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ニューラルネットワークによる最高利益を生み出す価格掛率のシミュレーション

〜全体でワンプライスの場合とグループ別のダイナミック・プライシングの場合の比較〜

 

学習院大学 経済学部 講師          竹内 俊子
学習院大学 経済学部 講師          山中 寛子
学習院大学 経済学部 教授          上田 隆穂

 

 

要約

本稿では,購買者の商品に対する価格感度に着目し,購買者を価格感度によりグループに分け,その価格感度グループごとに最高利益が得られる価格をニューラルネットワークモデルで推定し,ダイナミック・プライシング(ここではグループごとに価格を変えるという意味で用いる)の方が,全体で1つのプライス(ここではワンプライスと呼ぶ)より売上総利益が大きいことをシミュレーションによって示す。さらに,価格感度に代わる属性を決定木分析により探し,ダイナミック・プライシングとワンプライスの売上総利益を比較する。

 

キーワード

ダイナミック・プライシング,価格感度,最適価格,ニューラルネットワーク,シミュレーション

 

1.はじめに

 

ダイナミック・プライシングとは,まったく新しいプライシングではなく,従来からあった価格戦略のいくつかを部分的に統合したものである。基本的には,ビッグデータを扱えるようになったことにより,個人ごとの情報が分析できるようになったことがきっかけとなって,個人あるいはグループごとに対応するプライシングが可能となった。実際に行われているダイナミック・プライシングの多くは,季節や時間帯などに応じて価格感度の低い時は高くして利益を拡大し,価格感度の高い時は安くして購買を刺激する方法である。そして,個人ごとの価格感度により価格差をつけ,すなわち,進んで支払う価格の高低に応じてプライシングを行い,利益を拡大しようとする考え方である。

本稿では,購買者の商品に対する価格感度に着目し,購買者を価格感度によりグループに分け,その価格感度グループごとに最高利益の得られる価格をニューラルネットワークモデルで推定する。そして,ダイナミック・プライシング(価格感度グループごとに別々の価格で販売する場合)の方が,ワンプライスで販売する場合より売上総利益が大きいことをシミュレーションによって示す。さらに,価格感度に代わる属性を探し,ダイナミック・プライシングとワンプライスを比較検討する。

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2.研究の目的

 

ダイナミック・プライシングは,市場の需要に応じて価格を変える方法であり,ホテルや航空業界では一般的に行われている。たとえばホテルの場合には,大型連休や年末年始,コンサートやスポーツなどのイベントがある場合には宿泊料金が高騰するが,高くても客室はうまる。格安航空会社(LCC)も安さを売りにしているが,連休や人気のフライト時間は需要が高いため運賃が高くなっている。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)では,混み合う時期に応じて価格を変える仕組み,ダイナミック・プライシングを2019年1月から導入している。2019年2月1)には,コンビニエンスストア及びドラッグストアにおいて,電子タグを用いて,消費・賞味期限が迫っている商品を特定し,当該商品を購入すると現金値引きまたはポイント還元を行うダイナミック・プライシングの検証が経済産業省主体で行われた。メーカー・卸売・小売・家庭などのサプライチェーンの様々なプレーヤーが実験対象商品に貼付された電子タグを読み取り,取得したデータを連携することで,在庫の可視化や食品ロスの削減などの社会課題の解決を目指している。

近藤(2014)は,ダイナミック・プライシングの先行研究をまとめている。加藤(2019)は,人工知能が搭載されたプライシング・アルゴリズムの解説およびアルゴリズムが産業規模で用いられる場合を産業組織論の観点から議論している。Ye et al.(2018)は,Airbnb が実際に使っている価格設定を支援するシステムについて述べている。このシステムは,二値分類モデルにより予約確率を推定し,回帰モデルにより最適価格を推定し,最適価格を提案する機能を追加している。川上(2017)は,サンフランシスコ・ジャイアンツを事例に各ゲームの価格設定とその日のゲームを取り巻く様々な環境との因果関係を明らかにしている。上田・竹内・山中・野村(2020)では,お茶のペット飲料カテゴリーを対象に、ダイナミック・プライシングを行う際に利益を高める価格ポイントのシミュレーションを試みている。

 

 

本稿では,AI の中心をなす技術である機械学習の一種のニューラルネットワークを利用して,利益最大化を生み出す価格(掛率)について検討し,ワンプライスで販売する場合とダイナミック・プライシングを導入し,グループごとに異なる価格で販売する場合における売上総利益の差を検討する。

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3.分析

 

分析の流れとしては,最初に,競合商品アイテムを調べるため価格弾力性の分析を行う。次に,購買者を価格感度の大きさにより3グループに分類し,ニューラルネットワークを用いてモデルを推定し,日ごとの予測売上個数をシミュレーションし,売上総利益を求め,ワンプライスとダイナミック・プライシングで比較する。しかし,ダイナミック・プライシング実行のために,価格感度別で個人ごとにクーポンを出すのは困難である。そこで,価格差が倫理的に納得してもらえる代理となる属性変数を利用することにし,重要変数を探すため,決定木分析を行う。最後に,購買者を新たな属性変数によりグループに分類し,ニューラルネットワークを用いてモデルを推定し,日ごとの予測売上個数をシミュレーションし,売上総利益を求め,ワンプライスとダイナミック・プライシングを比較する。

 

3−1.データ

分析に使用したデータは,コープさっぽろより提供いただいた牛乳のID-POS データとPOSデータである。期間は2014年5月1日から2016年4月30日までの2年間である。対象商品アイテムは売上が最も多い「よつ葉北海道十勝軽やかしぼり」とする。データを整理する際には次の基準を満たすものを採用する。@期間中の各商品アイテムの最高価格の45%以上の価格のみを対象(安すぎる価格を除外するため)。A全牛乳を対象に2年間で52本以上の購買者(購買頻度が低すぎる購買者は価格感度が正確に把握できないため)。B「よつ葉北海道十勝軽やかしぼり」と「コープ北海道十勝牛乳」2) を合計で10本以上の購買者(対象商品アイテムの購買者を含むようにするため)。C1日に10本以上の購買者は除外(業務用と想定)。データを整理した結果,対象人数は3,995人である。対象店舗は,車社会のため,LUCY 店を中心とした周辺5km 以内の店舗であるきたごう店,ひばりが丘店,川下店,美園店,本郷店の6店舗とする。データに関してまとめたものが図表2である。

 

 

3−2.価格弾力性

競合商品アイテムを調べるために,価格弾力性を調べる。対象商品アイテムは「よつ葉北海道十勝軽やかしぼり」,競合商品アイテムは6店舗の合計における売上が2〜6番目である「コープさわやか低脂肪乳」,「コープ北海道十勝牛乳」,「メグミルク味わい北海道しぼり」,

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「コープ北海道十勝低脂肪牛乳」,「コープ牛乳」の5商品アイテムを考える。ただし,点数PIは6店舗の合計,価格は6店舗の各商品アイテムの平均価格とする。

ln 対象商品アイテムの点数PI
 = β0 + β1 ln 対象商品アイテムの価格 + β2 ln 競合商品アイテム1の価格
    + β3 ln 競合商品アイテム2の価格 + β4 ln 競合商品アイテム3の価格
    + β5 ln 競合商品アイテム4の価格 + β6 ln 競合商品アイテム5の価格

 

 

図表3より,競合商品アイテムには交差価格弾力性(係数β2〜β6)がプラスで値が大きい商品アイテムを選択し,「コープ北海道十勝牛乳」,「メグミルク味わい北海道しぼり」,「コープ牛乳」の3商品アイテムとする。

 

3−3.価格感度によるダイナミック・プライシングのシミュレーション

価格感度の指標として価格掛率を用いる。その際,価格掛率は「対象日の購買価格を期間中の最高価格で割ったもの」とする。対象3,995人について,個人ごとに価格掛率を算出するが,複数の商品アイテムを購買していることが多いため,売上数量による加重平均価格掛率とする。すなわち,個人ごと,日ごと,商品アイテムごとに価格掛率を計算し,2年間の売上数量による加重平均を求め,それを価格感度とする。

求めた個人ごとの価格感度を大きさにより,図表4のように3つのグループ,低価格感度・中価格感度・高価格感度グループに分ける。

 

 

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次に,各グループを図表5のように,学習データ60%と検証データ40%にランダムに分ける。(1)学習データではニューラルネットワークによりモデルを推定し,(2)検証データでは推定したモデルを用いて,2年間の日別の予測売上個数をシミュレーションし,売上総利益を計算する。分析にはIBM SPSS Modeler 18.0を使用する。

 

 

(1)学習データを使用して,ニューラルネットワークによりモデルを推定

従属変数:日別の「よつ葉北海道十勝軽やかしぼり」の売上個数
 独立変数:35変数

・日別加重平均価格掛率
・連休初日ダミー
  −「よつ葉北海道十勝軽やかしぼり」
・連休中日ダミー
  −「コープ北海道十勝牛乳」
・連休最終日ダミー
  −「メグミルク味わい北海道しぼり」
・連休明けダミー
  −「コープ牛乳」
・年末ダミー
・来店客数(6店舗合計)
・年始ダミー
・月ダミー(11変数)
・札幌の日別最高気温(℃)
・曜日ダミー(6変数)
・札幌の日別降雪(cm)
・年金支給日ダミー
・札幌の日別最深積雪(cm)
・平日・祝日(休日)ダミー
・札幌の日別降水量(mm)
・サービスデー

 

モデルの推定結果が図表6〜8である。精度はグループ3(高価格感度)が最もよく,グループ2(中価格感度),グループ1(低価格感度)の順に悪くなっている。グループ1と2は客数と対象商品アイテムおよび競合商品アイテムの価格掛率が強い影響を与えているが,グループ3は降雪や降水量,日曜日ダミーが競合商品アイテムの価格掛率より上位にきている。

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(2)
検証データを使用して,(1)で推定したモデルを用いて,2年間の日別の予測売上個数のシミュレーション,および売上総利益の計算

独立変数の「よつ葉北海道十勝軽やかしぼり」の日別加重平均価格掛率を外挿も含めた0.70〜1.05の範囲において0.01刻みで変化させ,各価格掛率の2年間の日別の「よつ葉北海道十勝軽やかしぼり」の予測売上個数を推定する。その際,他の独立変数は実測値を用いる。「よつ葉北海道十勝軽やかしぼり」の売上総利益は{期間中最高価格192円×(価格掛率−売上原価率)×日別の予測売上個数}の2年間の合計として求める。ただし,売上原価率は70%と仮定している。結果は図表9である。グループ1(低価格感度)は価格掛率0.92の場合に最高売上総利益1,302,920円,グループ2(中価格感度)は価格掛率0.87の場合に最高売上総利益3,234,917円,グループ3(高価格感度)は価格掛率0.80の場合に最高売上総利益2,919,550円となり,ダイナミック・プライシングを行った場合の売上総利益は7,464,104円となる。それに対して,ワンプライスの場合,すなわち同じ価格掛率におけるグループ合計で最も売上総利益が大きいのは価格掛率0.85の場合であり,6,957,511円である。したがって,売上総利益はダイナミック・プライシングの方が約50万円高いことになる。

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3−4.決定木分析

価格感度によるダイナミック・プライシングであると個人ごとにクーポンを出すことが求められるが,いささか困難を伴う。したがって,価格感度に代わるクーポンを出しやすい政策的に有用な属性変数を探すために決定木分析を行う。この結果から,価格感度に代わる利用可能な代理変数(価格差が倫理的に納得してもらえる変数)を探る。

従属変数:価格感度(個人価格掛率)
 独立変数:2年間の買物金額(コープさっぽろ全体),2年間の購入日数,
      2年間の購入本数,コアカスタマー区分,年代,性別,地区

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結果の図表10より,重要変数として,2年間の買物金額,性別,年代,2年間の購入本数を検討する。

 

3−5.重要変数によるダイナミック・プライシングのシミュレーション

2年間の買物金額は3グループ(買物金額多・買物金額中・買物金額少),性別は2グループ(男性・女性),年代は5グループ(30代・40代・50代・60代・70代以上),2年間の購入本数は3グループ(購入本数多・購入本数中・購入本数少)に分け,3-3と同様の分析を行う。その際,各グループを図表11のように,学習データ60%と検証データ40%にランダムに分ける。

 

 

2年間の買物金額のモデルの推定結果が図表12〜14である。精度はすべて9割近く,客数と対象商品アイテムおよび競合商品アイテムの価格掛率が強い影響を与えている。

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30頁】

 

性別のモデルの推定結果が図表15〜16である。男性,女性ともに精度は約9割である。客数と対象商品アイテムおよび競合商品アイテムの価格掛率が強い影響を与えているが,男性は競合商品アイテムの価格掛率より降雪が上位にきている。

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32頁】

年代のモデルの推定結果が図表17〜21である。30代の精度が少し低いが,他の年代は約9割である。客数と対象商品アイテムおよび競合商品アイテムの価格掛率が強い影響を与えているが,40代は降水量,70代以上は,降雪や降水量が競合商品アイテムの価格掛率より上位にきている。

 

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34頁】

 

35頁】

2年間の購入本数のモデルの推定結果が図表22〜24である。精度はグループ1(購入本数多)が高く,グループ3(購入本数少)が低いがすべて9割近い。客数と対象商品アイテムおよび競合商品アイテムの価格掛率が強い影響を与えているが,グループ1は競合商品アイテムの価格掛率より降雪が上位にきている。

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37頁】

2年間の日別の予測売上個数のシミュレーション,および売上総利益の計算結果が図表25〜28である。

図表25は2年間の買物金額(コープさっぽろ全体)である。グループ1(買物金額多)は価格掛率0.92の場合に最高売上総利益2,547,847円,グループ2(買物金額中)は価格掛率0.82の場合に最高売上総利益1,952,613円,グループ3(買物金額少)は価格掛率0.87の場合に最高売上総利益1,846,856円となり,ダイナミック・プライシングを行った場合の売上総利益は6,347,316円となる。それに対して,ワンプライスの場合,すなわち同じ価格掛率におけるグループ合計で最も売上総利益が大きいのは価格掛率0.85の場合であり,6,122,640円である。したがって,売上総利益はダイナミック・プライシングの方が約22万円高いことになる。

図表26は性別である。男性は価格掛率0.84の場合に最高売上総利益1,014,752円,女性は価格掛率0.89の場合に最高売上総利益5,703,967円となり,ダイナミック・プライシングを行った場合の売上総利益は6,718,719円となる。それに対して,ワンプライスの場合の売上総利益が大きいのは価格掛率0.89の場合であり,6,670,495円である。したがって,売上総利益はダイナミック・プライシングの方が約5万円高いことになる。

図表27は年代である。30代は価格掛率0.89の場合に最高売上総利益494,590円,40代は価格掛率0.88の場合に最高売上総利益1,309,033円,50代は価格掛率0.85の場合に最高売上総利益1,297,378円,60代は価格掛率0.85の場合に最高売上総利益2,002,007円,70代以上は価格掛率0.83の場合に最高売上総利益1,559,263円となり,ダイナミック・プライシングを行った場合の売上総利益は6,662,271円となる。それに対して,ワンプライスの場合の売上総利益が大きいのは価格掛率0.86の場合であり,6,594,097円である。したがって,売上総利益はダイナミック・プライシングの方が約7万円高いことになる。

図表28は2年間の購入本数である。グループ1(購入本数多)は価格掛率0.84の場合に最高売上総利益3,434,072円,グループ2(購入本数中)は価格掛率0.84の場合に最高売上総利益1,741,636円,グループ3(購入本数少)は価格掛率0.90の場合に最高売上総利益1,419,078円となり,ダイナミック・プライシングを行った場合の売上総利益は6,594,786円となる。それに対して,ワンプライスの場合の売上総利益が大きいのは価格掛率0.86の場合であり,6,493,198円である。したがって,売上総利益はダイナミック・プライシングの方が約10万円高いことになる。

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4.結論

 

ワンプライスで販売する場合とダイナミック・プライシングを導入し,グループごとに異なる価格で販売する場合における売上総利益について検討を重ねてきた。購買者の価格感度によりグループ分けした場合には,売上総利益はダイナミック・プライシングの方がワンプライスよりも約50万円高いことがわかった。そして,価格感度に代わる変数として4つの要因,2年間の買物金額,性別,年代,2年間の購入本数を決定木分析より探した。2年間の買物金額は約22万円,性別は約5万円,年代は約7万円,2年間の購入本数は約10万円,ダイナミック・プライシングの方がワンプライスより売上総利益は高くなった。さらに,価格感度を決定するこれらの要因を組み合わせて,クーポンを配信することで売上総利益をより拡大させる可能性もありえる。

また,購買者ごとにクーポンを出し分けることに対する是非の問題はあるが,買物金額におけるグルーピングのシミュレーション結果(図表25)では,買物金額の多いグループ1の購買者は価格感度が低い。買物金額が中位のグループ2の購買者の買物金額を増やし,グループ1に引き上げるために,トライアルでクーポンを配信する余地があろう。

 

【謝辞】

 今回の分析は,コープさっぽろより貴重なPOS およびID-POS データをご提供頂き,共同研究による分析が可能となった。ここで記して感謝申し上げる次第である。

 

参考文献

加藤浩(2019). プライシング・アルゴリズムが市場に与える影響.『西南学院大学経済学論集』,54(1,2),23-63

川上祐司(2017). ダイナミックプライシングの価格設定要因の一考察− MBL San Francisco Giants のチケットセールスを事例に−.『帝京経済学研究』,51(1),107-117.

近藤浩之(2014). 価格比較サイト上の店舗間価格競争とそのメーカーへの影響.『東京経大学会誌(経営学)』,282,29-40.

上田隆穂・竹内俊子・山中寛子・野村拓也(2020). グーテンベルグ仮説確認と利益を生み出す価格ポイントの発見『. 学習院大学計算機センター年報』(近刊)

Ye,P.,Qian,J.,Chen,J.,Wu,C.,Zhou,Y.,Mars,S.D.,Zhang,L(. 2018).Customized Regression Model for Airbnb Dynamic Pricing.KDD2018,932-940