?”Journal of Finance 66(1), pp.1-33.
川口宋紀・田代雄介 [2015] 「注文間隔の違いに基づく株式売買行動の分析」 行動経済学会報告,2015年11月。http://www.abef.jp/event/2015/pdf_abst/B2.pdf
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Kurov, A., Sancetta, A., Strasser, G. and Wolfe, M-H., [2016], Price drift before U. S. macroeconomic news: private information about public announcements? ECBWP No.1901, 02 May 2016.
Scholtus, M., van Dijk, D., & Frijns, B., [2014], “Speed, algorithmic trading, and market quality around macroeconomic news announcements,” Journal of Banking & Finance 38, pp.89-105.
辰巳憲一[1982] 『日本の金融・資本市場』 東洋経済新報社,1982年。
宇野淳・大崎貞和[2012] 『証券市場のグランドデザイン』 中央経済社,2012年12月。
付録
A.リターンの1階自己相関係数値が15の金融政策イベントの前後でどれ位異なるか
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B.3銘柄のウィルコクソンの符号付順位和検定
ウィルコクソンの検定(Wilcoxon signed-rank test)は,分布の型が等しいとわかっている,対応のあるデータに関して順位・位置に違いがあるかどうかを検定するものである。
帰無仮説H0:母集団平均に差はない,を対立仮説H1:差がある,に対して有意水準5%で両側検定を行う検定手順は次のとおりである。
nケースの対応のある2変数 Xi,Yi の差を計算する(i =1, 2,…, n)。 Xi − Yi の絶対値の小さい方から順位を付ける。ただし,同じ順位の場合は平均順位を付ける。 Xi>Yi の組の順位の数の和と Xi<Yi の組の順位の数の和のうち,小さい方を検定統計量Tとする。 Xi ≠ Yi の組の数Nが小さいので統計数値表を参照して棄却限界値を求める。本研究では普通の場合N=15であり,有意水準5%で検定を行うので,棄却限界値は25となる。
付録Bの図表で*印は帰無仮説を棄却するケースを示している。
この検定法は,たとえサンプル数が少なく,分布がスムーズでなくても検証でき,正規性の仮定を必要とする他の代替的な検定法より優れている。しかしながら,サンプルは,ランダムに,しかも独立に同じ母集団から取り出されていること,確率分布は連続であるという2つの
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条件が必要になる。
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C.決定会合決定事項公表前後の銘柄間リターンの相関係数
*印は公表後相関係数値が低下したことを示している。
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D.決定会合決定事項公表前後の値付け率の推移(15イベント平均)