105頁】

 

「非正規」から「正規」への移行

小池和男氏の著書を素材として

 

脇坂  明

 

 

はじめに

 

働き方改革の推進あるいは同一労働同一賃金の実現といった政府を中心とした動きから,いわゆる「非正規」労働者の増大を背景として「非正規」から「正規」への移行あるいは転換が重要課題となっている。「非正規」という用語は,あまりに多種多様な雇用形態を含んいるので,用いるべきでないと筆者は主張してきた(脇坂 2011)。たとえばパートと派遣では企業において全く異なる機能をもち,労働者の年齢層も異なる。しかしながら,多くの研究が「非正規」を使用しているので,それぞれ,どの労働者を主に対象にしているかに留意しながら,この論点を掘り下げたい。主として取り上げる著作は,小池和男(2016),「非正規労働」を考える(名古屋大学出版会)である。小池氏の論点には技能やOJT(On-the-Job Training)に関するものが多く含まれているからである。
 三谷(2019)は,先進国における正規への転換に関する外国の研究をレビューしている。またPIACC データ(Survey of Adult Skills)をもちいた国際比較もしている。それによると,我が国の特徴は,高齢者と女性に「非正規」が多い(他国は,若年と低学歴)。ここでのOECDの「非正規」の定義は,「有期雇用+派遣」となっている(米国は派遣のみのデータ)。数的思考力と企業内訓練受講率における,正規と非正規の格差をみると(図1,図2),我が国は企業内訓練受講率の格差が大きい国に属する。後者の指標はやや問題があるのだが(脇坂2019),フォーマルなOJT で格差があることは貴重な発見である。ところが数的思考力では差はほとんどない。女性にかぎってみると,非正規のほうが高いくらいである(図3,図4)。ゆえに備わっている(潜在)能力は,非正規でもかなり高いのに,非正規に対する職場での能力開発機会が乏しいことが正規転換を難しくしている,と推測される。わが国で技能やOJTの視角から,この問題を考えることが重要である。
 それでは小池(2016)に沿う形で,この論点を掘り下げたい。

 

 106頁】

 

 

 107頁】

 

 

1 小池による現状認識(理論)の骨格

 

小池(2016)では,企業が非正規を低賃金(コスト)で利用しているという,その機能へ根本的疑問をもっている。その理由は単純で,もし正規とほぼ同様な仕事をこなすのであれば,108頁】企業はすべて「非正規」に変えればよい,ことになる。現実は100%どころかせいぜい2−3割の企業が多い。どの企業でも一定程度,「正規」社員が存在するということは,この議論が怪しいことになる。

 

1.1 小池の議論へのコメント

差別の経済理論

この議論は,差別の経済理論の創始者であるGary Becker における偏見仮説に対する批判と相通じる。偏見仮説では,たとえば黒人・白人だと,経営者は黒人に偏見を持っているというものである(女性・男性なら女性に対して)。つまり,もし黒人と白人が同じ労働をしていて,経営者が偏見を持っていたとすると,偏見を持っていない経営者のいる企業が競争で勝つことになる。この議論と小池(2016)の議論は相通じている。
 ゆえに現実の差別の現象を説明するには,技能の視点や「情報の非対称性」の視点を入れないといけない。そこから「統計的差別」の議論,つまり,スキルや潜在能力に分布があり,どの黒人が優秀で,どの黒人がそうでないかを判別できない。白人も個人別に識別できず,平均して白人が優秀であると「統計」にあるので,その結果,「差別」的現象が生じるというものである。これを「非正規」にあてはめれば,様々な潜在能力をもつ「非正規」のうち,だれが優秀か判別できないため生じることになる(ただし,小池(2016)では統計的差別の議論はなされていない)。
 この議論はじつをいうと,「情報の非対称性」の考え方を入れなくても後付け的な伝統的経済理論で解釈できないことはない。それは調整費用という概念を導入し,「正社員の仕事を非正社員の仕事に移す時間」とか「正社員を解雇(退職不補充)するのに必要な費用や時間がかかる」という議論である。これを使えばスキルを使わなくとも説明できる。こういった議論の典型が,我が国は国際的にもっとも正社員を解雇しづらいという法的制約をもつがために,「非正規」が利用されるとする議論である。いうまでもなく,一部の(労働)規制緩和論者の議論である。ただし,基礎となっている認識は正しくなく,OECD の雇用保護指数の国際比較により解雇のしやすさをみると,我が国はOECD 諸国の真ん中ぐらいで,我が国より解雇しにくい国はフランスはじめ多く存在する。もちろん,もっとも解雇しやすいのは米国である。
 いずれにしろ「非正規」はじめ,企業内に複数の雇用区分が存在する説明を首尾一貫して説明するのは容易ではない。筆者も,かつてコース別人事制度の存在,つまりいわゆる「総合職」と「一般職」の区分についてそれなりに論じたが(脇坂 1996, 1997),完全に満足しているわけではない。
 なお,かつて流行したマルクス主義的分断論は,労働者どうしの団結をさせないために,区分(差別)したほうが企業にとって都合がよい,という議論である。これについても,このやり方をしない企業(たとえば全員,低賃金で平等など)とどちらが利益をあげるかを考えると簡単ではなく,説得力ある議論とはいえない。やはり職場で形成されるスキル,それを提供する場としてのOJT の議論をいれないと現実味が薄れる。

人件費理由による活用

小池氏が,ある意味,切り捨てた低賃金機能についてだが,各種企業調査から,企業のパート雇用理由において,「人件費の割安(感)」をあげる企業の多さをどうみるかである。多くの調査で,これが第1位になる。たとえばJILPT2010年調査「多様な就業形態に関する実態調査」109頁】の結果をみると断然トップになる。
 「無期・有期パート」の活用理由
 労働コストの節減のため 53.6%(もっとも強い理由 31.5%)
 「有期社員」の活用理由
 労働コストの節減のため 36.3%(もっとも強い理由 19.5%)
 ここでの「有期社員」の定義はフルタイムである。
 この事実を,どうとらえるか,である。経営者あるいは人事担当者による主観的?勘違いとして無視することは,やはりできないであろう。筆者は,かつてパートタイマーについて,「バッファー機能」と「 (正社員)代替機能」を区別し,後者は基幹パートが担っていることを議論した(脇坂 1998)。
 簡単なパート研究史をみると,中村恵(1989)による「基幹パート」の発見から,脇坂(1998)による「代替」と「バッファー」機能のあと,本田(2007)による「質的基幹化」と「量的基幹化」の議論に研究はつながっていった。本田の量的基幹化については,納得しづらいところもあるが,一部のパートだけではない,ことを示すには必要かもしれない。筆者による「 (正社員)代替機能」は,パートに十分なOJT の機会がありスキルが上昇すれば,正社員にとってかわっていくというシナリオである。ただ,これも完全に理論的な説明になっているかどうかは自信がない。

人材選別機能

小池(2016)は,「低賃金による代替」機能を批判しているので,残りは「雇用調整機能」か「人材選別機能」となる。著書では,とくにフルタイム契約社員(期間工)の人材選別機能に説得力ある議論が展開されている。具体的には次項でふれる。ただし小池氏は雇用調整(バッファー)機能に対する説明が積極的にされてないようにみえる。いうまでもなく期間工が雇用調整の機能を有していることは,生産量の増減に応じて人数が変動することから明らかである。しいていえば,このことを前提として「非正規(期間工)」は「人材選別機能」をも有することが論じられているのかもしれない。

 

この節の最初に述べたように,「非正規」のどの雇用形態のものを念頭におくかで,ずいぶん議論が違ってくるので,当然のことだがタイプに分けるべきである。それを意識してか,小池(2016)では,つぎの2つのタイプの議論がなされている。「非正規」をおそらく労働時間の長短により,分けている。

 

(A)「契約社員」「期間工(派遣)」

(B)いわゆる「パート」「アルバイト」

 

(A)から自動車産業ブルーカラーの期間工,(B)からコンビニ(スーパー)におけるパート・アルバイトが例示されている。次項では,ほかの論者の議論と比較して論じてみたい。

 

 110頁】

2 比較論風にみた自動車業界とコンビニ業界における労働の通説イメージ

 

この項では,自動車産業のブルーカラーとコンビニ(スーパー)の労働について,少しイメージ的に論じてみたい。

鎌田慧の世界

まず自動車産業のブルーカラーと言えば,かつてはやったもので,『自動車絶望工場―ある季節工の日記』(現代史出版会,1973年)というベストセラーがある。これは鎌田慧というジャーナリストがトヨタ自動車の工場に季節工として潜入して,来る日も来る日もいかに繰り返し単純労働であったかを描いたものである。それは季節工の労働としてもそうだが,職場の同僚も描かれている。当時,評判を呼んだのは,職場のことがわりと丁寧に書かれていて,自動車工場というのは大変なことがわかった。それまでは左翼系の学者などがいろいろ調べて搾取が行われていると言っても,職場自体についてあまりきちんと書かれていなかった。だから,こういうジャーナリストが潜入してやったおかげで出来上がったのが一つの自動車ブルーカラーのイメージである。

熊沢誠の世界

次に,前甲南大学教授の熊沢誠氏による,「労働力単純化論」である。熊沢氏はどんどん労働力は単純化していくのだということを議論された人である。自動車の例も少し挙げられていたが,そのときにちょうどジョブ・ローテーションの議論が焦点となっていた。日本はブルーカラーであってもいろいろな仕事をこなしてやっているから,単純化していないのではないかという議論があった。そのときに熊沢氏は,ジョブ・ローテーションをしたとしても,一つ一つの仕事は非常に単純な労働でしかない,単に企業に都合が良い移動をさせているだけだという論陣を張られた。熊沢氏は小池氏と「労働力単純化論争」をおこない,そのときは小池氏が,いわゆる「知的熟練」概念がまだ出る前であったが,先のOJT のヨコ,つまり幅のあるスキルの優位性を議論された。今から見れば非常に良い論争だったと思っているが,必ずしもすべてがかみ合っていなかったのではないかと思う。

小池和男の世界

小池氏の自動車のブルーカラー労働者の世界というのは,2005年の教科書のなかに端的にあらわれている(小池 2015)。そのころにトヨタ自動車を相当丁寧に調査されて,自動車のブルーカラーの技能を1,2,3,4と4つのレベルに分けている。レベル1は期間工がする仕事で,1つの仕事を遅れずに作業できるというふうに捉えられている。レベル4というのは自動車のブルーカラーでありながらパイロットチームに参加し,製品設計にも発言できるような人たちである。ブルーカラー労働者のスキルが4つに分けられているのが小池氏の世界である。レベル1は期間工で,正社員はレベル2から入ってレベル3,レベル4という形で技能を高めていく。技能の向上のためには,横への広がり,先ほど言ったジョブ・ローテーションによりいろいろな仕事をしていくことが必要である。それと「知的熟練」,いいかえれば技能の「深さ」で, 変化と異常があったときにきちんと対応できるということが論じられた。これが海外ではなかなかできておらず,日本の製造業のブルーカラーの強みではないかと言われた。
 111頁】
 この事実を端的に表したのが「仕事表」のなかにある1)。小池(2016)においてもかなりのページ数を取って仕事表について論じている。会社によって名称は違うが,英語で言えばskill map(あるいはskill matrice)である。それは一枚の仕事表に,表側には氏名を書き,表頭にいろいろな仕事,例えばプレス工場であればプレス工場のいろいろな仕事があるから,マトリックスを作った表にする。セルの中に丸をおき,丸を4つに分けて,できるとか,指導できるとかいう形で丸を塗りつぶしていくというのが仕事表である(表1参照)。小池(2016)の最後の提案にあるが,一枚の仕事表の中に,正規の労働者だけでなく,非正規,この場合は自動車であるから,いわゆる期間工であるが,期間工も加えればよい,あるいは最近増えている派遣も加えることの重要性を説く。
 自動者工場では派遣会社から派遣されている労働者が案外多く,そういう話を筆者も聞いたことがある。また筆者は,トヨタ関連の工場を2014年ごろに回って,たまたま仕事表を目にしたときに,何人かの名前について,期間工か派遣が含まれているか聞いた。かなりのケースで派遣の人も期間工の人も書いてあった。その理由を聞くと,「それは当たり前であり,そうでないと仕事が回らない」という回答が多かった。だから,必ずしも正社員だけが仕事表の氏名に入っているわけではない。小池氏の提案も絵空事ではない。小池(2016)にもそういう事例を取ってきて論じられている。これが小池氏の,Aタイプの非正規労働者の,非正規から正規へ変わる論点である。それが自動車ブルーカラーの例である。

 

 

次に(B)のコンビニについてみよう。

 

112頁】

村田沙耶香の世界

芥川賞受賞作『コンビニ人間』は,文学としては評価の分かれる小説だと思うが,筆者はコンビニの仕事内容のところに興味を持った。作者の村田沙耶香という人は,実際にずっと今でもコンビニのアルバイトとして働いているようである。「コンビニがなりたがっている形,お店に必要なこと,それらが私の中に流れ込んでいる」と。コンビニ店員として正常な部品になり切ることが私の一番の理想である,と書いている。仕事内容を見ると,暑い日に飲料水を補充したり,アイスの配列をしたり,新商品の並べ方,発注,こういうこともするということが書かれている。この主人公は小説の中で,ベテランであり,新人に並べ方を教えたり,発注の仕方なども,若いアルバイトにも教えたりしている。週4日〜5日勤務はそれが自分にとってちょうどよいと。ただ,ヒモのような男性が現れて,同棲者を扶養したいと決意したときには週6日〜7日全部働くという形で展開されている。
 この作品を読んだとき素直な感想は,中村恵の基幹パートの極致であると思った。筆者の私的な体験からも,コンビニのアルバイトはじつに多くのことをこなしており,税金の支払いから揚げ物を出すことまで,手際よくこなす。もちろん全員のアルバイトが発注までこなしているわけではないだろうが,かなり高度にみえる作業を行っている。中国やベトナム出身のアルバイトであっても,全く問題ない。

ブラック企業,ブラックバイトの世界

次に紹介するのは,「ブラックバイト」とか「ブラック企業」という用語をはやらせた人である,今野(こんの)と言う人の世界である。今野(2016)『ブラックバイト』の中でコンビニのことが出てくるところがあり,「単純化・定式化・マニュアル化」(p.97)の特徴そのものだと論じている。とにかく全体を流れるトーンは,鎌田慧や熊沢誠が書いたトーンと同じである。
 わずか数ヶ月から半年間の研修で,オーナーは店舗運営を行う。…販売する商品はすべて本部が開発し,価格も決定。…「ただ,コンピューターに発注する商品,個数,日付けなどを入力すればよい」…オーナー店長へのヒアリングから工夫を要するのは「その日の条件にあった発注」→お弁当やおにぎりなど,保存のきかない商品に対するもので,その日の天気や曜日を考慮し,近隣で催される行事などもチェックして「経験にしたがって行う」…これさえもオーナーに必須の「高度な労働」とは言い難い,という。「実際に勤続の長い「主婦パート」に一部任されている事例も確認できた。おそらく,店長の最大の職務は自らの労働ではなく,アルバイトを充当し,辞めないように管理することであろう」(pp.98-99)
 この本が良いのは,若干調査された節があり,コンビニでまずオーナーがどのような仕事,店舗運営をしているかが書かれている。コンピューターに発注する商品,個数,日付などをただ入力さえすればよいのだと,非常に単純労働で,店長のする仕事も大変ではない。工夫を要するのは,その日の条件に合った発注,弁当やおにぎりや保存のきかない商品に対するもの(これは小池氏が非常に注目されるところであるが),その日の天気や曜日を考慮し,チェック して,経験に従って発注量を変えていったりしていく。
 しかし,この労働さえも今野氏は高度な労働とは言えないという。高度な労働とは言えない理由が,実際に勤続の長い主婦パートに一部任されていることである。とらえ方の問題であるが,先ほど言ったように「コンビニ人間」の小説の中に出てくるアルバイトがやったりしているということで,店長の最大の職務はアルバイトを充当し,辞めないように管理することだと113頁】いう。コンビニの世界の中でも,店長とアルバイトやパートは完全に切れているが,その理由は全体として単純化された労働であるというような論理になっている。
 興味深いのは,製造業との比較がなされている(100-102頁)。「一部の単純工程は別にして,日本の製造業は,大多数の労働者を非正規雇用中心に置き換えることはできなかった」と書かれている。「複雑な仕事と単純な仕事に労働を分離,たとえば機械にトラブルが起こった場合には,非正規雇用はいっさいの対処を禁じられる。」これはある意味正しいわけだが,期間工は,機械にトラブルが起きたときにはやはり手を出しては駄目である。そのようなトラブルが起きたときには,オペレーターではなく保守メンテナンスの人を呼ぶわけである2)。実際トヨタ関連のところへ行ったときにそういう事例もあり,日本では全部現場の人たちが直すかというと,保守の人を呼んでいるケースもしばしばあった。だが,やはり多くのトラブルのケースはベテランの作業員(オペレーター)が対処するというのが日本の強みなわけである。正社員以外がトラブル対処をしないという事例を基に,コンビニで主婦パートがいろいろなことに配慮して発注量を変えたりするといったことをもって,製造業における非正規雇用労働者は技術と品質によって制約されているという解釈をなされているのではないかと思う。
 この部分にコメントをすると,「単純化・定式化・マニュアル化」と小見出しに書かれているが,少なくともコンビニの例は,内容がそぐわないのではないかと思われる。先ほどの高度な労働とは言えないことはきちんと書いてあるが,マニュアル化・定式化・単純化があまり書かれていない。
 とにかく,なぜ労働者を分断するのかの論点がないと,非正規雇用から正規雇用への転換への条件が出てこない。一方で,もっとも肝心なところであるが,ブラック企業とかブラックバイトで運動なりをやっている人たちは,非正規雇用,正規雇用の分断の根本の理由が,分かっていないか,書かれていないと思う。

小池和男によるコンビニ(スーパー)の世界

最後にコンビニ,スーパーに関する小池氏の世界である。小池(2016)ではなく,小池(2015)に,セブンイレブンの事例がかなり詳しく書かれている。またどのようにしてコンビニというものが発展してきたのかが書かれている。イトーヨーカドーの社史をはじめ,イトーヨーカドーについて書かれた著作を中心に書かれている。
 イトーヨーカドーからスピンオフしたセブンイレブンは,「小口多頻度,短リードタイムの配送,高価格,値下げなし」で展開してきたが,小池氏は,「発注」に着目する。そこでは,「頻繁に,品目別の売上状況を加味して行う。」「店が発注を行う。そのときに本部推奨品目から品目の選択,品目ごとの発注量を判断する。」「店を担当するスーパーバイザーが相談にのる。」
 人材形成については,1990年ごろの状況として,4泊5日Off-JT から,直営店でのOJTアシスタントとして1年以上,直営店の店長経験1年以上→スーパーバイザーのアシスタント→スーパーバイザー→地域マネージャー,本部スタッフ のキャリアルートが記述されている。
 また本田一成のスーパーの事例を紹介されて,棚割りの決定を誰がするのか,値引きの決定を誰がするのか,そういったところが書かれていて,そういう過去の先行研究を基に,いわゆる三次産業,正社員よりも労働時間の短いパート・アルバイトの状況が記されている。

 

 114頁】

3 非正規から正規への転換

 

小池氏は,いわゆる非正規から正規への転換で,2つのモデルを提案している。(a)がいわゆる労働時間の短いほうで,「恒久的短時間準社員」モデルと呼んでいる。(b)は,先ほどの製造業の期間工の例である。昇格可能性,つまり一般的に非正規から正規に移るには(a)と(b)のモデルがあるということである。
 (a)のスーパー,コンビニについて恒久的短時間準社員モデルとしたのは,これはどう見てもやはり準社員と言わざるを得ないと,短時間正社員ではないと小池氏は強調する。恐らく小池氏が念頭に置いている短時間正社員は恒久的ということで,こういった評価になったと思われる。
 ところが厚生労働省のモデルでは短時間正社員には3つのタイプがあり,そのなかのタイプUがそれにあたる(脇坂 2011)。このモデルの作成や基礎となる調査に筆者は大きく貢献した。タイプUは,ずっとそのまま短時間で,一時的ではないものをいう。これに対して例えば育児の時期だけとか,何か勉強したときだけ短時間働くというタイプTというのもある。タイプTが実際には多いのだが,例えば育児短時間勤務がそうである。期限付きの短時間正社員について,小池氏はそれを意識せず,タイプUを念頭に置き,なかなか普及しないという予測をしている。恒久的短時間だが正社員になりきれないので「準社員」という言葉が使われていると思う。
 パートの賃金が,特に本田氏の研究などで,職能給化している事例があることをまず確認する。パートの賃金が単なる「あなたは幾ら」という職務給ではなく,つまり一律の900円とか1,000円という形ではなく,きちんと能力,等級・資格について賃金を決める会社もある。これが重要だろうということで,賃金の普及の度合いを統計で調べた結果,パートの賃金が全体として職能給化したとは言いがたい。一部のベテランパートの賃金のみになっている。これが短時間準社員と呼ぶゆえんであろう。
 筆者のコメントは,ここから微妙になる。本来着目しているOJT によるスキル形成とは少し離れて処遇の議論そのものになるためである。職務給だと査定ができないから,900円の人はずっと900円,1,000円の人は1,000円になる。確かに職能給化が,パートを活用しているところでみられる。もし職能給化して正社員と同じような賃金体系になれば,いわゆるパートの人が短時間正社員になる,あるいはフルタイムの正社員になるという賃金の決定方法だと転換登用がしやすいのかもしれない。
 しかし本当に決め方を同一にしないと転換は無理なのかという疑問を持っている。ちなみにイオンは,かなり早い時期にパートを職能給化して,それまでは社員も職能給的だったが,社員は役割給になってしまい現在は同じ決め方ではない。賃金の決め方が,そろえていると転換しやすいかもしれないが,それほど決定的な理由であるだろうか。小池氏の関心は,職能給(のようなもの)こそ理想的と思われているから,パートの中で職能給化が進めば短時間のままでも転換しやすい,というニュアンスであるものの,調べてみると職能給化が進んでいないので,ここに関しては,正社員ではなくてせいぜい準社員ではないかという言い方をされていると思われる。
 またかなり古い文献であるが故高梨昌氏がされたスーパーの調査において,査定を要求した115頁】のが企業の側ではなくパート集団の中からであることが書かれている。パートで勤続が長くなってくると,あの人と私のやっている仕事は違うのだと,きちんと査定をしてほしいという形で職能給的なものを入れた例が書かれていて,筆者も,かつて回ったスーパーの中でこれに近い話を聞いたことがある。だから,やはり職能給的なものは,日々やっている仕事の人たちが,あの人と私は違った仕事をしている,能力も違うというところから出てきていると思われる。
 以上が,基本的に一番重要な論点で,小池(2016)へのコメントから,非正規から正規への肝になる論点の一部を列挙できたと思う。

 

4 ジョブ・ローテーションと非正規

 

労働者のキャリアを測るときに3つの軸が必要であることを小池氏は強調された。タテ・ヨコ・深さである。タテが昇進,深さが「知的熟練」で,ヨコが同じレベルの仕事経験の多さである。もしヨコの経験の足りなさが非正規にみられるとすれば,契約社員やパートは多能工化できないのであろうか。技能系にかぎらず,おそらく多能工は単能工より生産性が高い。少ない要員数でできるようになるだけでなく,一つのジョブをするのに,全体を深く知ったうえでできるからである。つまり品質の維持・向上につながる。多能工化は,大きな生産性向上の一つのカギである。
 多能工化を測定するとき,たんにジョブ・ローテーション(Job Rotation)の頻度よりも仕事内容に踏み込んだ「仕事の幅」(小池)という表現に基づいた指標をとったほうが適切である。もし「Job」(Job Description;作業要領書)が,もの凄く狭く規定されていれば,何らかのJob Rotation を行っていないと全体としての作業そのものが成立しない。
 逆に,すごく広く(あいまいに?)規定されていれば,ジョブのなかでの作業(タスク)のシフトになり,ローテーションの必要はない。このケースでは,報酬が「職務給」といっても,事実上「職能給」になっていかざるをえない。多くのタスクをこなす人と一つのタスクしかこなせない人の報酬を同じにすることは,できないであろう(もっとも単純な職務給ではそうなっているが。)高度な仕事の報酬を単純な職務給で支払うと効率・公平どちらからも長続きしない。
 このように仕事内容あるいはスキルをとらえていくと,「ジョブ型」vs「メンバーシップ型」という図式は無意味である。日本の職場で「ジョブ」が他国よりあいまいだと示す証拠は,少なくともホワイトカラーにはない。研究蓄積のあるブルーカラー以外の労働者の仕事内容をベースにした国際比較の証拠がないためである。
 報酬を完全に「成果」ベースにするのであれば,多能工化やジョブ・ローテーションの議論の多くは消える。というより完全に「成果」に基づいて支払われていれば,正規・非正規の区分の意味はほとんどなくなるであろう。

 

 116頁】

5 高齢者非正規について

 

さいごに,いわゆる「非正規」のなかで増えてきた高齢者について少しだけ触れたい。嘱託=再雇用者(継続勤続者)について考えると,ほとんど嘱託から正規への移行は考えていない。企業も本人もである。
 再雇用者は,嘱託契約社員とアルバイト・パート(JILPT 2015年調査)では,60代前半層で前者が60.7%,後者が21.7%,正社員は34.2%(複数回答)存在する。
 今野(いまの)浩一郎氏による「一国二制度」論(今野 2012,今野 2014)を考えよう。一つの企業のなかに正社員と嘱託(再雇用者)の2つの雇用区分があることを比喩的に論じている。たしかに「一国二制度」から「一国一制度」への議論は掘り下げるべきだが,議論の糸口をつかむことは困難のようにみえる。そもそも「一国複数制度」が成立している理論的根拠は何かが自明ではない。今野氏のいう「福祉的雇用」のケースは,戦力化していないわけだから,無駄だと知りながら抱え込んでいるということで説明できるが,戦力化したのちも「一国複数制度」つまり異なる雇用区分で処遇する根拠,少なくとも理屈が必要とされる。
 本論文の冒頭において,三谷(2019)による国際比較から,他国は若年者と低学歴者に非正規が多いのに対し,わが国は,女性と高齢者に,とびぬけて多いことをみた。既婚女性パートに対しては多くの研究そして提言がある。しかし,高齢者については「非正規」から「正規」への転換(志向)とは違った視角からOJT をとらえる必要があるだろう。これからますます重要になると思われる仕事表において,嘱託=高齢者の氏名も当然加え,後輩に「教える」ことに重点をおいた仕事の分担をおこなうのが現実的である。「教える」ことができるのは高度なスキルゆえ,ふつうにいえば報酬は高くすべきである。しかし現実は全く逆になっている(いそうだ)から,スキルと全く異なる処遇から段階的にスキルに近づけていくことになるのだろうか。
 繰り返しになるが,いずれにしろ非正規から正規への転換を論ずる場合,どの「非正規」の雇用形態の話なのか,そして対象とする労働者の属性の違いに留意する必要がある。

 

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