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物語広告に対する情報処理の概念整理〜マーケティング・コミュニケーションの視点から〜

 

学習院大学 経済経営研究所 客員所員 福田 怜生

 

 

1.はじめに

 

広告環境が多様化し,日々多くの広告に接する我々は,広告そのものを楽しむ機会が増えてきた。こうした「楽しめる広告」の典型として物語形式の広告(以下,物語広告)を挙げることができる。物語広告とは 「問題解決に従事する登場人物が存在し,一連の出来事や行動の結果が描かれている形式の広告」(Escalas 1998, p. 273)と定義される。物語広告は,製品の機能的な差別化をしなくても,ブランド価値を向上させたり,購買を喚起させることが知られている(Escalas, Moore, and Britton 2004; 福田・深海 2016)。
  近年のマーケティング研究では,このような物語広告の説得効果を説明,予測するために,物語広告の情報処理に着目した研究が行われ,その多くでは「移入」という概念が用いられている(メタ分析として van Laer et al. 2014)。移入とは,「注意,想像,感情が小説で描かれる出来事に統合的に向けられることによって,文章に没頭した状態」(Green and Brock 2000)と定義され,消費者が物語に移入した程度によって物語の説得効果が高まることが知られている。
  しかし,これらの研究で用いられている「移入」概念は,その定義にもあるように情報処理で生じる複数の反応状態を含んでいるため,各反応状態の関係や階層,効果については不明確である。また,近年では,物語広告の情報処理において,移入には含まれない反応状態も指摘されており(Hamby, Brinberg, and Daniloski 2017),これを取り入れ,整理していく必要があると考えられる。
  そこで,本研究は,物語広告に対する情報処理の具体的な反応状態1)(認知的共感,感情的共感,フロー,メンタルシミュレーション,自己準拠)を定義し,それらの間の関係,階層,効果を明らかにすることを目的とする。次では,移入に関する知見を概観した上で,移入と具体的な反応状態との関係を明らかにする。

 

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2.物語広告の情報処理

 

(1)移入

移入は,小説を題材に,物語の説得効果や情報処理を説明,予測するために社会心理学で提唱された概念である。移入が提唱されたGreen and Brock(2000)の実験では,主人公がショッピングモールで精神疾患の患者に刺殺されるという内容の短編小説が題材として用いられた。参加者は,移入度によって二群(高移入度群,低移入度群)に分けられ,精神疾患の患者にどの程度行動の自由を与えるべきかといった態度や,小説に登場する主人公に対する態度などが測定された。その結果,高移入度群は,低移入度群と比較して,精神疾患の患者に与える自由を制限すべきであるという態度や主人公の少女に好ましい態度を抱いていた。すなわち,物語に移入することによって,物語内容に対する一貫した態度が形成されることが示された。また,Green and Brock(2000)では,移入には,「認知欲求(need for cognition)」が影響しないことや,話題関与の影響が弱いこと,物語の内容が架空だと教示された場合でも事実に基づいているという教示がなされた場合でも,同様の結果となることなどが示されている。さらに,移入は,広告,商品,ブランドの評価などの態度だけでなく,購買意図や行動意図にも影響することが明らかにされている(van Laer et al. 2014)。
  また,移入が生じる時点についても検討がなされている。Hamby, Brinberg and Daniloski(2017)では,物語広告の視聴時に数字を記憶させる二重課題を与える群(二重課題群)と,視聴後に数字を記憶させる課題を与える群(単一課題群),数字を記憶させない群(統制群)の三群の移入度を比較した結果,二重課題群のみ,他の群と比較して移入度が低くなったことが報告されており,移入が視聴時のみに生じるものであることが示唆されている。
  さらに,移入が説得効果を向上させるメカニズムについても検討されている。それらの研究には,移入と説得効果を媒介する要因を検討した研究群と,移入をいくつかの反応状態に細分化してそれぞれが説得効果に及ぼす影響を検討した研究群がある。
  移入の媒介要因を検討した研究群では,その媒介要因として,疑念的思考,ポジティブ感情,回顧的リフレクションの三種の存在が指摘されている。疑念的思考についての研究では,移入が生じる場合に,商品特性や広告の論拠の強弱が態度形成に影響しなくなることが報告されている(Escalas 2007)。これは,広告に移入している消費者の注意が,商品特性や論拠ではなく,登場人物や状況に対して向けられるためであるとされる。また,ポジティブ感情に関する研究では,移入した消費者は,物語の消費時や消費後に温かな感情や陽気な感情が高まることが報告されている(Escalas 2004; 安藤 2015)。このような説得メッセージを処理した際に生じるポジティブ感情は,説得メッセージと一貫した態度を導くことが指摘されている(Escalas, Moore, and Britton 2004)。
  最後の回顧的リフレクションとは,物語広告に描かれた出来事を現実に置き換えて思考する過程を指す(Hamby, Brinberg and Daniloski 2017)。Hamby, Brinberg and Daniloski(2017)では,移入が回顧的リフレクションを高めることや,回顧的リフレクションが態度に及ぼす影響を考慮すると移入の影響がなくなることが示されている。この結果から,移入は,消費者が物語内容を視聴者自身と関連させたり,視聴者の身の回りの出来事に置き換えて思考する過程を通して説得効果をもたらしていることが示唆される。

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一方,これらの研究群では,物語広告に対する情報処理で生じている具体的な反応状態や,反応状態間の関係,各反応状態の効果については言及されていない。そこで,近年の研究では,移入をいくつかの反応状態に細分化してそれらが説得効果に及ぼす影響が検討されている(e.g. 小山内・楠見 2013; 福田 2015)。このような研究群では,消費者の反応状態には,広告への持続的な「注意」,広告に描かれる状況についての「メンタルシミュレーション」,登場人物への「共感」の三種があり,注意が疑念的思考を抑制し,メンタルシミュレーションが態度と行動意図を高め,共感がポジティブな感情,態度,および行動意図を高める可能性が指摘されている(福田 2015)。
  以上のように,これまでの研究では,移入が物語広告の説得効果を予測,説明できることが示されてきた。また,近年では,移入が説得効果を向上させるメカニズムを明らかにするための研究もなされている。しかし,物語広告の情報処理で生じる様々な反応状態間の関係や,階層,効果については,十分に検討されていない。この問題に取り組むために移入をいくつかの反応状態に細分化した研究(e.g. 小山内・楠見 2013; 福田 2015)においても,各反応状態の影響に関して定量的に評価されていない。
  これらの課題を踏まえ,次では,各反応状態間の関係や効果に関する仮説を設定するために,物語広告に対する情報処理の具体的な反応状態である認知的共感,感情的共感,フロー,メンタルシミュレーションと自己準拠について,移入との関係を主軸として整理する。

 

(2)物語広告の情報処理を具体的に扱った反応状態

認知的共感と感情的共感

物語広告の説得効果に強く関連すると言われる反応状態として共感がある(Escalas and Stern 2003, 2007)。共感とは,消費者と登場人物との関係を表す語であり(e.g. 小山内・楠見 2013),認知的共感と感情的共感とに分けられる(Argo, Zhu, and Dahl 2008; Escalas and tern 2003)。認知的共感とは,消費者が登場人物の感情や思考を理解・認識するといった認知的側面を主に取り扱った共感であるのに対して,感情的共感とは,物語に入り込み,登場人物と同様の感情を抱くといった感情的側面を主に取り扱った共感である。
  Escalas and Stern(2003)は,各共感に関する尺度を開発し,認知的共感,感情的共感,広告態度それぞれの関係を検討し,認知的共感は感情的共感を媒介して広告態度に影響を及ぼすことを示している。その後,Escalas and Stern(2007)では,感情的共感や認知的共感がポジティブ感情の生起に結びつくことも示されている。また,ポジティブ感情や広告態度に及ぼす影響の強さを見ると,認知的共感の影響よりも感情的共感の影響の方が強いとすると知見(Escalas and Stern 2003, 2007)と,認知的共感の影響の方が強いとする知見(福田・深海2016)があり,明確な結論は出ていない。
  共感がポジティブ感情に正の影響を及ぼすといった結果は,心理学領域における研究結果とも一致する。例えば秋田(1991)では,小説を題材に三群間(物語の筋だけを読ませる群,物語の筋に関わる情報を詳述する群,物語の筋の展開とは無関係な情報を詳述する群)で,読者に生起されるポジティブ感情の程度を比較している。その結果,登場人物の心情を詳しく述べる群では,他の条件と比較してポジティブ感情が高いことが示されている。これらの結果について,秋田(1991)は,登場人物の心情を詳しく述べることによって,登場人物への理解(認知的共感)が高まり,ポジティブ感情が高まったとしている。

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移入には,物語の登場人物の思考や感情を思い浮かべる反応状態が含まれており,認知的共感は移入に含まれる反応状態の一つである。また移入には,物語に入り込むといった反応状態が含まれており,感情的共感と移入には共通点をもつ。しかし,移入には,登場人物と同様の感情を抱くといった反応状態は十分に含まれておらず(e.g. 小山内・楠見 2013),感情的共感は移入に部分的に含まれる反応状態であると考えられる。

 

フロー

移入との関連が指摘されている反応状態としてフロー(flow experience; Csikszentmihalyi 1990)がある。フローとは「行為に没頭しているときの包括的感覚」と定義され,スポーツ観戦や買物など,消費者の多様な行為に対して生じるとされる(Mathwick and Rigdon 2004)。Csikszentmihalyi(1990)は,小説や映画などの物語への没頭はフローの一つであると指摘している。消費者は,いったんフローを経験すると,行為を継続する内発的動機づけが生じ,行為を継続しつづけようとしたり,他の行為からフロー対象の行為に戻ろうとする。
  フローは,消費者の能力と行為との間に適度な難易度が存在するときに生じるとされており,難易度が高すぎる場合にも低すぎる場合にも生じない。適度な難易度の行為に集中した結果,外的刺激に対する意識が減退し,行為の継続に対する内発的動機づけが生じる。例えば,スポーツ観戦時に時間の経過感覚や,自身の悩みを忘れるなど対象行為以外の出来事に気づかなくなり,観戦を継続しつづけようとするなどの状態がフローに該当する。
  このように,フローの反応状態は,外的刺激に対する意識が減退し,行為に対し,内発的動機づけが生じている状態であり,多様な行為に対して生じるものである。一方,移入は,注意が持続的に物語に向けられ,外的刺激に対する意識が減退するといった反応状態であり,行為対象が物語の消費といった対象特定的である。また,移入では,物語の消費に対する動機づけの側面は十分に扱われていない。したがって,移入はフローの反応状態を部分的に含んでいるとみなされる。また,フローは,消費者が対象行為を楽しんだり満足したりするといった効果をもつことが指摘されており,効果においても移入とフローは共通点をもつ(小山内・楠見2013)。

 

メンタルシミュレーションと自己準拠

メンタルシミュレーションとは,「ある出来事の模倣的な心的表象」(Taylor et al. 1998)と定義される(Green and Brock 2000)。メンタルシミュレーションには,登場人物がいる空間や状況を思い浮かべるといった登場人物に関わるメンタルシミュレーションと,物語広告の内容を踏まえ,消費者自身が商品やサービスを使用する状況を思い浮かべるといった自己準拠に基づくメンタルシミュレーションがある(Green and Donahue 2008)。登場人物に関わるメンタルシミュレーションは,認知的共感と類似した反応状態であるため,ここでは,自己準拠に基づくメンタルシミュレーションを取り上げていく。
  自己準拠に関する当初の研究では,自己準拠は分析的な処理を促す要因とした知見(e.g. Petty and Cacioppo 1986)と自己準拠は感情反応を促進し,同時に,疑念的思考を抑制するため,分析的な処理を抑制する要因とした知見とがあり,矛盾する研究結果が報告されていた(Sujan, Bettman, and Baumgartner 1993 Study 2)。そこで,Escalas(2007)は,この矛盾する研究結果に注目し,自己準拠には,物語自己準拠と分析的自己準拠の二つの異なる反応状態があること示 211 頁】 している。物語的自己準拠とは,メンタルシミュレーションと自己準拠が複合した反応状態であり,与えられた情報に含まれる一連の出来事について,自分の過去の経験や,現在の自分の状態と照らし合わせながら時間軸に沿って表象する反応状態であるとされるのに対して,分析的自己準拠とは,当該情報が自身にもたらす意味について,分析的に思考する反応状態であるとされる。
  Escalas(2007)の実験では,物語的自己準拠を促す広告として,商品の特徴がストーリーに沿って描かれ「あなたがこのランニングシューズを履いて公園を走っている姿を想像してみてください。」といったキャッチコピーが含まれるものが利用されている。一方,分析的自己準拠を促すための広告として,商品の特徴が説明文のような形式で描かれ「あなたのためにデザインしたランニングシューズを紹介します。」といったキャッチコピーが含まれるものが利用されている。これらの広告を用いた実験の結果,分析的自己準拠を促す広告を見た消費者は論拠の強弱に基づきブランドを評価していたのに対し,物語的自己準拠を促す広告を見た消費者は,論拠の強弱をブランドの評価に用いないことが明らかにされた。このように物語的自己準拠と分析的自己準拠とでは,消費者が態度形成に用いる情報が異なることから,それぞれが異なる情報処理をもたらす反応状態であることが示されている。
  メンタルシミュレーションと自己準拠を複合し,一つの反応状態で扱う妥当性は安藤(2015)によって確認されている。この研究では,物語形式の口コミ情報に対する,消費者の情報処理を検討しており,メンタルシミュレーションに関する尺度と自己準拠に関する尺度が一つの因子として抽出され,同一の反応状態として扱うことができるとしている。
  さらに物語的自己準拠は,広告視聴時に自分自身を投影させるといった物語広告の処理の過程だけでなく,広告視聴後に自分自身や当該情報について再考するといった物語広告の処理の結果に関する反応状態も含んでいる。一方,移入は,物語広告の視聴時しか生じない(Hamby, Brinberg, and Daniloski 2017)ことが示されており,物語的自己準拠は,移入に含まれない反応状態として位置づけられる。このように考えると,物語広告に描かれた出来事を現実に置き換えて思考するといった過程である回顧的リフレクションと物語的自己準拠には,類似した反応状態として位置づけられる。

 

3.仮説

 

本研究では,これまでのレビューの結果(図表1)を踏まえ物語広告に対する情報処理の具体的な反応状態として「認知的共感」,「感情的共感」,「フロー」に加え,メンタルシミュレー

 

 

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ションと自己準拠が複合した「物語的自己準拠」の4種に着目し,まず,それらの間の関係や階層について仮説を構築し,次いで,それぞれの効果について仮説を構築していく。
  一般的には,階層が高い反応状態は,認知資源を多く必要とし,記憶に残りやすくなる(Craik and Lockhart 1972)。また低い階層の反応状態を基盤として,高い階層の反応状態が生じる。例えば,広告内容の「精緻化」は,より低い階層の広告内容の「理解」を基盤とする(Greenwald and Leavitt 1984)。
  登場人物になりきることによって生じる感情的共感や,自分が商品やサービスを使用する状況を思い浮かべるといった物語的自己準拠は多くの認知資源を必要とするため,情報処理の階層が高いと推測される。また,フローも,消費者が何らかの対象に集中し,外的刺激に対する意識が減退している反応状態であり,認知資源が多く費やされている反応状態であると考えられる。一方,登場人物を理解するといった反応状態である認知的共感は,他の反応状態と比較して必要な認知資源が少なく,感情的共感,物語的自己準拠,フローよりも,情報処理の階層が低いと考えられる。
  また,Escalas and Stern(2003)は,認知的共感は感情的共感の基盤となることを示している。登場人物になりきったり(感情的共感),広告に集中したり(フロー),自分が広告商品を使用している状況を想像する(物語的自己準拠),ためには,まず,物語広告の中心的な役割を担う登場人物についての理解が必要であろう。つまり,認知的共感は,感情的共感やフロー,物語的自己準拠の先行要因になると考えられる。これらのことから以下の仮説1を設定する。

 

仮説1 認知的共感は,感情的共感,フロー,物語的自己準拠に正の影響を及ぼす。

 

次に,感情的共感,物語的自己準拠,フローの三種の反応状態の階層と因果関係を考えていく。各反応状態が生じる時点について考えると,感情的共感やフローは,登場人物になりきる反応状態や広告に集中した反応状態であり,広告の視聴が終わるとその反応状態は継続しないと考えられる。一方,物語的自己準拠は,広告に自分自身を投影させるといった反応状態であり,物語広告の視聴時だけでなく視聴後に自分自身や当該情報について再考するといった物語広告に対する情報処理の結果に関する反応状態も含んでいる。このように考えると,物語的自己準拠は,フロー,感情的共感よりも高い階層に位置づけられると考えられる。
  これまでの移入に関する研究では,移入は物語広告の視聴時のみに生じる反応であり,広告に集中したり,登場人物になりきるといった反応状態を含み,物語内容を現実に置き換えるといった反応状態を促進することが示されている(Dunlop, Wakefield, and Kashima 2010; Hamby, Brinberg, and Daniloski 2017)。これらの移入に関する研究を踏まえると,広告の視聴時のみに生じ,移入と強い関連をもつ感情的共感とフローは,物語的自己準拠を促進すると考えられる。また,鈴木・水野(1997)では,商品の使用状況に関するシミュレーションは,広告情報処理の階層の中でも高く,最終的な反応状態として位置づけられている。これらのことから,仮説2と仮説3を設定する。
  一方,登場人物と同様の感情を抱いたり,登場人物になりきるといった反応状態にある消費者は,広告に集中していると考えられる。また,フローと感情的共感はいずれも広告内のみで生じるものであり,それらは関連をもつと考えられるが,因果関係は不明確である。そこで,本研究では,感情的共感とフローの関係は,因果関係ではなく相関関係として検討を進めるこ 213 頁】 ととする。

 

仮説2 感情的共感は,物語的自己準拠に正の影響を及ぼす。

仮説3 フローは,物語的自己準拠に正の影響を及ぼす。

仮説4 感情的共感とフローは,正の相関関係にある。

 

最後に,各反応状態が広告態度に及ぼす影響について仮説を構築する。秋田(1991)は,登場人物についての理解が進むことにより,物語の内容を面白く感じたり,温かな感情が生起されることを示している。また認知的共感の概念には,部分的に感情反応が含まれており(Escalas and Stern 2003),この感情反応は,広告態度をポジティブに導くことが明らかにされている(Escalas, Moore, and Britton 2004)。よって,認知的共感,感情的共感は,ともに,広告態度に影響を及ぼすと考えられる。
  次にフローの影響を考えてみたい。これまでの研究では,物語に対して強い集中が生じることは,ポジティブ感情が生起される基盤になり,物語の消費後の満足感につながることが指摘されている(小山内・楠見 2015)。また,楽しんだ結果,さらに広告に集中するといった現象も指摘されている(Escalas, Moore and Britton 2004)。このことから,フローは,広告態度をポジティブに導くと考えられる。
  さらに物語的自己準拠の影響について仮説を構築する。消費者は,与えられた情報を他者に関係のある情報として呈示されるよりも,自分に関係した情報として呈示された方が,情報を精緻化し,当該情報について疑念的に思考する傾向にある(Petty and Cacioppo 1984)。ただし,自己準拠に基づき,自身が行動する(例えば,広告の商品を使用する)場面をメンタルシミュレーションした場合,すなわち物語的自己準拠が生じた場合,むしろ疑念的思考は抑制される(Escalas 2004)。これは,消費者がメンタルシミュレーションすることに対して認知容量の多くを費やすため,広告内容について疑念的に思考するための認知容量が不足するためだと言われている(Escalas 2004; Green and Brock 2000)。このように考えると,物語的自己準拠は,広告態度をポジティブに導く反応状態であると考えられる。これらのことを踏まえ,以下の仮説を設定する。

 

仮説5 認知的共感は広告態度に正の影響を及ぼす。

仮説6 感情的共感は広告態度に正の影響を及ぼす。

仮説7 フローは広告態度に正の影響を及ぼす。

仮説8 物語的自己準拠は広告態度に正の影響を及ぼす。

 

これらの仮説1〜8を含めたモデルを図表2に示す。次では,このモデルを検証するため,福田(2016)において物語広告であることが確認されている題材(広告電通賞受賞)を用いて実験を行う。

 

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4.実験

 

(1)方法

実験は,調査会社のWeb上で実施された。
  対象者 調査会社(マーケティング・アプリケーションズ)にモニターとして登録されている25歳〜45歳の男女370名であった2)。このうち男性は186名,女性は184名であり,年齢の平均は37歳,標準偏差は5.369歳であった。
  実験題材 実験題材とした広告は,大人用紙おむつの広告(障がいを負ったスポーツ選手が広告の大人用紙おむつの使用感について語っているもの,60秒)であった。この広告は,物語広告であることが確認されている(福田 2016)。
  手続き 実験参加者は,Webにアクセスした後,広告に関する調査であることが伝えられた。その後,広告の開始画面が呈示され,再生ボタンを押すと3秒後に広告が再生されるよう設定されていた。60秒間の広告を視聴後,実験参加者は広告への感想を自由記述で回答するよう求められた。その後,広告情報処理に関する各反応状態(認知的共感,感情的共感,フロー,メンタルシミュレーション,自己準拠)に広告態度を加えた尺度に回答を求められた(図表3)。全ての尺度は,5段階評定(1.全く当てはまらない〜5.非常に当てはまる)であった。

 

(2)結果

消費者反応状態の因子構造に関する検討

認知的共感,感情的共感,フロー,物語的自己準拠(メンタルシミュレーションと自己準拠)

 

215 頁】

 

を4因子で分析していく妥当性を検討するため,確認的因子分析(最尤法)を行った。検証には4種のモデルが用いられた(図表4)。2因子モデルは反応状態が生じるために認知資源の量が多く必要となる感情的共感,フロー,物語的自己準拠が同一の因子となり,認知的共感がそれとは異なる因子となることを仮定したモデルである。3因子モデルは,認知資源の量が多く必要である反応状態の中でも,広告視聴中のみに生じる反応状態である感情的共感とフローを同一因子として捉え,広告視聴後にも生じると考えられる物語的自己準拠が異なる因子とするモデルである。4因子モデルは,認知的共感,感情的共感,フローといった三つの反応状態に,物語的自己準拠を加えたモデルであり,本研究が前提とするモデルになる。最後の5因子モデルは,さらに物語的自己準拠をメンタルシミュレーションと自己準拠に分けたモデルとなる。
  各モデル適合度を図表4に示す。2因子モデルと3因子モデルは,いずれもモデル適合度(CFI,RMSEA,GFI,AGFI)の基準(狩野・三浦 2007)3)を満たしていなかった。一方,4因子モデルと5因子モデルの適合度は,AGFIのみ基準を満たしていなかったが,他の適合度は基準を満たしていた。4因子モデルと5因子モデルの間のモデル適合度に大きな差はみられなかったことから,メンタルシミュレーションと自己準拠の二種の反応状態を物語的自己準拠の一つの反応状態として扱う既存研究(e.g. 安藤 2015)に従い,4因子モデルで分析を進めていくこととする。また,各因子の内的妥当性を表すクロンバックのα係数は.700以上であり基準(Hair et al. 2009)を満たしていたため,各因子の内的妥当性はあると判断された(図表3)。
  さらに,4因子モデルにおける各因子間の相関関係をみると,感情的共感,フロー,物語的自己準拠の間には比較的強い正の相関関係がみられた(図表5)。また,認知的共感と,感情的共感,フロー,物語的自己準拠の相関関係は,弱〜中程度のものであった。

 

216 頁】

 

各反応状態の因果関係に関するモデルの検証

次に各反応状態の関係を扱う仮説1〜仮説4を検証するため,共分散構造分析(最尤法)を行った。モデル適合度に関する各指標を見ると,AGFIは基準を満たしていなかったが,他の指標は,基準を満たしていたため,このモデルを採用することとした(CFI = .954,RMSEA = 217 頁】 .076,GFI = .910,AGFI = .875)。
  そこで,仮説に関するパスを確認した結果,認知的共感は,感情的共感(β = . 244, p < .001),フロー(β = .329, p < .001),物語的自己準拠(β = . 128, p < .01)の全てに有意な影響を及ぼしていたことから,仮説1は支持された。また,感情的共感とフローは,物語的自己準拠に有意な影響を及ぼしていた(感情的共感→物語的自己準拠,β = . 505, p < .001, フロー→物語的自己準拠,β = . 324, p < .001)。したがって仮説2と仮説3は支持された。なお,感情的共感とフローの間には有意な相関関係が確認されたため,仮説4は支持された(r = .554, p < .001)

 

各反応状態が広告態度に及ぼす影響

次に仮説5〜仮説8を検証するため,階層モデルに,広告効果指標の一つである広告態度を従属変数として追加したフルモデルの検証を行った(図表6)。モデル適合度は,AGFIを除き採用とする基準を満たしていたため,本モデルを採用することとした(CFI = .951,RMSEA = .075,GFI = .902,AGFI = .866)。そこで,各反応状態が広告態度に及ぼす影響をみると,認知的共感は広告態度に有意な影響を及ぼしていた(β = . 689, p < .001)。また,フローも有意な影響を及ぼしていた(β = .214, p < .01)。このことから,仮説5と仮説7は支持された。しかし,感情的共感が広告態度に及ぼす影響は非有意であった(β = .030, p > .10, n. s.)。そのため,仮説6は棄却された。また,物語的自己準拠が広告態度に及ぼす影響も認められなかったため,仮説8も棄却された(β = .031, p > .10, n. s.)。

 

 

5.総合考察

 

これまでの多くの研究では,物語広告の説得効果を予測説明するために,移入が用いられて 218 頁】 きた。しかし,移入には複数の反応状態が含まれているため,物語広告の情報処理で生じる具体的な反応状態の関係や,階層,効果が不明確であった。
  そこで,本研究では,物語広告の情報処理で生じる具体的な反応状態である,認知的共感,感情的共感,フロー,物語的自己準拠(メンタルシミュレーションと自己準拠)に関する知見を整理し,各反応状態の関係や効果について仮説を構築した。さらに,広告電通賞を受賞した物語広告を材料とした実験を行い,それらの仮説を検証した(図表7)。
  分析では,まず,物語広告の情報処理として認知的共感,感情的共感,物語的自己準拠,フローの4種類の反応状態として扱うことが妥当かどうかを検討するため確認的因子分析を用いて複数のモデルが比較した。その結果,上記4種を異なる因子としたモデルが受容され,4種類の反応状態として扱う妥当性が確認された。
  次に各反応状態の関係に関する仮説1〜仮説4について検討するため,共分散構造分析を行った結果,認知的共感は,感情的共感,物語的自己準拠,フローの全てに有意な影響を与えていたため,仮説1は支持された。また,感情的共感とフローは物語的自己準拠に影響するとした仮説2と仮説3について検討したところ,有意な正の影響が認められたことから,これらの仮説は支持された。さらに,感情的共感とフローとの間には,正の相関が認められ仮説4も支持された。
  最後に,各反応状態が広告態度に及ぼす影響に関する仮説5〜仮説8について検討を行った結果,広告態度に及ぼす影響は認知的共感(仮説5)とフロー(仮説7)のみが有意であり,感情的共感(仮説6)と物語的自己準拠(仮説8)は有意ではなかった。仮説モデルの適合度は基準を概ね満たしていたものの,感情的共感と物語的自己準拠が広告態度に及ぼす影響に関する仮説が棄却されたことから,仮説モデルは部分的な支持となった。
  本研究の結果から,物語広告の情報処理で生じる反応状態の三つの階層と,反応状態間の関係が明らかになった。一つ目の階層は,認知的共感であり,登場人物の状況や心情を理解するといった広告内容の理解に関わる基本的な反応状態であり他の反応状態の基盤となるものである。二つ目は,感情的共感とフローといった広告視聴中に生じる反応状態であり,広告に集中する,登場人物になりきるといった必要となる認知容量が多い反応状態である。二つ目の階層の反応状態は,三つ目の階層に位置づけられる物語的自己準拠に影響する。物語的自己準拠とは,広告内容を自分ごととして捉え,自分が登場人物と同様の出来事に遭遇する状況などを想像するといった反応状態であり,必要な認知容量が多いだけでなく,広告視聴時に加え広告視聴後も継続し,物語広告の情報処理の結果も含んだ反応状態である。
  また本研究の結果,各反応状態が広告態度に及ぼす影響も明らかにされた。各反応状態が広告態度に及ぼす影響をみると,低次の階層の反応状態である認知的共感が最も強い影響を及ぼしており,フローはそれよりも弱い影響であった。また感情的共感と物語的自己準拠は広告態度に影響していなかった。これまでの研究では,階層の高い反応状態の方が,広告態度と強い関係をもつとした知見(Escalas and Stern 2003)と,低次の階層の反応状態の方が広告態度と強い関係をもつとした知見(福田・深海 2016)があった。本研究の結果は,低次の階層の反応状態の方が広告態度と強い相関をもつとした研究結果(福田・深海 2016)を支持するものである。この結果から,広告態度を高めていくには,登場人物の理解を深めていく必要があることが示唆された。
  これら研究結果の違いは,実験状況の違いによってもたらされた可能性もある。Escalas and 219 頁】 Stern(2003)は参加者として学生を用いた実験室実験であるのに対し,本研究は一般消費者を用いて調査会社のWeb上で実施された実験である。Escalas and Stern(2003)の実験室実験では,広告視聴環境や周囲の刺激が統制され,広告に集中しやすく,感情的共感が生じやすかったものと思われる。本研究における感情的共感,フロー,物語的自己準拠の平均値は,理論的中央値(3=どちらともいえない)を下回っており,十分に生じてはいなかった。現実の広告視聴においては,完全に周囲の刺激が統制されていることはむしろ少ないことから,本研究の結果は,現実の広告視聴における物語広告の情報処理や説得効果を予測するためにも,重要な知見であると思われる。
  物語広告は,ブランド態度や自己とブランドとの結びつき,行動意図などの広告効果指標にもポジティブな影響を及ぼすことが指摘されている。一般的に,これらの広告効果指標を向上させるためには,階層の高い反応状態が要求される(e. g. Escalas and Stern 2007)。したがって,感情的共感,物語的自己準拠は,これらの広告効果指標に対して,影響が生じる可能性も想定される。今後の研究では,これらの広告効果指標に対する各反応状態の影響を検討していく必要があるだろう。
  一方,本研究には,いくつかの問題が指摘される。第1に,実験材料が1種の広告のみであったため,結果を一般化することが難しいという問題がある。今後の研究ではより多くの広告を材料として検討する必要がある。第2は尺度の問題である。本研究で用いたメンタルシミュレーションと自己準拠の尺度は,互いに2項目ずつしかなかった。これは,既存研究で操作確認のために用いられた尺度であり,適切な尺度開発の手順が踏まれていないものである。今後は,適切な手順を踏んだ尺度開発を行い,本実験による結果についてより詳細に吟味していく必要があると考えられる。第3は,物語的自己準拠と回顧的リフレクションとの関係についての問題である。本研究では,物語的自己準拠と回顧的リフレクションとが類似した反応状態であることを前提に仮説やモデルを構築したが,実験では,これらの反応状態の関係について検討されていない。今後の研究では,両者を測定し,それらの間の関係を明確にしていく必要があると思われる。

 

 

〈謝辞〉本研究の一部は,吉田秀雄記念事業財団第49次研究助成(大学院生の部)に採択された研究課題の成果を大幅に加筆,修正し,実験データを加えたものである。

 

220 頁】

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