*) email: shinsuke.kambe@gakushuin.ac.jp
**) この小論は2017年4月に立命館大学大阪いばらきキャンパスで行われた契約理論研究会のために準備した草稿に加筆したものである。研究会の参加者のコメントに感謝する。本研究は科研費(基盤研究(A)25245031)の助成を受けたものである。
1) 標準的な説明では,フォーカルポイントは慣習で決まってくるとする。皆が周知として知っているということは何らかの社会的合意であると考えられるからである。もう少し深く考えて,社会的合意には何らかの正当性が必要とすれば,公理的アプローチを活用することも考えられる。つまり,フォーカルポイントの生成の背景には何らかの基準があると考えて,それを公理として扱っていこうとする考え方である。例えば,半々が妥当と皆が考えていると半々が実現するという状況は,妥当性という規範的な基準が結果を決めていると考えるのである。ここでは,規範的な条件が交渉結果を決めるという公理的アプローチが,現実の予測をすることができる。もっとも,これにしても,何が妥当かについてどう決めたかは議論できないという点で,非協力ゲームアプローチとしては十分でない。
2) 行動タイプに基づく評判は,非合理的に行動するタイプが存在することを前提に,そのふりをすることから発生する。これの別な解釈は,もともとは合理的なプレイヤーがそのような行動をすることに確率的にコミットするというものである。この解釈では,コミットできたプレイヤーが行動タイプとなる。その意味で,以下の分析でも必要に応じて評判の議論に触れていく。ただ,評判では一般にそのようなタイプのプレイヤーがいるということだけを前提に議論するのに対し,本小論で考えるコミットメントでは,コミットメントを撤回したり,あるいは,あえてしなかったりというより幅広い選択肢の中でプレイヤーの行動を調べようとしている。
3) 厳密にいえば,ここでの同時とは,それぞれのプレイヤーが相手の要求を知らずに自分の要求にコミットすることを意味する。必ずしも要求自体の同時性を求めるものではない。
4) 両者がコミットメントに失敗した場合に何のペイオフも得られないとすると,整合的な要求をするメリットが大きくなり,整合的な要求が均衡でサポートされやすくなる。
5) コミットメントが常に試みられているか,あるいは,コミットメントをしようとしていることは観察できる状況を想定している。コミットメントをしようとしたか分からないケースは,コミットメントをするかを選択可能な場合で扱う。
6) あるプレイヤーが先に要求を出すことができ,かつ,確実かつ観察可能で撤回できないコミットメントができる時は,それ以降に交渉が続いたとしても,一回限りのゲームと同じ均衡となる。その場合,コミットメントとしてより重要なことは,要求を変化できないことではなくて,一定以下の分配を受け入れないことである。この点については,Kambe(2011)を参照。
7) この点の詳しい検討特に待つ時間をプレイヤーが選べる場合に何が起こるかの分析については,神戸(2005) を見よ。
8) なお,Abreu and Gul(2000)では,コミットメントタイプの要求に分布がある場合を考えている。その場合は,当初の要求に幅があることになるが,定性的な均衡の性質は本文のものと似たものになる。