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HFTのアグレッシブな株式発注戦略とは〜研究展望と行動解明に向けての考察〜

 

辰巳 憲一*

 

1 はじめに〜問題意識

 

HFT(高頻度取引)はどのような発注戦略を取っているかについては研究は多くない。実証分析にはデータが必要になるが,それの利用が限られ,政府機関などの研究に限られるからであろう。オーストラリアでHFTは最良気配の周りに発注する傾向がある(P. 26)という報告をASIC [2015] はしているが,このような指摘を見る機会は多くない。
 HFT自身の主たる関心は,脱法よりは,有利な発注戦略にあると見られているようである。HFTの行動を解明するためには,発注戦略を理解しなければならないとすれば,それは伝統的なファイナンスや投資理論とはまったく異なる様相を示すので,詳しく解説することに大いに意義があるように思われる。そして,様々な発注方法を見てみなければ十分解明できないので,HFTを超えてマーケット・メーカーやインサイダーの発注戦略にまで立ち入って行かざるをえなくなる。
 アグレッシブという言葉や概念が,それぞれ異なる定義で,筆者の知る限り6つの研究で分析に使われている。それらは国も時期も異なる。さらに,アグレッシブ指標という概念が,ASIC [2015] では市場の状況判断基準として使われている。今後,さらに進んで政策判断の材料として使われる場合も十分考えられる。市場関係者にとって,どのような定義がなされているのか,関心を持たざるをえない。
 アグレッシブとは一体どういう意味なのだろうか。攻撃的と訳される場合がある。しかしながら,詳細は本文中で後述することにして,攻撃的とは言えない注文もアグレッシブな発注に属す場合もある。それゆえ,本稿ではアグレッシブというカタカナを用いることにして,攻撃的という印象や言葉に結び付かないように区別しよう。
 なお,筆者は発注をアクティブとパッシブに大別するようにしている。そしてアグレッシブはほぼアクティブの一部である。ちなみに,辰巳 [2015a],辰巳 [2015b],辰巳 [2016a],辰巳[2016b] でもマーケット・メーキング,非表示注文,パッシブ戦略,レイテンシー・アービ 14 頁】 トラージ,などの発注戦略やその効果,などについて説明・分析しているので,重複を避けるため,以下では説明を省略しているところがある。

 

2 幾つかの基礎概念〜情報と基本の注文形態

 

2−1 係ってくる情報とその分類

幾つかの基礎概念を説明しておくことが必要になる。まずは,情報の分類である。

 

2−1−1 板情報

市場の厚み(デプス,depth)とは,指値注文を出し約定を待っている,最良気配から上下何本かの気配値のもとで出された注文数量列である。普通,単に厚みという場合,その分布ではなく,売り呼値(ask)と買い呼値(bid)の両側の和がとられる。いわゆる板情報の1つであり,市場における流動性の指標の1つとされる重要な情報である,もしこの情報が一部であっても公開されないとなると,様々な問題を生むことは誰でも予想できる。
 各呼び値のもとでの指値注文量を単純に足し上げただけのデプスは,個々の情報を集計しているため,ある程度情報量を欠落させている。しかしながら,デプスの分布という概念は,あるタイプの有意義な情報を提供する。
 例えば,投資家による指値変更のプロセスとその効果を記述するには,デプスの大きさだけでなく,デプスの分布が重要になってくることが予想できる。約定価格の水準とそれが変化するプロセスにも,デプスの分布は影響することになる。気配値をデプスの分布で加重した平均も,市場参加者が行う指値の変化を敏感に反映する指標として分析に用いられる場合がある。
 本稿が関心を向ける論点は,売買の同じ側あるいは反対側に多数の主体がおり,それら主体も同様に売買注文を隠せる状況のもとで,知ることが出来る情報とわからない事柄は予測した情報の両方に基づいて,一体どのような発注行動を様々な主体はとっているのか,である。
 様々な注文情報はどう公開されるべきかについては,いくつかの局面を考えてみる必要がある。自身の情報が公開されてしまうとディーリングや投資に不利であるという理由で公開に反対する市場参加者の存在がまず考えられる。他方,他の市場参加者が誤解するように情報を作為的に出す行為によって,他の市場参加者を欺き,自身を有利にするように導くという行動も考えられる。この行動は公開情報の拡大でメリットを得ることができる。相反する,これら2つの要素のどちらが強いかによって,情報公開の在り方と結果は違ってくる。
 気配情報の価値という観点からは,約定価格形成に果たす役割はもっとも重要であろう。しかしながら,これらの論点は将来予定している論考のテーマとしたい。

 

2−1−2 情報の質に関する1つの局面

(1)自明情報と要分析情報,そして高速取引

情報は,さらに分析しなければ投資に活かせないものと,そうでないものに分けられる。後者は自明情報と前者は要分析情報と呼ぶことにしよう。この分類は,量的情報と質的情報の区別に近いものであるが厳密には違う。HFT分析に係って高速(fast)と分析力・スマート(smart)に分けられることに由来している。
 自明情報は,高速取引と直接係ってくる。自明情報は,それを得るだけで売買するべき方向 15 頁】 がわかる情報である。それ故,それが得られたら直ぐに売買するべきである。速やかに約定させるために,高速取引が望まれる。
 自明情報には,インサイダーが手に入れる情報のほとんどが属す。インサイダーが狙うのは,株価変化の方向であり,変化の幅ではない。また,利用するのは,HFTではなく,単純な取引の高速化である。

(2)静的情報と動的情報

ある一時点で観察される静的な情報ではなく,直前やずっと以前と比べてどう動いたかという動的な情報はより重要である。確かにこれは事実であるが,静的な情報が発注行動にとって全く無用である,とは言えない。例えば,デプスの売り方買い方の間での違い,換言すれば注文アンバランスは次の瞬間の仲値さらには約定価格に影響する。

 

2−2 基本的な注文戦略〜成り行き注文と指値注文

2−2−1 注文タイプの選択

注文にあたって,トレーダーはそれを成り行きにするか指値にするかを選択しなければならない。成り行きではなく,指値の注文を出すと決めた後に,それを非公開にするか,どれ位の数量を非公開にするかを決めねばならない。それゆえ,これらの概念を比較的詳しく展開しておこう。

(1)成り行き注文と指値注文〜理論的説明

売りか買い,銘柄名と株数だけを指示する成り行き注文は,指値注文より先に売買が成立する。株価水準にこだわらない注文といわれていても,当然ながら株価に無関心でいられない。高値で買ってしまう,あるいは予想外の安値で売らなければならなくなるリスクもある。このリスクは厚みがない銘柄ほど大きい。流動性のある銘柄程,このリスクは小さく,成り行き注文のメリットが活かせる。
 指値注文は,成り行き注文を出す条件に加えて,さらに執行価格を指定する注文である。買い(売り)なら指値以下(以上)の価格でないと,つまり有利な価格でないと注文は執行されない。このため,想定以上に値動きが速いと売買の機会を逃すこともある。値動きの速さは,一般にリターンが高く,ボラティリティが高い銘柄である程,顕著である。
 成り行き注文は即時性という流動性を需要・消費するのに対して,指値注文はそれに対当する需給を提供する形で市場に流動性を供給する。
 成り行き注文が,もし一括執行された場合には,即時性が確保され遅延はなく(タイミング・リスクはない,と表現される),未執行になることはない(機会コストは発生しない,と表現される)。しかしながら,流動性を需要することに伴うマーケット・インパクトが発生し(特に大量の注文を出した場合予期しない価格でも約定してしまう),スプレッドを支払わなくてはならない。その結果最良気配(これと価格の差がスプレッドである)とかけ離れた価格を受け払いしなくてはならなくなる。
 指値注文は,しかしながら,取引主体が希望する価格で執行でき,このようなスプレッドを支払わなくてもよい。さらに,流動性を供給するためマーケット・インパクトが成り行き注文より小さくなるのがふつうである。もっとも,指値注文はその他の様々なリスクやコストに直面している。後述のように,非執行リスク,ピッキング・オフ(picking off)のリスクあるいは逆選択リスク(adverse selection risk)があるだけでなく,公表リスク(取引する意思がある 16 頁】 という情報の流布に伴う機会コストや遅延コスト)が生じてしまう恐れがある。
 いつ,どのような場合にどちらの注文タイプが選択されるのかについては古くから幾つか研究がある。成り行きではなく,指値の注文を出すのは,ボラティリティが高い時期である。また,スプレッドの大きさも影響する。スプレッドが大きい時期や場合には,一般に,流動性が低く,ボラティリティが高くなる。それゆえ,指値注文が選好される傾向がある。

(2)注文のテイクとメイク

注文種類は,分析する際には,流動性との絡みで分けることがある。それは発注価格と発注時点での最良売り気配あるいは最良買い気配との相対的な位置関係から,分類される。売り注文の場合,成り行き売り注文,即時執行可能売り指値注文(つまり,売り発注価格 ≦ 最良買い気配),最良気配改善売り指値注文(つまり,最良買い気配 < 売り発注価格 < 最良売り気配),最良気配同値指値注文(つまり,売り発注価格 = 最良売り気配),最良気配外売り指値注文(つまり,売り発注価格 > 最良売り気配)の5つに区分される。
 買い注文の場合も,対称的に定義される。
 さらに流動性需給の観点によってテイクとメイクの2つに分けられる。板の流動性を需要する成り行き注文と即時執行可能指値注文がテイク注文と呼ばれる。そして,板に流動性を供給する注文である最良気配改善指値注文,最良気配同値指値注文そして最良気配外指値注文をメイク注文と定義される。

 

2−2−2 指値注文の決定因とリスク

(1)指値注文のリスク

指値注文を出すトレーダーが直面するリスクには3つがある。これらのリスクはいずれも指値注文行動に大きな影響を及ぼす。まず,第一に,指値注文が執行されない非執行リスク(nonexecution risk)がある。指値注文を出した主体が希望する時刻(あるいは当日大引け)までに執行されないリスクである。それゆえ,指値注文では,執行見込み価格が確保される一方で,執行に要する時間が不確実であるという執行価格と執行時間のトレードオフが存在する。
 指値注文が未執行となるかどうかは,例えば板にあるデプスと成り行き注文フローの相対的な関係に依存する。つまり,残された時間内に市場に流入した成り行き注文数量が,時間的に優先する指値注文数量に比べて不十分なため執行の順番が回ってこない時未執行になる。一般に,指値注文が執行されるかどうかは,指値自体の高さ,注文規模などの当該注文の特性だけでなく,売買反対側の状況を含めた注文板の状況,ボラティリティ,などの多くの市場条件,に依存する。
 第二に,ピッキング・オフのリスクがある。トレーダー・投資家にとって不利な価格変化が起り易い時,ピッキング・オフされるリスクが高くなると表現される。必要とされるのは注意深さであるが,その内容は様々である。それゆえ,新情報が市場にやって来て,あるいは市場で情報が生まれ,価格が突然変化した時指値が不都合になり,注文を出しているトレーダーは損失(それを,逆選択コスト(adverse selection cost)という)を被ることになる。資産価値を過大(過小)評価している,情報を持たないトレーダーが出す買い(売り)指値注文は速やかに約定してしまうという「勝者の呪い」問題も起こりうる。
 買い(売り)指値注文は,指値が行使価格である,一種のプット(コール)・オプションの買いと見なせるという指摘は古くからあった。指値注文のオプション性に関する理論展開につ 17 頁】 いては,Chacko, Jurek and Stafford [2008] を参照。指値を提示している投資家は,他の市場参加者に対して,指定した価格で売買できる権利を無償で提供していることになる。すなわち,指値を提示している投資家は,オプションの売却と類似した経済的効果を提供しているにもかかわらず,その対価であるオプション・プレミアムを受け取ることができない。これは無償のオプション性と呼ばれることもあるが,利益が得られないのは当然ながら,暗黙のコストを負っていることに等しく,むしろ大きなコスト要因である。言い換えると,市場流動性の提供には暗黙のコストが伴うことを意味している。
 実証分析においては,逆選択コストには,約定時点から1分,5分,10分などの事前に定めた数分間における仲値の変化率の平均が用いられる。多様な局面を持つピッキング・オフのリスクあるいは逆選択コストがこの変量で適切に捉えられているのかどうかについては,誰もが不安・不満に思っているのではなかろうか。
 第三の指値注文のリスクは,公表リスク(exposure risk)と呼ばれるものである。現在ほとんどの取引所では,指値を出すと,それが最良気配や執行価格に近い場合には板情報として公開される。それは売買の意思があるという情報が広く流布されることになる。このリスクは直接,市場の透明性の水準に係わる。
 もし仮にすべての注文が板上にリアルタイムで更改・公開されれば,すべての指値注文は公表のリスクに晒される。公表された情報は,市場に1つのシグナルを送ることになり,他の市場参加者に自身の取引動機や戦略を知らせることになってしまう。さらには,価格へのインパクトの大きさ,あるいは取引条件も知られてしまうかもしれない。その結果取引それゆえ利益を先回りされ奪われるフロント・ランニングの犠牲になるかもしれない。

(2)情報を持つトレーダーと指値注文

従来,理論は,指値注文は市場に何の情報も提供しないという前提で打ち立てられていた。それは,情報を持つトレーダー(情報トレーダーと省略される)は直ぐに執行される成り行き注文を使う,という考えに基づいていたからである。さらに敷衍すれば,既述のように,指値注文には,売り買い同じ側での競争があるため,あるいは反対側の注文が十分あるかどうかわからないため,執行されるかどうかわからないという非執行リスクがある,からでもある。
 それに反して,Kaniel and Liu [2006] は,情報トレーダーは,自身が保有する該当情報の価値が永続すると期待されれば非執行リスクは小さくなり,成り行き注文よりは指値注文をよく使うことになる,と考える。これは私的情報の内容に立ち入った分析である。あるいは,自身の評価が市場で出されている気配に近ければ,非執行リスクが小さく,同じように指値注文を使う,と考える。
 非表示注文に関しても,辰巳[2015b] で説明したように,同様な考え方があり,論争がある。

 

2−3 HFTと発注戦略〜最良気配での注文変更

HFTは活発な発注を行っているという証拠がある。まず,その紹介から始めよう。最良気配において起こるすべての種類の注文変更(Updates)の年間件数を,2002年から2013年まで期間について,規模別のそれらとともに,図示したのが図表1である。この図表はQin[2016]から数字を抜き出し作図したもので,この変数に注目するのはConrad, Wahal and Xiang [2015]の研究から由来している。出典は全米16取引所等べニューから報告されるデータで,直前の6月末時点の個々の銘柄の時価総額によって上位から20%ずつ選び出した5規模グループ別に平 18 頁】 均化している。
 注目されるのは,このデータと比較されるHFTの数のデータとの関係である。HFTデータは,NasdaqによってHFTとnHFT(nonHFTの略)とIDが打たれた2008年と2009年それぞれのクロスセクション・データで,公開され今や多くの研究がなされている。この取引に係わるHFTの数のデータと突き合わせてみると,気配変更件数との相関は極めて高く(最大規模の銘柄グループについては0.84),nHFTとのそれは比較すれば極めて低い(最大規模グループの銘柄については0.38),と報告されている。小規模銘柄グル−プについては相関係数の値はさらに小さくなる。なお,相関係数はNasdaqの120銘柄をランダムに選び計算される。また,この計算は発注でも最良気配へのそれであり,最良気配から外れた気配での状況についてはわからない。

 

 

3 発注の選択肢〜その他の方法も含めて

 

3−1 その他の発注方法

指値,成り行き以外に,実に多くの発注オプションが提供されているだけでなく,それらを組み合わせることができる。それがHFTの行動を複雑にしている。

 

3−1−1 発注方式の分類

基本的な注文以外に多くの発注方法がある。注文のタイプには数百種類あり,投資家の取引プログラムの設定によっては数千種類の注文の仕方が可能になる(ブルームバーグ「超高速取 19 頁】 引業者の割り込み注文―告発者が暴く投資家軽視の実態」2012年9月21日記事参照)。杉原[2011] と杉原[2012] が複数の文献を展望して分類しているので,それに従うと次のようになる。
 発注オプションには,@指値の滞在時間に関する指図(duration instruction),A注文の達成割合に関する指図(fill instruction)がある。例えば,有効期間が1日の指値注文,指定した数量が約定するまで滞在する指値注文や,指定した最低限の数量が執行されない限り即座に取り消される指値注文などの形態がある。即時執行されない数量が自動的に取り消されるオプション付きの指値または成り行き注文であるIOC(immediate or cancel)やFOK(fill or kill)は言葉どおりに注文の滞在時間や達成割合に関する発注オプションであり,@とAを組み合わせた注文の代表である。
 さらに,Bイベントに基づいて発注の可否を判断する指図(linking instruction)には,例えば,価格が指定した価格以上に上昇した場合に買い注文を出す,あるいは指定価格以下に下落した場合に売り注文を出す逆指値注文などがある。これら以外にも,C注文の他市場への回送に関する指図(routing instruction)がある。
 発注形態のうち,特に利用されるのはIOC注文,非表示注文(hidden order),仲値注文(center-point order)である。非表示注文は辰巳[2015b] において,最後者は辰巳[2016a] で展開している。

 

3−2 板情報とトレーディング

板情報とは,銘柄別に現在の注文状況が成り行きと指値の別に分かる情報である。昔は,取引所会員証券会社だけが知りえるものであったが,現在は制限があるにしても広く公表されている。
 もし指値注文を使って信用買いすれば,買い板に注文が掲載される。しかしながら,板情報で買いに表示されていても,それが空売りの買戻しなのか,長期資金の買いなのか,または見せ玉の買いなのか,発注・投資動機までは分からない。
 板情報を観察して行うトレーディングにはどのようなタイプがあるのか,複雑なケースを展開する前に分かり易い基本的な戦略を見ておこう。

(1)高速取引

板情報を観察していて注文フロー等から判断して価格が上昇すると予想する際には,買い注文は成り行き注文を出すか,あるいは最良買い気配より高めの指値注文によって,むしろ積極的に価格インパクトを起こす形で行い,市場価格が上昇すれば買った株式を売り抜ける,という戦略が有効である。この戦略には高速が要求される。

(2)逆張りスキャルピング

逆張りスキャルピングとは,急落したら買って,ちょっと上がればすぐに売るという急落後のリバウンドを狙う手法である。急落したらとにかく買い向かう手法で,買い注文が約定したら,1円か2円戻したところで数秒から数分以内で直ぐに売ってしまう。この点は辰巳[2015a] でも金融仲介機能の一環として展開している。

(3) 修正の遅い指値注文とそれに対する戦略

市場には,様々なニュースが発信された時に,瞬時に指値を変更しない,反応が遅い注文が存在する。修正の遅い指値注文(stale limit order)と呼ばれる。

20 頁】

また,最良気配が変化して,指値注文の執行の価格優先度が低下してしまっている発注者もいる。これはスプレッドが広いときや,株価が自身の指値とは反対方向に動き出したときに生じる。また,売買反対側の最良気配と同じ価格ではない,指値注文をぶつけるような指値戦略によっても起こされる。
 そのような注文が残っていれば情報を持っているトレーダーにとって鴨になる。情報を持っているトレーダーは,成り行き注文を出して,売り買い約定してしまう。ニュースの結果が予想どおりになれば,安く買えたり,高く売れたり,したことが判明する。

 

4 アグレッシブな発注戦略

 

4−1 基本となる概念・分析視点の概説

4−1−1 アグレッシブの概念と変数・指標

(1)何を問題にするのか

市場参加者が注文の情報内容をどう推定するかは,情報トレーダーは私的情報が公開される前にポジションを組むことに関心があるので,注文のアグレッシブの程度と関連していよう。それゆえ,市場参加者も研究者も,アグレッシブの程度を分析することが重要になる。
 どんな事柄であれ,自身の行動を突然非公開にすれば,本人がどう考えているのかは別にして,第三者にとってはかなりアグレッシブに見える。アグレッシブであると採られないために,当初から隠すのである。それゆえ,非表示注文分析にはアグレッシブ行動をどう捉えるかが1つの重要なポイントになってくる。

(2)価格アグレッシブの2001年以前研究結果

2001年までの先行研究(引用は BPV [2009] から)においては,デプス,ボラティリティ,スプレッドに関して基本的に3つの分析結果の事例がある。アグレッシブの定義を展開する前であるが,真偽の議論は後回しにして,敢えて研究結果を紹介しておこう。
 反対側のデプスが多いことがわかれば,トレーダーはアグレッシブな指値をする。そして,それは執行確率の改善に貢献する。
 直前ボラティリティが大きくなれば,アグレッシブな注文が出される,あるいは別の研究によると,より多くの流動性が供給される。
 スプレッドが広くなれば,あるいはデプスが減れば,敏速に指値注文が出される。

 

4−1−2 流動性に注目した広範で基本的なアグレッシブの指標〜ASIC [2015]

(1)簡単な定義

ASIC [2015] はアグレッシブ注文を次のように定義する:市場で売買可能な価格と数量で取引可能な注文,それゆえ,板(注文ブック)の上に表示される(表示され続ける)ことはなく,待機している流動性を取っていく(submitting orders to trade at a price and size already available on a market. These orders do not rest on the order book, they remove resting liquidity.)。その反対語は,市場で待機する注文であり,流動性を追加的に提供するパッシブ注文である。他の市場参加者はパッシブ注文で提示された価格で取引するかどうか否かを選べる。
 この定義は,それゆえ,最も単純であり,本稿で展望の対象とする研究のなかで最も権威ある機関によってなされた定義である。しかしながら,このアグレッシブ注文は,既述のテイク

 

21 頁】

 

注文とほとんど同じである。

(2)1つの分析例

ASIC [2015] はオーストラリアでは,公開注文でHFTがアグレッシブ・タイプで,つまり公開市場においてテイク注文を出す比率が2012年から2013年までの期間急速に増加している,図表を提示している(図表2に転載)。2013年7月までには,HFTのうち60%がアグレッシブになった。その年末に多少戻したが,その後の傾向は変わらない。
 公開市場でのアグレッシブ注文が増えている現象と,オーストラリアで発見されたHFTがHFT同士の取引を避けるようになっている事実とを関連付けて,ASIC [2015] は捉えようとする。その理由は明瞭ではないが,この現象は今後大きな研究対象になるかもしれない。

 

4−1−3 指値注文を中心としたアグレッシブ指標の分析〜Beber and Caglio[2005]の研究

Beber and Caglio [2005] はHFTが存在していない市場が考察され,実証される。それゆえ,その分類は,伝統的かもしれないが,現代から見れば変則的で,適用したデータは古い。しかしながら,現代の高頻度世界と比較するには,むしろ,好都合かもしれない。

(1)アグレッシブ指標の分類

まずは,6つのカテゴリーの分類から見てみよう。
 カテゴリー1は,買いと売りの成り行き注文と次の指値注文からなる。最良売り(買い)気配より高い(低い)指値あるいはそれぞれの最良気配と同じ指値,の買い(売り)注文である。しかも,いずれも対応する気配にあるデプスより多い数量の注文である。これらは最もアグレッシブな注文を構成する。

22 頁】

カテゴリー2は,買いと売りの成り行きと最良売り(買い)気配より高い(低い)指値あるいはそれぞれの最良気配と同じ指値,の買い(売り)注文である。しかし,いずれも対応する気配にあるデプスより少ない数量の注文である。従来から,この注文は直ぐに売買でき(され)るという意味で市場性(marketable)のある指値注文と呼ばれる。
 カテゴリー3は,売り呼び値と買い呼び値の間に指値する買いと売りの注文である。カテゴリー4は,最良気配と同じ指値の買い(売り)注文である。
 カテゴリー5は最良気配から4ティックまで離れた指値の注文,
 カテゴリー6は最良気配から4ティック以上離れた指値の注文,である。

(2)アグレッシブ指標の頻度分析

Beber and Caglio [2005] は,1990年11月から1991年1月までNYSE上場144銘柄を対象に,各カテゴリーの頻度,その日中の推移を計測している。
 アグレッシブ指標の構成比率を示した図表3で見られるように,注文がなされる頻度はカテゴリー2が高く,買いが60.48%,売りが少し高く61.34%であった。最良気配に出す注文(カテゴリー4)も頻度は比較的高く,Harris and Hasbrouck[1996] が見出している「平均パフォーマンスが高い注文形態の1つ」という仮説とは矛盾しない。高パフォーマンスであるから,注文が多いのであると予想される。

 

 

売り方のアグレッシブ指標は買い方のそれよりアグレッシブの程度が,差は大きくないが,多少高い。それはパッシブ(非アグレッシブ)・カテゴリーの頻度が低いからであると推測された。この現象は既に昔から知られており,下げ局面で売るのは上げ局面で買うより難しいと 23 頁】 市場で認識されているから起こるのであろう。
 パリやトロントなどの取引所を研究した文献と比較する記述もなされているので概述しておこう。NYSEは,成り行き注文が多く,指値注文が少ない傾向がある。それは約定を勧めるスペシャリスト制の為であるからと指摘される。NYSEで最良気配間に出す注文(カテゴリー3)が少ないのは,当時のNYSEの取引制度(SuperDOT)に原因がある(説明は省略)か,あるいはサンプルとなった銘柄のスプレッドが狭いからかもしれない,と推測されている。
 ちなみに,見出された現象は,HFTが参入する前の時期と後の時期の間で大きな変化があるかどうか,は興味ある点であり,今後十分検討されるべきであろう。

(3)日中30分1時間間隔別注文株数頻度分布

日中取引時間を30分1時間毎に8あるいは9区分に分けた時間帯毎の注文株数を計算し,当該カテゴリーはどの時間区分の注文が多いかなども分析され,幾つか興味ある結果が得られている。ちなみに,最後の時間区分はさらに分けられ2つの15分区分になっているケースもある。

 

 

24 頁】

30分1時間間隔帯別注文分布を買いサイドと売りサイドの両方で見たのが図表4である。この図表では一部の間隔は30分間隔になっている。間隔を修正して時間間隔を同じ1時間に換算すると,どの時間帯もほぼ同じ注文量で推移しておらず,日中U字型効果が浮かび上がってくる。注文量分布も,取引量やリターン分布と同様に日中U字型効果があることがわかる。
 次に,30分間隔帯別アグレッシブ指標分布を買いサイド(図表5)と売りサイド(図表6)でみてみよう。
 カテゴリー2は,日中時間の経過とともに,売買両サイドとも,頻度を上げていく。Beber and Caglio [2005] の説明によると,そのなかで指値注文の比率は減り,成り行き注文の比率は増え,続ける。トレーダーは,大引けに近くなるほど,指値注文が約定する可能性は暫時下がることを認識しているからである,と推測された。この効果は,Goldstein and Kavajecz [2004] によっても検出されている。東証についても,同様に古い時期ではあるが,宇野・大村・谷川

 

 

25 頁】

 

[2002] が示している。
 カテゴリー3と6は売買両サイドで似た推移を示す。
 最後の30分には,成り行き注文とカテゴリー5の売りサイドと比較すれば,これら以外のすべてのカテゴリーで頻度が下がっている。この時点には,執行の可能性が極めて低まる。特に,最良気配から離れた指値注文つまりカテゴリー6については執行がもう無くなるのが確実になる。約定できないとなると,新規に発注するメリットが小さくなり,取引コストの大きさだけで目立つようになり,発注は減るのである。
 この点に関しては,発注から約定までに,どれ位の時間がかかったかが,重要になる。1990年頃には,かなり時間がかかったことが予想され,市場参加者には大引けの30分前では約定しないと思われていた,のではないかと予想される。この議論は,著しくスピードアップした現代では様子が違う筈であり,そのまま適用出来ないだろう。

 

26 頁】

4−2 様々なアグレッシブ指標

4−2−1 アグレッシブ指標の考案と計測〜Ranaldo [2004] の研究

(1)アグレッシブになる時は

Ranaldo [2004] は,計測方法を開発し,順位プロビット分析を応用することによって,売買同じ(反対)側の板が厚い(薄い)場合,スプレッドが広い場合,ボラティリティが増大する場合,辛抱強いトレーダーもアグレッシブになる,という計測結果を得た。なお,本稿は技法自体の展望を行うことを意図しないので,技術的な事柄の解説には出来るだけ立ち入らないようにする。
 分析するサンプルには,オーダー・ドリブンのスイス証券取引所(SWX)上場の15銘柄の1997年3,4月のティック・データが用いられた。既に1996年8月に電子取引が導入されているSWXでは,呼び値刻みは株価水準に依存し,最良気配とそのデプスはリアルタイムで公開される。それら以外の情報はリアルタイムには非公表であるが,いずれにしても30分以内に公表されなければならない。ちなみに,このサンプル期間はブル市場期で,該当の15銘柄は流動性の高い銘柄である。

(2)アグレッシブ概念の捉え方と処理方法〜Ranaldo [2004] の分類

アグレッシブの程度は次の順に低くなるとRanaldo [2004] は考えた。成り行き注文は極めてアグレッシブであるという考え方である。つまり,

@板にある注文量以上の成り行き注文,

A板にある注文量未満の成り行き注文,

B最良気配の間の指値注文,

C最良気配での指値注文,

D注文の取り下げ。

5つ目の概念として,注文の取り下げが考えられたのが特徴的であった。さらに各区間のなかでは,数量の多い注文がよりアグレッシブであると考えられる。
 実際の計測では,観測できないカテゴリー変数であるアグレッシブ指標について工夫が施された。5つのアグレッシブの程度に対して4つのしきい値を想定し,アグレッシブの程度が弱くなるに連れて,5つの概念の下位に順次移っていく,と想定された。そして,カレンダー時間ではなく,イベント時間で分析される。
 順位プロビット分析の被説明変数には,この5つの概念のアグレッシブの程度が取られた。その説明変数は,@A両側のデプス,Bスプレッド,C注文到着時間,が用いられる。さらに,D過去20件の取引の仲値(mid-quote)リターンから計算されたボラティリティも用いられた。
 既に紹介した計測結果以外で,興味あるのは次であろう。注文到着間隔は,平均41.7秒,銘柄間での最短14.0秒,最長121.2秒であった。実証分析では,直前の3件の注文到着間隔から計算される移動平均値の系列が用いられ,注文到着時間が長くな(市場が沸いていなけ)れば,アグレッシッブでなくなる(発注は@などの上位からCなどの下位へ移る),という計測結果が得られた。
 ちなみに,計量経済学上の課題は残されている。計測されたしきい値はいずれも強く有意であったが,その経済的意味は分析されなかった。説明変数の内生性のチェックも行われていない。

27 頁】

(3)アグレッシブ性の変化

アグレッシブ性の変化については,注文価格を最良気配に近い価格水準に入れ替える行動や,指値注文が同じ価格水準に滞在する時間,等によって追加的に計測されている。Ranaldo[2004] では,取引主体が発注している側の指値板の注文数が増すほど,スプレッドが拡大するほど,また,ボラティリティが増すほど,注文のアグレッシブ性が増すという計測結果を得ている。

(4)注文の積極性と情報の非対称性の関係

個々の銘柄や取引主体に関する注文の積極性を表す指標としては,指値注文に対する成り行き注文の比率が従来しばしば用いられてきた。しかしながら,Ranaldo [2004] では,注文の積極性とはマーケット・インパクトやスプレッドといったコストを支払ってでも現時点の最良気配に近い価格で早く執行したいと考える市場参加者の割合と定義された。
 積極性が高い注文ほど,背後で現在の価格が割安あるいは割高であるとの評価が行われている可能性があり,そうした注文は情報を有している可能性が高いと判断される。消極的に売買する情報トレーダーも市場には存在しうるが,この枠組みでの議論の対象ではない。

 

4−2−2 アグレッシブ変数・指標と計測〜De Winne and D’Hondt [2007] の研究

De Winne and D'Hondt[2007] は,Griffiths, Smith, Turnbull and White[2000] と Ranaldo[2004]以来の研究を進め,価格に対する相対的なアグレッシブ指標を考案する。データが古く,概念も有用でない Griffiths, Smith, Turnbull and White[2000] 由来の部分を除いて,展望しておこう。De Winne and D'Hondt [2007] は,粗削りであるという印象は拭えないが,2007年という早い時点の研究で多くの新しい試みをしている点が評価できる。
 De Winne and D'Hondt [2007] は,Ranaldo [2004] の技法を援用するが,2つのアグレッシブ変数・指標を分析する。

(1)価格アグレッシブ変数

まずは,次のような価格アグレッシブ変数を彼らは提案する。

ここで,Di は買い手の場合+1,売り手の場合は−1となるダミー変数である。この価格アグレッシブ変数を売り手に適用するには,この指標の [・] にマイナスをつける,ということである。mid-quote より高い(低い)価格を,もし買い(売り)方トレーダーが付ければ,この変数の値はプラスになる。そして,この注文はよりアグレッシブになる。トレーダーがどこまでも高い指値をすれば,それをアグレッシブと見なしてよいものなのかどうか,筆者は確信を持って断言できないが,彼らはそう見なしている様である。
 この変数については,先行研究はカテゴリー変数のみの分析であったが,De Winne and D'Hondt [2007] は数値で定義された概念の分析も行ったわけである。完全に100%直ぐに執行されそうな注文を,著者達はマーケッタブルあるいは「市場性のある」と呼ぶ。よりアグレッシブな指値注文は,よりマーケッタブルになる。
 なお,後述の Bessembinder, Panayides and Venkatamaran(以降 BPVと略)[2009] も同様な定義を採用する。

28 頁】

(2)アグレッシブ指標〜De Winne and D’Hondt [2007] の分類

次のアグレッシブ変数・指標は,新規に出てくる注文が既表示注文量との量的大小関係にあるか,最良気配を変える可能性が高いかどうか,を示すカテゴリー変数である。4つのしきい値(計測される変数になる)を用いて,カテゴリーを次の5ランク(@がもっともアグレッシブで,Dまで低くなっていく)に分け,先行研究と似た方法で,計測される。

@発注する注文と売買の反対側にある最良気配に出されている全注文と同じ量の注文,

A同上において全量ではなく,その一部の量の注文,

B同じ側の最良気配を変える注文,

C同じ側の最良気配での注文,

D最良気配以外での注文。

その他の分類されないすべての注文はDに属し,板のデプスを構成するが最良気配には影響しない。@やAが直ぐに執行されるかどうかは,反対側の気配とその気配で表示されているデプスの大きさに依る。その他の注文については,同じ側の最良気配に依存する。彼らはアグレッシブでない下位の注文をパッシブと呼んでいる。
 これらのカテゴリーとRanaldo [2004] のそれらと比較することは,なされなかった。注文キャンセルや注文変更は,Ranaldo[2004] とは違って,分類されず,無視された。

(3)分類結果とその解釈

データ分類による分析がまず行われている。売買両側に分け,さらにマーケット・メーカーか顧客か(principal/client)の口座別に,De Winne and D'Hondt[2007] はアグレッシブ注文の分析を行った(そのTable 3参照)。いずれの口座でも,もっとも頻度が高い注文はDであった。こういう分類法ではもっともな結果であると思われる。
 注文総量に占める流動性需要つまり成り行き注文の比率は,顧客買い(売り)注文で32.63%(36.87%),マーケット・メーカー買い(売り)注文で38.07%(39.95%) で,3分の1強である。いずれも売り注文の方が,またマーケット・メーカーの比率の方が顧客のそれより,少し高い。しかしながら,最初の2つの指標@とAの間ではこの違いは大きい。最後の3つの指標の間でも,同様である。
 最初の2つのアグレッシブ注文@とAについては,マーケット・メーカーは自分たちの顧客よりも多くの注文を出して最良気配にある表示されたデプスのすべてを喰う,ことが示されている。これはマーケット・メーカーが市場をよく観察しており,売買反対側に魅力的な注文を見つければ,機会を逃さず,注文を出してデプスを喰ってしまうということである。非表示注文がある場合も同様であるが,マーケット・メーカーは非表示デプスの探索をアクティブに行い,非表示デプスをとるために,表示デプスを超える量のアグレシッブな注文を行う,ということである。
 後半のアグレッシブでない注文B,CとDについては,著者達はパッシブと呼んでいるが,マーケット・メーカーは顧客より控えめ(competitive)であり,非執行リスクを和らげるために活発に市場をモニターしている事実が現れている。
 最後に,この計測では,アグレッシブ注文の日中効果は観測されなかった,と著者達は締めくくる。分析されたサンプル期間,いずれのアグレッシブ注文も例えば大引け直前に,動くことは無かった,ということである。

 

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4−2−3 アグレッシブと約定〜Bessembinder, Panayides and Venkatamaran[2009]の研究

(1)アグレッシブ変数

Bessembinder, Panayides and Venkatamaran(以降BPVと略)[2009] が採用する価格アグレッシブ変数は,売買反対側の気配から注文指値が何れ位離れているかを見るもので,仲値(mid-quote)で割って,符号をプラスになるように調整して,大きな値がよりアグレッシブである ように慎重に定義されるが,De Winne and D'Hondt [2007]とほぼ同様な変数である。

 

(2)アグレッシブの程度〜Bessembinder, Panayides and Venkatamaran[2009] が使う分類

価格アグレッシブの分類についてBPV [2009] は,嚆矢となる研究であるBiais, Hillion and Spatt [1995] に従う。Biais, Hillion and Spatt [1995] は,次のように,注文の価格アグレッシブの程度を7つに分ける。最初の4つは板から流動性を需要し,最後の3つは板に流動性を供給 30 頁】 する。
 第1の概念は,もっともアグレッシブな注文であり,売り(買い)呼び値のなか(inside ask(bid))に表示された注文規模より多く,しかも注文がすべて執行されるまで板を買い上がる(売り下がる)ように指示がある,買い(売り)注文である。
 第2の概念は,売り(買い)呼び値のなかに表示された注文規模より多く,しかし注文は板を買い上がる(売り下がる)指示はあるが指値で表示された数量以上の買い上がり(売り下がり)はない,買い(売り)注文である。
 第3の概念は,売り(買い)呼び値と同じ指値で,売り(買い)呼び値のなかに表示された注文規模より多い,買い(売り)注文である。もし非表示の流動性があれば全額執行されるかもしれない。この点は先の第2の概念も同様である。
 第4の概念は,売り(買い)呼び値のなかと同じ指値で,その気配で表示された注文規模より少ない買い(売り)注文である。これらの注文は直ぐに全額執行されると予想される。
 第5の概念は,買い呼び値内と売り呼び値内の間の指値注文である。
 第6の概念は,買い(売り)呼び値のなかと同じ指値の買い(売り)注文である。最後に,
 第7の概念は,買い(売り)呼び値のなかより低い(高い)指値の買い(売り)注文である。

(3)アグレッシブの程度と執行確率

BPV[2009]は,図表7のようにデータを整理して,トレーダーがアグレッシブになる程執行確率は高くなる(例外は第2概念から第4概念の間にある),そして非表示注文の方が執行確率は低い(例外は無い),ことを見出している。特に後者は興味深い。その他の点で1つ気にかかる点は,2,3,4の間に,表示注文と非表示注文で順序が入れ替わる,ことである。

 

4−2−4 アグレッシブ比率と計測〜Benos, Brugler, Hjalmarsson and Zikes[2015]の研究

(1)伝統となるかもしれないアグレッシブ比率の定義

買い(売り)最良気配あるいはそれに近い価格で約定された取引は売り(買い)手主導と分類されるのが論理的である(Lee and Ready[1991])し,従来から採られてきた方法である。
 そして,仲値あるいは最良気配の間で執行される取引についてはティックの直前の上下変化で分類され,ダウンティック(アップティック)取引は売り(買い)手主導と分類される。
 これらの分類に基づくとアグレッシブの程度を計測できる。個々の投資家あるいはマーケット・メーカー毎に,個々の銘柄の全取引に占める主導的取引の比率がアグレッシブの指標になる。この比率が高ければ,当該投資家は市場テイカー(market-taker)として行動していると言われる。ちなみに,主導的でない取引では,指値していれば他のトレーダーの指値とヒットするパッシブな取引であり,マーケット・メーカー(market-maker)として行動していると言われる。

(2)計測例

FTSE100を構成するロンドン証券取引所上場銘柄のうち時価総額上位20銘柄の2012年9月1日から12月31日までの電子指値注文板を調べたBenos, Brugler, Hjalmarsson and Zikes[2015] は,板に付随する発注者IDからHFT企業とIB(つまり投資銀行)それぞれ10社を選び,アグレッシブ比率を計算した。その選択の基準は明瞭に述べられていないが,98%のシェアを占め,結局大規模企業であることは間違いない。

31 頁】

2グループのアグレッシブ比率について,IBは0.41にもかかわらず,HFTは少し高く0.48であることを報告している。
 アグレッシブ比率の決定因についての計測も行われる。しかしながら,結果について著者達は,正反対の結果が出ているにも係わらず,一方しか解釈せず,先行研究と矛盾しない,と言い張る非科学的な主張をする。コンファレンスでの討論者も,同様なコメントをしている。因果経路に明瞭な結論を出せない計測技法であるVARを使っているからである。
 筆者が気になった計測結果は,コントロール変数であるスプレッドの影響は両取引主体で違い,HFTではプラス,IBではマイナスの影響をアグレッシブ比率に及ぼす,点である。スプレッドが広いほど,HFTはアグレッシブである。

 

5 まとめと残された課題

 

投資分野では,アクティブ運用が違法であるかどうか問われることは少ない。つまり,証券取引の諸法(金商法など)違反,自主規制違反あるいは当局の規制違反になる事例は,その投資勧誘では摘発があるが,一般に多くないのである。ところが,発注戦略では相場操縦,指値可能な板状況の規制,キャンセル件数や注文件数・量の量的規制,などが日常的に頻繁に関わってくる。
 アグレッシブ発注が必ず違反発注であるということではないことを上で見てきた。しかも,違反発注であっても,それらは学問的には正常な発注との境界が不明であることが多い。それゆえ,過度で闇雲な規制を行えば正常な普通の発注行動まで規制してしまう恐れが強い。その結果として,市場を破壊する,ということである。
 アクティブ型発注戦略が市場において果たしうる役割の一つに価格改善機能がある。パッシブ型戦略は,価格追従型であり,価格が割安だとか割高だとかの判断は一般に行わない。しかしながら,それを行うことによって利益獲得を狙うアクティブ型戦略では市場価格を正常なファンダメンタルズ価格に向かわせる取引が実現することが期待できる。
 アクティブ型戦略に基づくハイ・スピードな発注・取引には,瞬時に市場価格のゆがみを是正するという機能があるのである。その報酬がこの行動によって獲得される利益なのである。この点ではHFTを肯定的に捉えて良いように思われる。世界の論調はこの方向に傾きつつある。アクティブ,アグレッシブであってもHFTは必要なのである。
 アグレッシブな取引戦略について残された課題はあるように思われる。非常に多数ある個々の取引が戦略リストの上位にあるか,それとも下位なのかを体系的に検討する必要がある。そもそも,どのような体系的基準でこの問題を考察するべきか,現在明らかではない。どれがもっともよい定義なのか。目的によって定義は変えてよいというものの,正しい定義であるべきであるし,より適切な定義であるべきだ1)

 

32 頁】

参考文献

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