【87頁】
管理職の男女間賃金格差は存在するのか
奥井めぐみ・大内章子・脇坂明
T はじめに
2014年3月1日の日本経済新聞朝刊のトップ記事は,上場企業1150社の管理職に占める女性の割合が,保険・空運など非製造業では10%を超すものの,33業種全体の平均で4.9%,というものであった。そして,政府は指導的地位の女性の割合を2020年までに30%に増やす目標を掲げているが,まだまだ課題が多いことが示唆されている。
厚生労働省 『平成28年賃金構造基本統計調査』 によると,従業員100人以上企業(短時間労働者を除く常用労働者)でも,女性管理職比率(2016年)は課長10.33%,部長6.55%で,部長・課長合計では9.26%で,女性管理職比率が30〜40%台1)の欧米諸国と比べ登用は進んでいない。確かに女性の管理職比率を上げることは重要な政策課題である。しかし,同じ管理職で男女に処遇の差があるとしたら,単に女性の管理職比率を上げればいいわけではないことになる。
日本では,男女間賃金格差が存在することが知られており,実証分析により,観察される要因をコントロールすれば,この格差は縮小するとされている。そして,その格差が非合理的なものか合理的差別によるものかの検証が行われている(川口(2008),Abe(2005))。ただし,こうした男女間賃金格差の要因分析は,非役職者のデータを利用したものが中心である。管理職の同じ役職内での男女賃金格差については,日本では女性管理職データが不十分であることから,実証分析があまり行われていないのが現状である。
その数少ない要因分析が 『男女共同参画白書 平成22年版』 に掲載されたものである。それによると,女性の各要因の労働者構成が男性と同じと仮定した場合の賃金水準は,同じ職階で,男性が100に対して,女性は81.1となり,同じ役職であっても,賃金格差が存在することが示されている2)。
仮に同じ管理職であっても,男女間で賃金格差が存在すれば,いかに女性を昇進させるかということだけでなく,同じ役職内での男女間賃金格差の縮小も大事な政策課題となる。同じ役職内で,同様の勤続年数,職場経験を持つ男女では賃金格差が存在するのか。これが本研究の問題提起である。
そこで,本研究では,管理職を含む従業員の豊富な個票データを利用して,賃金関数を分析することで,同じ役職内での男女間賃金格差について詳細に調べることにしたい。特に,女性
【88
頁】
の場合は,管理職に昇進するか否かに企業の判断だけでなく,自己の選択が影響を与えていると考えられる。そのようなバイアスの影響も考慮した分析を行う。
U 男女間賃金格差の推計を行った研究と本研究の問題提起
1.依然として残る男女間賃金格差
「わが国における男女の賃金格差についての研究は膨大(山口(2008))」であり,古くは八代(1980)が,男女間賃金格差は企業内における業務上の訓練投資機会の差に基づく生産性の格差による面が大きいことを示している。すなわち,男女間賃金格差の縮小には,女性の訓練機会を増やすことが必要になる。これは,おのずと女性の昇進機会を増やすことにもつながる。
近年では,男女間賃金格差の縮小がみられるものの,依然として男女間賃金格差は存在する。堀(1998)は,1986年,1994年の賃金センサスの個票を用いて,この2時点間で賃金格差が縮小し,そのほとんどはギャップ効果,すなわち統計的に観察されない女性の地位向上で説明されるとしている。Abe(2009)は,賃金センサスの集計データを利用し,男女雇用機会均等法以降,高学歴女性が正社員として働くようになったことで,男女間賃金格差が縮小したとするものの,同じ役割の男性と比べるとまだ女性の賃金は低いことを示している。
Miyoshi(2007)は,個人の長期に渡る人的資本蓄積の情報が得られるデータを利用して,特に女性の勤続年数を正確に把握した上での,女性と男性との賃金格差について分析を行った。その結果,女性は男性に比べて正社員の仕事経験や勤続年数が賃金に与える影響が小さいことや,正社員の経験の評価に対して男女で有意な差が生じることを示している。
このように依然として,男女間での賃金格差が存在していること,同じ仕事上の経験があっても,女性は男性よりも低く評価されている。一方,Kato, Kawaguchi and Owan(2013)は,大手製造業の個票データを用いて,通常の賃金関数を分析すると,未婚者では16%,既婚者では31%の男女間賃金格差が存在するものの,これらはjob level,skill grade,労働時間などで説明できることを示している。Miyoshiの研究結果と照らし合わせると,同じ仕事経験を経ても,男女で仕事のレベルに違いがあることや,労働時間の違いが,男女間の賃金格差の原因であるといえそうだ。
2.統計的差別か説明不可能な差別か
ここで,日本の男女間賃金格差の原因が経済学的合理性によるものか,非合理的な差別なのかという点に着目した研究を紹介する。阿部(2005)は,高学歴女性の企業定着率が低いこと,企業定着性の差は結婚や出産による女性の離職パターンと,産業によって異なる男性の定着性によって生じることを示した。しかし,事業所が把握する男女の平均的な生産性格差をコントロールしても尚,賃金格差が生じていることから,経済合理性では説明できない格差が存在するとしている。
経済合理性で説明できない格差は 「嗜好による差別」 と言われる。Becker(1971)によると,嗜好による差別が存在すると,差別される労働者の需要が減ることから同じ生産性であってもこの労働者の賃金は下がり,「嗜好による差別」 を持たない経営者がこれらの労働者を雇用することで費用を下げて利益を上げることができることから,やがて,差別嗜好のある経営者は淘汰されるとしている。
【89 頁】
佐野(2005),Kawaguchi(2007)は,それぞれ企業パネルデータを利用し,「市場テスト」 の手法で検証することで,女性比率が企業利潤に与える影響から,日本では使用者の嗜好に基づく差別による女性の過少雇用が存在することを示した。
川口(2008)も,雇用における女性差別を生み出す経済的なメカニズムを解明する一連の研究の中で,「非合理的差別」 と 「統計的差別」 の検証を行い(第4章),2006年の 「仕事と家庭の両立支援にかかわる調査」 の企業調査と社員調査とを組み合わせることで分析を試みた。男女均等処遇が企業の業績指標に与える影響は安定的ではないため,非合理的差別の存在については明確にされなかったが,男女の離職確率格差が大きい企業ほど,社員の性別を基準にして処遇を決定していることから,統計的差別の存在を示している。また,企業の均等処遇,WLBへの取り組みが進んでいる企業では,女性の就業意欲を高め,男女の賃金水準が高くなることを示した(同8章)。この結果は,統計的差別やその他差別から来るこれまでの日本企業の女性労働者への処遇の悪さが女性の生産性を低めて,差別が繰り返されるという負の連鎖を断ち切る可能性を示している。
3.同一役職内の男女間賃金格差に関する研究
本研究では,同一役職内で男女間賃金格差は存在するのかに注目する。「平成15年版働く女性の実情」(厚生労働省(2003))ではコーホート別に係長,課長の男女間賃金格差を比較しており,均等法以前は,同じ課長であっても女性は男性より賃金が2割程度低いこと,均等法世代では男女間格差が縮小しているものの,均等法後10年世代では停滞していることが示される。ただ,ここでの格差は集計値であり,企業規模などの属性がコントロールされていない。
山口(2008)は,海外の実証研究では,実証分析により同様の管理職であれば男女間賃金格差は無いという結果が得られていると指摘する。Petersen and Morgan(1995)は,アメリカの1974年から1983年までの豊富な個票データを利用し,同じ事業所同じ職種における賃金格差を分析した。その結果,同一事業所の同一職種内では男女間賃金格差は非常に小さく,平均で女性は男性の賃金の98.3%を得ている。Berrtrand and Hallock(2001)も,アメリカのhigh-level executiveで女性は男性よりも45%所得は低いが,これはほとんどが,規模間格差や女性のCEOが少ないことから説明されるとしている。
ところで,日本には,コース別雇用管理制度を設ける企業がある。コース別雇用管理制度がある企業では,採用時に,総合職,一般職といったコースを決めておき,同じコースの中では,昇進等の処遇に差を設けない。コース別雇用管理制度を設けていない企業では,男女雇用機会均等法に従えば,すべての労働者で昇進等の処遇には差を設けないことになる。このため,コース別雇用管理制度がある企業では,総合職と一般職とが存在し,女性の多くは一般職採用であることから,男女間賃金格差が大きくなる。
阿部(2005)は,コース別雇用管理制度を導入することで企業は長期的に働く意思を持つ女性を識別でき,シグナリング問題を解消できるという予測のもと,コース別雇用制度の有無で男女間賃金格差が異なるかを分析した。その結果,コース別雇用管理制度がある企業では,男女間賃金格差が大きく,これは男性が 「総合職」 を選ぶのに対し,女性の多くが 「一般職」 を選ぶためだとしている。労働政策研究・研修機構(2010)も同様の分析を2006年と2000年のデータで行っているが,コース無し企業でも,係数の絶対値は小さいものの,女性ダミー変数の係数は負で有意であることが示されている。それ以外は阿部と同様の結果を得ている。このよう
【90
頁】
に,コース別雇用管理制度はシグナリング問題を解消するという利点があり,女性総合職であれば男性との賃金格差が縮小することが期待される。
一方,山口(2008)は,コース別雇用管理制度が一般職のやる気を失い,さらに一般職女性の生産性を下げることで男女間賃金格差を拡大するという悪循環について指摘している。また,先の阿部(2005)の分析では,コース別雇用管理制度のある企業で勤務する女性が 「総合職」 か 「一般職」 かの情報を用いていないため,男女間賃金格差が総合職・一般職というコースの差によるものなのか否かがわからない。これらのことから,コース別雇用管理制度の有無や同制度下での総合職か一般職の違いを考慮した研究が求められる。
本研究で利用したデータでは,各自の勤務先にコース別雇用管理制度があるか,コース別雇用管理制度がある場合には,本人が総合職か一般職かについての回答が得られる。そのため,女性でも総合職であれば賃金格差が縮小するかどうかを確認することが可能である。本来同じ処遇が前提とされているコース別雇用管理制度のある企業の総合職の中で男女間賃金格差が存在しているのかどうか,同じ職位の管理職の男女間で賃金格差が存在しているのかを明らかにしたい。分析では,女性管理職のサンプルが豊富で,かつ勤続年数や配置転換の経験といった,企業内での教育訓練の機会についての情報も得られるデータを利用し,これらの要因をコントロールしてもなお,男女間で格差が残されるのかを調べる。
V 利用データ
利用したのは,独立行政法人労働政策研究・研修機構(2014)が行った 『男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査』 の管理職調査と一般従業員調査の個票データと企業調査票の企業データとを突き合わせたデータである。以下,同調査より,調査方法についてまとめる。
『男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査』 は,全国の従業員300人以上の企業6,000社と従業員100〜299人の企業6,000社の計12,000社を対象とし,平成25年10月1日現在の状況で行った調査で,企業調査と従業員調査の両方が行われている。
従業員調査は,対象企業で働く課長職相当職以上の管理職48,000人及び一般従業員96,000人を対象としている。このうち,管理職は,調査対象企業を通じて,従業員数100〜299人の企業は3名(できれば女性3名を優先),従業員数100〜299人の企業は3名(できれば女性2名を優先)に配布するように指示がされている。一般従業員は,調査企業を通じて,従業員数300人以上の企業は男性5名,女性5名,従業員数100〜299人の企業は男性3名,女性3名に配布するように指示がされている。なお,配布数の男女振り分けは,指定した男女配分で配布できない場合,男女の配分は調査協力企業の実情に合わせて配布するように協力を依頼している。この調査の特徴は,調査の配布方法の関係で女性管理職のサンプルが多く得られる点,従業員の勤務経験や役職,昇進希望などの多くの情報が得られる点,企業調査との突き合わせにより,勤務先の属性も知ることができる点が挙げられる。調査で利用可能な従業員データは,一般社員が10,109サンプル,管理職が5,567サンプルの合計15,676サンプルである。本研究では分析対象を大卒正社員のいる企業のサンプルに限った。その結果サンプルサイズは,一般従業員が7,660サンプル,管理職が4,234サンプル,合計11,894サンプルとなる。ここから,さらに次節で述べる分析に必要な変数を得られるサンプルに限ると,合計8,333サンプルとなる。
本研究では,従業員調査と企業調査を突き合わせたものを利用した。企業調査では,企業の
【91
頁】
業種,常用労働者数の他,女性管理職の有無といった情報が入手できる。
W 変数の設定
ここでは,賃金関数の推計のために用いた変数の作成について示す。
賃金関数の被説明変数には,前年(2011年)の個人年収(税・賞与を含む)の対数を用いた。本来,賃金関数の被説明変数には,時給対数を用いるべきであるが,今回利用したデータでは,次の理由から,被説明変数は年収対数とし,説明変数に週労働時間の対数を加えた。調査では,昨年度の年収と現在の週当たり労働時間についての情報は得られるが,この情報を用いて時給を計算すると,1)年間の労働時間を求めるには,年間労働日数の情報が必要であるが,データからはこの情報が得られないので,労働者の平均的な年間労働日数3)を一律に用いるなどする他ないこと,2)年収の情報は昨年のもの,労働時間の情報は現在のものを用いていて,時点にずれがあることから,求めた時給には誤差が発生してしまうという問題がある。2)については,確かに昨年の年収が高い人は今年の年収も高いと予想されるが,必ずしも一致するというわけではない。
念のため,被説明変数に,昨年度の年収を,現在の週当たり労働時間から平均的な労働日数を考慮して算出した年労働時間で割った時給をとった分析も行ったが,女性ダミー変数の係数と絶対値に大きな違いが見られなかった4)。年間労働時間を測定することの難しさについては,小池(2009)に示される。
個人年収はアンケート調査では階級値で尋ねている。そのため,階級の中央値を個人年収とした5)。尚,前年の年収なので,前年,休職や無職だった期間がある者であれば,年収が非常に低い管理職のサンプルも存在する。そこで,年収については,300万円台以上,1,300万円から1,400万円台までのサンプルのみを利用することとした。排除した,年収300万円台未満のサンプルは,全体の16.08%であり,年収1,500万円以上のサンプルは,全体の0.71%である。尚,2011年の賃金構造基本調査によると,年齢,産業計の企業規模100人以上における男女の非役職者の年収6)平均値はそれぞれ,525万円,399万円であり,男女の部長クラスの年収平均値はそれぞれ,1,024万円,867万円である。現在の会社に入社した時期は,調査時の2012年の2年前,2010年以前のサンプルに限ることで,前年から調査年にかけて転職経験のあるサンプルを排除した。
説明変数には,個人の属性として,週労働時間対数,年齢・勤続年数とこれらの2乗項,女性ダミー変数,学歴ダミー変数,所属部署ダミー変数,役職ダミー変数,配置転換ダミー変数,コース別雇用管理制度有り企業の総合職の場合は1,それ以外は0をとる変数を用いた。
【92 頁】
週労働時間の数値は,最小値は1,最大値は70であるが,正社員であれば短時間勤務制度を利用しない限り,週40時間以上の労働が一般的であることを考慮し,40時間未満のサンプルは排除した。労働時間が週40時間未満のサンプルは全体の8.76%(15,621中1,368サンプル)であった。また,労働時間の上限1%の値が70時間であることから,70時間を超えるサンプルも排除した。
勤務先の属性としては,産業ダミー変数,常用労働者数の対数,勤務先が女性管理職のいる企業の場合は1,それ以外は0をとる変数を加えた。各説明変数についてより詳しく説明する。学歴は,大学・大学院卒,短大・高専卒,専門学校卒,高校卒,中学校卒,その他の6区分であり,大学・大学院卒をベースとした。所属部署は,人事・総務・経理,企画・調査・広報,研究・開発・設計,情報処理,営業,販売・サービス,生産(建設,運輸,流通部門含む),その他の8区分であり,人事・総務・経理をベースとした。役職は,一般社員,係長・主任担当職,課長・課長相当職,部長・部長相当職,その他の管理職の5区分で,一般社員をベースとした。説明変数には,役職と年齢・勤続年数との交差項,さらにはこれらと女性ダミー変数との交差項も用いた。配置転換ダミー変数は,現在働いている会社での次の配置転換の経験がある場合に1,無い場合に0をとる変数である。配置転換は,@同じ事業所内での配置転換,A転居を伴わない事業所間の配置転換,B転居を伴う国内転勤,C国内の関連会社への出向,D海外勤務の5種類である。これは,多肢選択なので,複数の配置転換を経験している場合もある。ただし,配置転換の経験の有無だけを問うており,同じ種類の配置転換を複数回経験しても同じ 「経験有り」 となり,配置転換の回数まではわからない。配置転換の経験が無い場合は,すべての配置転換ダミー変数が0となる。
総合職ダミー変数と女性ダミー変数との交差項を加えたのは次の理由による。コース別雇用管理制度がある企業では,総合職を選ぶか否かが長期的に働く意思があるかどうかのシグナルとなることで,女性は多くが一般職を選ぶことから男女間賃金格差が拡大する,という阿部(2005)の研究を受ければ,女性で総合職を選ぶ場合は男性との賃金格差が縮小するはずだからである。
勤務先の属性である産業は,@鉱業,採石業,砂利採取業,A建設業,B製造業,C電気・ガス・熱供給・水道業,D情報通信業,E運輸業,郵便業,F卸売業,G小売業,H金融業,保険業,I不動産業,物品賃貸業,J宿泊業,K飲食サービス業,L教育,学習支援業,M医療,福祉,Nその他サービス業,Oその他,の16区分であり,製造業をベースとした。常用従業員数は,企業規模の変数として用いた。さらに,第Y節の分析では,サンプルセレクション・バイアスの問題に対応するために,Treatment Regressionによる分析も行っている。この時,管理職ダミー変数とは相関を持つが,誤差項とは相関を持たない操作変数を利用する。今回は,操作変数として,特に女性では仕事と家庭の両立が昇進に大きな影響を与えると考え,子どもの数(いない場合は0),同居家族がいる場合に1,それ以外に0をとる変数,昇進を望まない場合,その理由が 「仕事と家庭の両立が困難になる」 と回答する場合に1,それ以外に0をとる変数を用いた。
勤務先に女性管理職のいるダミー変数と,この変数と女性ダミー変数との交差項を加えたのは,次の理由による。勤務先に女性管理職がいる企業では,統計的差別,嗜好による差別のいずれかの差別を行っている確率が低いとする。もし,女性管理職のいる企業では嗜好による差別がないとすれば,Becker(1971)の理論からこのような企業の利益は上昇するため,労働者
【93
頁】
の賃金も上昇する。そのため,女性管理職有りダミー変数は有意にプラスになると予想される。また,女性管理職のいる企業では統計的差別がないとすれば,時間をかけていずれ男女間賃金格差もなくなるはずであり,女性ダミー変数との交差項は有意にプラスになると予想される。すなわち,これらの変数は,差別無しの代理変数となっている。
X 変数の基本統計量
分析に先立ち,変数の基本統計量やサンプルの構成比を示す。まず,主な変数の基本統計量を表1に示す7)。
【94 頁】
次に,男女別役職構成を示す(表2)。
表2より,役職が上になるにつれ,男性サンプルの比率が高くなることがわかる。それでも,本研究で利用したアンケート調査では,女性管理職のサンプルを優先して集めるようにとの依頼があったこともあり,女性の部長・部長相当のサンプルが69,得られている。
表3には,配置転換の経験者の比率を役職別,男女別に示す。
表3より,「転居を伴う国内転勤」 の経験者の比率は,男性19.8%,女性6.5%と男女で大きく異なる。特に,一般社員,主任・係長で男女差が大きいが,部長になると差が縮小している。「国内関連会社出向」 は,男性が6.0%,女性が2.8%と,女性は男性の半分弱である。「海外勤務」 は男女とも経験者が少ない。逆に,「配置転換経験なし」 は男性23.9%,女性34.1%で,女性の方が多い。「同じ事業所内」 「転勤を伴わない事業所間」 の配置転換経験者の割合は女性がやや低いものの大きな差はない。
表4には,性別役職別の時給,年収,年齢について平均値,標準偏差,サンプルサイズを男
【95
頁】
女別に示す。
一般社員では男女で平均年収に10% 程度の格差があるが((461.9-411.4)/461.9×100≒10.9),役職が上がるにつれてその格差は縮小している。部長では女性の方が平均年収が高い。
Y 分析結果
1.分析の手順
分析は,以下の手順で行う。まず,賃金関数を,最小2乗法と,企業の個別効果を取り除いた固定効果モデル(FEモデル)とで,推計することにより,男女間賃金格差が企業の個別効果を取り除いた後も存在するかを調べる。
次に,女性が昇進するか否かを決定する場合には,自己選択が強く働くと考えられることから,サンプルセレクション・バイアスを考慮した分析を行う。すなわち,女性は仕事と家庭の両立のために,あえて昇進を希望しない場合が予想される一方で,昇進する女性は,もともとやる気があったり潜在的に能力が高いため賃金が高い傾向にあるとする。そうであれば,賃金関数の管理職の係数には,純粋に管理職になることによって得られる賃金上昇分だけでなく,能力が高いことで賃金が上昇する分が含まれて,管理職の賃金上昇効果が過大評価されることになる。この問題を解消するために,Treatment Effect Modelを用いて分析を行う。
Treatment Effect Modelの枠組みは次の通りである(Maddala(1983)pp.117-122を参照)。賃金関数は,次のようなものである。yj は賃金関数の被説明変数である時給対数,j は j 番目のサンプルを意味する。
ここで,zj は,管理職の場合に1,それ以外に0を取る変数で,以下の式で示されるように観察されない隠れた変数 z*j に基づいて決まる。
【96 頁】
この時,εと u は,平均が0で,次のような共分散行列を持つ2変量標準正規分布に従う。
Maddala(1983)のtwo-step推定量は,1段階目で管理職ダミー変数を被説明変数とする次のプロビット分析の推定量を得る。
この結果を利用し,各サンプルのハザード,hj ,すなわち過大(あるいは過小)に評価されている部分は次のように計算される。
φは標準正規分布の密度関数である。
とすると,
となり,two-step推定量のβ,δ,ρσが求まる。
2.賃金関数の推計結果
賃金関数の推計結果を表5に示す。(1)は,最小2乗法による回帰分析結果8)で,(2)と
【97
頁】
(3)は,企業個別の影響を取り除いた固定効果モデルによる分析結果である。(3)は,(2)の説明変数から,企業での配置や部署に関する変数を取り除いて分析することで,企業内での経験が男女間賃金格差に影響するのかを調べた。
固定効果モデルによる分析を行ったのは,次の理由からである。利用データでは,女性管理職へのアンケートを何名程度に行うようにという限定はしているが,役職については限定がない。もしもともと賃金水準の高い企業で女性の課長よりも女性の部長職をアンケートの対象とする傾向があれば,実際よりも女性部長職の賃金水準が高めに出るといった影響が考えられる。また,データからは得られなかった企業特性が原因で企業の賃金水準に差があると,個別効果を考慮に入れずに回帰分析を行った場合に,実際よりも賃金プロファイルの傾きを急に推計する可能性もある(図1)。
Bronars and Famulari(1997)は,354の事業者から得られた1,740人の個票データを利用して賃金関数を推計し,企業によって賃金プロファイルが異なる点を示している。彼らのデータでは,平均して,1事業所当たり6.98人のサンプルが存在する。本研究で利用したデータも,平均すると1企業当たりのサンプルは12人であり,企業間の格差を考慮に入れた分析が望ましい。
固定効果モデルと併せてランダムエフェクトモデルによる推計も行ったが,ハウスマンテストより有意水準1%で両モデルの係数の値は異なることが示されたため,固定効果モデルを採用する。
【98 頁】
まず,女性ダミー変数について確認する。(1),(2),(3)いずれの分析結果でも,女性ダミー変数は有意にマイナスであるが,係数の値は,最小2乗法では−0.1314だったのが,固定効果モデル(2)では−0.1336と絶対値はほとんど変わらない。すなわち,企業の個別効果を取り除いても男女間賃金格差は縮小しないといえる。
役職ダミー変数と女性ダミー変数との交差項は,最小2乗法の分析結果では部長・部長相当のみで有意にプラスである。この係数の値は女性ダミー変数の係数である男女間賃金格差を打ち消す大きさである。固定効果モデルになるとこの交差項の係数の値は減少し,課長・課長相当職と女性ダミー変数との交差項が有意のプラスとなる。男女間賃金格差は存在するものの,企業の個別効果をコントロールすると,役職が上がるにつれて,その格差が縮小していくといえる。女性の部長では,(2)の結果より,男女間賃金格差は4%程度である(−0.1336+0.0945)。女性ダミー変数とコース別雇用管理制度有り総合職ダミー変数との交差項の係数より,総合職の女性であれば,さらに2%格差が縮小することがわかる。
(2)(3)の比較からは,企業内での配置転換の差や部署の違いといった,企業内経験の影響を含めた場合も含めない場合も,女性ダミー変数の係数や有意性に大きな変化がないことから,男女間賃金格差は,表3で示されるような男女の配置転換の差では説明できないということになる。
【99 頁】
その他の変数について確認する。週労働時間対数は有意にプラスである。固定効果モデルの結果より,企業個別効果を取り除いた後の方が,係数の値は大きい。現在の労働時間が長い労働者は,1年前も労働時間が長い可能性が高いため,1年前の年収が高くなっているといえる。
年齢,勤続年数9)とこれらの2乗項は,ほぼ有意であり,年齢や勤続年数が高くなるほど賃金は上昇するが,その値は逓減することがわかる。役職,学歴は高いほど賃金も高くなる。コース別雇用管理制度有り総合職ダミー変数は有意にプラス,この変数と女性ダミー変数との交差項も有意にプラスであり,阿部(2005)が指摘するように,コース別雇用管理制度でシグナリング問題が解消し,「総合職」には高い賃金が与えられ,特に女性でその傾向が強まるといえる。固定効果モデルの分析結果では,女性ダミー変数と総合職ダミー変数との交差項より,総合職の男女間賃金格差は2%程度縮小することになる。とはいえ,それでも11%の男女間賃金格差が残ることになる。
企業属性については,従業員数対数が有意にプラスであり,規模間賃金格差の存在が示される。また,女性管理職有り企業ダミー変数と女性ダミー変数との交差項が有意にプラスである。
女性管理職が存在する企業では,男女間賃金格差がわずかではあるが縮小することが示される。
以上,企業の個別効果を取り除いても,男女間賃金格差は存在するが,役職が上がるにつれてその差は縮小し,課長職クラスでは9.5%,部長職クラスでは約4%の格差となることがわかる。また,総合職の女性では,さらに格差が2%縮小する。
3.Treatment Effect Model
続いて,Treatment Effect Modelの分析結果を,男女別に示す。Treatment Effect Modelは男女別に分析を行い,管理職(課長・課長相当,部長・部長相当)である場合に1,それ以外は0をとるダミー変数を内生変数とした。1段階目のプロビットモデルにおける説明変数には,子どもの数,同居人有無ダミー変数,家庭と仕事の両立のために昇進を望まない場合に1をとるダミー変数の3つを利用した。通常の最小2乗法による分析も併せて行った。
分析結果を表6−1,6−2に示す。
表6−1,6−2より,Treatment Effect Modelにより分析することで,通常の最小2乗法の分析に比べ,管理職の係数が,女性では0.2381から0.2755に増加,男性では0.1969から0.3823に増加している。ただし,両関数の誤差項の相関を表すλ=ρ×σは,女性ではマイナスだが有意ではなく,男性でマイナスに有意であった。女性では,OLS(最小2乗法)で推計された賃金関数の管理職の係数は,管理職になる女性は,潜在的に能力が高くより高い賃金を得られる者に偏っているなどの理由で,プラスにバイアスがあると予想されたが,誤差項の相関が有意でないことからその影響は無視できるといえる。
一方,男性では,OLSで推計された管理職の係数は,実際よりも過小評価されていることが示された。これは,見せかけの男性管理職の賃金は低いが,能力等,観察されない要因をコントロールすると,実際は管理職はより高い賃金を得ていることになる。この理由として,二
【100
頁】
つのことが考えられる。一つは,ここでの分析は企業特性がコントロールされていないので,管理職が,業績などにより賃金が低い企業出身者に偏っていることである。これに関して,パネル分析の固定効果モデルでも同様の推定式の回帰分析を行ったところ,女性の管理職係数は,0.2524,男性の管理職係数は,0.2006となり,OLSより若干係数値が高いが大きな差は生じなかったため,そのような偏りは無かったといえる。
二つ目は,労働時間と年収のタイミングが異なっていることである。管理職となって昨年から今年にかけて年収が大きく変化した場合も昨年の低い年収で賃金関数が推計されていると,管理職の賃金は低くなるバイアスがかかっていることも考えられる。残念ながら,利用データでは昇進した時期についての情報が得られないため,この点は確認できない。いずれにしても,潜在的に能力の低い男性が管理職に昇進している結果とは考えにくい。
ここでは,課長・課長相当と部長・部長相当を合わせて 「管理職」 としている。そこで,部長・部長相当のサンプルを落とし,課長・課長相当までのサンプルに限って同様の分析を行って,管理職ダミー変数の推計結果に変化があるかを調べた。その場合の分析結果では,男女ともλは有意でなくなった。
以上,Treatment Effect Modelより,女性では管理職になることによる賃金上昇は,もともと生産性の高い女性が管理職になっているという偏りが影響していると予想されたが,そのような偏りはほとんど観察されないことが示された。
【101 頁】
【102 頁】
Z むすび
本研究では,女性管理職を多く含む豊富な従業員データを利用し,賃金関数を求めることで男女間賃金格差を分析した。主な結果としては,1)固定効果モデルにより企業個別の属性を取り除いても,男女間賃金格差は縮小することなく,13% 程度存在すること,2)役職が上がるにつれて男女間賃金格差は縮小し,部長職では4%弱になること,さらに総合職では賃金格差は2%縮小すること,3)Treatment Effect Modelにより女性管理職にはサンプルセレクション・バイアスは観察されなかったことが示された。
今回,固定効果モデルにより企業個別の特性を取り除いても,13%の男女間賃金格差が残るが,役職が上がるにつれて格差が縮小すること,総合職であれば,さらに格差が縮小すること
【103
頁】
が示された。総合職を選ぶ女性社員であれば,企業にとっての情報の非対称性が解消されることから統計的差別が無くなり,男女間賃金格差は縮小すると予想されたが,その通りの結果が得られた。しかし,総合職でも2%しか格差が縮小しないことから,総合職を選ぶという女性労働者のシグナルが企業側にそれほど信用されていないということがあるのかもしれない。
コース別雇用管理制度有り企業の総合職で賃金格差が縮小することについては,情報の非対称性が縮小することの他に,コースなし企業では同じ役職であっても男女間賃金格差が大きいということの裏返しなのかもしれない。第一に,コースなし企業では,実態として総合職と一般職に分けて雇用管理している企業があり(大内1999),本研究と同じデータを用いて配置転換の男女比較をした大内・奥井・脇坂(2014)は特にコースなし企業で配置転換の男女差を見出している。そうした企業がどれかはデータでは把握できないが,男女の賃金格差をもたらしている可能性がある。第二に,係長・主任相当職,課長相当職などのように 「相当職」 が付く職位は,ラインの管理職とラインでない管理職を含んでいる。大内(2012)が 「女性用の役職」,脇坂(2014)が 「恩恵的係長」 と表現しているように,同じ 「管理職」 という名称でも女性の多くがラインでない管理職に就いていることが考えられ,それが同じ 「管理職」 でも男女の賃金格差をもたらしている可能性がある。上記の第一の点の実態として総合職・一般職に分けて雇用管理しているか否か,また第二の点のラインの管理職か否かは,定量調査で入手することは困難である。他にもデータからは入手できない何らかの男女間の生産性の差があるかもしれない。管理職の男女賃金格差が何に起因するのかは,今後インタビューなどの定性調査を含めて複合的にアプローチして明らかにすべき課題であろう。
配置転換の経験をコントロールしても尚,男女間賃金格差が生じていることから,今回はコントロールできなかったが,Kato, Kawaguchi and Owan(2013)の指摘するような 「仕事のレベル」 が賃金格差となっている可能性がある。今回の利用データでは,職種や配置転換の経験についての情報までしか得られず,配置転換の回数や与えられている仕事の内容はコントロールできなかったのが残念である。ただ,役職が上がるにつれて,男女間賃金格差は急速に縮小する。残る格差の原因は解明する必要はあるものの,役職者では 「仕事のレベル」 に差が無くなっていくことを示唆する結果ではないだろうか。
謝辞
この論文の執筆にあたり,(独)労働政策研究・研修機構より貴重なデータの提供を受けました。また,阿部正浩氏より,根本的な改定に関わる非常に貴重なコメントをいただきました。記して感謝の意を表します。
参考文献
阿部正浩(2005)「男女の雇用格差と賃金格差」 『日本労働研究雑誌』 No.538, pp.15-31.
大内章子(1999)「大卒女性ホワイトカラーの企業内キャリア形成−女性総合職・基幹職の実態調査より」 『日本労働研究雑誌』 No.471, pp.15-28。
大内章子(2012)「女性総合職・基幹職のキャリア形成−均等法世代と第二世代とでは違うのか−」 『ビジネス&アカウンティングレビュー』 第9号,pp.107-127。
大内章子・奥井めぐみ・脇坂明(2014)「男女の昇進格差はなぜどのように生じるのか−企業調査と管理職・一般従業員調査の実証分析より−」,日本労務学会第44回全国大会 『研究報告論集』 【104 頁】 pp.197-204
川口章(2008) 『ジェンダー経済格差』 ,勁草書房。
小池和男(2009) 『日本産業社会の「神話」』 ,日本経済新聞出版社。
佐野晋平(2005)「男女間賃金格差は嗜好による差別が原因か」, 『日本労働研究雑誌』,No.540,pp.55-67.
堀春彦(1998)「男女間賃金格差の縮小傾向とその要因」, 『日本労働研究雑誌』,No.456,pp.41-51.
八代尚宏(1980)「男女差別と日本の労働市場」 『現代日本の病理解明』 第2章,東洋経済新報社。
山口一男(2008)「男女の賃金格差解消への道筋―統計的差別の経済的不合理の理論的・実証的根拠」, 『日本労働研究雑誌』 ,No.574,pp.40-68.
労働政策研究・研修機構(2010)「企業内におけるコース別雇用管理,ポジティブアクション,育児支援策と男女間賃金格差について」, 『男女間賃金格差の経済分析』 第3章,JILPT資料シリーズNo.75 。
独立行政法人労働政策研究・研修機構(2014) 『男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査結果(2)−分析編』 JILPT調査シリーズNo.119
脇坂明(2014)「「遅い選抜」は女性に不利に働いているか―国際比較をめざした企業データと管理職データの分析」 『男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査結果(2)−分析編』 第7章,JILPT調査シリーズNo.119 ,pp.187-212。
厚生労働省(2003) 『平成15年版働く女性の実情』
厚生労働省(2010) 『平成22年版男女共同参画白書』
厚生労働省(2011) 『平成23年賃金構造基本統計調査』
Abe,Yukiko(2009) “Equal Employment Law and the Gender Wage Gap in Japan: A Cohort Analysis”, Journal of Asian Economics, 21(2), pp.142-155.
Becker, G. S.(1971) The Economics of Disctimination, Chicago University Press.
Bertrand, Marianne and Kevin F. Hallock(2001) “The Gender Gap in Top Corporate Jobs”, Industrial and Labor Relations Review, 55, pp.3-21.
Bronars, Stephen G. and Melissa Famulari (1997)“Wage, Tenure, and Wage Growth Variation Within and Across Establishments”, Journal of Labor Economics, Vol.15, No.2, pp.285-317.
Kawaguchi, Daiji(2007) “A Market Test for Sex Disctimination: Evidence from Japanese Firm-Level Data”, International Journal of Industrial Organization, Vol.25, Issue 3, pp.441-460.
Kato Takao, Kawaguchi Daiji and Owan Hideo(2013) “Dynamics of the Gender Gap in the Workplace: An econometric case study of a large Japanese firm”, REITI Discussion Paper Series, 13-E-038.
Maddala, G. S.(1983) Limited-Dependent and Qualitative Variables in Econometrics, Cambridge University Press.
Miyoshi, Koyo(2008) “Male-female wage differentials in Japan”, Japan and the World Economy, 20, pp.479-496.
Petersen, Trond and Laurie A. Morgan(1995) “Separate and Unequal: Occupation-Establishment Sex Segregation and the Gender Wage Gap”, American Journal of Socioligy, 101, pp.109-148.