1頁】

 

乳製品における消費者の低価格感度領域に関する考察

〜グーテンベルグ仮説のモデル化の試みと最高利益を生み出す(固定)価格ポイントの発見〜

 

学習院大学 経済学部 教授          上田 隆穂
学習院大学 経済学部 講師          竹内 俊子
学習院大学 経済学部 講師          山中 寛子

 

 

要約

本稿では,ID-POS データを使い,個人ごとの価格感度でグループ分けを行い,「価格の真の需要曲線」と言われるグーテンベルグ曲線を出現させ,消費者の価格感度グループ別でこのグーテンベルグ曲線形がどのように変化するかを検討する。さらに,曲線中央に低価格感度領域が存在するならば,どこまでの高価格が消費者に抵抗少なく受容されるかを明らかにする。また,消費者の商品に対する価格感度に着目し,利益最大化を生み出す(固定)価格ポイント(価格掛率)の推定を行う。

 

キーワード

プロスペクト理論,グーテンベルグ仮説,需要曲線,価格,価格感度,利益最大化

 

1.はじめにー問題意識と研究の意義ー

 

価格と販売数量の関係すなわち価格の需要曲線は,その実際の形状がどういう形をしているかについては十分には検証されていない1)。少なくともこれまで想定されてきたほとんどの形状が,制約付きの線形か積乗型の曲線形かである。しかし,消費者には,各自の内的参照価格近辺に価格感度の低い領域,つまり価格に反応しない領域が存在するという価格の需要曲線に関するグーテンベルグ仮説が従来からある(Simon 1989)。これまで,価格感度の低い領域の存在の解明に向けていくつか試みがなされてきたが,いまだその存在は明らかにされていない。その原因として,推定に用いられたデータの問題がある。それは集計レベルデータ(POSデータ)であり,個人データを利用できなかったことによる可能性が大きいだろう。

本研究では,生活協同組合コープさっぽろ(以降,コープさっぽろ)のID-POS データを使い,価格感度に基づいて消費者分類をし,価格感度帯ごとにグーテンベルグ仮説の解明を試みた。

2頁】

内的参照価格(値頃価格)近辺の価格感度の低い領域の存在が確認されれば,これまでの価格の需要曲線形に新たな知見を加えることができる。さらに,いくらまでなら消費者に抵抗少なく受容されるかが明らかになることで,最高利益を生み出す価格ポイントの推定が可能となる。

 

2.グーテンベルグ仮説の概要

 

グーテンベルグ仮説に関連する価格理論とは経済学,心理学において従来論じられてきた価格理論である。

 

2−1.プロスペクト理論からの導出

プロスペクト理論とは,価格の高低に関する消費者の反応の違いを示したものであり,内的参照価格をベースとして商品価格の高低の絶対値が等しい場合には,得をするよりも損をする方により強いインパクトを感じるという内容である2)。図表すると,図1のようになる。しかし,上田・徳山・畑井(2002)は,図1ではまだ不十分であると指摘した。理由として,消費者は内的参照価格と呼ばれる商品価格の高低を判断するための基準価格が記憶内に存在しており,消費者はこの内的参照価格の近辺に価格感度の低い領域を持っているのではないかと述べている。さらに,それは心理学において考えられた理論である「同化対比理論」と「スイッチング・コスト」の存在が影響していると述べている。

 

 

3頁】

2−2.同化対比理論とスイッチング・コストの存在が影響

同化対比理論3)とは,「人は,近くのものに関しては,実際の差よりもその位置は近くにあると知覚するが,そのポジションが遠い場合には,実際の距離よりもかなり遠くに感じてしまう」という内容である。前者は同化効果,後者は対比効果と呼ばれる。これを価格に置き換えれば,内的参照価格の多少の価格差は同化されそれほど強くは知覚されないが,大きく離れると価格差は実際の差よりも対比され,強く知覚されることになる。

スイッチング・コスト理論においては,内的参照価格を基準に消費者がブランド選択をする際に,実売価格との価格差に応じて,ブランドの切り替えの際に伴い発生する心理的抵抗,手間,金銭的負担や失敗のリスクを感じることによって,スイッチする,しないの判断がなされる。実売価格と内的参照価格の差の大きさがスイッチング・コストを上回ると,閾値を超え,ブランドスイッチングする傾向がある4)。それを図表すると図2の実線のようになり,これを滑らかに曲線でつなぐと図の点線のようになる。

 

 

この図2を左右反転させ,中心部の価格と売上数量との関係を示したものが,図3である。これがSimon(1989)の述べたグーテンベルグ仮説に基づく需要曲線である。重要な価格ポイントとしている高い方の価格ポイントはおそらく利益額最大化のポイントであり,これ以上の高価格であると急激に需要が下がるポイントである。また左の低い方の価格ポイントは需要を4頁】刺激するためのセールス・プロモーション等で価格を下げる場合にこれより低くしないと売上変化が起きにくく,意味がないポイントとなる。

 

2−3.グーテンベルグ仮説

グーテンベルグ仮説とは,Simon(1989)によれば1976年にGutenberg によって立てられた仮説であり,価格の変化に対する売上(需要)及びマーケットシェアの反応は一定ではなく二つの屈折点を持つ折線であるとするものである。Gutenberg は,図4のように,二重屈折価格反応曲線(doubly-kinked price response curve)でグーテンベルグ仮説を描いている。

図4のように,グーテンベルグ仮説では中央に緩やかな傾きを持ち,両端が急な傾きを持つと考える。この中央部分の傾きが緩やかな範囲は,独占的範囲(monopolistic interval)と呼ばれる。しかし,本論文では,独占的範囲は価格変化による売上(需要)の感度が低く,その前後では売上(需要)が急に価格に敏感になる5)ことから,独占的範囲を「低価格感度領域」と呼ぶ。なお,グーテンベルグ仮説では,消費者が商品に対して,十分な知識を持っていることを仮定しているため,低価格では品質が低いと感じ購買が減少するという状況は生じないという前提を置く。この低価格感度領域が形成される理由は,以下の通りである6)

 

 

企業が自ブランドの値段を下げた場合,他ブランドを購入していた消費者は低価格帯において他ブランドから自ブランドへのスイッチングによって得られる効用と他ブランドから自ブランドへのスイッチング・コストを比較して,自ブランドへのスイッチング・コストを支払って5頁】もなお自ブランドを購入した方が高い効用が得られる場合にスイッチする。このことにより,自ブランドの商品価格をある一定額以下にした場合(図4中(a)より低価格),販売個数が増加すると考える。

また,自ブランドの価格を上げた場合,自ブランドを購入していた消費者は,他ブランドのスイッチング・コストを支払ってもなお他ブランドを購入した方が高い効用を得られる場合に他ブランドへスイッチングすると考えている。これにより,自ブランドの商品の価格がある一定額を超えると(図4中(b)より高価格),販売個数が急激に低下すると考える。

これらの範囲内(図4中(a)から(b)の範囲内)においては,自ブランドを購入していた消費者はスイッチング・コストにより他ブランドへの移行を行わないため,自ブランドの価格設定において独占状態と同様の価格決定を行うことが可能となる。

 

 

3.本研究の目的

 

これまでグーテンベルグ仮説を取り上げた研究は少ないが,グーテンベルグ仮説に従う価格の需要曲線の存在は示唆されている(e.g.,Simon1989; 上田1999)。しかし,ある条件下でのみでしかその存在を見出されなかった(e.g., 上田・徳山・畑井2002; 村上2008)。そのため,本研究では,ID-POS データを使い,個人ごとの価格感度でグループ分けを行い,グーテンベルグ曲線の出現を見出すことを一つ目の目的とする。これは集計レベルデータであるPOS データではなし得なかったことである。その際,消費者の価格感度グループ別でこのグーテンベルグ曲線形がどのように変化するかを検討する。

6頁】

また,低価格感度領域が存在するならば,どこまでの高価格が消費者に抵抗少なく受容されるかが明らかになる。それは,低価格感度領域の右端で示される。この情報は,自ブランドのディスカウントと値上げ両方向の価格コントロールで利益額調整を行う際に十分意義がある情報であろう。低価格感度領域の幅に関する研究として,照井(2008)は,ブランド・ロイヤルティが高い家計はより広い低価格感度領域を持つ傾向があることを示している。しかし,消費者の価格感度が,低価格感度領域の幅に影響を与えるかどうかに関する研究は見当たらない。よって,本研究では,消費者の商品に対する価格感度に着目し,利益最大化を生み出す(固定)価格ポイント(価格掛率)について検討を行うことを二つ目の目的とする。

 

4.研究仮説と検討課題の提示

 

グーテンベルグ仮説を取り上げた研究は少ないが,その存在を示唆する研究を踏まえ,研究仮説を呈示する。

 

H1. 価格の需要曲線はグーテンベルグ曲線の傾向を示す。

H2. 消費者の商品に対する価格感度が低いほど,低価格感度領域の幅はより広くなる。

H3. 消費者の商品に対する価格感度が高いほど,低価格感度領域の幅は狭く,領域外の傾きが大きくなる。

 

低価格感度領域が形成される理由として,スイッチング・コストが既存研究で説明されている。本研究では,「スイッチング・コストは価格弾力性と関係しており,スイッチング・コストが高いと価格弾力性が低くなる,即ち消費者は価格をあまり気にしない。反対にスイッチング・コストが低いと価格弾力性が高くなる,即ち消費者は価格に対して敏感になること」を想定している。

また,低価格感度領域が明らかになることで多くの利益をもたらす価格設定が可能となることおよび,今に至るまでモデルの定式化が十分できていないため,本論文では個別ブランドにおいて『利益額最大化を生み出す価格ポイントの推定』も検討課題とする。

 

集計レベルデータのPOS データの場合,価格感度の異なる顧客が混在する。そのため,データは非集計レベル,即ち個人レベルのデータであるID-POS データを用いて顧客を価格感度の高低でグループ化し,研究仮説1,2,3を検討する。

本研究では,牛乳カテゴリー全体と牛乳カテゴリーの中で売上数量が最も多いブランドを対象に分析を行う。まずは,カテゴリー全体のデータを使い,価格感度によって分類したグループごとの価格の需要曲線を検討することにより,仮説1,2,3を検討する。しかし,表1の通常価(メーカー希望小売価格)が示すとおり,牛乳の価格帯は200円〜400円前後と幅広いため,商品別に捉えた方がよりクリアに検討結果がでることが明らかになった。そのため,牛乳カテゴリー全体でグーテンベルグ曲線の形状が得られるかどうかの概観を行った上で,売上数量が最も多い個別ブランドのデータを使い,仮説1,2,3のより詳細な検討を行い,検討課題にも取り組むことにする。

 

7頁】

5.牛乳カテゴリー自体を対象とした分析

 

コープさっぽろより提供いただいたID-POS データを利用し,対象製品を牛乳とした。その際,成分調整牛乳は含めるが,低脂肪牛乳,無脂肪牛乳は含めないことにした。対象店舗はコープさっぽろの大型店であるLUCY 店としたが,ID-POS データゆえ,個人の特定が可能なことと車中心社会で店舗の並行利用が考えられるため,コープさっぽろLUCY 店利用顧客の,周辺5km 以内のコープさっぽろ5店舗(きたごう店,ひばりヶ丘店,川下店,美園店,本郷店)での購入量も考慮に入れた。2014年5月1日〜2016年4月30日の2年間の日別データにおいて,牛乳1L パックを52週以上購入していることを条件に顧客を抽出したところ,1,524人であった。なお,牛乳の平均売価が50円以下の場合,業務用と想定される1日に10本以上購入している場合,およびコープさっぽろLUCY 店で売上のない日付(2014/7/25,2015/4/14〜16)の場合,これらのデータは除いて分析を行った。

表1はコープさっぽろLUCY 店での購入牛乳の種類及び点数などをまとめたものである。

 

 

5−1.分析の手順

分析は以下の手順で行った。

a. 購買者を価格感度の大きさ基準でグループに分類

b. グループごとに,2年間の売上数量加重平均価格掛率と売上個数の関係をグラフ化し,グーテンベルグ曲線が見られるか,価格感度が高いほど低価格感度領域の幅が狭いか,8頁】そして曲線の傾きが急傾斜になるかを検討

 

5−2.牛乳カテゴリー全体を対象とした分析

(1)購買者を価格感度の大きさを基準にグループに分類

本分析では価格感度の測定の指標として,個人ごとの購買時における価格掛率を用いる。価格掛率は期間中(ここでは2年間)最高価格で対象日の購買価格を割ったものとし,どのくらいの価格(率)で牛乳を買ったかを示す(図5を参照)。

 

 

また,複数種類の牛乳を買っていることが多いため,牛乳の売上数量による個人の加重平均価格掛率(IWAP:Individual Weighted Average Price rate)を求める。個人の加重平均価格掛率とは,個人ごとに毎日,種類ごとに,価格掛率を計算し,2年間の加重平均を求めたものである。

たとえば,一人目の

1日目:商品A 買上点数n1A1個 平均売価pA1円,

商品B 買上点数n1B1個 平均売価pB1円で購入

2日目:商品A 買上点数n1A2個 平均売価pA2円で購入

期間中最高価格:商品A = pA 円,商品B = pB

合計購入個数:n1= n1A1+ n1B1+n1A2

の場合は,

 

 

一般に,商品はZ 種類,日数がnd 日, N 人目の合計購入個数をnN とすると,

9頁】

 

 

そして,対象の1,524人を個人の加重平均価格掛率が高い(=価格感度が低い)順にソートし,デシル分析のように全人数を10等分する。

 

 

(2)2年間の加重平均価格掛率

グループごとに,日付ごとの加重平均価格掛率を求めたものを日別グループ加重平均価格掛率(DGWAP:Daily Group Weighted Average Price rate)とする。

たとえば,グループ1の2014/05/01についての購入が2名だった場合,

個人01さん:商品A 買上点数nA01個 平均売価pA01円,

商品B 買上点数nB01個 平均売価pB01円で購入

10頁】

個人02さん:商品A 買上点数nA02個 平均売価pA01円で購入

期間中最高価格:商品A = pA 円,商品B = pB

合計購入個数:n20140501nA01+nB01+nA02

 

 

一般に,商品はZ 種類,グループG のある年月日において購入したのがN 名,ある年月日の合計購入個数がn 年月日とすると,

 

 

そして,ある価格(DGWAP)で売る日数が多いと売上個数も多くなるので,日数の影響を排除する必要がある。そのため,2年間のDGWAP を四捨五入により小数第2位まで求め,DGWAP の値ごとの日数を数える。そのDGWAP の値での売上個数をその日数で割り,日数調整売上個数(DASV:Daily Adjusted Sales Volume)とする。

 

(3)全体(グループ合計)で外観

上記のデータより価格の需要曲線を描く。図7より,全体(グループ合計)での日別グループ加重平均価格掛率と調整売上個数の関係を見てみる。直観的にではあるが,明らかに直線よりは当てはまりが良く見える。図7左図の価格掛率が全期間で10日以上出現したものを採用したい。数値的な検証はブランドレベルで実施することにする。

 

 

 

(4)グループごとに検討

価格感度の異なる10グループで価格と売上数量との関係をみる。Group1が最も価格感度の低いグループ(=値引きに反応せず,最高価格近くで買う人々)であり,Group10が最も価格11頁】感度の高いグループ(=値引きに特に反応し,最高価格近くでは買わない人々)である。図8を参照されたい。この図は,グループごとの日数調整売上個数(DASV)と加重平均価格掛率(DGWAP)の関係から見た価格の需要曲線である。傾向を見るためにグーテンベルグ曲線の形状をとる補助線を描いてみたところ,Group10になるほど傾きが大きくなり,低価格感度領域の幅が狭くなることが,視認レベルではあるがわかる。これは図9を見るとわかりやすい。

 

 

12頁】

 

 

5−3.結果の考察

カテゴリー全体を対象とした結果では,全体でも,価格感度別グループでもグーテンベルグ曲線は存在しているようであり,特に価格感度が高いグループでグーテンベルグ曲線は顕著であった。

結果的に,カテゴリー全体を対象にした場合,4章の仮説1,2,3は視認レベルの観点からおおよそ確認された。しかし,価格設定の異なる牛乳が混合しているため,グーテンベルグ曲線は出現しにくい可能性も高いと考えられる。故に,最も売れている個別ブランドで試みれば,グーテンベルグ曲線がさらにクリアに出現するのではないかとの考えのもとに次章では個別ブランドについて検討し,より具体的な数値的検証も実施する。

 

6.牛乳カテゴリーでの最大売上数量ブランドを対象とした分析

 

本章では,個別ブランドについて前出の仮説1,2,3の検討および研究課題の考察を行う。

利用データは,5章と同様のID-POS データを利用した。今回の分析では,2014年5月1日〜2016年4月30日の2年間において,売上数量が最も大きいブランド(No1ブランド)のよつ葉北海道十勝軽やかしぼりを対象ブランドとした。分析対象者は,よつ葉北海道十勝軽やかしぼり1L パックを2年間で52週以上購入していることを条件に顧客を抽出したところ,315人であった。なお,コープさっぽろLUCY 店で売上のない日付(118日)のデータは除いて分析を行う。

なお,競合ブランドとして,売上数量が二番目に大きいブランド(No2ブランド)のコープ北海道十勝牛乳を設定した。対象者315名に対するNo2ブランドのコープ北海道十勝牛乳の売13頁】上実績は,No1ブランドの売上実績613日のうち426日であった。

 

6−1.分析の手順

分析の手順としては,以下の通りの手順で行った。

a. 購買者を価格感度の大きさを基準にグループに分類し,購買者全体とグループごとに価格の需要曲線形を検討

b. 購買者全体とグループごとに,グーテンベルグ曲線と線形回帰曲線の当てはまり具合を比較

c. 購買者全体とグループごとに,SPSS Modeler を用い,ニューラルネットワークによってデータからモデルを推定,売上個数の予測値を推定し,プロット

d. 売上数量No1ブランドとNo2ブランドの加重平均価格掛率(DGWAP)以外の影響変数は実際の値を推定モデルに内挿し,売上数量No1ブランドの加重平均価格掛率(DGWAP)は0.01刻みで変化させ,売上数量No2ブランドの加重平均価格掛率(DGWAP)は@実際の値を内挿,A期間中最大値に固定,B期間中最小値に固定して,売上個数の予測値を推定し,プロット

e. 売上個数の予測値から,利益額のシミュレーションを行い,最高利益額を生み出す価格掛率(固定)を推定

 

6−2.牛乳カテゴリーでの最大売上数量ブランドを対象とした分析

(1) 購買者を価格感度の大きさを基準にグループに分類し,対象ブランドに関して,全体とグループごとに価格の需要曲線を検討

価格感度別の価格の需要曲線を見出すために,5章と同じ手順に従って,個人の加重平均価格掛率(IWAP)を算出した。図10は対象者の個人の加重平均価格掛率(IWAP)の分布図で,最大値は0.92,最小値は0.78であった。個人の加重平均価格掛率(IWAP)1.00は,期間中最高価格の192円を示す。

14頁】

 

 

5章同様の手順に従い,デシル分析のように対象の315人を個人の加重平均価格掛率(IWAP)が高い(=価格感度が低い)順にソートし,10等分にしたところ,Group1からGroup10になるにつれて,価格に敏感となった。

しかし,ニューラルネットワークによるモデル推定には,サンプル数が極端に不足しているため,10グループから3グループに再編成した(表3)。各グループの個人の加重平均価格掛率(IWAP)最大値と最小値に関しては,3グループの中で最も価格感度が低いGroup1では最大値は0.92,最小値は0.90,価格感度が中程度のGroup2では最大値は0.89,最小値は0.87,最も価格感度が高く価格に敏感なGroup3では最大値は0.87,最小値は0.78であった。

 

 

No1ブランドのよつ葉北海道十勝軽やかしぼりについて,全体とグループごとの日数調整売上個数(DASV)と加重平均価格掛率(DGWAP)の関係は,図11,12,13,14が示すとおり15頁】である。これらの図には,仮説1,2,3を検討するため,ヒューリスティックなグーテンベルグ曲線型補助線を描いている。さらに,線形回帰曲線も描き,グーテンベルグ曲線との当てはまり具合の数値比較を行う。なお,価格の需要曲線形を把握するために,売れている日数が10日未満の極少ない加重平均価格掛率(DGWAP)は除いている。

 

 

16頁】

 

 

17頁】

 

 

個別ブランドを対象とした結果では,全体でも,個別価格感度グループでもグーテンベルグ曲線は視認レベルで存在することが分かった。価格感度が低くなるGroup3, 2, 1の順に低価格感度領域の幅が広くなったこと,さらに価格感度が高くなるGroup1, 2, 3の順に,低価格感度領域外の傾きが大きくなることがわかった。

結果的に,個別ブランドを対象とした場合,仮説1,2,3は,視認レベルの観点からは確認された。

 

(2)線形回帰曲線と当てはまり具合の数値比較

グーテンベルグ曲線と線形回帰曲線の平均絶対誤差(MAE:Mean Absolute Error)を比較する。グーテンベルグ需要曲線の平均絶対誤差は,図11,12,13,14からY 軸に沿った距離(cm)の絶対値を測り,平均絶対距離を求める。1cm 当たりの日数調整売上個数に置き直して平均絶対誤差を計算した。

 

a. No1ブランド全購買者での価格の需要曲線(日数10日以上)

線形回帰の推定式は,

y =747.18−753.28x

となった。平均絶対誤差について線形推定は22.62,グーテンベルグ曲線は13.32であった。

 

18頁】

b. No1ブランドGroup1での価格の需要曲線(日数10日以上)

線形回帰の推定式は,

y =68.36−55.86x

となった。平均絶対誤差について線形推定は1.87,グーテンベルグ曲線は0.67であった。

 

c. No1ブランドGroup2での価格の需要曲線(日数10日以上)

線形回帰の推定式は,

y =222.98−219.41x

となった。平均絶対誤差について線形推定は7.11,グーテンベルグ曲線は5.00であった。

 

d. No1ブランドGroup3での価格の需要曲線(日数10日以上)

線形回帰の推定式は,

y =429.59−457.55x

となった。平均絶対誤差について線形推定は15.69,グーテンベルグ曲線は7.53であった。

 

よって,平均絶対誤差で比較した場合,全体でも,個別価格感度グループでもグーテンベルグ曲線の方がモデルの当てはまりがよかった。

 

次節で,検討課題の利益最大化を生み出す価格ポイントに関して検討するが,3グループに再編成してもサンプル数が不足しているため,No1ブランドのよつ葉北海道十勝軽やかしぼり全体での検討を行う。

 

(3)ニューラルネットワークによるモデルの推定

SPSS のModeler のニューラルネットワークを利用して,売上数量推定モデルをまずつくる。そして従属変数,独立変数を以下のように設定した。独立変数は,売上に影響を与える仮説的な変数として全部で29変数としている。

 

従属変数: 日別の売上個数(コープさっぽろLUCY 店でよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの売上のない日付データは除く)

独立変数: No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP),No2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)(コープ北海道十勝牛乳の売上がない日は,「1.00」と設定),来店客数,月ダミー(11変数),曜日ダミー(6変数),年金支給日ダミー(偶数月の15日。ただし,15日が土曜日,日曜日または祝日のときは,その直前の平日),平日・祝日(休日)ダミー,サービスデー(2〜12月の1〜3日=1,その他=0),年末ダミー(12/29〜31=1,その他=0),年始ダミー(1/1〜3=1,その他=0),札幌の日別最高気温(℃),札幌の日別降雪(cm),札幌の日別最深積雪(cm),札幌の日別降水量(mm)

 

作成した全体モデルの予測精度は88.7%,基準として設定した相対重要度0.02以上の予測変数は11変数あった。相対重要度の高いものから順に,来店客数【0.309】(【 】内の数値は,19頁】相対重要度),日曜日【0.206】,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)【0.114】,No2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)【0.104】,札幌降水量【0.058】,12月【0.052】,札幌最高気温【0.043】,札幌降雪【0.037】,年金支給日【0.029】,水曜日【0.026】,年末【0.022】であった(ニューラルネットワークでは統計的有意検定は行われない)。

推定したモデルから予測した売上個数を用いて算出した日数調整予測売上個数(予測DASV)と加重平均価格掛率(DGWAP)の関係は,図15が示すとおりである。この図も売れている日数が10日未満の極少ないDGWAP は除いたもので,価格の需要曲線形を把握するために,グーテンベルグ曲線型のヒューリスティックな補助線を描いている。

 

 

実測値と推定したモデルによる予測値を重ねた図が,図16である。全体でも,個別価格感度グループでも,ほぼ実測値に近い予測値が得られた。

20頁】

 

 

(4)モデルを使ったシミュレーションの実施

作成したニューラルネットワークのモデルを使用し,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)とNo2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)以外の変数は実測値を内挿し,ある状況ごとに予測売上個数がどのように変化するかシミュレーションを行った。競合ブランドであるNo2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)については,条件を3つ設定した。1つ目は実際の値,2つ目は対象期間2年間(2014年5月1日〜2016年4月30日)における期間中最大値(日数10日以上)に固定,3つ目は期間中最小値(日数10日以上)に固定することである。条件ごとに入力データを推定モデルに適用し,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)の値を0.01刻みで実測値の範囲外も含めた0.70〜1.10の範囲で変化させ,加重平均価格掛率(DGWAP)ごとに2年間日毎の予測売上個数を推定した。

入力データを参考に示しておくと,表4と5のようになる。表4は,No2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)を期間中最大値の1.00で固定,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)は0.70〜1.10の範囲内の0.70で固定,他9変数は実測値という入力データである。表5は,No2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)を期間中最小値の0.83で固定,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)は0.70〜1.10の範囲の0.70で固定,他9変数は実測値21頁】という入力データである。

 

 

22頁】

シミュレーションの結果,得られたNo1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)別に2年間日毎の予測売上個数を集計した。参考として,表6を示したが,これはNo2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)を期間中最大値の1.00に固定した場合の,内挿範囲(0.79〜1.00)のシミュレーション結果である。

 

 

(5)対象ブランドにおいて全体での最高利益額を生み出す(固定)価格ポイントの推定

シミュレーションによって得られた予測売上個数をもとに,売上総利益額を算出する。売上総利益額は,商品1個当たりの価格から売上原価(暫定値)を差引き,それに予測売上個数を掛けて求める。本節では,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりについて,2年間の売上総利益が最も高い固定価格ポイントはいくらなのかを検討する。

No2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)に実測値を内挿した場合の,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)ごとの売上総利益をグラフ化したのが,図17である。図17で示した結果によると,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりが最も利益を生み出す固定価格ポイントは,0.94であった。

23頁】

 

 

24頁】

 

 

No2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)を期間中最大値の1.00に固定した場合,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)ごとの売上総利益をグラフ化したのが,図18である。図18で示した結果によると,対象ブランドであるよつ葉北海道十勝軽やかしぼりが最も利益を生み出す固定価格ポイントは,0.96であった。

 

No2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)を期間中最小値の0.83に固定した場合の,No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりの加重平均価格掛率(DGWAP)ごとの売上総利益をグラフ化したのが,図19である。図19で示した結果によると,対象ブランドであるよつ葉北海道十勝軽やかしぼりが最も利益を生み出す固定価格ポイントは,0.93であった。

25頁】

 

 

前述した売上総利益の算出方法で,売上原価をメーカー希望小売価格の60%と仮定して2年間合計の売上総利益の実測値を求めると,1,206,315円であった。競合であるNo2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)3条件それぞれの最高価格ポイントを,この実測値の売上総利益と比較すると,実測値と期間中最大値に固定した場合の2パターンは上回り,期間中最小値に固定した場合のみ下回る結果となった(図20)。

No1ブランドよつ葉北海道十勝軽やかしぼりは,加重平均価格掛率(DGWAP)が0.94で販売している日数が2年間で一番多く,図11で見た場合,低価格感度領域の右端に位置していることを示している。No2ブランドコープ北海道十勝牛乳の加重平均価格掛率(DGWAP)の条件が実測値の場合,対象期間2年間において最高利益額を生み出す固定価格ポイントは結果的に0.94であった。もし0.94で2年間固定していれば,実際の売上総利益額は1,362,252円となり,実際を上回ることになったはずであり,逸失した利益が存在していたことを示唆する。以上のことを踏まえると,検討課題である利益額最大化を生み出す価格ポイントの推定は可能であることが明らかとなった。

26頁】

 

 

7.結論とインプリケーション

 

7−1.結論

以上の分析事例から,牛乳カテゴリー全体での場合にも,個別ブランドの場合にも,以下3つの研究仮説はカテゴリー全体では視認レベルの検討で,個別ブランドレベルでは視認レベルに加えて,数値的な検証も併せて実施できた。

 

H1. 価格の需要曲線はグーテンベルグ曲線の傾向を示す。

H2. 消費者の個別ブランドに対する価格感度が低いほど,低価格感度領域の幅はより広くなる。

H3. 消費者の個別ブランドに対する価格感度が高いほど,低価格感度領域外の幅が狭く,傾きが大になる。

 

また個別ブランドでの検討課題である,「利益額最大化を生み出す価格ポイントの推定」もサンプル数が確保できた場合に,推定できることが明らかとなった。

 

7−2.インプリケーション

本研究のインプリケーションとして,大きく3つの点を挙げておく。

第一に,グーテンベルグ曲線の存在が明らかとなり,利益最大化価格決定枠組みを与えた。

第二に,消費者の価格感度の違いによって,グーテンベルグ曲線の形状は,低価格感度領域の幅,曲線の傾きが異なることを示し,ターゲットによる価格決定枠組みの提供ができた。

27頁】

第三に,個別ブランドがメインとなるが,利益最大化のシミュレーション方法を提示し,その価格ポイント推定の方法を示した。

 

8.今後の課題

 

今後の課題としては,グーテンベルグ曲線の存在は,今回牛乳カテゴリーに限って確認できたものの,他の商品カテゴリーにおいてもその出現の有無を検討し,一般化を図る必要がある。同様に,個別ブランドの利益最大化のシミュレーション方法もより多くの分析事例で検討し,この手法が安定することを示す必要がある。

また,グーテンベルグ・モデルの推定において,最小自乗誤差基準では,離れ値を敏感に拾うため,絶対誤差の和の最小化基準で推定を実施することが望ましい。ただし,推定のための誤差基準の検討を今後さらに行う必要がある。グーテンベルグ・モデルと直線回帰との当てはまりの良さに関する誤差の大きさを検討したところ,最小自乗誤差基準(線形推定:2633916<グーテンベルグ・モデル推定:2686523)でも絶対誤差の和の最小化基準(線形推定:23505<グーテンベルグ・モデル推定:25112)でも直線回帰が上回った。これは今後の課題となり,これに関しても他の分析事例を積み重ねていく必要がある。なお従来モデル化が困難であったグーテンベルグ・モデルのモデル化については、積年の懸案事項であり、その検討も実施したが,それについては誌面を改めて述べたい。

 

【謝辞】本研究は,Jミルクの平成28年度「乳の学術連合」学術研究乳の社会文化学術研究による研究助成を受けている。そして利用したID-POS データはコープさっぽろのご厚意で利用させて頂いた。両者に対して,ここに記して厚く感謝申し上げる次第である。

 

参考文献

・D. Kahneman and A. Tversky(1979),”Prospect Theory :An Analysis of Decision Under Risk,” Econometrica, vol.47, No.2, March.

・H. Simon(1989), Price Management, Elsevier Science Publishers B.V.

・上田隆穂(1995),『価格決定のマーケティング』, 有斐閣.

・最上健児・柿島秀樹・上田隆穂(1997),「グーテンベルグ仮説に基づく価格反応関数」,『学習院大学経済論集』,第34巻,第2号,pp.117-134.

・上田隆穂(1999),『マーケティング価格戦略』,有斐閣.

・H. Albach, K. Brockhoff, E. Eymann, P. Jungen, M. Steven, and A. Luhmer (1999), Theory of the Firm: Erich Gutenberg’s Foundations and Further Developments, Springer.

・上田隆穂・徳山美津恵・畑井佐織(2002), 「低価格感度領域を示すグーテンベルグ仮説のPOS データによる検討と条件に応じて変化する価格の需要曲線形の考察〜ニューラルネットワークの活用〜」,『学習院大学経済経営研究年報所』,第16巻,pp.1-24.

・照井伸彦(2008),「価格閾値の推定と価格カスタマイゼーションの可能性」,日本統計学会誌,第3728頁】巻第2号,pp.261-277.

・村上隆(2015),「財の効用と価格に関する一考察」,『明治大学大学院商学研究論集』,第43巻,pp.1-12.